**機械仕掛けの城での舞踏 ◆6XQgLQ9rNg 低い地響きが、断続的に響いている。それに合わせて城は振動する。 廊下を駆けていたリオウは足を止め、揺れ続ける床の上、壁に手を当ててなんとかバランスを取っていた。 不意の地震にあたりを見回すが、特に何かが落下してくる様子はなさそうだった。 「誰かがこの城を動かしたみたいだね。トカがやったのかな」 リオウと瓜二つの声音と口調のゴゴは、揺れの中でも微動だにしていない。 卓越したバランス感覚を持っているというよりは、この状況に慣れているように見えた。 「動かしたって、どういうこと?」 尋ねるリオウに、ゴゴは頷いて答える。 曰く、この城は機械仕掛けで、地下を潜行し移動が可能らしい。 要するに、物凄く大きく高機能なからくりが搭載されているのだろう。 こんな巨大な城を動かせるなんて、確かに科学というものは魅力的なものなのかもしれない。 「アダリーさんやメグちゃんが見たら、どんな顔するだろ……」 思わず呟いたとき、擦れぶつかるような鈍い音が外から響いてきた。同時に、揺れが一際激しくなる。 硬い壁を握り締めるようにして、しがみ付く。 この強烈な振動はゴゴにも予想外だったようで、リオウとそっくりの動作で壁に触れて全身を支えていた。 強い揺れはすぐに終わる。 すると、ずっと響いていた駆動音や小さな振動も停止した。 不思議に思ってゴゴを見ると、小首を傾げていた。 「とにかく制御室へ行ってみよう。多分、そこにトカがいるはずだよ」 余りにもよく似た動作に苦笑するリオウに、ゴゴが言う。 それに頷いて、二人は全く同じ挙動で床を蹴り、制御室へと向かう。 静かになった城内に、硬い廊下を駆ける靴音が重なってよく響く。 ゴゴの案内があり、揺れが収まったおかげで幾分スムーズに走れたため、すぐ制御室に到着する。 その前で、自然と足が止まる。中の様子を窺おうと、二人が制御室を覗き込もうとしたときだった。 「浮上せず急に止まってしまうとは、我輩の家路の前に立ちはだかりよるのかッ! よもやこれは機械帝国の大反乱!? 行き過ぎた科学は往々にして恵みだけを与えないトカッ!?」 聞こえてきた奇声で、室内に誰がいるのか瞬時に理解する。 リオウは溜息を漏らす。僅かな安堵を大量の不安で希釈したような、奇妙な感情の篭った溜息だった。 気を取り直す。 これからトカとは、手を取り合うための交渉を行わなければならないのだ。 色々な意味で型破りな彼との交渉が、上手くいくとは限らない。 だからといって、やらないつもりはない。 [[ルカ・ブライト]]と対峙したときのためにも、魔王オディオの目論見に抗うためにも、多くの力が必要だ。 力をくれるのは、友であり仲間だ。 そしてかつての敵であっても、同じ志を抱ければ、肩を並べ背中を預けられると、リオウは知っている。 一つ深呼吸をする。 ゴゴに視線を向けて強く首を縦に振ると、ゴゴも力強く頷いてくれた。 そして、二人は同時に制御室へ足を踏み入れた。 「だがしかーし、科学という荒馬の手綱を握ることこそ科学者の本懐ッ! さあ、どうどう、どうどう。我輩の声が聞こえますかー? 聞こえたらお返事をしてくださーい!」 魔導アーマーから下りて、機械を撫で回し語りかけるトカゲの後姿に、リオウはゆっくりと近づいていく。 かなりエキセントリックな光景に面食らってしまうが、なんとかリオウは一歩一歩進む。 「……あのー、ちょっと、いいかな?」 トカは声を掛けづらい雰囲気を全身から立ち昇らせている。 トカの声が機械に届くのが先か、リオウの声がトカに届くのが先か不安になりながらも、おずおずと話しかける。 「む? 我輩に何か用ですかな? 優秀な助手なら熱烈絶賛大歓迎……って、貴様らーッ!?」 どうやら、リオウの声は予想以上に簡単に届いたらしい。 トカは回転するようにして慌てて飛び退り、半壊の魔導アーマーのコクピットへと駆け上がろうとする。 