残滓
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563 名前: LB 投稿日: 2005/08/18(木) 23:58:27 [ vFMA5ups ]
『残滓』
名も無い洞窟、光が介在する為の穴はそこにはなく、潜むもの少なき地の底。
そこにいると冷たい海の底に裸で投げ出されたような感覚を覚える。
粘性を帯びたような闇が心を束縛し身を動かす事を制する。
―否、『闇は覆われているだけであって常に在るもの、闇は加わる存在ではなく被る存在だ』とは誰が言っていたかな。
―意識を呼び起こすものがいた。
額に違和感を覚え、動く方の、右手で拭う、水滴が刺激の正体であるようだった、かび臭い。
首を持ち上げ、全身を眺めてみると、左肩から両足にかけて鎧の上からまだ灰色、石のままで、徐々に本来の色と機能を取り戻しつつあるようだった。
(…確か俺の名はケイトス・ディアンと言ったっけか)
と冗談交じりに己の名を確認する、後は糸を手繰り寄せるように自分の記憶を想起していった。
自らに強力な石化魔法を掛け、若い体のまま、一百年余りの時を設定し飛び越える予定であったということ、まだ成功したかは定かでないが。
そうしようと至った経緯は自分がレッドアイの高官として組織の壊滅を目の当たりにし、来るべき機会を勝ち取るため、このような年月を繰り越す手段を選んだという事をまず思い出した。
今考えれば死ぬ可能性の高いこの方法を用いたのは無謀すぎたし、あの時、散るべきはずだった宿命に敢えて逆らったのはつまらない意地だったのか。
しかし王宮に安置されていた…あの石の輝き、その魔力に魅せられていた自身の執着は凄まじいものであったとは思う、我ながら。
身体が術の束縛から解かれ、蘇生を終えるのを確認すると、ケイトスはゆっくりと身を起こす。
ウィザードとして、外部から元素を供給するのに邪魔になる点と体力的な面で難儀な全身鎧を彼は着込んでいるが、それをまったく苦にする事なく、走り出す。
闇が支配する中で方向感覚は失われ、岩肌を纏う壁に額を打ち付けた。衝撃は大きいが微動だにすることなく、そのまま壁にもたれ掛かる。
額から口元に垂れる血を舐め、鉄臭いその匂いと味と、そして久しく味わった激痛とを思い出した。
「っ…ははは……」
やがて低く抑えた笑い声が、普段から貼り付いている笑った口元をさらに広げながら漏れる。
ふと脳裏に見えた過去の光景が、彼の感情をさらに波立たせた。
「フェレス!アプサラ!そして…ブルンの暴君よ!…まったく皮肉だな!……汚名を背負った愚者達の中、俺だけが!また一度現世に舞い戻ることになるとはなぁ!!」
覚醒の咆哮は深淵に食われ、染み渡っていった。
幾年もの年月を凌ぎ練り、その機会を伺っていたのだろうか。それとも念願のRED STONEが発見され、決意に至ったのかは定かでない。
栄華の象徴であった王宮は紅蓮地獄と化し、その日のうちにブルンの雅は崩れ去った。
ブルン暦4807年晩秋。
朝から昼に掛けて少々雪が降り、冬への移り変わりを感じた日の夜の事であった。
ストラディヴァリ家の王家、諸貴族達への反乱。
王宮だけでなく、諸貴族の豪邸はストラディヴァリ家に雇われた幾多の傭兵達に殲滅され、また王家の権威的な機関もことごとく破壊された。
レッドアイもその限りではなく、寧ろ恐るるべき戦闘機関として特に膨大な数の傭兵達が送られ、大戦闘を巻き起こした。
しかし、ストラディヴァリ家の入念な策謀により既にレッドアイの組織人員の半数以上が反乱側についていたという。
中でも『五導獅』と呼ばれる組織の実力者五名のうち、その長で統率・戦闘能力共に長けている
追放天使 "大御巫" セラフィ。
