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** No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」◆wqJoVoH16Y 生きている間は輝いて。 思い悩んだりは決してしないで。 人生はほんの束の間だから。 いつだって時間はあなたから奪っていくよ。 ――――――――――――――――――――――――世界最古の歌より。 土を踏む音が断続的に響く。踏みしめられた砂粒同士が噛み合い、砕けて粉になる。 鉄の軋む音が不規則に鳴る。銃身の中の駆動部が小さく動作を刻む。 足の運びは直線を選ばず、常に左右への動きを織り交ぜる。 左の銃口を常に前方へ、半身気味の身体を射線で覆う。 銃口の指し示す本当の前方へ、稲妻の軌道を刻んで疾駆する。 それが、イスラが行っていることの全てだった。 夏を想起させるほどの青空から照りつく太陽は容赦なく、 銃をつがえる左手の小指の先から汗が滴となって大地に吸い込まれる。 熱を吸う黒仕立ての上着は既に脱ぎ置かれていて、その背中にも汗が珠のように浮かんでいた。 カエルが言うだけ言って去った後、一人残されたイスラは「したいこと」を考え続けた。 だがカエルが言ったように、イスラが思ったように、イスラが求めるものはそんな一朝一夕で思い浮かぶことではない。 考えれば考えるだけ矮小な自分が頭をよぎり、思考を閉ざしてしまう。 だから、と言うわけではないが、イスラの身体は自然と歩くことを始めた。 立ち止まっていても何かが得られるとも思えなかったからか、単に座りっぱなしで体の節が痛みを覚えたからか。 イスラは銃の馴らしがてらに、身体を動かそうと思ったのだ。 唯一の懸念は銃や剣はおろか、全ての所持品を牛耳ったアナスタシアであったが、 そんな葛藤は肉とパンに囲まれて狼を枕に寝ているアナスタシアを見てどうでもよくなった。 3時間とほざいた大言壮語はどうなったのか、と言いたくもなったが、 寝てもなおしっかりと握られていた工具を見て、イスラはその言葉を飲み込む。 好き好んで会話を出来る相手ではないと経験しているイスラは、 寝ているのならば好都合と、集まった装備のいくつかと僅かな飲料水を見繕いその場を後にした。 (僕の、したいこと……) そうして元の場所に戻り、イスラはひたすらに銃を握って身体を動かしていた。 無論、専門の銃兵としての教育を受けていないイスラだ。今更銃撃戦をマスターしようなどとは露とも思っていない。 大ざっぱに狙って、なんとか引き金を引いて、かろうじて撃つ。その程度しかできないだろう。 だから、これはあくまでも訓練ではなく運動。気分転換に過ぎない。 強いて言うならば、馴らし。銃を握り続け、己が手――『ARM』に馴染ませる。 スレイハイムの英雄の教えを、少しでも身体に染み入らせるように。 銃口を向けた先、その先にあるものに少しでも手を伸ばすために。 一歩でも前に進めば、きっといつかにたどり着けると信じて。 ――――貴方が、全てを失ってなお幾許かの想いを残すのであれば……“戦場を用意しよう”。 不意に、銃口の向く先が震える。 手を伸ばした先に見えるのは、影の如き黒外套。 己の行く先に立ち尽くすその影をみて、イスラは歯を軋らせた。 銃を下げ、続くステップを大きく踏む。前に倒れてしまいそうなほどの前傾姿勢から浮かび上がるのは、右手の剣。 自信の前方からみて己が半身にすっぽり隠れるようにしていた魔界の剣を現し、一気に踏み込む。 銃撃からの疾走でその影の懐に入り込む。後はその刃で、この手に立ちふさがるモノをこの手で。 ――――違うよ、君は僕のことがきらいだろうけど。 死神の如き不吉をたたえた棍が、魔界の剣を弾き飛ばす。 見透かすように、敵足り得ぬというかのように、影はイスラの右手から刃を落とす。 そして影が煌めき、影の中から無数のツルギの影が浮かび上がる。 その全てがイスラが本来持っていたはずの、適格者であったはずの紅の暴君の形を取って。 無慈悲に、平等に―――― ――――僕は君のことが嫌いじゃない、それだけだ。 顎を伝った汗が数滴、地面へ落ちる。 イスラの身体はおろか周囲含め何一つ異変など無く、変わらぬ太陽の熱光だけが降り注いでいた。 砂を削るような小さな音がして、イスラはそちらに目を向ける。 乾いた大地の上に、魔界の剣が突き刺さっていた。 じっと手をみる。確かめた右手には、びっしょりと汗が吹き出ていた。 「首を取り損ねたか?」 突然の来訪者にイスラは反射的に右手をかくし、来訪者をみた。 くすんだ銀の髪を風に靡かせたのは、元魔族の王、ピサロ。 「いきなり話しかけて、その上何を言い出すんだい。  こんな誰もいない所で、首もへちまもないだろ。ただの運動、肩慣らしさ」 首をすくめておどけ、イスラは剣を引き抜こうとする。 「想定は、ジョウイとやらか」 だが世間話のように放たれた言葉が、イスラの身体を縫い止めた。 「参考までに。どうしてそう思った?」 「歩法。左右に身体を振っていたのは、前方からの攻撃に的を絞らせぬためだ。  銃は牽制……いや、進路の確保だろう。“遠距離射撃を切り抜けて一撃を叩き込む”。  そんな汎用性のない攻撃を反復しているのだ。具体的な相手を想定していると考えたくもなるだろう」 余裕さえ感じ取れるほどに落ち着いた瞳に、イスラは言いようもない不快感を覚えた。 それはあの雨の中で無様に取り乱したピサロを見ていたが故か、 そこから這い上がったらしいピサロへの嫉妬か、 あるいは、こうして自分の前にのうのうと姿を晒すことへの憤りだったか。 だが、やはりなによりも、己の中の無意識を言葉にされてしまったことに不快を覚えた。 「そうかもね。ここから先、戦うとしてもジョウイかオディオのどちらかだけだ。  戦い方の分からないオディオじゃなくて、  戦い方の見えているジョウイに合わせた攻撃を、知らずに反復していたのかもしれないね」 とにかく会話を打ち切りたくて、イスラは形だけの同意を示す。 「どんな卑怯な手を使ってか抜剣覚醒はしたみたいだけど、  ジョウイの攻撃の主力はやっぱりあのダークブリンガーみたいな黒い刃の召喚術だ。  棒や剣による攻撃もしてたけど、姉さんみたいな一流にはほど遠い。  あいつの主戦場は遠距離戦だ。懐に飛び込めさえすれば、それで行ける」 あふれ出す言葉が上滑りしていた。口が勝手に動く。ピサロを、そして自分自身を煙に巻くように言葉を綴る。 「真紅の鼓動も使ってたし、召喚獣や亡霊兵もいる。ちまちま遠距離で差し合ってたら埒があかない。  近距離で、重い一撃を叩き込む。あいつ相手に必要なのはそれだけだよ」 そこまで喋って、ピサロが笑っていることに気づいた。 お世辞にも好意的ではない、嘲りすら混じった笑みだった。 「……何かいいたそうだね?」 「いや……なるほどな。それで、銃と足捌きであの奇怪な刃を抜けて、  一刀両断を狙う動きだった……の、割には最後が締まらないな」 不機嫌を露わにするイスラに、ピサロは構うことなく感想を言い放つ。 やっぱり、とイスラは苦虫を噛み潰した。どうやら運動を始めて相当早い段階で見ていたらしい。 そう、イスラは最後の斬撃を失敗した。先の1回だけではない。 何度も何度も、最後の一足跳びからの攻撃だけが、必ず仕損じるのだ。 「一足一動……ってね。どんな戦いでも、相手の動きに先んじてのそれ以上の動きって、できないもんなんだよ」 戦闘とは常に流動的であり、常に一所に留まらず変化していくものであるが、 それを極限まで突き詰めると『1回の移動と1回の行動』に分解される。 全く同条件で2人が相対し戦闘した場合、一人の人間が移動と行動を1回行えば、相手とて必ず動くし、その逆もしかり。 ならばたとえどれほどの乱戦であろうとも『移動と行動』その繰り返しに分解できる、という考え方である。 「でも、ジョウイを一撃で倒そうとするなら、あの刃を抜けてもう一撃を叩き込まなきゃいけない」 そういってイスラは沈黙した。ジョウイの黒き刃を抜けるために『行動』し、 その空いた道を『移動』して近づくまではイメージできる。 だが、そこからジョウイが動く前にもう一度『攻撃』できるイメージが見えないのだ。 全力で凌いで全力で進む。その後全力で攻撃するまでにどうしても一拍が生ずる。 その一拍を見据えて、ジョウイは容赦なく狙ってくるだろう。 イスラは、血を出すほどに歯を軋らせた。 姉のような武功者であっても、足を殺して二撃。茨の君のような暗殺者であっても、手を殺して二足。 話に聞くルカのような規格外ならば話も別だろうが、イスラにはその才はない。 最後の一撃。その差が、今のイスラとジョウイを隔てる絶対的な差のように見えてならなかったのだ。 「ククク……成程な」 くぐもったピサロの笑いがイスラの思考を寸断する。 そういえば、こいつは一体何のために来たのか。真逆カエルと同じように僕に何か説教でもするつもりだったのか。 「なあ、結局あんた――」 なにをしに来たんだ、と言おうとしたはずの言葉は、撃鉄の音に遮られる。 イスラが向き直った先には、バヨネットの無機質な砲口が闇を湛えていた。 「……何の真似だい?」 「興が乗った。つき合ってやろうか」 イスラに銃口を向けたまま、ピサロは余裕を崩さず答えた。 「何をしにきた、と言ったな。貴様と同じだよ。私の魔力が全快するには時間がかかりすぎる。  ならば、この玩具を馴らしておくに越したことはないのでな」 銃身に魔力の光が満たされる。それは弱いものであったが、紛れもない実のある魔力だった。 「ふざけるなよ。あんた何を考えて――」 熱線がイスラの横を通り過ぎる。初級魔法一発分の魔力であったが、集束した魔力は地面に黒い軌跡を描く。 「その無駄な煩悶を終わらせてやろうというのだ。手を抜いた私の攻撃を抜けられないようではあの小僧に届きもせんだろう」 「手加減って……当たったら無事じゃ済まないだろ。こんなことをやっている場合じゃ――」 「“ゼーバー、ゼーバー、ゼーバー”――――早填・魔導ミサイル」 イスラの言葉を掻き消すかのように、バヨネットに込められた無属性の魔力が発射される。 砲身に充密するよりも早く引鉄を引かれた魔弾はレーザーのような密度は無いものの、 その数の暴威を以て弾幕を成し、イスラ目掛けて着弾する。 「――こんなことをやっている場合ではない、と来たか。  