遊戯:椅子取り合戦 ◆dKv6nbYMB.
ここはどこだ?
意識が戻ると共に男・小笠原貞宗はキョロキョロと周囲を見回す。
(見えぬ)
千里眼を自称するほどの視力と観察力を有する彼に見通せぬものはない。
その彼が何も見えない。
当然だ。
周囲は星一つなく漆黒に包まれているからだ。
(動けぬ)
両手足を縄で縛られたかのように自由が利かない。
首や指だけならば動かせるが、これではどうしようもない。
(聞こえぬ)
自分一人だけこんな状況に陥っているのであろうか。
周囲からはなにも聞こえず、ただ己の呟きと衣擦れの音しか耳に届かない。
(なにが起きている!?儂は確かに床に着いたはずだが...!?)
焦燥する貞宗に答えるかのように、突如、周囲が明るくなり視界が晴れ渡る。
彼の視線の先には様々な男女が椅子に座っていた。
5メートルはあろう巨体の大男。
制服に身を包んだ少年や少女。
顔に文様が浮かんだ男。
角の生えた女。
顔から炎が揺らめている男。
太り眼鏡をかけた中年。
全体的にもちもちとしている小型の妖精のような異形。
とにかく、広い見識を有する貞宗ですら見たことのない者たちが一様にひじ掛け付き椅子に着席し、中央の円卓を囲み収束するように螺旋状に並べられていた。
「何者だ」
ひとまず誰とも選ばず問いかけるも、反応はない。
いや、何人かはこちらに呼びかけているようだが、全く聞こえない。
(なるほど、そういうことか)
貞宗は理解する。
ここにいる者たちは皆、己のように突如ここに連れてこられ、奇怪なことに身体が動かせず、且つ声も届かぬ状況にあると。
(北条の残党の仕業か?否、ならばなぜ儂を早々に殺さぬ)
如何にしてこの状況を作ったのか、こんなことをしでかしたのは何者か。
貞宗の脳内で疑問がぐるぐると渦巻き始める。
―――コロン。
ふと、貞宗の足元に一本の万年筆が転がった。
なんぞこれは。
疑問に思うも、万年筆はコロコロと貞宗のもとに転がって行き、ほどなくして彼のつま先に触れる。
―――瞬間、貞宗の脳内に溢れ出した存在しない記憶。
そこには
大勢の前で意気揚々と殺し合えと命じる男の姿があった。
血まみれの少女が立っている姿があった。
血に濡れた剣を片手に屍に背を向ける少年の姿があった。
泣きながら少女に何度もナイフを突き立てる少女の姿があった。
男の号令で首輪が爆発し頭部が四散した男の姿があった。
弓矢でこめかみを射抜かれた男女の姿があった。
顔を腫れあがらせ流血しながらも殴り合う男たちの姿があった。
背後から銃を突きつけられ脳漿を撒き散らされた女の姿があった。
食したものを撒き散らしながら息絶える者の姿があった。
誰も死なせぬと奮戦した者たちの姿があった。
勝利し他者の蘇生を願い涙ながらに抱き合った者たちの姿があった。
時間切れのブザーと共に首輪が爆発し死に絶えた者たちの姿があった。
etc、etc...
生が。死が。血が。戦いが。謀略が。欲望が。混沌が。秩序が。生きざまが。信念が。
人が関わることで生み出される愛憎入り乱れる数多の物語があった。
「―――カハッ」
貞宗は、目と口を見開き溜まったモノを吐き出し、大きく肩で息をする。
(なんだいまの記憶は!?儂に見覚えのないあの記憶は!?)
過った膨大な記憶に貞宗はかつてない嫌悪と焦燥と困惑を抱く。
あの地獄のような光景、あれはいったい―――?