索敵能力に長け、様々な工作を得意とするシーフ "索眼" デウス の二人が反乱側についた事も、レッドアイの早期壊滅の要因となった。
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564 名前: LB 投稿日: 2005/08/18(木) 23:58:55 [ vFMA5ups ]
っち、と舌打ちをして、ケイトスは自らの記憶の痕跡が視覚に訴えてくる それ を眺めた。
洞窟を抜け、眼前に現れたのは快晴の下、青々とした木々のひしめく様と、それらを押し広げ未だ聳え立つブルン家栄光の残滓だった。
目の前の廃墟で最も大きい屋敷は左半分が崩れはてて地に陥没し、瓦礫の一つ一つが今も炭化して残る。
手入れなどまるでされていない草木が青天に向け、土塊と共に手を伸ばす。
後ろに振り向けば、まだ確かに 都ブルンネンシュディグ の存在を確認できた。今居る位置から多くの木々、そして川を挟んだ向こうに、赤色の屋根がたくさん見える。
となると、現在自分が居る場所は 地名こそ変わっていなければ中央プラトン街道のはずだ。覚えのある石畳が、ケイトスを都へと導いていた。
今や人々はブルンを古都と呼んでいるらしい。
町の変移を見守ってきたわけではない自分が評価するのは億劫だが、現在ブルン暦4927年初冬と聞いたケイトスは、少しばかり納得し、また成功を確認した。
川に囲まれたこの地―嘗ての貴族領は今やブルンの全領地に成り下がっている。
約百年、結局貴族達はあの事件から自らの威厳を建て直すことはできず、そのまま衰退したままなのだろう。
「これが石を手に入れ、陶酔した者達の成れの果て…実に相応しいな……事実、レッドアイ――棟梁も、五導獅も、俺を除いて 結局は滅びた」
噂違わぬ禍々しくも美しいあの威光をその眼に、彼の地であの石を発見したその日から、組織内は捻じ曲がった力と欲望の奔流の下、崩れ始めた、何もかも――。
「まぁ…ひとまずは宿だな…石の上はもう勘弁だ」
そう言ってこりこりと頭を掻いていると、逃がさず待ってましたとばかりに。
「御宿なら是非とも当館へ!」
突発的、反応する間もなく。
声と同時に素早い動きで女の両手が、こちらの左手を厚く握り締め、建物の中へと引き擦りこんでいった。
「いらっしゃいませ!」「いらっしゃいませ…」
間髪いれず、こちらに向けられた迎えの言葉は、少女の元気の良い声と婦人の涼やかな声の二種類。
女性が二人、親子と見て取れた。
先程、この宿へ自分を引き込んだのは少女の方だ。
初々しい袴姿で、隣の女性と遜色ない艶やかな銀髪を後ろで一つに纏めている。
そしてこちらを好奇の眼で見上げている、ウブな少年相手なら一撃必殺の、悪戯っけを含んだ極上の笑顔で。
その顔を隣の女性が覗き込んでため息をつく。そうして呆れ返った声で。
「あらやだ…ごめんなさい…また娘が無理やり……もう………ティア!」
名を呼ばれる前に、その少女は館の奥へ小走りに去っていた。
「いえいえ御婦人、丁度宿を探していたのは事実ですから、お世話になりますよ。ひとまず、風呂を貸していただけないでしょうか?」
臭いや身の汚れも気になるが、まず石化以前の戦闘による残傷、体の異常は無いか調べておくべきであったからだ。
身内との戦闘は互いに弱点や技を知り尽くしているので、知らず知らずのうちに身体への被害が大きくなっている可能性は高い。
何しろ自分が直接遣り合った相手が、あの"索眼" デウス なのだから、ダガーの様々な毒の効果は怖い。
傷に重ね掛けしてあった石化術は麻酔に過ぎない。
完全に術が解ければ悶える様な痛覚や毒が今襲ってくるかもしれない。早々に洗い流す必要がある。
最終更新:2008年07月07日 23:03