まさか私を『仲間』か何かだとでも思っているのか。他ならぬお前が?」 巻き上げられた噴煙の向こうに、ピサロは呆れた調子で吐き捨てる。 そこには『仲間』を案ずるような気配は微塵もない。 「端的に言って失笑だぞ。そも私が出向いた時点で時間切れなのだ。  その上、この“私を目の前にして『こんなことをしている場合ではない』という”――それ自体が無能の証左と知れ」 告げられる言葉は明確な侮蔑。だが、独りごとではなく、明確な受信者を想定された音調だった。 「……どういう意味だ。なんでお前が僕に用がある」 砂煙が晴れた先にあったのは、紫がかった透明の結界。 結界の中のイスラの傍らに侍った、霊界サプレスの上級天使ロティエルのスペルバリアである。 「“私がお前に用があるのではない”。“お前が私に用が無いのか”と聞いている。  それとも分かった上で言っているのか。だとすれば無能ではなかったな――ただの糞だ」 散弾ではなく収束させたブリザービームの一閃が、魔弾で摩耗した聖盾を貫通する。 凍てつく波動を使わずに力技で破砕したあたりに、感情がにじんでいる。 「何故座っている。何もすることが無いというのか――――“この私が目の前にいるのに”?」 砕け散る障壁の中で、イスラはピサロの目と銃口を見つめた。 「ちらちらと、私を睨んでいたこと、気づかないとでも思ったのか。  半端な敵意などちらつかせるな。うっとおしい」 その眼だと、ピサロは侮蔑する。 言いたいことがあると口ほどに言っているにも関わらず、それを形にしない。 心の中でその感情を弄び、愛撫し続けている有様を。 「待ってどうする。運命がお前のために出向いてくれるとでも?  全てに綺麗な“かた”が付けられる奇跡的な瞬間が最後にやって来るとでも思っているのか?」 いつかを待って蹲る人間に対し、ピサロは再び魔砲を充填し始める。 ここではない、ここではない、俺が全力を出す場所はここじゃない。 いつか、いつかこの想いを解き放つに相応しいときがくるはずだから。 「“来んよ”。お膳立てなど無い。在るのは袋小路だけだ。その時お前はどうする?  追いつめられて、どうにもならなくなって、全てを失って、そこから泣いて喚いて切り札を抜くのか?」 そんな泣き言をのたまう誰かを打ち砕くように、ピサロは黒い雷の一撃を放った。 「あの哀れな男のように」 一閃は雷の速さでイスラを穿たんと迫る。 しかしその間際、寸毫の狭間でイスラは一撃を躱し、ピサロに迫りかかった。 「ヘクトルのコトかあああああああああァァァァァァァァッッッ!!!!!!!!」 一瞬で揮発した感情を爆ぜさせながらその軽足を以てイスラはピサロへ接近する。 地中深くで死骸を熟成させてできた油を、地層の中で直に点火させたような爆発だ。 限界の速度で駆動するイスラにあるのは、自分の心臓の奥底を無遠慮に弄られたような嫌悪だった。 見せないように、お前のために我慢していたものを、どうしてお前が開きに来る――! 「ああ、やはりか。どこかで見た眼だと思った――そういえば、あの男もこうやって死んだのであったな」 イスラの怒りも柳というかのように、クレストグラフを2枚重ねて、大嵐を巻き起こす。 放たれた真空の刃がイスラを、否、イスラの四方全て纏めて切り刻む。 イスラは嵐を前に、回避を選ばざるを得ない。横に飛んで避けるが、衣服と皮膚に傷が走る。 怒り狂った獣の爪の届かぬ位置から、肉を少しずつ殺ぐように刻んでいく。既に一度行った作業を反復だった。 「あれは愚かだったよ。大望を抱き、それに届き得る才気の片鱗を持ちながら二の足を踏んで機を逸した。  守りたいと奪わせないと、失った後で泣き叫ぶ――――実に、良い道化だった」 「お前が、ヘクトルを語るなアアァァァァ!!!!」 近づけないならと、イスラは銃を構えその手<ARM>を伸ばす。 その喧しい口を閉じろと、フォースを弾丸に変えてピサロの口を狙う。 「ハッ、貶されて癇癪か。“わかるぞ”。自分のたいせつなものを馬鹿にされるのは悔しいものだ」 だが、ピサロのもう一つ“口”が返事とばかりに、砲撃でイスラの想いを呑みこんでしまう、 「お前に、お前に僕の何が分かる!」 「お前が取るに足らない人間ということくらい、分かるさ。  “そんなお前をあの男は随分と買っていたようだ”が、愚か者の隻眼には石塊も宝石に見えるらしい」 吐き捨てられた言葉が、イスラの中で津波のような波紋を立たせる。 イスラからヘクトルを奪いながら、まだ飽き足らずにヘクトルを貶めている。 ごちゃ混ぜになる感情の奔流が、強引に銃身へと圧縮されていく。 「うるさい……うるさいよお前……!」 (お前が語るな。お前が歌うな。あの人の終わりを穢すな) 別に近づく必要などない。 ピサロのやかましい銃“口”を塞ぐには、より大きな“音”で掻き消せばいい。 この言葉にならぬ原初の感情を、一撃にたたき込む。 この矜持を、あの終わりを得た自分の感情を込めて。 「あ、あ、あああああああああああああああああああああああああああああああ!」 「遠吠えなぞ煩いだけだ。仮にもヒトなら言葉を使え」 だが獣の鳴き声など伝わらないとばかりに、 絶対防御<インビシブル>がブーストショットを無効化する。 不完全な勇気の紋章と石像から完成された愛の奇蹟の差故か、あるいは“もっと根源的な理由”からか、 イスラの感情はピサロに届かない。 「お前のような獣には心得があってな。自分の柔らかい所を触られると直ぐに熱くなる。  そして、簡単に意識がそこに集まって――――他に何も見えなくなる」 何のことだ、と疑問を抱くより早くイスラの背後でイオナズンの爆発が生じ、イスラは前方に大きく吹き飛ばされる。 魔導ではない、純粋な『魔法』。 ピサロの銃口に気をとられていたイスラには、後方からも攻撃が来る可能性を抱く余地が無かった。 「受動的なのだよ。起こること、触れる全てにその時々の想いを重ねて動いてきたのだろう。  だから状況に刺激されて反応が遅れ、掌で踊らされるのだ。どこぞの間抜けのようにな」 爆発と同時に取り落としたドーリーショットを拾いに立ち上がるより先に、ピサロの方向がイスラに向けられる。 イスラは俯せのままピサロを睨みあげる。 今のピサロには、獣狩り程度の感覚しかないのが見て取れた。 受動的。その言葉に、イスラの中で苦みが生ずる。 確かにここまでの自身の行動において、主体的に動けた事例は数少ない。 あの雨の中の戦い、ゴゴの暴走、ヘクトルの死。 起きた事態に対して、もがいてきた。胸に抱く想いに真剣に足掻いてきた。一切の疑いなくそう言い切れる。 だが、その事態の発生に関われなかったイスラは常に受け身の立場を強いられてきた。 荒れ狂う激流の中で生き足掻くこの身も、川面から見れば波打つ流れに木の葉が翻弄されているようにも見えただろう。 忘れられた島の戦いに於いて、帝国軍・無色の派閥・島の住人の三者を手玉に取ってきたイスラの現状としてはあまりに滑稽だ。 「“それがどうしたっていうんだよ”……!!」 だからどうした、とイスラは拒絶の意志を湛えてピサロを睨みかえす。 後から見返して間抜け、短慮というだけなら子供でもできる。 部外者の――否、イスラではないピサロにとってはそれはただの無様の記録でしかないかもしれないけど。 それは、イスラがありのままの自分で、ありのままの世界を見た上で歩んできた記憶だった。 たいせつな、たいせつな終わりなのだ。 「不満そうだな。言ってみろ。仇も満足に討てないのなら、せめて言葉で一矢報いればどうだ」 「……お前なんかに、僕の想いが分かるかよ」 手を払いのけるようにイスラは吐き捨てる。 やっと認められた、自分の中で受け入れられたこの想いを、ピサロになど語りたくなかった。 たった1つ残ったあの終わりだけは、誰にも穢させたくなかった。 「怖いのか。その抱いた想いを外に出すのが、怖くてたまらないのか」 「―――――――――っ!?」 だが、ピサロはイスラが庇ったその想いではなく“庇い続けるイスラを撃ち抜いた”。 イスラの目が、銃口の先、好悪綯交ぜとなったピサロの瞳を映す。 「その獣は、愚かだったよ。身体の内から何かが湧き上がっている激情。初めはその名前すら知らずに翻弄されていた」 ピサロの口から、侮蔑の呪いが吐き捨てられる。 だが、それはイスラを罵りつつも、別の何かを嘲るようだった。 「その名前を知った後は、それに酔いしれた。  自分一人が、その奇麗なものの名前を知っていればいいと、その想いで身を鎧った」 ほんの少し前に見てきたようなかのような臨場感で、獣の痴態を歌う。 「後は、ただの無様だ。それに触れられれば噛みつき、狂奔し、盲いたまま何処とも知らず走り回り、  流されていることと進むことの区別もつかず、自分の中に全てがあると吠えていた――滑稽にもほどがあるだろう」 “分かっているのだ”。“間違っていることも分かっててやっているのだ”。 “だから己は正しいのだ”。“これが唯一無二の正解なのだから他の意見など必要ない”。 故に獣は触れる全てに害をなす。全てに噛みつくが故に、簡単に踊らされる。 「だから口を閉じろと喚いていたよ――――笑わせる、違うと言われることを恐れていただけの癖に」 ピサロはせせら笑う。誰彼かまわず噛みついた獣は、ただ、臆病だっただけなのだと。 誰かに否定されるのが怖かったから、誰の言葉も求めなかった。 不朽不滅と誇っていたものは、ただ、誰にも触れさせてこなかっただけなのだと。 過ぎ去った獣に向けるピサロの苦笑に、イスラは鏡を見るような気分を覚えた。 死にたいと願い、自分を偽って生きてきた。 そしてあの巨きな背中に憧れ、誰かのために生きたいと願えた自分の想いを素直に受け入れることができた。 二度目の生でようやく認められたこの想いを大切にしたいと、そう想えたのだ。 だがそれは、それだけでは、ピサロが嘲笑う獣と何が違うのだろうか。 誰がためと言いながらそれを誰にも言わないのなら、自己満足と何が違うのか。 違う、と思う。そんなケダモノなんかと一緒にするな、と叫ぶことはできる。 じゃあ、この感情を口に出せない僕は、なんなのか。 これほどまでにココロを満たすモノを、何故形にできないのか。 「お前に僕の気持ちは分からない、と言ったな。  分かるわけがないだろう。内心で反芻するだけの音など、聞こえるか。  子供でもあるまいに。