『いま、参加資格は満たされた』
響き渡る悍ましき声。
その出どころは、中央の円卓の机上。
そこには、いつの間にか一冊の本が浮かんでいた。
ギョロリ、と本の表紙に大きな眼が浮かび上がり、背が裂け鋭利な牙が立ち並ぶ口を覗かせる。
貞宗が驚愕するも、知ったことかと言わんばかりに本は扉を開き空中へと数多のページを射出。
ページは貞宗含む他の人間たちの眼前に3枚ずつピタリと静止する。
『これより遊戯【バトルロワイアル】を開始する』
本が意気揚々と告げたソレに貞宗はゴクリとつばを飲み込む。
バトルロワイアルという単語は貞宗の生きた時代にはまだない。
しかし、拘束しこんな場所にまで拉致してきて、しかもあんな悍ましい記憶を見せられたとあらば誰でも理解する。
―――これからお前たちには殺し合いをしてもらう。
あの本はそう言っているのだと。
『参加人数は61人。課題、円卓に座る者の餞別。報酬、達成者の如何な願いもの成就』
浮かび上がるページの一枚に、下層にある円卓と同じものが描かれた図が載っている。
円卓には『I』『Ⅱ』『Ⅲ』『Ⅳ』『Ⅴ』『Ⅵ』『Ⅶ』『Ⅷ』『Ⅸ』『Ⅹ』の文字が刻まれ、その数字の前にはそれぞれ一つずつの空席が用意されている。
貞宗の時代にはこのローマ数字はないが、雰囲気から10人座れるのだな、と解釈する。
『期限は三日。課題をこなせぬ場合―――罰として』
本はそこで言葉を切り、にたりと口角を釣り上げ心底愉快気に長い舌を垂れ流しながら告げた。
『参加者全員及びそれらに関わる全ての存在を抹消する』
貞宗は心臓が凍てつくほどの悪寒を抱く。
普段ならばなにを世迷言をと一蹴するだろう。
だが、先ほど見せられた記憶にあったのだ。
殺し合いの課題を達成できず、参加者たちどころかそれに関わる民や愛人、宿敵までもが一様に消滅させられたのを。
「ふざけるな...ふざけるなッ!!」
怒りでぶるぶると貞宗の手が震えだす。
ここで自分が死ぬだけでなく課題すら達成されなければ、信濃守護としての地位も領土も財も後世に引き継がれることなく消え去ってしまう。
そんなこと容認できるはずもない。
だがなにもできない。
未だに身体の自由は効かず、いくら叫んでもなにも届かず。
ただただ、本が「いとおかし」と言わんばかりに笑みを浮かべているだけだ。
(落ち着け...儂がこれからすべきことを考えよ)
貞宗は憤怒を腹に沈め、情報を整理する。
いま考えるべきは、参加者61名の内生き残れるのは10名だけ、という課題だ。
見せられた映像の中には他者を殺すまいと必死に奮闘する者たちの姿があった。
己の生死がかかっている中でなぜそうまで抗ったのか―――それは、その多くの者たちが大切な知人が同じく殺し合いに巻き込まれていたからだ。
大切な者と生き残りたいから殺すよりも脱出を図る。わかりやすい動機である。
だが今回の殺し合いではそうはいくまい。
生還できる者が複数いる上に罰が執行されれば己の関わった者すべてが消え去ってしまう。
然らば、参加者全員よりも己の身内を護るのを優先する者たちが増えるのも必定。
むしろ反目し続ける方が異端だ。
だが、このような催しを強制する輩共がお題を達成し願いを叶えたからといって素直に帰してくれるかも怪しいものだ。
(くっ...儂は死ぬわけにはいかんのだ。どう動くべきだ!?儂は...!)
『時間だ。これより会場に送らせてもらう』
貞宗が決めあぐねている間にも物語は進んでしまう。
突如の浮遊感。
身動き一つ出来ぬままに貞宗の視界は一瞬だけ暗転し、再び光を取り戻す。
同時に、今まで一切動かなかった身体が自由を取り戻し、その両足でしっかりと大地を踏みしめていた。
拘束から解放された喜びよりも、己の血が底冷えするような感覚が勝る。
否が応でも理解してしまう。
これから始まるのは乱世でも体験することのない凌ぎ合い。
血と暴力と生と死が入り乱れる、悍ましき席の取り合いだと。
【主催 黙示録@アンデッドアンラック】
●参加者のデイバックにも付属されているルール説明書。
①前参加者61名の内、円卓に座れる10名を選抜する。
②死者は6時間毎の放送で判明する。
③参加者10名の選抜は放送で死者が判明し生存者が10名以下になった時に決定する。
なので、放送前に10人になってもロワは終わらない。また、10名以下になっても課題達成とみなしてロワは終了。
④禁止エリアは毎回の放送ごとに3エリア指定される。
⑤円卓メンバーに選抜された者には、それぞれ如何な願いも叶える権利を与えられる。死者の蘇生なども可。
ただし、「この殺し合いにおける死者」に関しては一人だけしか蘇生できない。
⑥期限は三日。それまでに10人以下にならなければ参加者全員及び、参加者の関わる世界そのものが全て消滅する。
最終更新:2025年08月11日 22:47