だが、彼はそのシートの前で急ブレーキを掛ける。 床に落ちそうになりながらも、なんとかしがみつくトカの視線の先、魔導アーマーのシートは、ゴゴによって占拠されていた。 「い、いつの間にッ!? まさか椅子取りゲーム無差別級チャンプだとでもッ!? えぇーい、負けていられん! たとえ武士が相手でも、不屈の闘志を燃やす背中はとってもカッコイイんだトカ! さぁそこの君、ミュージックスタート!」 突然指を指され、言葉に詰まるリオウ。 思考が停止する。ミュージックと言われて頭にまず浮かんできたのは、アンネリーの澄んだ歌声だった。 脳を流れるその歌声に流されるまま、音楽を口ずさもうとして、気付く。 緑色の亜人のペースに思い切り流されていることに、だ。 頭を振って思考を軌道修正する。 素敵な音楽を提供しに来たわけでも、椅子取りゲームをしに来たわけでもないのだ。 「えっと、音楽じゃなくて申し訳ないんだけど。 その、トカ……さん。あなたに、話があるんだ」 リオウの声に、トカは太い眉根を寄せる。考えるように腕を組むと、ねめつけるようにリオウを見下ろしてくる。 その視線を受け止め、リオウも視線を返す。真摯さと誠意が、その真っ直ぐな瞳には映っていた。 それを一蹴するように、トカは鼻息を吐き捨ててふんぞり返る。 「勇気と希望を与えてくれた魔導アーマーをボッコボコのボッロボロにしておいて、今更お話なんて冗談じゃねぇーッ!」 頭から湯気を出すくらいの勢いで叫ぶトカを前にして、リオウは、ついトカと戦ってしまったことを後悔する。 一度芽生えてしまった不信感や敵愾心を拭い去るのは容易ではない。 しかし、だ。 諦めるつもりなど毛頭ない。 たとえいがみ合っていても、戦場で相対してしまっても。 同じ目的を抱けるなら、同じ未来を見られるのなら、共に歩めると、リオウは信じている。 だから武器を構えずに口を開く。 「ぼくはもう、あなたと戦うつもりはない! それどころか、仲間になって欲しいと思ってる!」 説得の言葉を投げかけた先で、トカが疑わしそうな目でリオウをねめつけてくる。 値踏みするような視線を受けながら、それでもリオウは続ける。 「あなたの力が――知識が、必要なんだ。生きて、自分たちの居場所へ帰るために!」 そっと、リオウは首に巻きついた金属の輪に触れる。 爆弾が仕込まれたこの首輪がある限り、オディオの目論見から逃れられない。 呪われた首輪と呼んでも差し障りのないそれの解除は、打倒オディオ及び元の世界への帰還するための必須事項だ。 とはいえリオウは、首輪を解除するために技術や知識を持ち合わせていない。 だが、目の前のトカゲは違うとリオウは半ば確信している。 リオウの知識の範疇にないからくりを手足のように扱い、頭脳や科学といった単語を連呼していたトカなら、首輪への対策を講じられると思えたのだ。 「科学技術の結晶に優しくない輩に、我輩がすぐ心を許すとでもッ!? 遥か遠い世界の軍師は、三度目の礼でようやくその知識を貸し与えたトカ違うトカ。 あまりのしつこさに辟易したんでしょうな。世が世ならば御用となっていてもおかしくはない所業ですなッ!」 跳ねるように地団太を踏み、ぷりぷりと怒るトカに、リオウとそっくりな声音が語りかける。 それは、魔導アーマーのシートから聞こえてくる声だった。 「もしもしつこいと思われても、ぼくも、諦めないよ。 ぼくは生きて、帰らなきゃいけない。 信じてくれている人たちのために。 大切な人たちのために」 魔導アーマーに座っていたもう一人のリオウは言葉を区切ると、本物のリオウに目を向ける。 奇妙な衣装で全身を包んだゴゴの表情は分からないし、瞳にどんな感情を映しているのか窺えない。 それでも、ゴゴが今どんな想いで言葉を紡いでいるのか、手に取るように分かる。 今のゴゴは、リオウ自身なのだから。 だから、続けられる。 輝く盾の紋章が宿る右手を、強く握り締めて、リオウは言葉を継ぐ。 そうすべきだと、思った。 「――もう、いなくなってしまった人たちの分まで、ぼくは、生きたいんだ」 強く息を吸う。 機械が放つ独特な臭気と熱が、ツンと鼻をついた。 「そのためにも、力を貸してください……!」 告げたのはリオウでもあり、ゴゴでもある。 全く同じ二つの声が完璧なタイミングで重なり合い、響き渡る。 紛れもない本心を込めた言葉には誠意がある。誠意を裏付ける、澄んだ瞳がある。 それを向けられたトカが、口を開きかけた、その瞬間。 「――見つけたぞ、トカゲ野郎ッ!!」 背後から怒号が響き、それに続いて空気が張り詰める。 強烈な気配にリオウが振り返ると、一本の棒を携えた赤毛の男が目に入った。 彼の鋭い目つきが捉えているのはリオウではない。 「真空斬ッ!!」 男が素早く、棒を振るう。 直後、空気が甲高く戦慄いて、リオウの真横を駆け抜けた。 その風は男の三白眼が捉える一点に向けて、愚直にも真っ直ぐ飛んでいく。 そしてそれは、魔導アーマーの上に立ちっぱなしだったトカをあっさりと吹き飛ばす。 細い緑のボディは受身も取れず、べちりと音を立てて床へと落下した。 「大丈夫!?」 心配げな声で呼びかけると、トカはふらつきながら立ち上がる。 「通り魔的犯行に巻き込まれるとは我輩の運気も急転直下気味!? いやはや、物騒な世の中になったものですな。 『優しさ』が得意ジャンルである我輩でなければ今頃――って、はら~~~~ッ!?」 どうやら大丈夫そうなトカに向けて、男は繰り返し真空の刃を繰り出していく。 乱れ撃たれる攻撃を走り回って避けながら、トカはリオウを一瞥し、 「た、助けてーッ! 頼れるおにいさーんッ!」 その叫びにリオウは我に返って、頷いた。 更なる攻撃を仕掛けようとする男の前に、迷わず飛び込む。 制御室から出て行くトカを視界の端に捉えながら、天命牙双で牽制をかける。 男が舌打ちをして、目つきの悪い瞳でリオウを睨んでくるが、怯まない。 連撃が停止した隙をついて、叫ぶ。 「ゴゴ! トカさんをお願い!」 「分かってる! 気をつけて!」 既にゴゴは魔導アーマーから降りていて、トカを追って制御室を後にする。 「この、待ちやがれッ!」 怒声を上げて彼らを追走しようとする男の前に、リオウは立ちはだかった。 「あなたこそ待って!」 「うるせェ! 俺はあのくされトカゲに借りがあんだよ。 あいつの味方をしやがるってんなら、痛い目に遭ってもらうぜ」 男がゆらりと棒を構えると、その肩から淀みのない戦意が立ち昇る。 その隙のない動作に、リオウは背筋を震わせる。 ――この人、強い……。 説得できるのなら、そうしたい。 だがそのために、戦いは避けられそうになかった。 立ち昇る空気や僅かな挙動から、リオウは理解する。 きっとこの男は、言葉よりも戦いを通した方が分かり合えるという人種なのだ。 ――だったら、それに応じよう。 息を吸い意識を研ぎ澄ませ集中させる。男の気迫に呑まれないよう、自分の戦意を確かめる。 手にあるのは、一本だけの天命牙双。 片割れを失っても戦い続けられるのは、きっと、もう片方が戻って来ると信じられるから。 そしてきっと、これを届けてくれた大切な義姉の想いが宿っているから。 「ガキだからって、手加減はしねぇぞ。武器を持って俺の前に立った以上、お前は俺の敵だ」 「ぼくも、手を抜く気なんてありません」 手加減など望んでいない。手を抜くつもりなど毛頭ない。 そんな中途半端な戦いでは、心を通わせられるはずがない。 面白ぇ、と男が口角を吊り上げる。それにリオウは、余裕を見せ付けるように笑い返す。 その頬を汗が伝うのは、その実それほどの余裕などなく、緊張感が溢れているせいだろう。 「じゃあ――行くぜ!」 駆け出す男に相対するように、床を蹴りつける。 