他人が好き好んで貴様の妄想に寄り添ってくれると思うなよ」 ――――貴方のほうがよっぽど私より子供ですっ!!     違いますか!? どうなんですか!? はいか、いいえかちゃんと答えて!? 唾液に濡れた粘膜の先に波が伝わらない。言い返すべきなのに、言葉が出ない。 素直になれたはずなのに、感情を認められたはずなのに、外に出せない。 それは、知っているからだ。 この世はどうしようもなく損得勘定で、 馬鹿正直に心を開けばそれを逆手にとられて痛い目を見て、嘲笑されるだけで、 形にすれば砕けてしまうかもしれなくて、触れられれば壊されるかもしれなくて。 「あの男は愚かではあった。だが少なくとも最後まで願いを、守りたいモノの名を伝えていたぞ。  だから言えるのだ。こんな臆病者を死ぬまで守ろうとしたお前は、心底愚かであったとッ!」 ピサロの撃鉄に力が籠る。 測るに値しない器ならば砕けても構わないというように。 だからとりあえず無関心を決めこめば、傷つくこともないし、他人にバカにもされないということを。 それはどう足掻いたところで不変の真実で、それが一番簡単な平穏なんだって知っている。 でも。 「ストレイボウは測った。ならば貴様はどうだイスラ。貴様は獣か、人か、勇者か、魔王か?」 知らないよ、僕が誰かなんて。でも、でも。 ――――なんで、黙ったままやられ放題でいるんですかっ!? ここまで言われて、黙っていられるほど、デキちゃいないッ!! 空いた左手を背後に回し、もう一つの銃<ARM>を取り出す。 44マグナム。六連回転式弾倉に込められた火薬よりも鋭く熱い意志が、引鉄と共に放たれ、 横合いから砲口の軌道を僅かに逸らす。 その僅かな間隙を縫って、イスラはドーリーショットを回収してピサロとの距離をとった。 「隠し腕。無為無策という訳ではなかったか」 ピサロは状況を淡々と見定め、生き足掻いた目の前の存在を眇める。 「そういや、アリーゼにも言われてたよ。人にモノを聞かれた時は、とりあえず“はい”か“いいえ”だっけか」 肩で息をしながら、イスラは下を向いたまませせら笑った。 思い出す。今のように矢継早にまくしたてられて、言葉を紡げなくなってしまったことを。 僕の逃げ場を全部潰したうえで、ボロクソに叩きのめしてくれた少女を。 ――――貴方がどんな理由でそんなふうな生き方を選んだかなんて私にはわかりません     話してくれないことをわかってあげられるはずないもの… その少女は最初、何も言えなかった。 その眼に明らかに何か言いたげな淀みを湛えながら、それを出せなかった。 変えたい何かがあるのに、それに触れることで自分が傷つくことを恐れていた。 僕のように、あの人のように。 だけど、彼女は歩き出した。世界を変えたければ、自分が変わることを恐れてはならないと知っていたから。 「ああ、そうだよ。僕は、僕は――」 唇が震える。見据えてくるピサロの眼に胸が締め付けられる。 きっと、もしかしたら、あの時僕を罵倒した彼女も、こうだったのかもしれない。 他人を傷つけるのならば、自分が傷つくことを恐れないわけがない。 ああ、だから、僕は知っている。 本音<イノリ>を言葉<カタチ>にするということは、とてつもない勇気<チカラ>が必要だということを。 「僕はクズだよ。言いたいことはうまく言えないし、口に出せば大体皮肉になるし。  泣くのは失った後で、素直になるのは、いつだって手遅れになってからだ」 自分で言って情けなくなってくる。 しかも、言葉にしてしまえばもう取り返しは効かない。 吸った息で、自分の中の何かが酸化していく。外側に触れた分、変質してしまう。 「でも、あの人たちはそんな僕に触れようとしてくれた。  僕を肯定してはくれなかったけど、分かろうとし続けてくれた」 その不快をねじ伏せ、もう一度ドーリーショットを強く握る。 僕のしみったれたプライドなんてそれこそゴミだろう。 前を見ろ。今目の前にいる男は、一体何を踏み続けている? 「ブラッドを……ヘクトルを……こんな僕に「勇気」を教えてくれたあの人たちを……」 胸に抱く勇気の紋章が放つ燐光が、腕を伝い鉄を満たし、銃をARMへと変えていく。 口を閉じてほしいのではない。ピサロがヘクトルを愚かだと想う、それ自体が辛いのだ。 だから放つ。自分が傷つくことも厭わず、撃鉄に力を込める。 だって、僕は知っているんだ。 ユーリルが、ストレイボウが、ブラッドが、ヘクトルが――――アリーゼが教えてくれた。 「馬鹿に、するなァァァァァァッッ!!」   勇気<チカラ>を込めて言葉<カタチ>に変えた本音<イノリ>は、 世界さえ変えられるんだってことを。 「……アリーゼ……“アリーゼ=マルティーニ”か?」 放たれた弾丸のけた違いの威力を、ピサロは見誤らない。 反応が遅れた今、初見での撃ち落としは博打に過ぎると判断したピサロは、 インビシブルを発動し、やり過ごそうとする。 「――――ッ!? 徹甲式とはッ!!」 だが、ピサロの驚愕とともにインビシブルに亀裂が走る。 本来、インビシブルはラフティーナの加護を得た者に与えられる絶対防御だ。 揺るがぬ愛情、その意志の体現たる鎧は1000000000000℃の炎さえも凌ぐ不朽不滅であるはずなのだ。 「それと拮抗する。なるほど、あの女とは異なる意志の具現かッ!」 傷つくことへの恐怖を乗り越えてでも、その想いを形にする意志。 その勇気が籠もった弾丸は即ちジャスティーンの威吹。 同じ貴種守護獣の加護ならば、欲望を携えた聖剣同様『絶対』は破却される。 「がっ、深度が足りんなッ!!」 しかし、絶対性を無効化したとてその堅牢性は折り紙付き。 決して失われぬピサロの愛を前に、イスラの勇気はその弾速を反らされ、悠々と回避する隙を与えてしまう。 「構わないよ。お前に伝わるまで、何千何万発でもぶち込んでやるからさ」 だがイスラは一撃が反らされたことに悔しさも浮かべず、次弾を装填する。 ヘクトルも、ブラッドも、たった一度で全てを伝えようとしたわけではない。 何回も何回も、言葉を重ねて、それで少しでも伝わるかどうかなのだ。 だから、イスラも何度でも意志を放つ。不変の想いを変えるために。 「……くくく、これも星の巡りというやつか。メイメイ……あの女、一体どこまで観ているのやら……」 そんなイスラを見て、ピサロは面白がるように笑った。 今こうして2人が銃を向けあうこの瞬間に、偶然以上の何かを見つけたかのように。 「メイメイ? おい、お前――――」 「ならば、そうだな。奴の言葉でいうならば“追加のBETを積んでやる”」 独白に無視できない単語を見つけたイスラの詰問を遮るように、 ピサロが銃剣を下ろしながら、懐かしむように言った。 「アリーゼとか言ったな。その娘、この島でどうなったか知っているか?」 イスラの銃口が、微かに震えたことを見て取ったピサロは、 数瞬だけ呼気を止め、そして肺に空気を貯めてから言った。 「獣に噛まれて死んだ。『先生』とやらを庇って、盲いた獣の前に飛び出てきた故に。  まあ、端的に言って――無為だったな」 静寂が荒野を浸す。 やがて、銃の駆動音がそれを打ち破った。イスラの銃口が完全に震えを止めて、ピサロを狙う。 だが、その意志は決して先走ることなく、銃の中に押し固められていた。 「言いたいことの他に、聞きたいことが出来た」 目を見開くイスラを見て、ピサロは口元を歪めて応ずる。 「好きにするがいい。もっとも、生半な雑音など遠間から囀るだけでは聞こえんぞ」 両者の銃撃が相殺され、爆風があたりを包む。 先に土煙の中から飛び出たイスラが銃撃を放ちつつピサロへ接近しようとする。 だが、ピサロもまた機先を制した射撃と魔法でイスラを寄せ付けない。 互いが互いをしかと見据え、間合いを支配しあう。 銃弾に、言葉に乗せて、イスラは想いを放つ。 ヘクトルがどれだけに偉大であったか。自分がどれほど彼らに救われたのか。 憧れというフィルターのかかったその想いは、決して真実ではないだろう。 合間合間にブラッドのことも混じるあたり、理路整然とはほど遠い。 だがそれでも恐れずに引き金を引き続ける。 どれほどに拙くとも、自分の言葉でピサロを狙い続ける。 ピサロもまた時に嘲り、時に否定しながら、イスラの弾丸を捌いていく。 インビシブルは使っていない。 それは、絶対の楯が絶対でなくなったからではなく、楯越しでは弾がよく見えないからだった。 拙いというのならばピサロもまた拙かった。 膨大な魔力で他者を圧倒するのがピサロの主戦術であるならば、 小細工を弄し、受けとめ、捌き続けるなど明らかに王道より逸れている。 話す側も拙ければ、聞く側も拙い。 子供の放し合いであり、しかし、確かに話し合いだった。 決して獣には成し得ぬ文化だった。 「ふん、お前がどれほどあの男に傾倒していたかはよく分かった。  だがお前はあの男を、あの男が描いた理想郷を終わらせたのだろう。  己が終の住処と定めた場所を捨てて、なぜお前はここにいるッ!!」 イスラの銃撃を頬に掠めながら、ピサロが銃剣を構える。 腰を低く落とし、足幅を広く取って重心を下げる。 「答えを教えてやろう。目の前に仇がいる。主君潰えようとも仇を為さずして死ぬわけにいかん。  お前からヘクトルの生を奪った私を、ヘクトルの死を奪ったジョウイを、  誅さねばならぬと、無意識が願ったのだッ!!」 常は片手で扱う銃剣を、両の手でしっかりと固定する。 強大な一撃を放つことは明白だった。 「装填、マヒャド×マヒャド×イオナズン。  だが、生憎と私は死ぬ気がない。そしてお前の刃では私に届かない。  つまり、お前はどう足掻こうが目的を達せられない」 銃剣の切っ先に氷の槍が生成されていく。 透き通るような煌めきは、障害を全て撃ち貫く決意に見えた。 「ならば、生を奪った者として、せめて引導を渡そう。三重装填――――スノウホワイト・verMBッ!!」 ピサロの意志が射出される。 絶対零度の意志は、決して融けぬ不変の槍。 だがその氷の中に潜むは、爆発するほどの激情。 圧縮された氷槍が内部爆発を起こし、大量の破片に分かれる。 そして、さらにその破片が爆発し、さらに膨大な破片に。 爆発し続ける氷はいつしかその数を無量の刃へと変えていた。 「終わりだ――目的もなく生き恥を晒し続けるぐらいならば、疾く飼い主の下に馳せ参じるがいい!」 迫り来る刃の群を前にして、イスラは銃身を額に添える。 なぜ自分は今生きているのか。