「さ、ゆっくりするのだわ」
……?
温かく、優しい手に引っ張られたどり着いたのは……
朝、目覚めたトコ?
「どうしたの? 早く上がりなさい」
金髪ツインテールをクルリと回し、真紅は玄関で立ち尽くす私に微笑みかけた。
「え……ええ」
間違いない、このドア、玄関、犬?のぬいぐるみ、全部私が朝見てきたものだ。
――そこがおかしい
ここが真紅の家なら、なぜ私は朝起きたときに気付かなかったのか?
……真紅の家なら確かに扉から見たことがある、知っていたハズなのに……なぜ……
「ちょっと雪華綺晶」
「――!」
気づいたとき、真紅は私の顔をのぞき込むように目の前に立っていた。
フワリと香水の香りが鼻先をかすめ、私の意識をさらに確かなモノにする。
「ふぅ……アナタはたまに返事をしなくなるわね……」
真紅は小さな溜め息を香りに交え、もう一度クルリと回り、リビングへ向かっていった。
私も慌てて彼女の後を追い、彼女の入っていった部屋、リビングへ向かう。
「座っていて頂戴」
ギターケースをソファーに置き、キッチンに向かう真紅。
私は朝起きた部屋の向かいのリビングにある、両手を広げたくらいのやや小ぶりなテーブルの椅子に腰をかけた。
テーブルの中心には一輪の赤薔薇、いや……赤というよりもっと、さらに赤に近い、言うなれば――
「アッサムでいいわよね?」
真紅はキッチンの向こう側から一組みのカップを持って、紅茶を淹れながら話す。
淹れながら聞かれても……オレンジペコがいい、と言えば変えてくれたのだろうか……
「どうしたの?」
そんな事を思っている私の目の前、今度はティーカップを持った彼女がまたもや私をのぞき込む。
「いえ、なっなんでもありませんわ」
「……そう」
コトリ、と玄関にあった犬?ぬいぐるみが彫り込まれたカップを置き、真紅はどこか嬉しげに椅子に座った。
「羨ましいでしょう? こうして懸賞が当たるなんて……やっぱり私とくんくんは結ばれているのだわ……」
頬に手を当て恍惚の表情。
真紅はどこか遠くを見つめ、一人ウットリとしていた。
くんくん、と言うのですわね……
私はゆっくりとそのカップに手を伸ばし、依然香りの立ち込める紅茶を、薄い唇に運ぶ。
フワリと鼻をかすめる香りは先程、彼女から貰ったモノとどこか似ていて。
「……おいしい」
優しくて
「ふふ、当然なのだわ……アナタの為に淹れたのだもの」
真紅はクスッと頬を形変え、テーブルの端のカップにあるミルクに手をのばす。
「ねえ、雪華綺晶」
「何ですの?」
「ローゼンメイデンは……音楽は一杯の紅茶であるとも言えるのだわ……」
真紅は優しく、湯気たつ紅茶の中にミルクを注ぎ込む。
「……こうして新しくミルクが入れば、色も味も、好みだって変わってしまう」
「中にはミルクを入れた方が好きな人もいれば、入れない方が好きな人だっているのだわ」
「紅茶に一番は無い……ただソレが好きな人と嫌いな人がいるだけ、そしてその中で満足いく一杯を作り出していく」
「……でも、一度ミルクを入れてしまえば取り出すことは出来ない」
「だからこそ私は最高のミルクを入れたいと思うのだわ、他の何かで取り替えのきかない、とびっきりのミルクを」
「ねえ、そう思わない? 雪華綺晶」
「…………」
私はただ黙って彼女から視線をそらす、彼女が何を言いたいかは分かっているが……私には何と答えればいいか分からない。
とびっきりになるには……
気が遠くなるような話だと思った、何十年経てば私はローゼンメイデンとして、奏者として相応しくなれるのか。
いや、そもそも私では……
「水銀燈がアナタに言った言葉、覚えてる?」
「確か……『アナタはなぁにい?』ですわ」
「そう、まったく……意地悪な言い方よね、ふふ……『パートはなぁにい』とは言ってないんだから」
言われてみれば……確かに彼女の言うとおり、水銀燈は“パートは何?”とは聞いていなかった。
でも……あの時、パート以外に何か他にあったのだろうか……
色々な考えが断片化し、渦のようにグルグルと頭を廻る。
私の正体? それは知ってるハズ
私の気持ち? それは言ったハズ
私の――?
「彼女が聞きたかったのは、パートでも、気持ちでも、正体でも無いのだわ」
つらつらと私の気持ちを言い当て、否定し、真紅の唇は紡がれていく。
「彼女が聞きたかったのは、アナタが……何色か、と言う事よ」
……?
「どういうことですの?」
さっぱり意味がわからない、色?
私の……色?
「そうね……ミルクの話はさっきしたわよね?」
私は頷きながら両手でカップを包むように持ち、静かに口に運ぶ。
「私達……ローゼンメイデンには、白いミルクはいらないのだわ」
「ミルクが白いのは当然の事、どこにでもある平凡なミルク……そんな取り替えのきく物はローゼンメイデンにはいらない」
「事実、ローゼンメイデンには色々なミルクが混ざっているのだわ、それは黒だったり……蒼に翠、桃に紫、黄色、そして……紅」
「……ねぇ、雪華綺晶。アナタは普通じゃ考えられないような世界にいた……だからこその音楽だってあると思うのだわ」
「……私だからこその……音楽?」
思わず胸が熱くなる……これは紅茶のせいじゃない、彼女の言葉に突き動かされる私の気持ち、強い想いのせいだ。
「そう、アナタだけの音楽。そこに水銀燈は期待しているのよ? 一日も猶予を与えたのが何よりの証拠なのだわ」
「……真紅」
私はカップを置き、静かに席を立ち上がる。
すぐにでも探しに行かなければいけないのだ、色を、私を。
「向かいの部屋を使いなさい、特別に私はソファーで寝てあげるのだわ」
「ありがとう真紅……では、おやすみなさい」
「そうね、いってらっしゃい」
私は小さく頭を下げ、向かいの部屋に行くと、朝起きたベッドに静かに体を委ねる。
朝は気付かなかったが枕からも優しい香りが感じられ、私を優しく包み込んだ。
私はその優しい枕に頭をうずめ、静かに目を瞑り呟く。
「知りたい事が……ある」
――静かに雪華綺晶が溶ける頃、真紅は一人カップに溶けたミルクを眺めていた。
「……traum-farbige milch」
見守るように、微笑みながら。
「夢色のミルク……ふふ、楽しみね」
愛するように、味わいながら。
最終更新:2007年04月20日 01:23