駆動音の響く世界で、打撃武器が重なり合った。 リオウは知らない。 対峙している男が、[[ナナミ]]と行動を共にしていた男――トッシュ・ヴァイア・モンジであることを。 意識の全てをトカに傾けた上、『リオウ』のことを口頭でしか聞いていない[[トッシュ]]は気付かない。 立ちはだかる少年が、[[ビクトール]]の仲間でありナナミの大切な義弟であることを。 それ故に、二つの攻撃は止まらない。 止まるはずもなく、ただ加速していく。 ◆◆ 機械の城はそのシステマティックな構造ゆえに、いわゆる通常の城よりは複雑な様相を呈している。 たとえば、地下にはこの巨大な城を動かすための巨大なエンジンが眠っているし、そこにエネルギーを送るパイプが床にはのたうっている。 また、効率のよい運用及び保守のため、排熱や排気のためのダクトも存在する。 エンジンの稼働中におけるそこは、高温であったりガスが充満していて、とても人の近づけるような場所ではない。 しかし動いてさえいなければ、問題なく通行が可能だ。 そしてそこは、その複雑さゆえに、身を隠すには最適な場所となる。 機械の城には影が潜んでいる。 城の構造を知っているその影は、誰にも気取られず潜んでいるのだ。 影は見る。 黒髪の少年と赤毛の男がぶつかり合い、距離を取り、再び距離を詰めるのを。 影は聞く。 駆動音に包まれた、少年の息遣いと男の足音と木々の衝突音を。 静かに息を潜め、影は思う。 茶番だ、と。 互いが全力であろうことは、傍目にも分かる。 しかしそれでも、少年に殺意は感じられず、男は殺気を放っていない。 この殺し合いの場において、腕試しや試合に似た闘いなど、何の意味もなさないというのに。 微動だにせず身を隠し、影は思う。 そんな茶番劇など終わらせてやる、と。 その代償は無意味な闘いを繰り広げる命だ。 殺傷に迷いはない。殺害に躊躇いはない。 それこそが影の存在意義であり、影の胸にある覚悟と決意の証なのだから。 だが、影は動かない。まだ動くときではない。 闇雲な乱入や真っ向からの戦闘は、影の戦闘スタイルではないのだ。 故に、影は待つ。 自分が舞台に上がるべき瞬間を、刻々と、待ち続ける。 ◆◆ 城の中を、騒々しい足音が反響する。 マントをはためかせ走り回る巨大なトカゲと、それを追う奇妙な衣装で全身を包んだ物真似師。 ある種大道芸のような雰囲気を醸し出しているが、どちらも伊達や酔狂で駆け回っているわけではない。 「トカさん、待って!」 ゴゴの呼びかけに、しかしトカは足を止めない。 「さながらカモシカの如く駆け抜ける我輩の停止、科学技術の発展の停止と同義ッ! 故に我輩、止まれません! 今なら分かりますぞ! 泳ぎ続けなければ死んでしまう、儚くも休み知らずなお魚の気持ちが!」 そしてついでに、そのよく喋る口も止まらない。 口はともかく、ドタドタと床を蹴る足は止めてやらなければならない。 ゴゴは先ほどトカの物真似をしたときのことを思い出し、彼が敏感に反応しそうなキーワードを探し出す。 探すのに時間はかからない。その言葉は、ずっとトカ自身が連呼しているのだから。 「えっと、時には立ち止まってあたりを見回してみてもいいんじゃないかな!? きっと、新たな発見があると思うよ! ……その、科学的な」 とってつけたような科学という単語に、しかしやはり、トカは確実に反応し、ぴたりと立ち止まった。 急停止したその背中と衝突する寸前で、ゴゴも立ち止まる。 「確かに、一理ありますな。がむしゃらに突き進むだけでは、大切なものを見落としてしまうやもしれぬ。 思えば、科学発展へのがむしゃらさのせいで、愛するがまぐちと離れ離れになったような気もいたします。 科学の罪作りっぷりに、我輩惚れ直してしまうのココロ」 奇妙な悦に入るトカを眺めて、ゴゴは改めて興味深さを覚える。 しかし、同時にこうも思う。 先ほど現れた赤毛の男は、いったいどんな人間なのだろうか、と。 