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第四回放送 - (2010/12/27 (月) 16:31:07) のソース

**第四回放送 ◆6XQgLQ9rNg

 地上で繰り広げられた戦闘の終焉を待っていたかのように、分厚く濃厚だった雨雲が晴れていく。
 こびりついて消えない汚れに満ちた大地を押し流すかのような豪雨の気配が、天空には欠片も存在しなくなっていた。
 代わりに空を支配しているのは、青白い満月と数え切れない星の瞬きだ。
 夜天の王と兵の群れが見下ろす世界――たった一つの、箱庭めいた島には、夜に相応しい静けさが落ちている。
 まるで、好き勝手に喚き散らした後に、泣き疲れて寝息を立てる子どものようだった。
 そう、少し前まで。
 ほんの少し前まで、その島には狂乱めいた騒乱で溢れかえっていた。
 無数の感情がせめぎ合い意志がぶつかり合い想いが交錯した。
 その果てに、離別があり喪失があり過ぎた。
 希望や喜びや活力を覆い隠し押し潰してしまいそうなほどに、絶望や悲嘆や辛苦が多すぎた。
 そのせいだろう。
 世界が、疲れ切って眠っているかのように見えるのは。
 世界が、全身に負った傷を癒そうとしているかのように感じられるのは。
 世界が、ささくれ立った気持ちを整理したいと望んでいるかのように思えるのは。
 月が、傷ついた世界を慈しむように、たおやかな光を投げかけている。
 星たちが、疲弊した世界を慰めるように、絶えず瞬きを繰り返している。

 だが。
 この箱庭に人々を集めた王は、そのような平穏は与えない。
 憎しみに塗れた魔王が、そのような慈悲を容認するはずがない。
 まだ騒乱に参加すべき者がいるのだから。 
 
「――時間だ」

 大気が震え、無慈悲な声が響く。 
 
「もはや前口上などいるまい。しかと耳に焼き付けよ」

 粗野でもなく荒々しくもなく高圧的でもなく、乱暴さとはかけ離れた声音だ。
 それでも、その声は苛烈なほどの存在感と、竦み上がる様な威圧感に満ちていた。 
 
「まずは禁止エリアを発表する。
 1:00よりA-04、H-07、
 3:00よりC-08、E-10、 
 5:00よりE-04、I-03、
 以上だ」
 
 まるで声色そのものに力が宿っているようだった。
 それも月明かりを陰らせ星の瞬きを止めてしまいそうなほどの、人智を超えた力が、だ。
 そんな空恐ろしい声は、聴き手に現実を叩きつけるべく、続ける。
 
「では、死者の名を告げよう。
 リンディス
 [[シャドウ]]
 [[ブラッド・エヴァンス]]
 [[ロザリー]]
 トッシュ・ヴァイア・モンジ
 トカ
 [[ルカ・ブライト]]
 [[無法松]]
 ――以上、八名が朽ち果てた者たちだ」
 
 夜の暗さが一層深く濃密なったような錯覚に陥る。
 響き渡る声以外に、物音は聞こえない。
 その様はもはや穏やかさではなく、生命が滅び死に絶えたが故の静寂めいていた。
 だとしても、声の主は確信している。
 耳を傾けている者はいる、と。
 死体の山の上に佇み血液の河を掻き分ける者たちが確かに生きている、と。

「たった八名だと落胆するだろうか?
 八名もの数がと戦慄くだろうか?
 どちらにせよ、早いものだ。
 僅か二十四時間で、実に六割強の命が死神に魅入られたのだからな。
 だが、手を下したのは死神などではないのは理解しているだろう。
 諸君らが敵だと断じた者が、諸君らが仲間だと信じた者たちが。
 そして――諸君らこそが。
 命を奪い尽くしたのだ。
 時に大義名分を振りかざし、時に信念を盾として、時に欲望に忠実に。
 他者を蹴落とし踏み躙ったのだ。
 果たして諸君らには、他者を斬り捨ててまで立っている価値があるのか?
 果たして諸君らには、否定しつくした末に生き延びるだけの意味があるのか?
 もしあると言うのならば――」
 