それはピサロから問われるまでもなく問い続けてきた問いだった。 未だにその答えは出ていない。ならば敵討ちのためだというピサロの答えを否定できないのではないか。 (違う。そうじゃない。僕は――生きたいと思いたいんだ) 去来するのはカエルの背中。逃げ続けてここに残った男の背中。 生きる理由は、生きて為したいことは見つからないけど、 それでも理屈をこね回しているのは、生きたいと思いたいからだ。 (ならばどうして、死にたがりの僕がそう思う。生き恥を晒し続けて来た僕が――――) 違う。そうではない。そうではないのだ。 生きる理由はないけど、したいこともないけど、誰の役にも立ててないけど、 “今生きていることを恥だと思いたくない”。 目を見開いたイスラが、銃口を正面に向ける。 目の前にはもはや数え切れぬほどの氷刃の弾幕。 その全てがイスラを狙っている訳ではないが、それ故に回避は絶対に不可能。逃げ場はない。 だが、イスラは一歩も引かず、その氷を見据えた。 逃げてもいいということは知っている。それが無駄にならないということも知っている。 だが、無駄にならないからといって最初から逃げてどうする。 まして、今狙われているもの、それだけは絶対に譲れないのだ。 「フォース・ロックオン+ブランチザップ」 前を、世界を見据える。あの時のように、勇気を抱いたあの時のように。 決して揺るがぬ鋼の英雄のチカラがARMを満たす。 逃げも防御も無理。だったら、あの人ならきっとこう言うだろう。 「ロックオン・マルチッ!!」 笑止――――全弾、撃ち祓うのみッ!! イスラの一撃が放たれる。ブランチザップによって拡張された散撃が、 ロックオンプラスの冷徹な精度の狙撃と化し、 『拡散する精密射撃』という矛盾した一撃となる。 威力だけはただの一撃と変わらぬ故に安いが、拡散した氷刃をたたき落とすには十分過ぎる。 「ハッ! まだ足掻くか。やはりあるか、生き恥を晒し続けてでも為したいことが!!」 弾幕の全てをたたき落とされる光景を見て、ピサロは苦笑した。 口ではああいえど、根には執着があったということだ。 ならば、自分もまた―― 「だから、違うんだよ。お前と一緒にするな。僕はまだ何も見つけちゃいない!」 破片の破片をかき分けて、黒い影が疾駆する。 魔界の剣を携え、イスラがピサロへと切り込む。 「ならばなんだその生き汚さは。目的もなく希望もなく、何を抱いてこの瞬間を疾駆するッ!!」 ピサロは動ずることなく、銃剣を剣として構える。 こちらの攻撃が一手速い。少なくとも先んじて効果のある一撃を放つのは不可能だ。 「――――なでてくれた。その感触がまだ残ってる」 だが、イスラは止まることなく剣を走らせる。 その生に理由はなく、希望はなく、終着点も終わらせてしまったけど。 「やれば出来るって、最後に言ってくれたんだ。  だから僕は、この生を恥だとは思わない!! あの人が肯定してくれた僕の生を、否定しない!!」 それが、全てを終わらせて抜け殻になった僕に残った最後の欠片。 自分自身さえもが見限ったこの命を、最後の最後に認めてくれた。 だから、生きたいと思いたいのだ。 どれほどそう思えなくとも、他に何も残っていなくても、 理想郷を終わらせても、それでもこうして、足掻いている。 「だから、邪魔するなら退いて貰う。アンタも、ジョウイも、オディオだってッ!!」 魔界の剣を握った右手が、光に輝く。 一回腕を振って、全力で走ったらもう動けない? ふざけるな。そんなこといったら、あの掌ではたかれる。 「だって、僕の腕<ARM>は……まだ、二振りもついているッ!!」 フォースLv3・ダブルアーム。 腕から抜けていく力に、強引にフォースを注いで体勢を維持する。 銃だからではない。剣だからではない。 この腕に握るものこそが『ARM』。手を伸ばすということ。 目を見開くピサロの攻撃が止まる。だが、イスラは止まらない。 勇猛果敢さえも越えて、あの人の、獅子のような力強さを添えて奮い迅る。 「ブランチザップ・邪剣――――ッ!!」 込められるのはイスラの持つ剣撃系最高火力。 その速度・威力に陰りはなく、放たれればピサロとてその命脈に届く。 もはや通常の方法では避けようもない体勢である以上、インビシブルだけが唯一の対処法だ。 展開が速いか、イスラの一撃が速いか、それが最後の争点となる。 「フッ」 だが、ピサロはインビシブルを展開しなかった。 その目には怯懦はなく、むしろ得心すら浮かぶ。 あるいは、こうあるべきなのだという達観のように、目を閉じる。 こいつならば、あるいはというように―― だが、一向に斬撃の痛みが来ないことに気づいたピサロがゆっくりと目を開ける。 その胸に触れていたのは刃ではなく、イスラの拳だった。 何故、というより先に、遠く離れた場所でずぼりと地面に魔界の剣が突き刺さる。 その柄には、ぐっしょりと汗がついていた。 「――あの」 「ふんっ」 イスラが何かを言うよりも早く、ピサロは蹴りを放ちイスラを吹き飛ばす。 それで興味を失ったか、ピサロはイスラに背を向け、立ち去ろうとする。 「ま、待て! 待ちなよ」 「なんだ、もう一度などと言ったら今度こそ消し炭にするぞ」 「そうじゃないよ。その」 言い淀むイスラに、ピサロは嘆息して今度こそ去ろうとする。 だが、それより先に意を決したイスラが声をかけた。 聞かなければならないことは山ほどあるが、今は、これだけ。 「あんたの言ってたその獣って、最後はどうなったんだい」 ピサロの足が止まる。荒野に風が吹き、くすんだ銀髪を靡かせる。 「さあな。獣より性質の悪い畜生に追い立てられて逃げ失せた。後は知らん」 空を見上げながら、ピサロは独り言のように呟いた。 「多分、どこかで足掻いているのだろう。今更、本当に今更に、ヒトになろうと」 「……無理じゃないの?」 「だろうな。そこまでの道を進んでおきながら、逆走するようなものだ。  戻るのにどれだけかかるか、そこから進むのにどれほどかかるか。分かったものではない」 呆れるように、ピサロは失せた獣を想った。 この空の下で、灼熱の陽光に焼かれながら這いずり回る獣を想像する。 「それでも足掻くよりないのだろうさ。所詮獣、“いつか”など待ちきれぬ。  どれほどに遠かろうと果てが無かろうと、走らねば辿り着かないのだから」 そういって、ピサロは熱した大地に再び一歩を踏みしめた。 遥かな一歩のように。 「おい」 再度の呼びかけとともに、投擲物の風切り音が鳴る。 ピサロは振り返ることなく肩を過ぎるそれを掴む。水の入った使い捨ての水筒だった。 ピサロが僅かに振り返る。イスラは背中を向けて、水筒の水を汗に塗れた自分の頭に注いでいた。 何も言わず、ピサロはその場を去る。 水筒の蓋を開けて、喉を湿らせる。 「温い」 ぶつくさと言いながらも、その水を飲み干すまで水筒を捨てることは無かった。 獣だろうと、ヒトだろうと、喉は乾く。 【C-7とD-7の境界(C-7側) 二日目 日中】 【ピサロ@ドラゴンクエストIV】 [状態]:クラス『ピュアピサロ』 ダメージ:中 ニノへの感謝 ロザリーへの純愛 精神疲労:大 [スキル]:魔封剣、デュアルショット、アルテマバスター*いずれも要バヨネット装備 ミーディアム:ラフティーナ [装備]:バヨネット@RPGロワオリジナル [道具]:ミーディアム『愛の奇蹟』@WA2 クレストグラフ@WA2※ヴォルテック、ゼーバー、ハイ・ヴォルテック [思考] 基本:すべての命が、自らの意志で手を取り合える世になるよう力を尽くす 1:『その時』にむけて、したいことをしよう [参戦時期]:5章最終決戦直後  ※バヨネットはパラソル+ディフェンダーには魔導アーマーのパーツが流用されており魔導ビームを撃てます 【イスラ=レヴィノス@サモンナイト3】 [状態]:ダメージ:中、疲労:大 [スキル]:心眼 勇猛果敢 フォース・プリズナー№666(Lv1~4) [装備]:魔界の剣@DQ4 ドーリーショット@アーク2 44マグナム@LAL*残弾無し [道具]:召喚石『天使ロティエル』@SN3 召喚石『勇気の紋章』@RPGロワオリジナル [思考] 基本:今はまだ、したいことはないけれど。“いつか”を望み、したいことを探し続けよう 1:『その時』にむけて、したいことをしよう [参戦時期]:16話死亡直後(病魔の呪いから解かれている) <リザーブ支給品(全てC-7とD-7の境界(C-7側)に集められている)> 【ドラゴンクエスト4】  天空の剣(二段開放)@武器:剣 ※物理攻撃時クリティカル率50%アップ  毒蛾のナイフ@武器:ナイフ  デーモンスピア@武器:槍  天罰の杖@武器:杖 【アークザラッドⅡ】  デスイリュージョン@武器:カード  バイオレットレーサー@アクセサリ 【WILD ARMS 2nd IGNITION】  感応石×4@貴重品  クレストグラフ@アクセサリ ※クイック、ハイパーウェポン  データタブレット×2@貴重品 【ファイアーエムブレム 烈火の剣】  フォルブレイズ@武器:魔導書 【クロノトリガー】  “勇者”と“英雄”バッジ@アクセサリ:クリティカル率50%アップ・消費MP半減  パワーマフラー@アクセサリ  激怒の腕輪@アクセサリ  ゲートホルダー@貴重品 【LIVE A LIVE】  ブライオン@武器:剣 【ファイナルファンタジーⅥ】  ミラクルシューズ@アクセサリ  いかりのリング@アクセサリ 【幻想水滸伝Ⅱ】  点名牙双@武器:トンファー 【その他支給品・現地調達品】  海水浴セット@貴重品  拡声器@貴重品  日記のようなもの@貴重品  マリアベルの手記@貴重品  双眼鏡@貴重品  不明支給品@魔王が初期に所持していたもの  デイバック(基本支給品)×18*食品が現在アナスタシアが消費中 *時系列順で読む BACK△154:[[聖女のグルメ]]Next▼156:[[罪なる其の手に口づけを]] *投下順で読む BACK△154:[[聖女のグルメ]]Next▼156:[[罪なる其の手に口づけを]] |152:[[天空の下で -変わりゆくもの-]]|ピサロ|159-1:[[みんないっしょに大魔王決戦-魔王への序曲-]]| |153:[[Talk with Knight]]|イスラ|158:[[イスラが泉にいた頃…]]| #right(){&link_up(▲)} ----
