終わりの始まり ◆UbXiS6g9Mc
断絶していた意識が、不意に明瞭を取り戻した。
――分からない。何故自分は、このような場所にいる?
まるで時を切り取られたかのように。場所を切り離されたかのように。
各々の「それまで」とは不連続の、異質な空間に――数十の存在が、集められていた。
おそらくは皆一様に意識を取り戻したのだろう。初めは静寂に包まれていた空間に徐々に困惑が広がり、騒々しい声が響き始めた。
だが、彼らの中に立ち上がり、動き出すものは誰一人として存在しない。
彼らは皆、椅子に座らされていた。そして見えない力によってそこに縛り付けられている。
数十の椅子は、円を作るように配置されている。円の内側には、巨大な円卓が鎮座していた。
「これは……【円卓】か? だが、これは……」
誰かが呟く声が聞こえた。だがその声は、他の誰かに届く前に喧騒にかき消されていく。
混乱する者、怒る者、口をつぐんだままの者――多様な声が響いては消えていく。
しかし誰が何を言っているのか、その判別までは出来なかった。
多くの人間が集められた空間は不自然なほどに暗く、隣の椅子に座る者の顔すら朧気にしか見えない。
自分と同じ状況に陥った人間が、数十人単位で存在している――ただそれだけが、この空間に集められた全員に通ずる、唯一の認識だった。
その時。円卓の中心に、一筋の光が差した。
光の中に在ったのは、一冊の本。薄っぺらな文庫本とは違う、重厚さを感じさせる装丁。
だがそれが只の本ではないということは、その姿を見れば一目でわかる。
その本には、目があった。ぎょろりと眼を見開き、円卓に座らされた者たちの顔を見る。
そして、獣のような牙をぬらりと光らせながら、口を開く。
「あァ……全員、席についたな」
本から放たれる声は不気味にしわがれており、聞くものに嫌悪感を与えた。
ざわめいていた空間が、ふと静かになる。誰もが本の声に耳を傾けていた。
「今回の課題(クエスト)は一つ。
参加人数61人――目的は、『最後の一人になるまで殺し合う』!」
本は、そう言った。聞いた者の多くが、こう思った。
これは何かの冗談か?
その心の声を知ってか知らずか、本は――黙示録(アポカリプス)は言葉を続ける。
「今からテメーらを殺し合いの会場へ転送する。会場へついたらテメーらは自由だ。
参加者の間に違反はない! オレは何も否定しない! 最後の一人になるまで、存分に殺し合いなァ!
あぁ……だが。殺し合いを円滑に進めるために、こちらでいくつかのルールを用意させてもらったぜ」
「まず一つ。テメーらには殺し合いのためのアイテムを支給してやる。
とはいえ、ゼンブが殺し合いの役に立つもんだとは限らねーがな! ギャハハ!」
「二つ目だ。今回のクエストの経過報告は、六時間ごとに放送してやる。
誰が死んだか、何人生き残っているかは大事な情報だぜ。聞き逃さないようにしろよ?
それと、隅っこでガタガタ震えて隠れっぱなしの臆病モンが出ねーように放送のたびに禁止エリアを設置する。
禁止エリアに入ったやつには……デス・ペナルティだ。そんなツマラネー死に方しないように気をつけとけよ!」
「三つ目。ある意味、これが一番重要なルールだな。
このクエストを『公平』にするために、会場の理(ルール)を変えさせてもらった!
オメーらの中にいるだろ? 自分が死ぬことなんかありえないって思ってるヤツらがよぉ!
ザンネンだったな! オメーらにも平等に死は訪れる!! ギャハハ、サイコーの気分だぜ!!