 問いかける。
 答えなど返ってはこないと分かっていながら、それでも、感情のままに声は告げる。
 
「――全てを奪い尽くした上で、私の元に来るがいいッ!」

 ◆◆
 
 本当に早いものだと、オディオは思う。
 豪奢というよりも禍々しい玉座に背を預け、目を閉じる。
 視界を閉ざし想起するのは、二十四時間前から始まった殺戮劇。
 自らが催した殺戮劇は、予想を上回る速度で進行している。
 それはまるで、人間の業の深さや愚かさを体現しているかのように感じられた。
 参加者の中には、人間ではない者も数名混じっている。
 彼らはどう思っているのだろう。 
 そして人間は、彼らをどう思っているのだろう。
 同種族ですら争う人間が、異種族と手を取り合えるとは思えない。
 その証拠と言うように。
 夢にメッセージを込めたエルフの身は、彼女自身が愛する者と信頼する者によって灼かれたのだ。
 
 しかし、その一方で。
 絆を築き希望を抱き、巨悪を打ち破った者もいる。
 人間でありながら――否、人間であるからこそ、人間を強く憎悪した狂皇子も。
 負の感情を糧とし世界を紅に染め上げた災厄も。
 たったひとりの人間が相手では、滅び去りはしなかった。
 それは、人間が持つ力を、否定しきれないケースに他ならなかった。 

「それでも……」

 オディオの奥歯が、強く噛み締められる。
 ルカ・ブライトやロードブレイザーの死滅に口惜しさを覚えているわけではない。
 強い絆と希望の力で貴種守護獣を呼び起こし、再生した[[アシュレー・ウィンチェスター]]に忌々しさを覚えているわけではない。
 
「それでも、人間は決して愚かさを捨てられんのだ……ッ!」

 呻くような呟きに混じる、羨望めいた感情を拾う者は、誰一人存在しなかった。
 芽吹いたモノを振り払うように、オディオは瞼を開く。 

 間もなく、この城に訪問者がやってくる。
 それが破壊と殺戮と蹂躙の果てに勝ち抜いた、たった一人の客人なのか。
 抗いの意志を絆で繋ぎ希望を抱いた、反逆者たちなのか。
 あるいは、皆が皆手を取り合えないまま、入り乱れて雪崩れ込んでくるか。
 何にせよ、そろそろ頃合いだ。
 万が一のため、駒の配置は完了している。
 用意した駒のうち、思い起こしてしまうのは四つの異形の女たちだった。

 一つは、四本の腕を持つ桃色の髪をした女。
 二本の腕の先端は人間のものと同じ。されど、残り二本の腕の先には無骨な岩石がぶら下がっている。
 岩石と人間の合成生物――クラウストロフォビア。

 一つは、漆黒の球体から上半身を生やした女。
 背から伸びる一対の翼で宙に浮くその姿は、あらゆる光を呑み込みそうなほどに気味が悪い。
 暗黒の分子で構成された生物――スコトフォビア。
 
 一つは、緑色の翼と尻尾を生やした女。
 上半身は人のものであるが、下半身は爬虫類めいた翼と尻尾で構成されている。
 器より出でし魔法生物――アクロフォビア。
 
 一つは、透き通る液体を纏った女。
 艶めかしい裸身に液体を絡ませるその姿は最も人間に近い。しかし、液体は絶えず女に絡みつき、同一の存在であると主張している。
 液体から作られた合成生物――フェミノフォビア。

 彼女らは、かつて。
 かつてオディオが、『オディオ』でなかった頃に、一人で戦った人形たち。
 彼女らを最初に想起してしまうのは、強い信頼を置いているからではない。
 むしろ、真逆だ。
 その悪趣味な人形に、オディオは強く激しい嫌悪感を抱いている。
 他の駒には、一切の興味も感慨も持ち合わせてはいないのに、だ。
 強烈な感情は、その正負に関わらず強く印象付ける。
 そういう意味で、四つの人形は特別だった。
 オディオ自身の手で破壊したはずの彼女らを。
 吐気を催すほどに忌み嫌う彼女らを蘇らせたのは、手駒としてはそれなりに使えると踏んだためだ。 
 人形は、裏切らない。
 そう、決して、裏切らない。
 だから、それ故に。
 オディオは想わずにはいられない。
 
 ――人間は、自らが作りだした人形よりも劣っている、と。
 
 そう想わずには、いられない――。



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