** No.00「帝国軍諜報部式特別訓練」◆wqJoVoH16Y 生きている間は輝いて。 思い悩んだりは決してしないで。 人生はほんの束の間だから。 いつだって時間はあなたから奪っていくよ。 ――――――――――――――――――――――――世界最古の歌より。 土を踏む音が断続的に響く。踏みしめられた砂粒同士が噛み合い、砕けて粉になる。 鉄の軋む音が不規則に鳴る。銃身の中の駆動部が小さく動作を刻む。 足の運びは直線を選ばず、常に左右への動きを織り交ぜる。 左の銃口を常に前方へ、半身気味の身体を射線で覆う。 銃口の指し示す本当の前方へ、稲妻の軌道を刻んで疾駆する。 それが、イスラが行っていることの全てだった。 夏を想起させるほどの青空から照りつく太陽は容赦なく、 銃をつがえる左手の小指の先から汗が滴となって大地に吸い込まれる。 熱を吸う黒仕立ての上着は既に脱ぎ置かれていて、その背中にも汗が珠のように浮かんでいた。 [[カエル]]が言うだけ言って去った後、一人残されたイスラは「したいこと」を考え続けた。 だがカエルが言ったように、イスラが思ったように、イスラが求めるものはそんな一朝一夕で思い浮かぶことではない。 考えれば考えるだけ矮小な自分が頭をよぎり、思考を閉ざしてしまう。 だから、と言うわけではないが、イスラの身体は自然と歩くことを始めた。 立ち止まっていても何かが得られるとも思えなかったからか、単に座りっぱなしで体の節が痛みを覚えたからか。 イスラは銃の馴らしがてらに、身体を動かそうと思ったのだ。 唯一の懸念は銃や剣はおろか、全ての所持品を牛耳ったアナスタシアであったが、 そんな葛藤は肉とパンに囲まれて狼を枕に寝ているアナスタシアを見てどうでもよくなった。 3時間とほざいた大言壮語はどうなったのか、と言いたくもなったが、 寝てもなおしっかりと握られていた工具を見て、イスラはその言葉を飲み込む。 好き好んで会話を出来る相手ではないと経験しているイスラは、 寝ているのならば好都合と、集まった装備のいくつかと僅かな飲料水を見繕いその場を後にした。 (僕の、したいこと……) そうして元の場所に戻り、イスラはひたすらに銃を握って身体を動かしていた。 無論、専門の銃兵としての教育を受けていないイスラだ。今更銃撃戦をマスターしようなどとは露とも思っていない。 大ざっぱに狙って、なんとか引き金を引いて、かろうじて撃つ。その程度しかできないだろう。 だから、これはあくまでも訓練ではなく運動。気分転換に過ぎない。 強いて言うならば、馴らし。銃を握り続け、己が手――『ARM』に馴染ませる。 スレイハイムの英雄の教えを、少しでも身体に染み入らせるように。 銃口を向けた先、その先にあるものに少しでも手を伸ばすために。 一歩でも前に進めば、きっといつかにたどり着けると信じて。 ――――貴方が、全てを失ってなお幾許かの想いを残すのであれば……“戦場を用意しよう”。 不意に、銃口の向く先が震える。 手を伸ばした先に見えるのは、影の如き黒外套。 己の行く先に立ち尽くすその影をみて、イスラは歯を軋らせた。 銃を下げ、続くステップを大きく踏む。前に倒れてしまいそうなほどの前傾姿勢から浮かび上がるのは、右手の剣。 自信の前方からみて己が半身にすっぽり隠れるようにしていた魔界の剣を現し、一気に踏み込む。 銃撃からの疾走でその影の懐に入り込む。後はその刃で、この手に立ちふさがるモノをこの手で。 ――――違うよ、君は僕のことがきらいだろうけど。 死神の如き不吉をたたえた棍が、魔界の剣を弾き飛ばす。 見透かすように、敵足り得ぬというかのように、影はイスラの右手から刃を落とす。 そして影が煌めき、影の中から無数のツルギの影が浮かび上がる。 その全てがイスラが本来持っていたはずの、適格者であったはずの紅の暴君の形を取って。 無慈悲に、平等に―――― ――――僕は君のことが嫌いじゃない、それだけだ。 顎を伝った汗が数滴、地面へ落ちる。 イスラの身体はおろか周囲含め何一つ異変など無く、変わらぬ太陽の熱光だけが降り注いでいた。 砂を削るような小さな音がして、イスラはそちらに目を向ける。 乾いた大地の上に、魔界の剣が突き刺さっていた。 じっと手をみる。確かめた右手には、びっしょりと汗が吹き出ていた。 「首を取り損ねたか?」 突然の来訪者にイスラは反射的に右手をかくし、来訪者をみた。 くすんだ銀の髪を風に靡かせたのは、元魔族の王、[[ピサロ]]。 「いきなり話しかけて、その上何を言い出すんだい。  こんな誰もいない所で、首もへちまもないだろ。ただの運動、肩慣らしさ」 首をすくめておどけ、イスラは剣を引き抜こうとする。 「想定は、ジョウイとやらか」 だが世間話のように放たれた言葉が、イスラの身体を縫い止めた。 「参考までに。どうしてそう思った?」 「歩法。左右に身体を振っていたのは、前方からの攻撃に的を絞らせぬためだ。  銃は牽制……いや、進路の確保だろう。“遠距離射撃を切り抜けて一撃を叩き込む”。  そんな汎用性のない攻撃を反復しているのだ。具体的な相手を想定していると考えたくもなるだろう」 余裕さえ感じ取れるほどに落ち着いた瞳に、イスラは言いようもない不快感を覚えた。 それはあの雨の中で無様に取り乱したピサロを見ていたが故か、 そこから這い上がったらしいピサロへの嫉妬か、 あるいは、こうして自分の前にのうのうと姿を晒すことへの憤りだったか。 だが、やはりなによりも、己の中の無意識を言葉にされてしまったことに不快を覚えた。 「そうかもね。ここから先、戦うとしてもジョウイかオディオのどちらかだけだ。  戦い方の分からないオディオじゃなくて、  戦い方の見えているジョウイに合わせた攻撃を、知らずに反復していたのかもしれないね」 とにかく会話を打ち切りたくて、イスラは形だけの同意を示す。 「どんな卑怯な手を使ってか抜剣覚醒はしたみたいだけど、  ジョウイの攻撃の主力はやっぱりあのダークブリンガーみたいな黒い刃の召喚術だ。  棒や剣による攻撃もしてたけど、姉さんみたいな一流にはほど遠い。  あいつの主戦場は遠距離戦だ。懐に飛び込めさえすれば、それで行ける」 あふれ出す言葉が上滑りしていた。口が勝手に動く。ピサロを、そして自分自身を煙に巻くように言葉を綴る。 「真紅の鼓動も使ってたし、召喚獣や亡霊兵もいる。ちまちま遠距離で差し合ってたら埒があかない。  近距離で、重い一撃を叩き込む。あいつ相手に必要なのはそれだけだよ」 そこまで喋って、ピサロが笑っていることに気づいた。 お世辞にも好意的ではない、嘲りすら混じった笑みだった。 「……何かいいたそうだね?」 「いや……なるほどな。それで、銃と足捌きであの奇怪な刃を抜けて、  一刀両断を狙う動きだった……の、割には最後が締まらないな」 不機嫌を露わにするイスラに、ピサロは構うことなく感想を言い放つ。 やっぱり、とイスラは苦虫を噛み潰した。どうやら運動を始めて相当早い段階で見ていたらしい。 そう、イスラは最後の斬撃を失敗した。先の1回だけではない。 何度も何度も、最後の一足跳びからの攻撃だけが、必ず仕損じるのだ。 「一足一動……ってね。どんな戦いでも、相手の動きに先んじてのそれ以上の動きって、できないもんなんだよ」 戦闘とは常に流動的であり、常に一所に留まらず変化していくものであるが、 それを極限まで突き詰めると『1回の移動と1回の行動』に分解される。 全く同条件で2人が相対し戦闘した場合、一人の人間が移動と行動を1回行えば、相手とて必ず動くし、その逆もしかり。 ならばたとえどれほどの乱戦であろうとも『移動と行動』その繰り返しに分解できる、という考え方である。 「でも、ジョウイを一撃で倒そうとするなら、あの刃を抜けてもう一撃を叩き込まなきゃいけない」 そういってイスラは沈黙した。ジョウイの黒き刃を抜けるために『行動』し、 その空いた道を『移動』して近づくまではイメージできる。 だが、そこからジョウイが動く前にもう一度『攻撃』できるイメージが見えないのだ。 全力で凌いで全力で進む。その後全力で攻撃するまでにどうしても一拍が生ずる。 その一拍を見据えて、ジョウイは容赦なく狙ってくるだろう。 イスラは、血を出すほどに歯を軋らせた。 姉のような武功者であっても、足を殺して二撃。茨の君のような暗殺者であっても、手を殺して二足。 話に聞くルカのような規格外ならば話も別だろうが、イスラにはその才はない。 最後の一撃。その差が、今のイスラとジョウイを隔てる絶対的な差のように見えてならなかったのだ。 「ククク……成程な」 くぐもったピサロの笑いがイスラの思考を寸断する。 そういえば、こいつは一体何のために来たのか。真逆カエルと同じように僕に何か説教でもするつもりだったのか。 「なあ、結局あんた――」 なにをしに来たんだ、と言おうとしたはずの言葉は、撃鉄の音に遮られる。 イスラが向き直った先には、バヨネットの無機質な砲口が闇を湛えていた。 「……何の真似だい?」 「興が乗った。つき合ってやろうか」 イスラに銃口を向けたまま、ピサロは余裕を崩さず答えた。 「何をしにきた、と言ったな。貴様と同じだよ。私の魔力が全快するには時間がかかりすぎる。  ならば、この玩具を馴らしておくに越したことはないのでな」 銃身に魔力の光が満たされる。それは弱いものであったが、紛れもない実のある魔力だった。 「ふざけるなよ。あんた何を考えて――」 熱線がイスラの横を通り過ぎる。初級魔法一発分の魔力であったが、集束した魔力は地面に黒い軌跡を描く。 「その無駄な煩悶を終わらせてやろうというのだ。手を抜いた私の攻撃を抜けられないようではあの小僧に届きもせんだろう」 「手加減って……当たったら無事じゃ済まないだろ。こんなことをやっている場合じゃ――」 「“ゼーバー、ゼーバー、ゼーバー”――――早填・魔導ミサイル」 イスラの言葉を掻き消すかのように、バヨネットに込められた無属性の魔力が発射される。 砲身に充密するよりも早く引鉄を引かれた魔弾はレーザーのような密度は無いものの、 その数の暴威を以て弾幕を成し、イスラ目掛けて着弾する。 「――こんなことをやっている場合ではない、と来たか。  まさか私を『仲間』か何かだとでも思っているのか。他ならぬお前が?」 巻き上げられた噴煙の向こうに、ピサロは呆れた調子で吐き捨てる。 