5-607氏 無題




「おはよう」

私がそう声を掛けると、寝ぼけまなこをこすっていた和ちゃんはネコ耳をぴょこんと立てて

「おはよー」

って、身を寄せて来た。
私の胸元にストンと入り込んで頬を寄せてくるその姿は相変わらず可愛くて、ちょっと複雑な気持ちになる。
だって、もうこんな機会は訪れないだろうから。
恐らく最後になるであろう子ネコな和ちゃんを少しでも長く愛でていたい。
けど、それが願っちゃいけないことだって………わかってる。
みんな心配するから、やっぱり早く普段の和ちゃんに戻って貰わなきゃいけないんだって。

『その原村和の猫化を治すためには、好きな人から愛情を注いで貰うことが必要だ』

私はさっきの華佗(かだ)って男の人の言葉を思い出しながら、後ろ髪を引かれる想いを断ち切り、和ちゃんを自分から遠ざけた。
そして

「和ちゃんは今誰か好きな人はいる?」

そう、ゆっくり尋ねた。

(好きな人がわかったら、ちゃんとその人に事情を説明して愛情を注いで貰おう)
(和ちゃんを人間に戻すために、私頑張るからね)

心の中でそう言い聞かせたけど、気分が重かった。だって

(和ちゃんの好きな人なんて本当は知りたくない)
(ずっとこんな風に独り占めしてたい)

和ちゃんが好きだから………。

そんな風に急に真剣になった私を、当の子ネコは不思議そうな目で見ていた。
小首を傾げながら

「咲にゃん?」

そんな風に。私はそれを見て

(可愛いなぁ//////)

って思いながら、そう思う自分が悲しくて、なんだか目頭が熱くなるのを感じた。
でも和ちゃんのことを思ったらその感傷に流されるわけにはいかないから、ぐっと堪えて

「和ちゃんは今誰か好きな人はいる?」

もう一度そう尋ねたんだ。
そしたら、その瞬間、今日一日の出来事が次々と思い出された。

ネコ耳和ちