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闇からの呼び声 - (2011/05/18 (水) 00:03:22) のソース

**闇からの呼び声 ◆iDqvc5TpTI

――それはいつかの再現だった

暗い船室で一人、松は酒を呷っていた。
謎の落書きを無視してしばらく後、ようやっと松は目的のものを手に入れた。
リキアという聞いたこともない地方産のものだったが元より松は酒に質を求めない。
ただ量さえあれば、酔えるくらいの度数さえあればそれでいい。
開封されていない酒瓶を数本掴み、近くにあった船室へと引きこもった。
部屋は乱雑に散らばっていた。
棚にはやたらと金やら財宝やらが並んでおり、正直松の好みには合わなかったが仕方がない。
クルセイダーズのリーダー時代の自分にはイメージ的にはお似合いだったのかもと自嘲してぐいぐいと机に置いた酒を飲みだし始めた。
一本飲み干せばまた一本。
手持ちがなくなれば酒蔵から引き出してきてまた一本。
松は浴びるように酒を飲み続けた。
それはあたかも大見得を切っておきながらブリキ大王を動かせずに不貞腐れたあの時のように。
いや、ように、ではない。
今の松は迫る危機に対して何もなせず酒に走ったあの時そのものだ。
誰一人として守れていない。
何一つとしてなせていない。

「はは、やっぱ何もできねえのかよ……。
 俺みたいなダメ人間は……」

心なしかトレードマークであるド根性へアーも力を失いなよっとしているように思える。
松は垂れ下がって鬱陶しい自身の染めた髪へと手を伸ばす。
緑。
緑の髪。
自分のように無理やり染めたのとは明らかに違う自然色の鮮やかな緑の髪。
ティナ。
[[ティナ・ブランフォード]]。
身代わりになろうとした自分の更に身代わりになって果てた少女。
彼女の仇を討つどころかよろしくと託された仲間の一人にする会えて居ない。
こんなことならば無理矢理にでも[[ビクトール]]についていくべきだった。
それがダメでも[[トッシュ]]と[[ナナミ]]がビクトールの援護に向かった時に共に行けばよかったのだ。
そうすればむざむざビクトールやナナミを死なせずに済んだのかもしれない。
そうすれば今も生きているティナの仇たるあの凶獣を倒すことができたのかもしれない。
そうすれば、そうすれば、そうすれば。
かもしれない、かもしれない、かもしれない。

「……らしくもねえ」

ぐるぐると、ぐるぐると回り続けるifの妄想が嫌になる。
もしとか、たらとか、ればとか。
そんなものに囚われ続けるのは昭和の男のすべきことじゃない。
分かってる、分かっているのだ。
だが、何かが引っかかる。
果たしてらしくねえのは今ここでぐずっていることだけなのだろうか?
それよりももっと前、ビクトールと別れるよりも更に前にどこかで歯車が狂ってしまっていたように思えてならないのだ。

「くそっ!」

酒に手を出してしまったのは失敗だった。
経験上知っていたはずの自棄酒という愚行をまた繰り返してしまった。
笑える話だ、アズリアの死体の元を去る時に振り払ったはずの無力感に追いつかれるとは。
これも全て人に会えないからだ。
敵を倒すことも、仲間を作ることもできていないからだ。
ティナのこともアズリアのことも彼女たちの仲間や家族に伝えられていないからだ。
希望を持った者たちが一人も集まらないことは転じて諦めを招いてしまうからだ。
何よりも。
一人ぼっちはいただけない。
することがなくなれば己を見るしかなくなってしまう。
ガンッっとグラスを握った右拳を机に叩きつける。
と、その音に別の音が、カランカランと響く鈴の音が混ざり聞こえた。

「トッシュか!?」

松は机にもたれ掛かっていた身を跳ね起きさせる。
暗殺者により手痛い目にあった松は、酒を飲み始める前に、
食堂のドアからかっぱらってきた鈴を今いる客室に通じる通路のドアへと付け替えていたのだ。
それが鳴ったということは誰かがようやっと座礁船にやってきたということだ。
証拠に鈴の音に続いてキイキイと床の軋む音がする。
間違いない、侵入者が居る。
松は酔いに震える我が身に活を入れ自室の扉のすぐ側で身をかがめる。
侵入者がトッシュであるという都合のいい幻想はすぐに捨てた。
トッシュなら間違いなく大声で松の名を呼ぶだろう。
あれほどこそこそするという行為が似合わない男も居ない。
とはいえ抜き足差し脚をしているからといって殺人者だと決め付けるも早計。
こっちが警戒しているのと同様、相手も慎重なだけかもしれない。
だからまずは話しかけることにした。
部屋の扉を開け放ち、侵入者が中を調べようとした刹那に飛び出し、男に拳を突きつけ確認する。

「俺の名は[[無法松]]。そっちに殺し合いを吉とする気がねえなら俺もやりあうつもりはねえ」

見たところ武器らしい武器はない。
せいぜい手にしたカードくらいか。
しかしそのカード自体が凶器という可能性もありうるし、超能力者や魔法使いならそもそも武器は必要ない。
松は警戒を緩めることなく侵入者の返答を待つ。
だが松が侵入者の男に対して抱いていた警戒は

「アンタが松か。トッシュから話は聞いている。
 俺はセッツァー、セッツァー=ギャッビアーニ。夢に生きるギャンブラーさ」

トッシュの、そして何よりも男の名前を聞いた途端に吹き飛んだ。
知っていたからだ、その名前を。
教えてもらっていたからだ、ある少女に。
そして託されていた。
よろしくね、と。
鮮やかに蘇る少女の言葉に頷き返し、松は拳を下ろした。
どころか腰までも降ろし、膝をつき、頭までも下げた。
すまねえと、謝って済むことじゃあねえがすまねえと。
地に打ちつけるが如く何度も何度も頭を下げた。
女に守らせた挙句、その女を、ティナを死なせてしまったのだ。
彼女の仲間に顔を合わせられるわけがなかった。 

「おいおい訳を言ってくれ。俺はあんたなんて覚えはないんだがな」

見知らぬ男に突如土下座されるという事態にもセッツァーはそれほど動揺はしていなかった。
ギャンブルでボロ勝ちした相手に主に金銭関連で土下座れることは珍しくもなかったからだ。
話を聞こうと傍らに腰を下ろしたセッツァーにぽつりぽつりと松の口から言葉が零れていく。

「そうか、ティナはアンタを庇って死んだのか」

殺し合いに乗ったセッツァーにとってはそれ自体はどうでもいい情報だった。
だがティナ殺害の下手人の能力や武器が分かればのちのち戦うことになった時に対策が打ちやすくなる。
情報を操っての邪魔者の排除からは限界を感じ、手を退いたとはいえ、情報を得ることの価値が失われたわけではない。

「アンタには辛いかもしれないが詳しく話してくれないか? あんたが出てきた部屋で酒でも呑みながらさ」



――それはいつかの再現だった


闇夜に染まる景色の中。 
松がさっきまでいた客室にて、今は二人の男が酒を飲み交わしていた。 
一人は静かに酒を呷りつつも、酒に溺れることなく、瞳に勝負師特有の鋭さを聞いたまま話を聞いていた。 
一人はぽつぽつと言葉を語るたびに湧き上がる後悔と無力感のままに酒に手を伸ばし続けた。

「ティナはよ。愛とは何かってのにこだわっていた。
 俺が酒に逃げている間もあいつは逃げずに何かを掴んだんだろうさ。
 その結果人を護って死ぬことを選んだんならあんたが悔やむことはねェ」

セッツァーは松に対しては彼が知る限りで最新の正しいティナの有り様を話した。
情報による撹乱はこれ以上狙えないと思ってのこともあったが、僅かなりともティナへの弔いを込めてのことだったことは否定しない。
敬意もあった。
世界崩壊の憂き目を見ようとも、潰れてしまっていた自分とは違い、誰かのために戦い続けようとしたのだろう少女への。
ただ、やはりこれすらもセッツァーが最後の勝者となるための一手。
ティナのことを饒舌に語り合い、それをきっかけにして他の情報を引きずりだそうとしてのことだ。
結果は上々。
よほど溜まっているものがあったのだろう。
酒に酔った弾みとティナの仲間に謝るという一つのやるべきことを成せた開放感から松は聞かずとも勝手にあれやこれやと話してくれた。
松が見つけていたこの船の見取り図から、床の落書き、封印されているかのように重い剣のこと等、
思いの外、施設や支給品に関しては得るものがあった。
その中でも特にセッツァーが興味を惹かれたのはエドガーが死ぬ間際まで気にかけてたらしきカラクリの正体だった。

「ブリキ大王?
 巨大な鎧武者があると聞いて魔導アーマーか何かかとは思っちゃいたが、まさかそんなたまげたもんだったとは!
 そいつは空を飛べたりしないか? これでも飛空艇の操縦にかけては誇れるだけの腕はあるんだが」
「もちろん飛べるぜ! ブリキ大王に死角はなしだ!
 ……ただ動かすのは無理ってもんだ、俺にも、お前にも。
 あいつはただの機械じゃねえ。普通の人間なんかとは桁違いの念力が必要なんだ……。
 アキラみてえに超能力でもありゃあ話は別なんだがな」

松の手前上、セッツァーはそんなものかと頷きはしたが、しかし、内心では納得なんてしていなかった。
魔導アーマーでさえ足元にも及ばない巨神、ブリキ大王。
そんな規格外のものを支給品としてではないとはいえ、会場に設置する以上、何かあるはずなのだ。
でなければブリキ大王にたどり着けさえすれば、そこから先はアキラという少年のワンマンショーになってしまう。
殺し合いが殺し合いとしてなりたたない。
ギャンブルに反則は付き物だが、オディオが八百長を望んでいるとはセッツァーには考えられなかった。
それでもブリキ大王がこの島に存在してしまっている以上、何らかの形でバランスは取られているはずだ。
考えられるのは以下の三つ。
ブリキ大王がアキラも含めて誰にも動かせないか、逆に裏技的に誰にでも動かせるか、
或いはブリキ大王に対抗できるほどの道具や兵器が支給されたり隠されているかのどれかだ。
ブリキ大王を直に見ていない現状、これ以上は考えても仕方がないが、有益な情報であった。
セッツァーは満足気に松が空けた酒瓶をこつんと鳴らしてみる。

「ちきしょお、アズリアァ……。
 傷付いた女を置き去りにしていくなんて昭和の男がやっちゃいけなかったんだ……。
 死ぬなら一度死んだ俺が死ぬべきだったってえのに……」
 
反面物ならぬ人に関しては、聞いての通り松から語られるのは圧倒的に死者に関することの方が多い。
彼自身も死んだはずの人間だということを踏まえれば、死者が死者を語るのはある種自然なことと言えなくもないが。
今後に活かせるかと問われれば今ひとつと返すしかない。
加えて数少ない生存者の情報に関してまで問題がついて回る。

「ゴゴ?」
「ああ、あんたの仲間なんだろ? そいつにもティナのことを伝えねえとな……」
「……あいにくだが俺はこれっぽっちも知らないぜ。ティナから何か聞いてはいないか?」

ティナがマッシュやエドガー達と共に仲間として名を挙げたゴゴという人物。
確かに名簿にも名前はあるが、セッツァーの記憶にはそんな覚えやすい名前の人物は全く刻まれていなかった。
知っているふりをしてボロを出すよりはと素直に知らないことを白状し、情報を聞き出そうとすれども、

「さっきも言ったがすぐに[[ルカ・ブライト]]の奴に追いつかれちまったからな。しかし本当に知らねえのか?」

成果なし、だ。
どころか無駄に松に訝しがられるだけだときた。
おいおいよしてくれとセッツァーは心のなかで舌を打つ。
疑問に思ってるのはセッツァーも同じなのだ。
とはいえこの行き違いについて全く推理できないわけではない。
仲間だったとはいえ、セッツァーとティナには空白の時間があるのだ。
言うまでもない、世界崩壊後からこの殺し合いに呼ばれるまでの一年間だ。
ゴゴという人物はきっとその間にティナの、或いはティナ達の仲間になったのだ。
一年もあれば仲間と呼ぶだけの関係を作るには十分過ぎる。

「そうか……。いや、そうだな。そういうこともあるんだよな」

ひとまずは納得したのだろう。
何か自身も思い当たることがあるのか急に黙りこむ松を傍目に、セッツァーもゴゴに対して警戒心を募らせていた。
ゴゴがティナからセッツァーについての話を聞いている可能性は高い。
性格にしろ、癖にしろ、能力にしろ、何にしろだ。
それはつまり情報の利は向こうにあるということだ。
セッツァーはゴゴを知らない。
ゴゴはセッツァーを知っている。
これでは相手に手札を覗かれながらカードをやっているようなものだ。
不利。
あまりにも不利。

それがどうした。ギャンブルってのはこうじゃなきゃいけねえ。

セッツァーは不敵な笑みを浮かべる。
危機感は抱いても、負けるとは思っていない、思ってはならない。
一度でも負けを考えてしまえば、負け込むのが勝負の世界だ。
常に自分を強く持たねばならない。
なんだかんだで最後に物を言うのは運だが、それは揺るがぬ意志の強さで引き寄せることができるのだから。

ならば。

「アキラの奴にも俺が死んだあとでダチや仲間ができていて、もしそいつらもここに呼ばれているとしたら……。
 一発どころじゃねえ、オディオの野郎、とことんぶん殴ってやる!」

この男は。
負け続け、失い続けてばかりのこの男には。
運に見放されているとしか思えないこの男には――。

「なあ、松」

セッツァーは口を開く。
最後の質問のために。
これからには役に立たない、けれど夢に生きる男として最も聞いておかねばならない問いを発するために。

「アンタ、夢はあるかい? ゴールでもいい。
 なんとしても成し遂げたい、是が非でも辿り着きたい、そんな切なる願いがあんたにはあるかい?」


――それはいつかの再現だった

「あ……? いや、おい、いきなりどうしたんだ、セッツァー。
 今成し遂げたいことと言ったらオディオを倒すことに決まってるじゃねえか!」

突然のセッツァーの問いに松はしばし呆けながらも、疑問に思うことなく答えを返した。
オディオを倒す。
それ以上に今の松が強く抱いている願いはない。
セッツァーのゴゴについての推測を聞く中で松は思ったのだ。
ティナと名簿に載っている知り合いの話をした時、自分はティナのことを災難だといったが、あれは勘違いだったのではないかと。
何もティナが災難じゃなかったと言いたいわけではない。
ただ、ティナのように何人も知り合いが巻き込まれているのが普通で、自身のように知り合いが少ないことの方が多分幸運だったのだ。
ティナも、ビクトールも、トッシュも。
何人も仲間が巻き込まれていると言っていた。
大切な人が一人しか巻き込まれていない松はむしろ異端だ。

……本当に?

これは松を中心として考えるからおかしくなるのではないか?
松ではなくアキラを中心に据えて考えれば、あいつの知り合いは何人も呼ばれているのでは?
ティナがセッツァーとはぐれた後の一年間でゴゴという新たな仲間をつくっていたように。
アキラが松の死んだ後で多くの新しい絆を育んでいた可能性も十分にありうるのだ。
そしてこの推測が当たっているのなら。
アキラは、何人大切な人間を失った?
どれだけ悲しんだ?
一度想像しはじめてしまえばもう抑えは効かなかった。
松の中で激しい怒りが爆発的に膨れ上がり、とことんぶん殴ると吠え出していた。
打倒オディオを誓いも新たに強く掲げる。
幸か不幸か直前までのぐだぐだっぷりはすっかり吹き飛んでいた。
沈んだままではいられない、いてやるものか。
そうだ、こうして船での成果も出せたではないか。
待った甲斐があった、セッツァーが来てくれた。
もう少しすれば、彼にここのことを伝えてくれたトッシュもやってくるかもしれない。
いや、そもそも待つのは女の役目であって、男の役目じゃない。
前に立たせた挙句にアズリアを死なせてしまった自分が、いつまでも座して待ってばかりでいいはずがない。
休憩にもなるしセッツァーに船は任せて自分はアキラやトッシュ達を迎えにいけばいいのだ!

「すまねえがセッツァー、俺の代わりに船の番をしていちゃあくれねえか?
 俺はトッシュ達を迎に行ってくるぜッ!」

椅子を跳ね除け立ち上がり、顔を一度パシンッっと叩いて気合を入れる。
酔いはそれで冷めた。
やや熱に浮かされているような気分は残っているが再び後ろ向きになるよりはましだ。
松は高揚する心のままに扉を開け放ちしかと力強い一歩を踏み出そうとした。
だというのに。

「話はまだ終わっていないぜ、松。
 俺が聞きたいのはこの殺し合い同様に振って沸いた安易な目的じゃあない。
 殺し合いの先、或いはそれ以前についてだ」

ドアノブにかけた手が別の男の腕に掴まれ止められる。
熱い、熱い掌だった。
きざったらしい白い手袋に覆われているにも関わらず、松に熱い熱を伝えてくる掌だった。
スカした見かけに反してこいつも熱い心を持っているのだろうことが松にも直感で分かった。
だがだからこそ、訳がわからない。
どうしてセッツァーが自分を止めようとしているのか。
どうしてセッツァーの声が彼の心の中にある熱に反比例するかのように冷ややかなのかが。
どうしてその冷たさが背筋を這いつくばって離れないのかが。
いや、そもそも本当に冷たいのはセッツァーの声だけなのか?
彼の手を熱いと感じている掴まれた自分の腕こそが真に冷たいのではないのか?
セッツァーの腕を振り払わんとしているのは本当にアキラの元に駆けつけたいからだけなのか?
ただ単に一刻も早く、真に熱いこの男の手から離れたいだけではないのか?
でなければ、でなければ――



かってと今の決定的な違い。
無法松を無法松たらしめていた熱さが既にないということに気付いてしまう……



「な、何を言ってんだ、セッツァー。
 そうだ、お前さっきブリキ大王のことを人づてに聞いたと言ったよな!?
 どこにあったか教えてくれねえか?
 普通の人間に動かせないのは事実だが、普通じゃなくなれば動かせる!
 命の危機に関わるんでさっきは黙っていたが、俺は一度死んだ身だ。
 オディオを倒すために死ねるならそれはそれで悪くねえ!!」

一瞬、心に浮かんだおぞましい思考を振り払うように松が声を張り上げる。
それはせめての抵抗だった。
自身のあらん限りの想いを言葉にすることで滲み寄り熱さを奪い取らんとする寒気へのなけなしの抗いだった。
そして同時にセッツァーを失望させる決定打だった。
熱が松の腕から離れていく。
最早松の歩みを阻むものはない。
だというのに松は再び駆け出すことができなかった。
理解してしまったから。

「そうかい。やっぱそういうことか。
 納得がいったぜ」

明らかな侮蔑の込められた声が、松を解放したのではなく、見捨てただけだと雄弁に語っていたから。

「松、アンタは生き返ってなんかいない。ただの死人だ」


――それはいつかの再現だった


「俺が……、死に、ん……?」
「そうさ。だから辞めておけ。
 ブリキ大王っていうのが強い想いでしか動かせないというのなら死人のあんたには無理だ」

セッツァーは手をひらひらと振って無理だ無理だと繰り返す。
彼はギャンブラーだ。
ギャンブラーである限り、分の悪い勝負というのは嫌いじゃない。
少しでも勝ち目があると見込めたならば、そこに有り金全部BETするのも満更ではない。

「っ、確かに俺は一度は動かしきれなかった。
 だが命を賭けた昭和の男に不可能はねえっ!
 男、無法松、無理を通してみせる!」
「なるほど、それは確かに道理だ。
 命はこの世で何よりも重いものの一つだ。
 そいつをBETするというのなら得られるギャラも法外なもんだろうさ」

ではこの無法松という目はどうだろうか?
配当はブリキ大王、魔導アーマーを遥かに凌駕する機会兵器。
先ほどのブリキ大王に関する考察もある。
ブリキ大王を一度とはいえ動かしたことのある松のレクチャーを受けるなり、操作を見るなりすれば、セッツァーにも案外簡単に動かせるかもしれない。
なるほど、これは中々に魅力的な賞品だ。
戦力的な面を除いても、巨大非行型魔導アーマーで体感する空にも興味がないといえば嘘になる。
されど

「でもな、忘れてないか?
 賭けで報酬を得るのならまずはギャンブルで勝たなきゃいけないってことを。
 お前には勝てないさ。夢も願いもないお前には」

超一流のギャンブラーであるセッツァーの目からしても松という目には勝率を僅かなりとも見出すことができなかった。
恐らくここで松を行かせたところで、これまで同様に彼は敗北し、セッツァーもその負の余波を受けることになるだけであろう。
余波――ああ、今なら断言できる。こいつの言うとおりだ。ティナは松のせいで死んだのだ。
勝てるはずのない勝負のチップ――命を、否、命があるからこそ叶えられる夢を代わりに払わされて死んだのだ。
勝負に乗った松が払うべき夢を持っていなかったからこそ、彼の仲間が代わりに払わされ続けてきたのだ!

「何度言えば分かるんだ! 俺はオディオの野郎をっ!」
「それは夢じゃない。当面の間の目標に過ぎない。
 だってそうだろ? この殺し合いは俺達にとっては振って沸いてでたもんだ。
 本来の人生には存在しえなかったはずのイベントさ」

無法松は一度死んだ人間だ。
人生の起承転結、オープニングからエンディング、全てをやりきっている。
そこにオディオというアウトファクターが介在しえる余地は本来どこにもなかった。
故に。
そのオディオを前提とした目標というのは本来無法松が持ちえなかったものであり、偶発的な想いに過ぎない!
セッツァーが真に聞きたかったのはそんなものではなかった。
セッツァーは今一度問う。
最後に問う。

「ならよ。この殺し合いを抜きにして。
 あんたはいったい何をしたい? 何を願う?」
「俺は……」



答えは――ない。



「答えられないか? 答えられないだろ。心の枯れきったアンタじゃな」

セッツァーはつまらなそうに言い捨てた。
暗い部屋の中、酒を煽り、言葉を交わす。
シチュエーションとしては[[トルネコ]]の時の再現なのに中身はあの女の再現と来たもんだ。
ああ、全く酒が美味しくない。

「そうだ、俺はアキラを!」
「たまたま名簿にそいつの名前があったからだろ?
 もし、もしもだ。名簿にそいつの名前がなかったとして。
 この殺し合いに巻き込まれてなかったとしたら。
 あんたはそいつをわざわざ命を賭けて護ろうとしたかい?」

或いは。
ここで松がセッツァーが満足する答えを返せていれば。
夢でなくとも、希望とか、絆とか。
トルネコが語った夢に並ぶほどの人の心を潤す確かな想いが伝わってきたのならセッツァーは松を認めただろう。
もう少しまともに酒を味わえただろう。

「したに決まってんだろ!」
「本当か? 本当にそうか? なら一度振り返ってみな。
 あんたはそいつ以外に生前あんたが大切にしていた奴らを一度でも思い出しはしたか?
 幸せに過ごしてるだろうかとか、一人おっちんじまったことを謝りたいとか想ったか?
 思っていないだろ。俺の命を賭けたっていい。あんたはそいつらのことを僅かですら思い出しもしなかった。
 もしも想っていたのなら、やすやすと死んでもいいなんざ口にできるはずがない!」

それさえも叶わなかった。

あれだけ雄弁だった松が押し黙る。
それは無言の肯定だった。
彼がこの殺し合いの地で蘇らされて以来、一度たりとも名簿に載っていたアキラ以外の大切な人を、
自分が命を賭けて守り抜いた人々のことを思い出しもしなかったことの証に他ならなかった。
押し黙る松を心底嫌悪しながらも、セッツァーは生前の無法松という人物に思いを寄せる。
きっと理屈を超越した熱さを持つ男だったのだろう。
少し、ほんの少し残骸に触れただけのセッツァーがそうだったに違いないと断言できる程には。
それが、この様だ。
恐らく無法松という男の人生は幸福だったのだろう。
自らの有り様を貫き続け、思いを成し遂げ、アキラという人物に全てを託して死んでいったのだろう。
それを悪いとは言わない。
むしろ憧憬さえ覚える人生だ。
己を貫き、全てを成し遂げ、悔い一つ残さず逝けることを幸せな死といわずになんと言う。
ただ、だからこそ。
無法松は眠ったままでいるべきだったのだ。
生前に何一つ未練も執着も残しておらず、過去を振り返りもしない元死人など、亡霊や悪霊にすら劣るただのゾンビだ!
生ける屍、人形にしか過ぎないのだ!

「いい加減にしろ! 死んでも何かを成し遂げるのと、死んでもいいってのはてんで別もんだ!
 一緒くたにするなんざ真に命懸けで叶えたい願いのために生きている男への侮辱でしかない!」

ああ、そうだ、それは侮辱だ。
何よりもかって生き、根性で本来動かせないブリキ大王とやらを動かしてまで、己が願いを叶えていった無法松という人間への侮辱だ!
今のアンタを見たらそのアキラって奴やあんたが護ろうとした人達は何て言うだろうな?

「松、あんたにはないんだ。夢に生きたい明日が! 願いの糧となる過去が!
 そんな奴が。何とはなしに生き、死んでもいいとか簡単に言えるアンタに。いったい誰が護れるって言うんだ」
 
俺か?
俺は嫌だね。
空っぽになっちまったダリルを目の当たりにするなんざご免こうむる。
セッツァーは死者蘇生の実例を前にして心の中で吐き捨てた。
死者蘇生? 違うな。
死人は蘇りはしない。
一度死んだ人間が生き返ったとしても、そいつの記憶にも、周りの皆の心にも死は刻まれたままだ。
死はなかったことにならない。
生き返るということは、死の先を、死の延長上を歩むというだけで、生きるということは別物なのだ。
それがセッツァーの持論だ。
だから、もう一度言おう。
怒りを込めて言い放とう。

「生き返ったとあんたは言ったな。
 それは大きなミステイクだ。
 あんたは生き返ってなんかいない。
 一度死んだまま、死にっぱなしなんだよ」

そして、その言葉に応えるように。
何かを言い返そうとした松の喉が背後より潜み続けていたセッツァーの同行者の手により断ち切られた。


――それはいつかの再現だった


[[ジャファル]]はこの地に来るよりも前にも一度、死人が蘇る場面を目の当たりにしたことがあった。
正しくは死竜だが、そんなことはどうでもよかった。
神将器による潰えた命の復活。
紛うことなき奇跡の顕現。
人が求めてやまない夢想の最果て。
それが現実のものとなり竜の少女が蘇った時。
フェレ侯が、オスティア侯が、キアラン公女が、最愛の少女であるニノも笑顔でニニアンの生き返りを受け入れる中。


ジャファルはえも言えない嫌悪を抱いた。
おぞましいとすら思った。


ニノの笑顔を曇らせぬよう、必死に表情に出ないようにはしたが、しかし、それは彼が今まで抱いた数少ない感情の中でも決して弱くないものであった。
その時はそれが何故に湧き出たのか、ジャファル自身にも分からなかった。
命は一度きりだからこそ尊いのだという倫理などジャファルの中にはない。
これまで狩ってきた者達にまで蘇られたら困るという俗物的な考え方でも無論なかった。
ただ単に理屈を超越したもっと感性的な何かが、死人が蘇ることに拒絶反応を示したのだ。
それでもジャファルはその嫌悪を無理やり飲み込む道を選んだ。
短剣を手にしようとする腕を意志の力で封じ、竜の少女の再殺を押し留めた。
ニニアンの力は竜を抑えるために必須だったから。
ニノと共に生きるという夢を叶える為には必要だったから。
ジャファルは見逃した。
一時の感情など、ニノへの激情の前には霞む程度のものだった。
けれど、今回は違う。

ジャファルに松を見逃す理由はなかった。
ジャファルには松を殺す明確な理由があった。
ニノを護る。
ニノに生きていて欲しい。
生きて、死んで、生き返ってなんかじゃない。
ただただ生き続けて欲しい。

一念。

その一念の元にを突き出す。
刃が走ると共にジャファルにとって最も大切なはずの感情すら無になる。
ニノに告げたように、彼は感情を捨てた。
殺すという行為に一切の感情を伴わせなかった。

何も感じず、何も恐れず、何も望まず、ただ標的へと至る死。
それがジャファルの一撃だった。

「は……ぐぃ?」

故に、その松の死は約束されたものだった。
否。
訂正しよう。
松の暗殺が成功したことはジャファルの腕前によるものだけではない。
いくら彼が凄腕の暗殺者とはいえエドガーを暗殺してのけた時とは訳が違う。
あの時はジャファル自身の腕に加え、身を隠す隠れ蓑やモシャスによる撹乱があった。
幾重もの要素を積み重ね、エドガーから隙を引き出しての一撃必殺だった。
それに比べて今回はどうか?
隠れ蓑も失い、モシャスの担い手も欠き、更には松はジャファルという個人を認識して警戒していた。
難易度は比べようもないくらい釣りあがっていたはずだ。
にも関わらずあっさりと、実にあっさりとジャファルは松の背後を突き、刃を突き入れることに成功していた。

どうしてか?

簡単な話だ、装備や人員を失った分、新たな協力者を得ていたからだ。
セッツァー。
セッツァー=ギャッビアーニ。
この男がジャファルの暗殺へのお膳立てをした。
松が頭を下げている隙にジャファルが客室に入ったのを視界の端で捕らえたセッツァーは松を部屋にまで誘導。
その後、適度に酒を飲みつつ、精神の動揺を誘った。
いや、動揺に関してはあくまでも副次的な産物だ。
相手が松であり、セッツァーが松を気に入らなかったからこそ起きた偶発的な事態。
真にセッツァーが狙っていたことは相手を戦いの場ではなく、話し合いの場に引き込むこと。
情報交換でも、思い出話でも、愚痴り合いでも、酒の飲み交わしでもなんでもいい。
松に今この場は武器や武力が入り込まない言葉の世界だと錯覚させ、
松自身の武器も拳から言葉へと挿げ替え、臨戦態勢を解かせさえすればよかったのだ。

作戦は思いのほか上手くいった。
松が感情的な人間でありながらも、精神は成熟した大人のそれであったこともいいように働いた。
どれだけ言葉で圧倒されようとも、“一切臨戦態勢を取らず、無防備を晒し続ける”セッツァーを力で押し切ろうとはしなかったのだから。
そう。
松がセッツァーに戦意を解除をさせられ無防備になってしまったことに対し、セッツァーは最初から無防備だった。
松の戦意を剥ぎ取らんとする以上、セッツァー自身も戦意を帯びている訳にはいかなかった。
どころかセッツァーには松への怒りや嘲りはあっても、殺意は一切なかった。
ジャファルといつ、どのタイミングで殺すかすら示し合わせてはいなかった。
下手に機会を覗っていては動きや会話が不自然なものとなり、松に気取られると踏んだからだ。
よってセッツァーは自身は会話に専念し、殺しは全てジャファルへと託した。
その徹底振りは完璧であり、現に今、松が刺されるその瞬間まで、セッツァーも“ジャファルがどこにいるのか一切感知していなかった”。

正気の沙汰とは思えない。
最強の暗殺者を前に余りにも無防備にすぎる。
これではまるで松と一緒に殺してくれと言っているようなものだ。
事実、ジャファルには先程のシチュエーションならそれが可能だった。

だが、ジャファルはそうしなかった。
最後の最後には殺しあわねばならない相手。
もしかすれば今生き残っている人間の中で最も油断のならない相手が油断している最大のチャンスを。
ジャファルは微塵の未練も抱くことなく掴もうとはしなかった。
何故ならば。

「そ……いっひっ……」
「紹介しよう。俺の“仲間”のジャファルだ」

地を這い蹲り虚ろな目で見上げてくる松にセッツァーが告げるように、ジャファルとセッツァーは“仲間”だからだ。
ジャファルがセッツァーの賭けに乗った時、二人はニノも加えた最後の三人になるまでの不戦協定に加えてもう一つ誓いを交わしたのだ。
即ち、互いに互いを“仲間”として扱うこと。
ジャファルもセッツァーも仲間の絆が持つ力を、それぞれの旅で知っていた。
信じあう仲間同士の結束というものがいかに強固で、いかに不可能を可能にするのか、幾度も幾度も目にしてきた。
ここに至るまでにジャファル、セッツァーとも碌な仲間関係を持てていなかったのも、二人に信用できる仲間の重大性を再確認させるには十分だった。
ダメ押しとばかりにあの神殿前での大乱戦で、いくつかの仲間と取れる集団を確認できてしまった以上、ジャファルとセッツァーも、
形ばかりの協力関係からなる“一人と一人”で彼らに挑むのではなく、“二人”で挑まねば勝てないと結論付け、手を握り合ったのだ。
それに、だ。

「こいつには信じるに足る願いがある。夢(明日)も願い(ゴール)もないてめえとは違う」
「あ、ぐ、……あぁァァァ」

セッツァーの言葉通り、セッツァーとジャファルは互いに互いを信じることができた。
正確にはセッツァー個人、ジャファル個人ではなく、それぞれがそれぞれに抱いている夢や願いに何よりも真摯である点を信じることができた。
だから、彼らは“仲間”になった。
正真正銘、背中を預けあい、命すらも託し合う仲間になった。
それは松がこの殺し合いの中で終始失い続けたものだった。

「ァァァアアアアア……」
「さよならだ、松。ロックには怒られるだろうが俺はお前という夢の形だけは認められない」

呪符が頭頂部へと突き刺さり、松が動かなくなる。
死を待つばかりだった松はその僅かな時間さえ存命を許されず完全に死に絶えた。
その松の死骸から支給品を回収し分配するセッツァーの傍ら、ジャファルは一つの想いを呼び起こす。
セッツァー同様、ジャファルにも蘇生への強い嫌悪はあるし、何よりネルガルという災いを知っているが故に、オディオの甘言を信じてはいない。
最悪、ニノをモルフにして蘇らすことぐらい、魔王を名乗るからにはしかねない。

だが、それでも――。

ニニアンの蘇生に際し、ジャファル同様思うところがあったのだろう、彼に言葉をかけてきたある司祭の言葉が脳裏を過ぎる。

『ジャファル、おまえの嫌悪は決して間違ってはいない。
 今の俺からすればおまえの気持ちの方が正しいとさえ思える。
 それでも。
 それでも人は抱いてしまうのだ。
 大切な人が死んだ時、神に願ってでも悪魔に魂を売ってでも、その人を蘇らせたいと。
 そしてそれもまた――』

「人の感情として間違ってはいない、か」

呟かれた言葉をただ死体だけが聞いていた。




【A-7 座礁船 一日目 真夜中】 
【ジャファル@[[ファイアーエムブレム 烈火の剣]]】 
[状態]:健康 
[装備]:影縫い@FFVI、アサシンダガー@FFVI、黒装束@[[アークザラッドⅡ]]、バイオレットレーサー@アーク・ザ・ラッドⅡ 
[道具]:聖なるナイフ@ドラゴンクエストIV、毒蛾のナイフ@ドラゴンクエストⅣ 導かれし者たち、潜水ヘルメット@ファイナルファンタジー6
    マーニ・カティ@ファイアーエムブレム 烈火の剣、基本支給品一式×1
[思考] 
基本:殺し合いに乗り、ニノを優勝させる。 
1:ニノを生かす。 
2:セッツァーと仲間として組む。座礁船を拠点に作り替える。 
3:参加者を見つけ次第殺す。深追いをするつもりはない。 
4:知り合いに対して躊躇しない。 
[備考] 
※ニノ支援A時点から参戦 
※セッツァーと情報交換をしました 


【セッツァー=ギャッビアーニ@ファイナルファンタジー6】 
[状態]:絶好調、魔力消費(小) 
[装備]:デスイリュージョン@アークザラッドⅡ、つらぬきのやり@FE 烈火の剣、シロウのチンチロリンセット@幻想水滸伝2 
[道具]:基本支給品一式×2、 シルバーカード@FE 烈火の剣、メンバーカード@FE 烈火の剣 、拡声器(現実) 
    フレイムトライデント@アーク・ザ・ラッドⅡ、天使ロティエル@サモンナイト3、壊れた蛮勇の武具@サモンナイト3

[思考] 
基本:夢を取り戻す為にゲームに乗る 
1:ジャファルと仲間として行動。座礁船を拠点に作り替える。
2:松から聞いた話を吟味する。特にブリキ大王や用意されているであろう対抗手段は気になる。
3:手段を問わず、参加者を減らしたい 
※参戦時期は魔大陸崩壊後~セリス達と合流する前です 
※[[ヘクトル]]、トッシュ、アシュレー、ジャファルと情報交換をしました。 





ジャファルに刺され、崩れ落ちる瞬間、松の目は船室を映していなかった。
松が見ていたのは在りし日々の光景。
散らばるおもちゃ。
笑う子ども達。
彼らを、そして松をも見守る一人の女性。
それら、ほんの数日前のはずの、しかし実際には何日経っているのかも分からない過去の世界で松は一つ得心がいった。

ああ、そうか。
俺の中の時間は死んだ時から止まっちまってたんだな、と。

生前の松の記憶は日暮里へ向かおうとしていた所で途切れている。
それはつまりアキラの勝負の行方を知らないということだ。
アキラが負けていればアキラだけでなく彼が護りたかった妙子らちびっこハウスの面々も命を落としてしまったことになる。
なのでアキラの勝敗は本来なら松が最も最初に知ろうとすべきことだった。
名簿にアキラの名前があったからとはいえ、松同様、蘇生させられた可能性もある以上、絶対安心出来ることではなかったのだから。

けれども。
松はアキラを心配しても、陸軍との戦いの決着についてはむとんちゃくな程気にしていなかった。
それはアキラのことを信じていたからでもあるが、全て託し終えて見守っているだけの死者のあり方だった。

加えてここにいるアキラが松の期待通り陸軍に勝ちその後の人生を送っていた存在だったとして。
いったい今何歳なのだろうか?
これまで全く考えはしなかったが松が死んでから既に時間は何年も経っている可能性もあるのだ。
既に松の年齢を超えていてもおかしくはない。

はは、セッツァーの野郎に好きに言われるわけだ。

松はあの日、あの時、あの瞬間から一歩たりとも前に進めていなかった。
前どころか後ろさえ振り返らなかった。
過去を取り戻そうともせず、現在に追いつこうともせず、ただ一点、己が死んだ時に囚われ続けていたのだ。
そのことに気付いた松は折れてしまった。
死を覆す気力など、最初から死を受け入れていた松には一切残っていなかった。
こうなってしまっては自慢の根性も役には立たない。
松はただ、本来あるべき姿に戻るのを待つだけだった。
闇の中をひたすら漂い死への道筋を遡っていった。

すると。

――私の声が、届いていますか? 

声が、聞こえた。

――私の名は、[[ロザリー]]。魔王オディオによって、殺し合いをさせられている者の一人です。

朦朧としている意識の中、飛び飛びとだが声が聞こえた。

――私はかつて、この身に死を刻まれました。そのときの痛みと苦しみは、忘れられません。

松と同じく死の淵より蘇った少女の声が。

――何より辛かったのは、私の死をきっかけに、私の大切な方が、悲しみと憎しみに囚われてしまったことです。 

松と違って遺される者の悲しみを知っていた少女の声が。

――そんな経験を経て、私は、改めて実感したのです。

確かに、昭和の男の胸を打った。

――大切な人が亡くなり、悲しみに暮れている方もいらっしゃるでしょう。仇を討とうと、憎しみを抱いている方も少なくはないかもしれません。

その言葉に涙を浮かべ。 

――どうか、その大切な人のことを思い出してください。その人が、貴方のそんな姿を望んでいるはずがありません。 

その言葉に捨て置いてきた何人もの人々を思い出した。

――私は今、生きています。それは、たくさんの強く優しい方々に出会い、手を取り合えた証です。

それが、生きているということ。

――[[ピサロ]]様に、届きますように。 

それこそが、真に生き返るということ。

松は手を伸ばす。
去ろうとしている不思議な力の残滓に手を伸ばす。
松が、生きるために。
少女がそうしたように大切な弟分に言葉を届けるために。


アキラ……ッ!!


その願いが届いたのだろうか?
懐かしいあの感覚、アキラに心を読まれる感覚を無法松は感じた気がした。


&color(red){【無法松@LIVE A LIVE 死亡】} 
&color(red){【残り17人】} 


※松は死の間際にロザリーのメッセージを聞き、それに乗せてアキラに何かを伝えようと言葉を発しました。
 アキラが真夜中中に夢を見るような状況や、心を読んでいる時に、もしかしたら混線してメッセージが伝わるかもしれません。
 お任せします。



*時系列順で読む
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*投下順で読む
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|~|ジャファル|~|

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