始まりは突然だった。
いつもと違う一日になりそうな、そんな予感。
それが最初に頭をもたげたのは、登校の時。
いくら待っても、待ち合わせ場所に和ちゃんが来なかったんだ。
まだ肌寒い春先の風に寂しさを誘われながら一人ぼっちで立ちすくむ私の横を、
生徒達が次から次へと通り過ぎて行った。
中には友達と並んで笑顔を浮かべながら歩いていく子達もいて、
その楽しそうな様子を見るとやっぱり和ちゃんのことが胸を締め付ける。
いつも名前を呼んでくれる澄んだ声。
走り寄る私に向って、控えめに振ってくれる手。
その目に見つめられるだけで、恥ずかしくなって
「行きましょう」
いつも、背を向けて歩き出す彼女の後ろを黙ってついていくことしか出来ない。
でも、ただそれだけで何だかとても温かいんだ。
何を話すわけでもないけれど、一緒にいられるだけで幸せな気持ちになる。
それなのに、今日は和ちゃんがいつもの時間に来てくれなくて……。
暫く待ったのに、それでも何も変わらなくて、結局仕方なく一人で登校をすることに。
(いつもと違って、楽しくないな)
沈んだ気持ちで校門に辿り着いて顔を上げると、そこに立っていた優希ちゃんが私に気付いて走り寄って来た。
予想もしていなかったからびっくりすると同時に、その息せき切った姿に気圧されちゃった。
彼女はそのままずんずん近寄って私の前に立つやいなや、
「咲ちゃん大変だじょ!! のどちゃんが、のどちゃんが!!!」
と一気にまくしたてた。
何でもない朝に降って来たその突然の言葉のせいで、頭の中に「?」が沢山浮かんだけど、
『のどちゃん』という響きに胸がドキリと反応して
「どうしたの!?」
考えるより先に尋ね返してた。
そしたら、優希ちゃんが私の手を握ったんだ。
「説明は後回しだじぇ、取り合えず来るんだじょ」
「ちょっと、優希ちゃん?」
(説明は後回しってどういうこと?)
(和ちゃんが大変ってどういうことなの?)
湧き上がって来る疑問は、そのまま校門の前に置き去りにされることになった。
握った手をぐいぐいと引っ張られて、そのまま麻雀部の部室へと連れていかれたから。
両開きの扉の前でようやく優希ちゃんが振り返ったんだけど、優希ちゃんったら「説明は後回し」なんて言っておきながら、
「見てくれた方が早いじょ」
説明もしないまま、勢いよくその扉を開けた。
(もう! 優希ちゃんったら、何がなんだかわからないよ)
思いつつ、言われるままに顔を向けた私の目に飛び込んで来たのは
「和ちゃん!?」
そう、和ちゃんだった。でも、
「あ、咲にゃん」
(さ、咲にゃん????)
聞いたことのない呼びかけと共に走り寄って来た和ちゃんの頭には猫耳がついていて、
スカートからは黒くてふわふわした尻尾が生えていた………
「咲にゃーん」
走り寄って来た勢いのまま私に抱きついて、それこそ子猫みたいに頬ずりしてくる和ちゃん。
何が何だかさっぱりわからないまま、その柔らかい感触が嬉しくて、恥ずかしくて体が固まった。
体が熱くなるのを感じていたら
「あー、やっと来たわね」
「まったく、大変じゃったわ」
部長と染谷先輩が一様に疲れた顔に苦笑いを浮かべるのが見えた。
「理由はわからないんだけど、和が子猫になっててね~」
「『咲にゃんは?』『咲にゃんは?』言うから困ってたんじゃ」
「そ、そうですか」
答える間もぎゅっと抱きついたままで、
(どうしよう)
って、そればかり。
「こ、困りましたね……」
「でもなんか嬉しそうよ、咲」
「まんざらでもないんじゃろ?」
そう言われると、確かにそうかもって思う。
でも、これからどうしよう???
最終更新:2010年08月09日 07:02