様々な人物の物真似をしてみたいと望むゴゴにとって、未知の人物との遭遇は心が躍るような出来事だ。 できるならばすぐに制御室へと戻り、あの男をもっとよく見てみたかった。 「……さっきの男はお前を狙っていたようだが、知り合いか?」 リオウの物真似を止め、念のために尋ねてみる。 「んまッ! 前触れもなくプライベートな質問とはなんて破廉恥なッ! されど質問されると答えずにはいられないのがサービス精神旺盛な我輩の性。 彼とは一度、青春のぶつかり合いを交わした仲だトカ」 一度、ということは恐らく、トカはほとんどあの男を知らないだろう。 ならばやはり、この目で確かめなければならない。 「俺は制御室に戻りたい。来てはくれないか?」 「生きていることの素晴らしさを噛み締めている我輩を死地に追いやろうと!? サイケデリックな覆面の下には非情なマスクが眠っているトカ!?」 「お前は死なない。お前を生かすために、リオウは戦っているのだから」 ゴゴの言葉に、トカはあからさまに視線を逸らす。 「それはほら、彼の善意に乗っかるからこそ、とんずらこくのが最善だトカ違うトカ。 そう、あたかも尻尾を残して遁走するが如く! では、これにて!」 まくし立てると、トカは片手を上げて颯爽と立ち去っていく。 ゴゴはその背中を追おうとしない。ただ、その代わりというようにして、口を開く。 「お前は何も感じなかったか? リオウの瞳を見て、言葉を聞いて、何も感じなかったのか?」 ゴゴは思い浮かべる。 言動、行動、思考、癖、表情、声色といった、リオウという人物を形作るあらゆる要素を。 その全てを、完全に物真似したはずだった。 にもかかわらず、ゴゴの胸には不完全燃焼のような悔しさが強く燻っている。 年端もいかないリオウという少年は、不思議と、人を惹き付けるような“何か”を持っている。 それは、指導者としての資質や才能などといった安っぽい言葉では片付けられない、運命さえ感じさせる“何か”だ。 それを感じ取ったゴゴは当然、その“何か”をも真似て見せるつもりだった。 だというのに。 物真似をし切った達成感や充足感が、湧き上がっては来なかった。 あらゆる人物の物真似を星の数ほど行ってきたゴゴでも、容易に再現できないその“何か”を、トカが感じていないはずがない。 何故ならトカは、リオウの瞳と声と、そこに込められた純粋な想いを、真っ直ぐに投げかけられたのだから。 マントに包まれた緑の痩躯が、立ち止まる。 「我輩の感受性の高さは幼い頃から大絶賛ッ! 真実を映し出す鏡の如き心にかかっては、純真無垢な少年のハートを読み取ることなど朝飯前よッ!」 やはり、トカもリオウの意志を受け止めているようだ。だがそれでも、その心は動いていないらしい。 ゴゴは、思考する。 トカをもっと近くで見てみたいと思っていた。 これほどまでにエキセントリックで不可解な言動と行動を繰り返す存在を、ゴゴは知らない。 強いて言うならば、毒気を抜いたケフカが近いだろう。 そのような濃い人格を、トカが有しているからこそ、ゴゴは心から望むのだ。 もっとよく知り観察し、物真似をし尽くしたい、と。 それだけならば、リオウを捨て置き、この場から離れようとするトカと行動を共にすればいい。 迷わずそうしないのは、ゴゴは、リオウを捨てたくもなかったからだ。 リオウが持つ“何か”の正体を知り、物真似をしたく思う。 リオウが持つ“何か”に、確かに惹かれている自分がいる。 そして。 ――俺は、ナナミの死に立ち会ったのだ……。 それだけあれば、リオウと行動を共にする理由は充分だ。 故に、ゴゴは口を開く。 彼自身の言葉で、トカを説得するために。 ◆◆ トッシュの剣術は、威力や鋭さだけでなく、繊細さをも併せ持っている。 故に彼が振るう掬い上げるような一撃は、素早く正確だった。 