そこには『仲間』を案ずるような気配は微塵もない。 「端的に言って失笑だぞ。そも私が出向いた時点で時間切れなのだ。  その上、この“私を目の前にして『こんなことをしている場合ではない』という”――それ自体が無能の証左と知れ」 告げられる言葉は明確な侮蔑。だが、独りごとではなく、明確な受信者を想定された音調だった。 「……どういう意味だ。なんでお前が僕に用がある」 砂煙が晴れた先にあったのは、紫がかった透明の結界。 結界の中のイスラの傍らに侍った、霊界サプレスの上級天使ロティエルのスペルバリアである。 「“私がお前に用があるのではない”。“お前が私に用が無いのか”と聞いている。  それとも分かった上で言っているのか。だとすれば無能ではなかったな――ただの糞だ」 散弾ではなく収束させたブリザービームの一閃が、魔弾で摩耗した聖盾を貫通する。 凍てつく波動を使わずに力技で破砕したあたりに、感情がにじんでいる。 「何故座っている。何もすることが無いというのか――――“この私が目の前にいるのに”?」 砕け散る障壁の中で、イスラはピサロの目と銃口を見つめた。 「ちらちらと、私を睨んでいたこと、気づかないとでも思ったのか。  半端な敵意などちらつかせるな。うっとおしい」 その眼だと、ピサロは侮蔑する。 言いたいことがあると口ほどに言っているにも関わらず、それを形にしない。 心の中でその感情を弄び、愛撫し続けている有様を。 「待ってどうする。運命がお前のために出向いてくれるとでも?  全てに綺麗な“かた”が付けられる奇跡的な瞬間が最後にやって来るとでも思っているのか?」 いつかを待って蹲る人間に対し、ピサロは再び魔砲を充填し始める。 ここではない、ここではない、俺が全力を出す場所はここじゃない。 いつか、いつかこの想いを解き放つに相応しいときがくるはずだから。 「“来んよ”。お膳立てなど無い。在るのは袋小路だけだ。その時お前はどうする?  追いつめられて、どうにもならなくなって、全てを失って、そこから泣いて喚いて切り札を抜くのか?」 そんな泣き言をのたまう誰かを打ち砕くように、ピサロは黒い雷の一撃を放った。 「あの哀れな男のように」 一閃は雷の速さでイスラを穿たんと迫る。 しかしその間際、寸毫の狭間でイスラは一撃を躱し、ピサロに迫りかかった。 「[[ヘクトル]]のコトかあああああああああァァァァァァァァッッッ!!!!!!!!」 一瞬で揮発した感情を爆ぜさせながらその軽足を以てイスラはピサロへ接近する。 地中深くで死骸を熟成させてできた油を、地層の中で直に点火させたような爆発だ。 限界の速度で駆動するイスラにあるのは、自分の心臓の奥底を無遠慮に弄られたような嫌悪だった。 見せないように、お前のために我慢していたものを、どうしてお前が開きに来る――! 「ああ、やはりか。どこかで見た眼だと思った――そういえば、あの男もこうやって死んだのであったな」 イスラの怒りも柳というかのように、クレストグラフを2枚重ねて、大嵐を巻き起こす。 放たれた真空の刃がイスラを、否、イスラの四方全て纏めて切り刻む。 イスラは嵐を前に、回避を選ばざるを得ない。横に飛んで避けるが、衣服と皮膚に傷が走る。 怒り狂った獣の爪の届かぬ位置から、肉を少しずつ殺ぐように刻んでいく。既に一度行った作業を反復だった。 「あれは愚かだったよ。大望を抱き、それに届き得る才気の片鱗を持ちながら二の足を踏んで機を逸した。  守りたいと奪わせないと、失った後で泣き叫ぶ――――実に、良い道化だった」 「お前が、ヘクトルを語るなアアァァァァ!!!!」 近づけないならと、イスラは銃を構えその手<ARM>を伸ばす。 その喧しい口を閉じろと、フォースを弾丸に変えてピサロの口を狙う。 「ハッ、貶されて癇癪か。“わかるぞ”。自分のたいせつなものを馬鹿にされるのは悔しいものだ」 だが、ピサロのもう一つ“口”が返事とばかりに、砲撃でイスラの想いを呑みこんでしまう、 「お前に、お前に僕の何が分かる!」 「お前が取るに足らない人間ということくらい、分かるさ。  “そんなお前をあの男は随分と買っていたようだ”が、愚か者の隻眼には石塊も宝石に見えるらしい」 吐き捨てられた言葉が、イスラの中で津波のような波紋を立たせる。 イスラからヘクトルを奪いながら、まだ飽き足らずにヘクトルを貶めている。 ごちゃ混ぜになる感情の奔流が、強引に銃身へと圧縮されていく。 「うるさい……うるさいよお前……!」 (お前が語るな。お前が歌うな。あの人の終わりを穢すな) 別に近づく必要などない。 ピサロのやかましい銃“口”を塞ぐには、より大きな“音”で掻き消せばいい。 この言葉にならぬ原初の感情を、一撃にたたき込む。 この矜持を、あの終わりを得た自分の感情を込めて。 「あ、あ、あああああああああああああああああああああああああああああああ!」 「遠吠えなぞ煩いだけだ。仮にもヒトなら言葉を使え」 だが獣の鳴き声など伝わらないとばかりに、 絶対防御<インビシブル>がブーストショットを無効化する。 不完全な勇気の紋章と石像から完成された愛の奇蹟の差故か、あるいは“もっと根源的な理由”からか、 イスラの感情はピサロに届かない。 「お前のような獣には心得があってな。自分の柔らかい所を触られると直ぐに熱くなる。  そして、簡単に意識がそこに集まって――――他に何も見えなくなる」 何のことだ、と疑問を抱くより早くイスラの背後でイオナズンの爆発が生じ、イスラは前方に大きく吹き飛ばされる。 魔導ではない、純粋な『魔法』。 ピサロの銃口に気をとられていたイスラには、後方からも攻撃が来る可能性を抱く余地が無かった。 「受動的なのだよ。起こること、触れる全てにその時々の想いを重ねて動いてきたのだろう。  だから状況に刺激されて反応が遅れ、掌で踊らされるのだ。どこぞの間抜けのようにな」 爆発と同時に取り落としたドーリーショットを拾いに立ち上がるより先に、ピサロの方向がイスラに向けられる。 イスラは俯せのままピサロを睨みあげる。 今のピサロには、獣狩り程度の感覚しかないのが見て取れた。 受動的。その言葉に、イスラの中で苦みが生ずる。 確かにここまでの自身の行動において、主体的に動けた事例は数少ない。 あの雨の中の戦い、ゴゴの暴走、ヘクトルの死。 起きた事態に対して、もがいてきた。胸に抱く想いに真剣に足掻いてきた。一切の疑いなくそう言い切れる。 だが、その事態の発生に関われなかったイスラは常に受け身の立場を強いられてきた。 荒れ狂う激流の中で生き足掻くこの身も、川面から見れば波打つ流れに木の葉が翻弄されているようにも見えただろう。 忘れられた島の戦いに於いて、帝国軍・無色の派閥・島の住人の三者を手玉に取ってきたイスラの現状としてはあまりに滑稽だ。 「“それがどうしたっていうんだよ”……!!」 だからどうした、とイスラは拒絶の意志を湛えてピサロを睨みかえす。 後から見返して間抜け、短慮というだけなら子供でもできる。 部外者の――否、イスラではないピサロにとってはそれはただの無様の記録でしかないかもしれないけど。 それは、イスラがありのままの自分で、ありのままの世界を見た上で歩んできた記憶だった。 たいせつな、たいせつな終わりなのだ。 「不満そうだな。言ってみろ。仇も満足に討てないのなら、せめて言葉で一矢報いればどうだ」 「……お前なんかに、僕の想いが分かるかよ」 手を払いのけるようにイスラは吐き捨てる。 やっと認められた、自分の中で受け入れられたこの想いを、ピサロになど語りたくなかった。 たった1つ残ったあの終わりだけは、誰にも穢させたくなかった。 「怖いのか。その抱いた想いを外に出すのが、怖くてたまらないのか」 「―――――――――っ!?」 だが、ピサロはイスラが庇ったその想いではなく“庇い続けるイスラを撃ち抜いた”。 イスラの目が、銃口の先、好悪綯交ぜとなったピサロの瞳を映す。 「その獣は、愚かだったよ。身体の内から何かが湧き上がっている激情。初めはその名前すら知らずに翻弄されていた」 ピサロの口から、侮蔑の呪いが吐き捨てられる。 だが、それはイスラを罵りつつも、別の何かを嘲るようだった。 「その名前を知った後は、それに酔いしれた。  自分一人が、その奇麗なものの名前を知っていればいいと、その想いで身を鎧った」 ほんの少し前に見てきたようなかのような臨場感で、獣の痴態を歌う。 「後は、ただの無様だ。それに触れられれば噛みつき、狂奔し、盲いたまま何処とも知らず走り回り、  流されていることと進むことの区別もつかず、自分の中に全てがあると吠えていた――滑稽にもほどがあるだろう」 “分かっているのだ”。“間違っていることも分かっててやっているのだ”。 “だから己は正しいのだ”。“これが唯一無二の正解なのだから他の意見など必要ない”。 故に獣は触れる全てに害をなす。全てに噛みつくが故に、簡単に踊らされる。 「だから口を閉じろと喚いていたよ――――笑わせる、違うと言われることを恐れていただけの癖に」 ピサロはせせら笑う。誰彼かまわず噛みついた獣は、ただ、臆病だっただけなのだと。 誰かに否定されるのが怖かったから、誰の言葉も求めなかった。 不朽不滅と誇っていたものは、ただ、誰にも触れさせてこなかっただけなのだと。 過ぎ去った獣に向けるピサロの苦笑に、イスラは鏡を見るような気分を覚えた。 死にたいと願い、自分を偽って生きてきた。 そしてあの巨きな背中に憧れ、誰かのために生きたいと願えた自分の想いを素直に受け入れることができた。 二度目の生でようやく認められたこの想いを大切にしたいと、そう想えたのだ。 だがそれは、それだけでは、ピサロが嘲笑う獣と何が違うのだろうか。 誰がためと言いながらそれを誰にも言わないのなら、自己満足と何が違うのか。 違う、と思う。そんなケダモノなんかと一緒にするな、と叫ぶことはできる。 じゃあ、この感情を口に出せない僕は、なんなのか。 これほどまでにココロを満たすモノを、何故形にできないのか。 「お前に僕の気持ちは分からない、と言ったな。  分かるわけがないだろう。内心で反芻するだけの音など、聞こえるか。  子供でもあるまいに。他人が好き好んで貴様の妄想に寄り添ってくれると思うなよ」 ――――貴方のほうがよっぽど私より子供ですっ!!     違いますか!? どうなんですか!? はいか、いいえかちゃんと答えて!? 