開(フーガ) ◆Il3y9e1bmo
派手な黄色で彩られた小部屋。
四隅には悪趣味な赤いカーテンが垂れ、家具の類は一切置かれていない。
照明もないのにどこからともなく光が差し込み、異様に眩しい。
緑がかった癖毛にソバカスの少年は、そんな部屋で目を覚ました。
少年の名は緑谷出久。雄英高校ヒーロー科1年に在籍するヒーローのたまごである。
彼はゆっくりと起き上がるとおぼろげな記憶を辿り、現在の状況を把握しようとした。
(たしかA組のみんなと雄英に帰ってきて、お風呂入った後にそのままソファーで寝ちゃったんだっけ……?)
しかし周囲を見回しても、小部屋にいるのは自分一人だけである。
すると出久は、妙なことに気づいた。
「この部屋、扉が無いぞ!?」
そう、檸檬色に塗られた壁のどこにもドアノブはおろか、隙間すら存在しないのである。
しかも、連絡を取ろうとポケットを探したが、どこにもスマホが入っていない。
出久の心をあっという間に困惑と不安が満たしていく。
部屋には気味が悪いほどの静寂が広がり、聞こえるのは激しく早鐘を打つ自身の心音だけだった。
しかし、しばらく続いたその静寂は、あっけないほど簡単に破られた。
「やあ、おはよう。みんな、目は覚めてるかい?」
どこか人を食ったような声だ、というのが第一印象だった。
その声は、我が子を諭すように、理解の及ばぬ者を小馬鹿にするように、そして、どこか愉悦を抑えきれぬように語り続ける。
「まずは自己紹介をしておこうかな。私の名は……まあ、『術師A』とでも呼んでくれ。
突然だが、これから君たちには殺し合いをしてもらう。最後の1人になるまでのバトルロワイアルだ」
姿を見せない何者かの声だけが部屋に響き渡る中、出久はあまりにも現実感のない状況に自らの頬を抓った。
「参加者(プレイヤー)は全員で61名。最後まで生き残った1人には、何でも願いを叶えてあげよう。
そして、これから数分後に君たちは実際に殺し合いの場に降り立つことになるわけだが、そうだな……。
先にルールの説明をしておこうか。このバトルロワイヤルには3つの禁則事項が存在する」
出久が頬の痛みに悶える中、プロジェクター投影の要領だろうか。壁に下記の文言が浮き出る。
<禁則事項>
1、首輪を無理に取り外そうとする。
2、禁止エリア内に侵入する。
3、24時間死者が一人も出ない。
「これらの禁則事項を破った場合には……」
ぱちん、と指を鳴らすような音が聞こえると、部屋の四方を囲んでいた壁の一面が突如として剥がれ落ちたではないか。
剥がれた壁の向こうには、けばけばしい小部屋とは一転してモヤのようなものが立ち込める薄暗い空間がどこまでも広がっていた。
この部屋から出て暗闇の中に足を踏み出せば、脱出の手がかりがつかめるだろうか。
出久が逡巡していると、モヤの奥から一人の男が姿を現した。
袈裟を着た、頭に大きな傷跡のある長髪の男だ。
出久は、なぜかその男が今までこちらに語りかけていた『術師A』と同一人物であると確信できた。
男がモヤの奥に目をやると、手押し車が転がる時のような音とともに大きな影がこちらに近づいてくる。
よく見ると、下部に車輪のついた巨大なガラス製の箱のようだった。どうやらその中には人が入っているらしい。
ガラス製の箱が近づいて来て、中の人物をはっきりと認めた出久は、途端に目を見開き、悲鳴とも嗚咽ともつかない声をあげた。
「そんな……! 嘘でしょ、オールマイト……!!」
箱の中には、ヒーロースーツがところどころ破け、息も絶え絶えな出久の師――オールマイトが、あの象徴たる笑顔を浮かべながら立っていた。
「この男には、君たちにこれから支給するものと同じタイプの『首輪』を取り付けた」
オールマイトのものとは真逆の性質の邪悪な笑顔を浮かべ、袈裟を着た男は平和の象徴を指差した。
首元には確かに金属製の首輪のようなものが取り付けられている。
「それじゃ、今から見せしめとして君の首輪を起動したいんだけど、何か言い残すことはあるかい?」
OFAによって受け継いだ個性『危機感知』が壊れた警笛のように頭の中で鳴り響き、出久は必死で部屋から出ようともがく。
だが、部屋と外の間には、目には見えない強靭な仕切りのようなものがあり、いくら蹴ったり叩いたりしてもびくともしない。
「少年、すまなかった。一番最初に出会った頃に、平和の象徴は決して悪に屈してはならない、って言ったよな。
そんな私がこんな醜態を晒すとは……。だが、また性懲りもなく言わせてほしい。君は、ヒーローになれる――――」
その言葉を最後に、オールマイトの頭が爆ぜた。仕切り越しにも分かる、爆音と爆風。そして、飛び散る脳漿。
今は亡きナチュラルボーンヒーローの首からは、血飛沫が噴水のように吹き出していた。
「ま、禁則事項を破るとこんな感じで頭が爆発する。もちろん、不死身だろうがなんだろうが爆発したら例外なく死ぬよ。
あと、6時間ごとに死亡人数と生存人数、死亡者の名前の発表や禁止エリア等を知らせる放送を会場全体にかけるから聞き逃さないようにね」
目の前で人が死んだにも関わらず、何事もなかったかのようにスラスラと説明を続ける『術師A』。
「最後に、支給品について説明しておこう。水や食料、地図のほかにランダムなアイテムを数個、デイパックに入れて支給する。
これらを上手く使って殺し合いを有利に進めてほしい。それでは、健闘を祈っているよ。……おやすみ」
『術師A』は踵を返すと再びモヤの中へと姿を消した。
しばらくして催眠ガスが室内に散布されたのか、はたまた精神の糸が切れてしまったのか。
平和の象徴の遺志を継いだ少年は、獣のような唸り声を上げながら意識を失った。
【令和ジャンプキャラ・バトルロワイアル 開始】
最終更新:2025年08月11日 22:47