なのにひのきで作られた棒は、リオウの身を打てずに空を切る。 舌打ちを漏らすトッシュに、片割れを失ったトンファーが回転し迫り来る。 遠心力が乗った攻撃は、得物を握る右手を狙ってくる。 読めていた。 ならば対処は難しくない。 振り切った腕を引き戻し、ひのきの棒を両手で握る。 間もなく叩き込まれたリオウの攻撃を、真正面から受け止めた。 両掌に痺れが駆け抜けるが、握力をフルに発揮し武器は手放さない。 もしもリオウの両手にトンファーが装備されていたなら、追撃が来ていただろう。 トンファーを押し返し肩をぶつけるようにして、トッシュは前に出ようとする。 応じるように、リオウはバランスを崩すより先に後ろへ跳ぶ。 深追いをせずに踏みとどまると、広い間合いが生まれる。トンファーもひのきの棒も届かない、遠い間合いだ。 しかしだからといって、アウトレンジに逃げられたなどと、トッシュは思わない。 深く息を吸い一瞬止め、解放する。同時にひのきの棒を、一閃させた。 真の一文字を刻むかのような気迫と同時に、不可視の刃がリオウに真っ直ぐ迫る。 狙いは、空いている左手だ。 武器や盾を持たないその手にダメージを負わないようにするには、右手のトンファーで身を守るか避けるしかない。 その結果生まれた隙に、一気に間合いを詰めて攻撃を仕掛ける寸法だ。 しかし。 トッシュは、眉を持ち上げた。 リオウが、防御も回避も選びはしなかったからだ。 左手であえて真空斬を受けながら、彼は逆に、トッシュに向けて突っ込んでくる。 それは、トッシュが防御姿勢を取っていれば容易に見切り反撃できたような、捨て身の動きだった。 トンファーが、トッシュの右手に牙を剥く。リオウの狙いはトッシュと同じようだった。 ひのきの棒の軽さと短さが幸いし、すぐに武器は引き戻せる。リオウの攻撃を再び防御し、今度はトッシュが後ろに下がった。 もう一度生まれた間合いを挟み、睨み合う。 トッシュの予想以上に、リオウは強かった。 こちらが防御の様子を見せれば的確な攻撃を行ってくるし、生半可な攻撃をすれば先ほどのように、痛みを恐れず捨て身を仕掛けてくる。 もしも下手にこちらが捨て身を仕掛ければ、手痛い反撃を受けるかもしれない。 丁寧でいて、かつ思い切りのいい戦い方だった。 面白さを、トッシュは感じていた。 「結構、やるじゃねぇか。まさか突っ込んでくるとはな」 だから、称えずにはいられなかった。 するとリオウは、ひたむきさを感じさせる真っ直ぐな黒い瞳でトッシュを見つめ、答える。 「さっき、トカさんに使ってた技と同じだったから。そのときの威力を考えれば、大丈夫かなと思って。 もっと強い武器で使われてたら、さすがに危なかったと思ってます」 それだけの判断を数瞬で行い、最適な答えを弾き出して即座に行動に移したという事実が、トッシュを驚かせた。 つくづく、面白い。 そう思うトッシュの視線の先には、強い意志が宿った双眸がある。 ふと、疑問が生まれた。 リオウの戦い方は、破壊や略奪のためにあるとは思えなかった。 彼はあくまでトッシュの武器やそれを握り締める腕を狙い、無力化を図っているようだった。 そんな少年が――そう、これほどまでに澄み渡った瞳をした少年が、何故、と、トッシュは思う。 「お前、なんでトカゲ野郎に肩入れしてやがる?」 疑問を口にし、トッシュは部屋の隅に鎮座する壊れかけの魔導アーマーを指差す。 「あの野郎は俺の仲間からそいつを盗んだ挙句、そのまま喧嘩を売ってきた奴なんだぞ?」 するとリオウは、少し困ったように眉を下げた。 「ぼくも、彼には襲われました。でも、そこまで悪いヒトには思えないんです」 何馬鹿なことを言ってるんだと、トッシュは思った。 なのに口を挟まなかったのは、リオウの瞳に宿る意志が、揺らぎを見せていなかったからに他ならない。 「ぼくは彼を仲間にしたい。殺し合ってちゃ、魔王の思う壺だと思うから。 