唾液に濡れた粘膜の先に波が伝わらない。言い返すべきなのに、言葉が出ない。 素直になれたはずなのに、感情を認められたはずなのに、外に出せない。 それは、知っているからだ。 この世はどうしようもなく損得勘定で、 馬鹿正直に心を開けばそれを逆手にとられて痛い目を見て、嘲笑されるだけで、 形にすれば砕けてしまうかもしれなくて、触れられれば壊されるかもしれなくて。 「あの男は愚かではあった。だが少なくとも最後まで願いを、守りたいモノの名を伝えていたぞ。  だから言えるのだ。こんな臆病者を死ぬまで守ろうとしたお前は、心底愚かであったとッ!」 ピサロの撃鉄に力が籠る。 測るに値しない器ならば砕けても構わないというように。 だからとりあえず無関心を決めこめば、傷つくこともないし、他人にバカにもされないということを。 それはどう足掻いたところで不変の真実で、それが一番簡単な平穏なんだって知っている。 でも。 「[[ストレイボウ]]は測った。ならば貴様はどうだイスラ。貴様は獣か、人か、勇者か、魔王か?」 知らないよ、僕が誰かなんて。でも、でも。 ――――なんで、黙ったままやられ放題でいるんですかっ!? ここまで言われて、黙っていられるほど、デキちゃいないッ!! 空いた左手を背後に回し、もう一つの銃<ARM>を取り出す。 44マグナム。六連回転式弾倉に込められた火薬よりも鋭く熱い意志が、引鉄と共に放たれ、 横合いから砲口の軌道を僅かに逸らす。 その僅かな間隙を縫って、イスラはドーリーショットを回収してピサロとの距離をとった。 「隠し腕。無為無策という訳ではなかったか」 ピサロは状況を淡々と見定め、生き足掻いた目の前の存在を眇める。 「そういや、[[アリーゼ]]にも言われてたよ。人にモノを聞かれた時は、とりあえず“はい”か“いいえ”だっけか」 肩で息をしながら、イスラは下を向いたまませせら笑った。 思い出す。今のように矢継早にまくしたてられて、言葉を紡げなくなってしまったことを。 僕の逃げ場を全部潰したうえで、ボロクソに叩きのめしてくれた少女を。 ――――貴方がどんな理由でそんなふうな生き方を選んだかなんて私にはわかりません     話してくれないことをわかってあげられるはずないもの… その少女は最初、何も言えなかった。 その眼に明らかに何か言いたげな淀みを湛えながら、それを出せなかった。 変えたい何かがあるのに、それに触れることで自分が傷つくことを恐れていた。 僕のように、あの人のように。 だけど、彼女は歩き出した。世界を変えたければ、自分が変わることを恐れてはならないと知っていたから。 「ああ、そうだよ。僕は、僕は――」 唇が震える。見据えてくるピサロの眼に胸が締め付けられる。 きっと、もしかしたら、あの時僕を罵倒した彼女も、こうだったのかもしれない。 他人を傷つけるのならば、自分が傷つくことを恐れないわけがない。 ああ、だから、僕は知っている。 本音<イノリ>を言葉<カタチ>にするということは、とてつもない勇気<チカラ>が必要だということを。 「僕はクズだよ。言いたいことはうまく言えないし、口に出せば大体皮肉になるし。  泣くのは失った後で、素直になるのは、いつだって手遅れになってからだ」 自分で言って情けなくなってくる。 しかも、言葉にしてしまえばもう取り返しは効かない。 吸った息で、自分の中の何かが酸化していく。外側に触れた分、変質してしまう。 「でも、あの人たちはそんな僕に触れようとしてくれた。  僕を肯定してはくれなかったけど、分かろうとし続けてくれた」 その不快をねじ伏せ、もう一度ドーリーショットを強く握る。 僕のしみったれたプライドなんてそれこそゴミだろう。 前を見ろ。今目の前にいる男は、一体何を踏み続けている? 「ブラッドを……ヘクトルを……こんな僕に「勇気」を教えてくれたあの人たちを……」 胸に抱く勇気の紋章が放つ燐光が、腕を伝い鉄を満たし、銃をARMへと変えていく。 口を閉じてほしいのではない。ピサロがヘクトルを愚かだと想う、それ自体が辛いのだ。 だから放つ。自分が傷つくことも厭わず、撃鉄に力を込める。 だって、僕は知っているんだ。 ユーリルが、ストレイボウが、ブラッドが、ヘクトルが――――アリーゼが教えてくれた。 「馬鹿に、するなァァァァァァッッ!!」   勇気<チカラ>を込めて言葉<カタチ>に変えた本音<イノリ>は、 世界さえ変えられるんだってことを。 「……アリーゼ……“アリーゼ=マルティーニ”か?」 放たれた弾丸のけた違いの威力を、ピサロは見誤らない。 反応が遅れた今、初見での撃ち落としは博打に過ぎると判断したピサロは、 インビシブルを発動し、やり過ごそうとする。 「――――ッ!? 徹甲式とはッ!!」 だが、ピサロの驚愕とともにインビシブルに亀裂が走る。 本来、インビシブルはラフティーナの加護を得た者に与えられる絶対防御だ。 揺るがぬ愛情、その意志の体現たる鎧は1000000000000℃の炎さえも凌ぐ不朽不滅であるはずなのだ。 「それと拮抗する。なるほど、あの女とは異なる意志の具現かッ!」 傷つくことへの恐怖を乗り越えてでも、その想いを形にする意志。 その勇気が籠もった弾丸は即ちジャスティーンの威吹。 同じ貴種守護獣の加護ならば、欲望を携えた聖剣同様『絶対』は破却される。 「がっ、深度が足りんなッ!!」 しかし、絶対性を無効化したとてその堅牢性は折り紙付き。 決して失われぬピサロの愛を前に、イスラの勇気はその弾速を反らされ、悠々と回避する隙を与えてしまう。 「構わないよ。お前に伝わるまで、何千何万発でもぶち込んでやるからさ」 だがイスラは一撃が反らされたことに悔しさも浮かべず、次弾を装填する。 ヘクトルも、ブラッドも、たった一度で全てを伝えようとしたわけではない。 何回も何回も、言葉を重ねて、それで少しでも伝わるかどうかなのだ。 だから、イスラも何度でも意志を放つ。不変の想いを変えるために。 「……くくく、これも星の巡りというやつか。メイメイ……あの女、一体どこまで観ているのやら……」 そんなイスラを見て、ピサロは面白がるように笑った。 今こうして2人が銃を向けあうこの瞬間に、偶然以上の何かを見つけたかのように。 「メイメイ? おい、お前――――」 「ならば、そうだな。奴の言葉でいうならば“追加のBETを積んでやる”」 独白に無視できない単語を見つけたイスラの詰問を遮るように、 ピサロが銃剣を下ろしながら、懐かしむように言った。 「アリーゼとか言ったな。その娘、この島でどうなったか知っているか?」 イスラの銃口が、微かに震えたことを見て取ったピサロは、 数瞬だけ呼気を止め、そして肺に空気を貯めてから言った。 「獣に噛まれて死んだ。『先生』とやらを庇って、盲いた獣の前に飛び出てきた故に。  まあ、端的に言って――無為だったな」 静寂が荒野を浸す。 やがて、銃の駆動音がそれを打ち破った。イスラの銃口が完全に震えを止めて、ピサロを狙う。 だが、その意志は決して先走ることなく、銃の中に押し固められていた。 「言いたいことの他に、聞きたいことが出来た」 目を見開くイスラを見て、ピサロは口元を歪めて応ずる。 「好きにするがいい。もっとも、生半な雑音など遠間から囀るだけでは聞こえんぞ」 両者の銃撃が相殺され、爆風があたりを包む。 先に土煙の中から飛び出たイスラが銃撃を放ちつつピサロへ接近しようとする。 だが、ピサロもまた機先を制した射撃と魔法でイスラを寄せ付けない。 互いが互いをしかと見据え、間合いを支配しあう。 銃弾に、言葉に乗せて、イスラは想いを放つ。 ヘクトルがどれだけに偉大であったか。自分がどれほど彼らに救われたのか。 憧れというフィルターのかかったその想いは、決して真実ではないだろう。 合間合間にブラッドのことも混じるあたり、理路整然とはほど遠い。 だがそれでも恐れずに引き金を引き続ける。 どれほどに拙くとも、自分の言葉でピサロを狙い続ける。 ピサロもまた時に嘲り、時に否定しながら、イスラの弾丸を捌いていく。 インビシブルは使っていない。 それは、絶対の楯が絶対でなくなったからではなく、楯越しでは弾がよく見えないからだった。 拙いというのならばピサロもまた拙かった。 膨大な魔力で他者を圧倒するのがピサロの主戦術であるならば、 小細工を弄し、受けとめ、捌き続けるなど明らかに王道より逸れている。 話す側も拙ければ、聞く側も拙い。 子供の放し合いであり、しかし、確かに話し合いだった。 決して獣には成し得ぬ文化だった。 「ふん、お前がどれほどあの男に傾倒していたかはよく分かった。  だがお前はあの男を、あの男が描いた理想郷を終わらせたのだろう。  己が終の住処と定めた場所を捨てて、なぜお前はここにいるッ!!」 イスラの銃撃を頬に掠めながら、ピサロが銃剣を構える。 腰を低く落とし、足幅を広く取って重心を下げる。 「答えを教えてやろう。目の前に仇がいる。主君潰えようとも仇を為さずして死ぬわけにいかん。  お前からヘクトルの生を奪った私を、ヘクトルの死を奪ったジョウイを、  誅さねばならぬと、無意識が願ったのだッ!!」 常は片手で扱う銃剣を、両の手でしっかりと固定する。 強大な一撃を放つことは明白だった。 「装填、マヒャド×マヒャド×イオナズン。  だが、生憎と私は死ぬ気がない。そしてお前の刃では私に届かない。  つまり、お前はどう足掻こうが目的を達せられない」 銃剣の切っ先に氷の槍が生成されていく。 透き通るような煌めきは、障害を全て撃ち貫く決意に見えた。 「ならば、生を奪った者として、せめて引導を渡そう。三重装填――――スノウホワイト・verMBッ!!」 ピサロの意志が射出される。 絶対零度の意志は、決して融けぬ不変の槍。 だがその氷の中に潜むは、爆発するほどの激情。 圧縮された氷槍が内部爆発を起こし、大量の破片に分かれる。 そして、さらにその破片が爆発し、さらに膨大な破片に。 爆発し続ける氷はいつしかその数を無量の刃へと変えていた。 「終わりだ――目的もなく生き恥を晒し続けるぐらいならば、疾く飼い主の下に馳せ参じるがいい!」 迫り来る刃の群を前にして、イスラは銃身を額に添える。 なぜ自分は今生きているのか。それはピサロから問われるまでもなく問い続けてきた問いだった。 未だにその答えは出ていない。ならば敵討ちのためだというピサロの答えを否定できないのではないか。 (違う。そうじゃない。僕は――生きたいと思いたいんだ) 去来するのはカエルの背中。逃げ続けてここに残った男の背中。 生きる理由は、生きて為したいことは見つからないけど、 それでも理屈をこね回しているのは、生きたいと思いたいからだ。 (ならばどうして、死にたがりの僕がそう思う。生き恥を晒し続けて来た僕が――――) 違う。そうではない。そうではないのだ。 生きる理由はないけど、したいこともないけど、誰の役にも立ててないけど、 “今生きていることを恥だと思いたくない”。 目を見開いたイスラが、銃口を正面に向ける。 目の前にはもはや数え切れぬほどの氷刃の弾幕。 その全てがイスラを狙っている訳ではないが、それ故に回避は絶対に不可能。逃げ場はない。 だが、イスラは一歩も引かず、その氷を見据えた。 逃げてもいいということは知っている。それが無駄にならないということも知っている。 だが、無駄にならないからといって最初から逃げてどうする。 まして、今狙われているもの、それだけは絶対に譲れないのだ。 「フォース・ロックオン+ブランチザップ」 前を、世界を見据える。あの時のように、勇気を抱いたあの時のように。 決して揺るがぬ鋼の英雄のチカラがARMを満たす。 逃げも防御も無理。だったら、あの人ならきっとこう言うだろう。 「ロックオン・マルチッ!!」 笑止――――全弾、撃ち祓うのみッ!! イスラの一撃が放たれる。ブランチザップによって拡張された散撃が、 ロックオンプラスの冷徹な精度の狙撃と化し、 『拡散する精密射撃』という矛盾した一撃となる。 威力だけはただの一撃と変わらぬ故に安いが、拡散した氷刃をたたき落とすには十分過ぎる。 「ハッ! まだ足掻くか。やはりあるか、生き恥を晒し続けてでも為したいことが!!」 弾幕の全てをたたき落とされる光景を見て、ピサロは苦笑した。 口ではああいえど、根には執着があったということだ。 ならば、自分もまた―― 「だから、違うんだよ。お前と一緒にするな。僕はまだ何も見つけちゃいない!」 破片の破片をかき分けて、黒い影が疾駆する。 魔界の剣を携え、イスラがピサロへと切り込む。 「ならばなんだその生き汚さは。目的もなく希望もなく、何を抱いてこの瞬間を疾駆するッ!!」 ピサロは動ずることなく、銃剣を剣として構える。 こちらの攻撃が一手速い。少なくとも先んじて効果のある一撃を放つのは不可能だ。 「――――なでてくれた。その感触がまだ残ってる」 だが、イスラは止まることなく剣を走らせる。 その生に理由はなく、希望はなく、終着点も終わらせてしまったけど。 「やれば出来るって、最後に言ってくれたんだ。  だから僕は、この生を恥だとは思わない!! あの人が肯定してくれた僕の生を、否定しない!!」 それが、全てを終わらせて抜け殻になった僕に残った最後の欠片。 自分自身さえもが見限ったこの命を、最後の最後に認めてくれた。 だから、生きたいと思いたいのだ。 どれほどそう思えなくとも、他に何も残っていなくても、 理想郷を終わらせても、それでもこうして、足掻いている。 「だから、邪魔するなら退いて貰う。アンタも、ジョウイも、オディオだってッ!!」 魔界の剣を握った右手が、光に輝く。 一回腕を振って、全力で走ったらもう動けない? ふざけるな。そんなこといったら、あの掌ではたかれる。 「だって、僕の腕<ARM>は……まだ、二振りもついているッ!!」 フォースLv3・ダブルアーム。 腕から抜けていく力に、強引にフォースを注いで体勢を維持する。 銃だからではない。剣だからではない。 この腕に握るものこそが『ARM』。手を伸ばすということ。 目を見開くピサロの攻撃が止まる。だが、イスラは止まらない。 勇猛果敢さえも越えて、あの人の、獅子のような力強さを添えて奮い迅る。 「ブランチザップ・邪剣――――ッ!!」 込められるのはイスラの持つ剣撃系最高火力。 その速度・威力に陰りはなく、放たれればピサロとてその命脈に届く。 もはや通常の方法では避けようもない体勢である以上、インビシブルだけが唯一の対処法だ。 展開が速いか、イスラの一撃が速いか、それが最後の争点となる。 「フッ」 だが、ピサロはインビシブルを展開しなかった。 その目には怯懦はなく、むしろ得心すら浮かぶ。 あるいは、こうあるべきなのだという達観のように、目を閉じる。 こいつならば、あるいはというように―― だが、一向に斬撃の痛みが来ないことに気づいたピサロがゆっくりと目を開ける。 その胸に触れていたのは刃ではなく、イスラの拳だった。 何故、というより先に、遠く離れた場所でずぼりと地面に魔界の剣が突き刺さる。 その柄には、ぐっしょりと汗がついていた。 「――あの」 「ふんっ」 イスラが何かを言うよりも早く、ピサロは蹴りを放ちイスラを吹き飛ばす。 それで興味を失ったか、ピサロはイスラに背を向け、立ち去ろうとする。 「ま、待て! 待ちなよ」 「なんだ、もう一度などと言ったら今度こそ消し炭にするぞ」 「そうじゃないよ。その」 言い淀むイスラに、ピサロは嘆息して今度こそ去ろうとする。 だが、それより先に意を決したイスラが声をかけた。 聞かなければならないことは山ほどあるが、今は、これだけ。 「あんたの言ってたその獣って、最後はどうなったんだい」 ピサロの足が止まる。荒野に風が吹き、くすんだ銀髪を靡かせる。 「さあな。獣より性質の悪い畜生に追い立てられて逃げ失せた。後は知らん」 空を見上げながら、ピサロは独り言のように呟いた。 「多分、どこかで足掻いているのだろう。今更、本当に今更に、ヒトになろうと」 「……無理じゃないの?」 「だろうな。そこまでの道を進んでおきながら、逆走するようなものだ。  戻るのにどれだけかかるか、そこから進むのにどれほどかかるか。分かったものではない」 呆れるように、ピサロは失せた獣を想った。 この空の下で、灼熱の陽光に焼かれながら這いずり回る獣を想像する。 「それでも足掻くよりないのだろうさ。所詮獣、“いつか”など待ちきれぬ。  どれほどに遠かろうと果てが無かろうと、走らねば辿り着かないのだから」 そういって、ピサロは熱した大地に再び一歩を踏みしめた。 遥かな一歩のように。 「おい」 再度の呼びかけとともに、投擲物の風切り音が鳴る。 ピサロは振り返ることなく肩を過ぎるそれを掴む。水の入った使い捨ての水筒だった。 ピサロが僅かに振り返る。イスラは背中を向けて、水筒の水を汗に塗れた自分の頭に注いでいた。 何も言わず、ピサロはその場を去る。 水筒の蓋を開けて、喉を湿らせる。 「温い」 ぶつくさと言いながらも、その水を飲み干すまで水筒を捨てることは無かった。 獣だろうと、ヒトだろうと、喉は乾く。 【C-7とD-7の境界(C-7側) 二日目 日中】 【ピサロ@ドラゴンクエストIV】 [状態]:クラス『ピュアピサロ』 ダメージ:中 ニノへの感謝 [[ロザリー]]への純愛 精神疲労:大 [スキル]:魔封剣、デュアルショット、アルテマバスター*いずれも要バヨネット装備 ミーディアム:ラフティーナ [装備]:バヨネット@RPGロワオリジナル [道具]:ミーディアム『愛の奇蹟』@WA2 クレストグラフ@WA2※ヴォルテック、ゼーバー、ハイ・ヴォルテック [思考] 基本:すべての命が、自らの意志で手を取り合える世になるよう力を尽くす 1:『その時』にむけて、したいことをしよう [参戦時期]:5章最終決戦直後  ※バヨネットはパラソル+ディフェンダーには魔導アーマーのパーツが流用されており魔導ビームを撃てます 【イスラ=レヴィノス@サモンナイト3】 [状態]:ダメージ:中、疲労:大 [スキル]:心眼 勇猛果敢 フォース・プリズナー№666(Lv1~4) [装備]:魔界の剣@DQ4 ドーリーショット@アーク2 44マグナム@LAL*残弾無し [道具]:召喚石『天使ロティエル』@SN3 召喚石『勇気の紋章』@RPGロワオリジナル [思考] 基本:今はまだ、したいことはないけれど。“いつか”を望み、したいことを探し続けよう 1:『その時』にむけて、したいことをしよう [参戦時期]:16話死亡直後(病魔の呪いから解かれている) <リザーブ支給品(全てC-7とD-7の境界(C-7側)に集められている)> 【ドラゴンクエスト4】  天空の剣(二段開放)@武器:剣 ※物理攻撃時クリティカル率50%アップ  毒蛾のナイフ@武器:ナイフ  デーモンスピア@武器:槍  天罰の杖@武器:杖 【[[アークザラッドⅡ]]】  デスイリュージョン@武器:カード  バイオレットレーサー@アクセサリ 【[[WILD ARMS 2nd IGNITION]]】  感応石×4@貴重品  クレストグラフ@アクセサリ ※クイック、ハイパーウェポン  データタブレット×2@貴重品 【ファイアーエムブレム 烈火の剣】  フォルブレイズ@武器:魔導書 【クロノトリガー】  “勇者”と“英雄”バッジ@アクセサリ:クリティカル率50%アップ・消費MP半減  パワーマフラー@アクセサリ  激怒の腕輪@アクセサリ  ゲートホルダー@貴重品 【[[LIVE A LIVE]]】  ブライオン@武器:剣 【ファイナルファンタジーⅥ】  ミラクルシューズ@アクセサリ  いかりのリング@アクセサリ 【幻想水滸伝Ⅱ】  点名牙双@武器:トンファー 【その他支給品・[[現地調達品]]】  海水浴セット@貴重品  拡声器@貴重品  日記のようなもの@貴重品  マリアベルの手記@貴重品  双眼鏡@貴重品  不明支給品@魔王が初期に所持していたもの  デイバック(基本支給品)×18*食品が現在アナスタシアが消費中 *時系列順で読む BACK△154:[[聖女のグルメ]]Next▼156:[[罪なる其の手に口づけを]] *投下順で読む BACK△154:[[聖女のグルメ]]Next▼156:[[罪なる其の手に口づけを]] |152:[[天空の下で -変わりゆくもの-]]|ピサロ|159-1:[[みんないっしょに大魔王決戦-魔王への序曲-]]| |153:[[Talk with Knight]]|イスラ|158:[[イスラが泉にいた頃…]]| #right(){&link_up(▲)} ----

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