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「……ここは?」

ひたすら暗黒、上も下も無く右も左も無い、いつしかの……世界。

「何かお探しですか? 不透明なフルートのお嬢さん」

「ラプラスの……魔」

振り返った先にはいつかのウサギ。
眼に見えるは暗黒に映る長い耳に長身、暗黒に溶けるのは黒いスーツにステッキ。

「ようこそ第0世界に、ここはアナタ方のいる世界の人々が来るとき、初めに降り立つ世界で御座います」

第……0世界
喉奥に引っかかるような台詞、もう少しで分かるような……そのもどかしさが私の頭を食い尽くす。

「クク……なかなかどうしてアチラの世界に慣れているようで安心しました」

「その様子から見るに、色々忘れてしまってるようですからね」

忘れて……いる?
“忘れた”と言う事は、同時に“知っていた”と言う証拠でもある。
つまり……

「どこの世界にもルールというモノが存在します」

またか……
また彼は私の気持ちを勝手に覗き、勝手に答えていく。
口にする手間が省けると思えば少しは得にも感じるが……あまり気分のいいものでは無い。

「つまりそれは世界が変わればルールも変わると言うこと……そう」

「“全てを知る”のはアチラの世界ではルール違反なのです」

……だからか
私が真紅の家を知らなかった理由。それはつまり、私がアチラの世界ではまだ真紅の家に行ってなかったから。
自らの目で、肌で、耳で感じた事以外は全て、世界を移ったときに私の記憶から消される。
それが、ルール。

「記憶は消されるばかりではありません、必要最低限の必要な記憶は追加されます」

「いわゆる……一人の少女になるのです」

「そう……分かりましたわ」

忘却のからくり、一つは解決した。
でも……まだだ、もう一つ知りたい事がある。

「夢色とは正に虚の色そのもの、視覚で確認出来ないモノを表現するのは並大抵の事ではありません」

「しかし芸術家とはソレを表現するモノ……最低限の記憶はありますが“経験”は積まなければ得られぬモノです」

心を透かされウサギの言葉。
やはり……無理なのだろうか
希望が砕かれ思わずため息が口を突く。
……いや、元々都合のいい話だったのだ、話自体が……世界を渡る辺りから……

「クク……諦めは時期尚早というもの」

……?

「望んだのはアナタとしても、橋を渡したのは他でもない私」

「一つだけ、手助けをしてあります」

手助け……? それは……?

「クク……アナタだって不思議だったハズ」

「どうしてやったことの無いチューニングが出来たのか、どうして吹いたことのない楽器が吹けたのか」

――!

「チューニングをしていたのは本当にアナタか……本当はフルートがアナタを使ったのではないのか……クク」

暗黒の世界に不思議な空気が立ち込める。
私はウサギの真意を必死に探ろうとする中、彼は……全てを。
すでに手の届かない位置から答えを、真実をちらつかせるウサギの行為、それは腹立たしくもどこか強い興味を持ち、私の気持ちを一点に集中させた。

「話しましょう、フルートの秘密を、正体を」

そう言うと同時にウサギはクルリとステッキを回し、小さく私に頭を下げた。

――視線が、合わさる


「かつて――ある一人の奏者がいました」

目を細めどこか遠く、一つの出会いを思い出すかのように、ウサギは彼方の暗黒を見る。

「その名は“マグス”彼の演奏は非常に魔力じみた魅力を持ち、動物から人間に至るまでを虜にしたそうです」

「どうして彼がそこまでの演奏が出来たかわかりますか?」

…………魅力的な演奏の理由?
そんなものに一つ答えがあるのだろうか。
思いつくのは経験、才能、努力……いや、もしかしたら全てか?

「……アナタはやはり変わってしまったようだ、昔の……“記憶”のアナタならすぐに答えを出したでしょう」

…………まさか

ウサギはニヤリ、と不適に微笑み話を続ける。

「そう、感動の結晶“ローザミスティカ”……マグスはいわゆる、一つの完成されたローザミスティカを持っていたのです」

完成された……ローザミスティカ
それは私のかつての目標、ローゼンメイデンみんなのローザミスティカを守り、完成させるといった一徹の気持ち。

「そして……いつしかマグスは亡くなり、残されたローザミスティカは彼のフルートに宿りました」

「しかしフルートでさえ永遠の命を持っているわけではありません、時間が経つにつれ時間に殺され……」

「フルートと言うしがらみから逃れたローザミスティカは世界を違えたのです、そう……こちらの夢の世界に」

つまり……このフルートは……

「そう、私が再び器を与えたマグスのローザミスティカ……いわゆる、アナタのフルートです」

……信じられない

思う言葉はただそれだけであった。
求めていたモノを知らずの内に与えられ、過ごしてきたと言う事なのだから。

……なら……このフルートさえあれば

「そこまで甘くはありません」

私の気持ちを、出さない言葉を遮り、ウサギはまるでそこに椅子でもあるかのように、暗黒に腰掛けた。

「確かに今、そのフルートにはローザミスティカが宿っています、しかし……」

「そのローザミスティカを灯し続ける扉の作り手はマグスでしか……なしえないのです」

……!