そんなことをしてちゃ、ぼくらは大好きな故郷に帰れない。 ぼくは――」 リオウは一度言葉を区切り深呼吸する。 それはまるで、悲しさを飲み込み苦しさを吐き出す仕草のように見えた。 「――みんなのところに、帰りたいんです。大切な仲間と、友達と、一緒に」 愚直と言ってもいいくらいに、ストレートな言葉だった。 それは甘く温い理想論だ。その実現には無数の困難が立ちはだかる。 だからトッシュは、斬りつけるように口を開く。 理想論は茨の道と同義であると、理解しているかを試すために。 「甘すぎるな。そんな言葉が通用しねぇ殺人狂なんざ、掃いて捨てるほどいやがるぜ」 「……分かってます。決して避けられない戦いなら、迷いも躊躇いも戸惑いもしません」 「だったら、トカゲ野郎がどうしても敵になるのなら、叩きのめせるんだな? この俺がお前とは相容れないのなら、ぶちのめすつもりなんだな?」 リオウは、迷わず首を縦に振った。 やはり瞳は揺るがず、その強靭さと屈強さを主張し続けていた。 トッシュは、表情が緩むのを抑えられなかった。 強さだけではなく、思想も面白いと感じる。 理想論を振り翳しそれに捉われるのではなく、理想を実現するための手段を持っている。 その強さは、実際に武器を交えたトッシュはよく理解できていた。 嫌いじゃないと、心からそう思う。 そう思えれば、充分だ。 リオウの進む道に困難があるならば切り伏せよう。無数の茨は刈り取ろう。 そうするだけの価値を、トッシュはリオウに見出していた。 もはや戦う理由は存在しない。 借りを返すべきはトカゲであり、リオウではない。 そのトカゲも、もしもリオウの仲間になろうと言うのならば、鉄拳一発で許してやらないでもない。 故にトッシュは武器を下ろし、戦意を緩やかに落としていく。 「俺の名は、トッシュ。お前は?」 「リオウ、って言います」 リオウも同様に武器を下ろすと、安堵の表情を浮かべる。 対し、トッシュは驚愕に目を見開いた。 「……そうか、リオウか! なんだよ、早く言いやがれよ!」 言われてみれば、そうだ。 ナナミやビクトールから聞いていた特徴に、目の前の少年は合致する。 トカを発見して激昂さえしていなければ、もっと早く気付けたのだが、基本的にトッシュは一つの物事しか処理ができない男なのだから仕方ない。 不思議そうに目を丸くするリオウに歩み寄りながら、トッシュは微かに顔を伏せ言葉を詰まらせる。 懸念事項は、ナナミのことをどのように伝えてやるべきか、という点だ。 直接彼女の死に目に立ち会ったわけではない。 しかし、確かに行動を共にしていたのだ。伝えないわけにはいかないし、伝えたいと思う。 言うべきことは他にもある。 ビクトールのこと、ルカのこと。自分の仲間のことや、リオウと共に行動をしようと思っていること。 何をどのように話そうか脳内で整理をしようとする。 闘いが終わり武器が構えられていないそこの空気は、弛緩していた。 緩んだ世界の中、駆動音が響いていた。 戦闘中は意識を集中していたせいで気にはならなかった音が、ごとごとと響いている。 それが耳障りで、すぐに考えることが面倒になる。 だからトッシュは、思いのまま話すべく顔を上げた。 瞳に映ったのは、機械仕掛けの城と、リオウと。 その向こう側から音もなく飛び上がった、影だった。 *時系列順で読む BACK△073-3:[[サンダウン、『花』を見守る]]Next▼077-2:[[剣豪と影と輝ける星と]] *投下順で読む BACK△076:[[“剣の聖女”と死にたがりの道化]]Next▼077-2:[[剣豪と影と輝ける星と]] |070:[[風雲フィガロ城]]|トカ|Next▼077-2:[[剣豪と影と輝ける星と]]| |~|[[シャドウ]]|~| |~|トッシュ|~| |~|ゴゴ|~| |~|リオウ|~| #right(){&link_up(▲)} ----