おっと、オメーらにとって都合が悪いことばかりじゃないぜ、たとえば……」
――そこまで本の言葉を聞いて。
『私』――鬼舞辻無惨の我慢は、限度を迎えた。
「巫山戯るな、何様のつもりだ……!」
見えない力で椅子に縛り付けられてた身体を、それを更に超える膂力で無理矢理に引き剥がす。
二つの巨大な力に挟まれる形となった肉と骨が、およそ生物が出してはいけない異音を軋ませ、爆ぜる寸前まで膨張する。
「私に指図をするだと? どこのガラクタかは知らんが……ただですむと思うなよ」
人間を超越した種、鬼の首魁として最強最悪の力を持っていた鬼舞辻無惨。
彼がひとたび腕を振るえば、人間は紙屑のように肉塊へと姿を変えた。
膨張し変化した無惨の肉と骨は異形の牙と爪となり、向かう先は円卓の中央に浮かぶ黙示録。
破壊という概念がそのまま物理化したかのような無惨の攻撃は――しかし、黙示録に届くことはなかった。
参加者たちを椅子に縛り付けていた見えない力と同種か、或いは更に強い力によって、黙示録の周囲には不可視の防壁が築かれていた。
「おいおい、話の途中に行儀が悪いぜ! まぁ丁度いいさ、今から説明しようとしてたところだ。
優しい優しいオレから――鬼の皆さんへのプレゼントだ!!」
黙示録の声と同時に、一筋の光が鬼舞辻無惨を照らした。瞬間、無惨の全身を耐え難い苦痛が襲う。
地獄の業火で灼かれて爛れた傷口に、苦しみを与えるためだけに作られた薬物を塗り込められたような、筆舌に尽くしがたい苦しみ。
「ぐぅ、ぅぅう!? この光は……忌々しい……! がぁぁぁぁっ!!」
人間を超越した鬼が、唯一恐れるもの――それが太陽。陽の光だ。暖かな陽光が、鬼舞辻無惨の全身を包んでいた。
だが――本来ならば。太陽の光に包まれた鬼は、苦痛を感じる暇すらなく一瞬で塵になるはずだ。鬼舞辻無惨とて例外ではない。
だからこそ無惨は太陽を克服するために、数百年の歳月をかけてその術を探していたのだから。
憤怒の表情を浮かべながら悶え苦しむ無惨の姿を見て、黙示録はより一層口角を上げて言葉を続ける。
「今からオメーらが殺し合う場所にも、太陽と月がある。当然、朝も昼も夜も存在する。
だがオメーらの中には太陽の下じゃあ即座にオダブツって連中もいる――だけどそれじゃあ、殺し合いには不向きすぎる。
だから会場の太陽には理(ルール)を追加した……よかったなぁ鬼さんども! これで真っ昼間からお外で鬼ごっこも出来るぜ!
ま、死ぬほど痛ぇーだろうけどな! ギャハハハハハ!!」
黙示録のしゃがれた笑い声と鬼舞辻無惨の苦悶の叫びが響く、異様な空間。
他の参加者の誰も、口を挟めずにいた。
いや、いつしか――彼らを縛る見えない力はより強大となり、身動きどころか声一つ発することすら出来なくなっていた。
「最後に今回のクエストの『報酬』と『罰』を発表する!
最後の一人になった参加者の『報酬』は――「望む世界」!
金だろうが力だろうがなんだろうが……望むものが全て在る世界へ御招待だ!!」
「だが……もしもこのクエストが達成されなかった場合には、『罰』がある。
期限は三日。それまでに最後の一人が決まらないようなら……」
「『罰』として、会場に【太陽(サン)】を追加する」
その言葉が指す現象を、即座にイメージできる参加者はいなかった。
しかしそれが、絶対の「死」をもたらす何かであろうことは、その場の誰もが理解していた。
「それじゃ……課題開始(クエストスタート)だ」
一人、また一人と参加者たちは円卓から姿を消していく。
これより始まる殺戮遊戯、生き残るのは唯一人――或いは、ゼロ。
これが終わりの、始まりだった。
【進行役 黙示録(アポカリプス)@アンデッドアンラック】
最終更新:2025年08月11日 22:22