「扉が作られないローザミスティカがどうなるかは……ご存知でしょう」

私はコクリと頭を落とす、蒼星石にだって言ったことだ……私はそれさえ忘れてしまっていたのか。

「……削られ続け、いずれは壊れてしまうのですわ」

「クク……その通り、アナタも知っているでしょう、その笛の力を。そう、人を引きつけるその音色の力」

一瞬、私の頭には二人の少女が映し出された。
朝、ショートで、物憂げな少女。
夜、ツインテールで、気高い少女。

「そこまでの力を持つローザミスティカです、そして力が大きければ消耗も激しい……そうですね、もってあと……一回でしょうか」

あと……一回

「あと一回でそれは“フルート”になる、よく考えてお吹きになって下さい。その代わり……どんな音色でも出せるでしょう」

「例えば……クク、夢色でさえも、ね」

「! それはどう言――

不適に微笑み、ウサギは指をパチンと鳴らす。
その音に呼応するかのように、私の足元がガタンと落ち、私はそのまま体ごと――

「……もう一度、世界と奏者を違えた場所でも、こうして誰かがアナタを継ぐのは嬉しいでしょう……マグス、いや」

ウサギは私の落ちた場所をジッと見つめた後、過去を振り返ったような視線を闇に送り、呟いた。



――ハーメルンの笛吹き男

                    *

私は、夢を渡った。

  そして、すべきを決めた。

 だから

   ――だから

「見つかったのかしらぁ? アナタの答え」

スタジオのホール、昨日と同じ場所に水銀燈は座り、他のメンバーも皆、昨日と同じ場所に座っている。

突き刺すような水銀燈の視線の前、見守るような蒼星石の前、そして目を瞑り、静かにそこにいる真紅の前、私は静かに、確かに首を縦に振った。

背後に開け放たれた窓からはほのかな風が、そして日差しが顔を覗かせている。


真紅、水銀燈、そして――色々なモノに背中を押され、私は静かにケースからフルートを取り出し、組む。

――ウサギの話からするに、私は次の演奏を終えたらただの少女となってしまうだろう。

今からやる演奏は所詮、仮初めの私。他人の鎧はうたかたに消え、そこに残るのは夢見た夢の愚か者。

でも、それでも、私は

「……いきます」

――応えたい

気持ちを一つに願いを込めて、音色は風、夢、想いを纏い、吹き荒ぶ。

「……うゅ」

耳を突くは言葉にならない、不思議なメロディーの嵐。
どこか温かくて、時に冷たく、それでも気持ちのどこかに確かなやすらぎがある。

眠っているわけではない、それでも分かる、この景色はまるで――

「ですぅ……」

ゆったりと体全体を内包していくかのような確かな“色”それは自然と瞼を落とし、頭が下がっていく中でも、胸の奥にある確かな心地よさは色あせない。

すぐにでも落ちてしまう、それは誰もが知っているアノ感覚、この色はまるで――

窓から朝日を浴びた小鳥が降り、私の肩で翼を休める。
街頭を歩く人々の足は止まり、ホールの向こうには巴、めぐ、みつさんが微笑んでいた。

全てを魅了し虜にする魔法のメロディー、それは夢見るような……いや、夢のような――

「ふぅ……」

ピタリと音楽が、時間が動き出す。
口を開いたのは少し溶けた目で微笑む水銀燈、それはまるで……今、起きたかのようで

「くぅ……蒼星石、紅茶を淹れて頂戴」

それを追うのは真紅の一言、温かな日差しに負けないくらい温かな笑顔で

――いや、微笑んでるのは真紅だけじゃない

蒼星石も、翠星石も、薔薇水晶も、雛苺も金糸雀も。ともえバンドのみんなも――

「そうだね……ミルクはどうする? 真紅」

「そうね……入れて頂戴、特別良いミルクがあったハズよ」

クスッと笑みをこぼしながら立ち上がり、真紅は水銀燈の肩にポンッと手を乗せた。

「そうねぇ……」

同じように笑みを浮かべた水銀燈は、ゆっくりと顔を上げ、私に向かい合う。

「……この曲のタイトルはぁ?」

それは恐らく彼女なりの答え、口ではハッキリ言わないけれど、口調と表情で口よりも多く話す。

私が答えを紡ぐ前、終わりを告げるかのように小鳥が私の肩から飛び立ち、窓の向こうに、太陽に羽ばたいていった。

「はい、雪華綺晶」

蒼星石もまた、温かな笑顔で白薔薇のあしらわれたカップを私に手渡す。

「ありがとうございます」

渡されたカップに優しく口付けし、優しく含んだミルクティ、それはちょっとだけ、ほんのちょっとだけ昨日の紅茶よりおいしくて、胸に染み渡るように私は包まれていった。

「そうですわね……タイトルは――」


fin





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最終更新:2007年04月25日 23:21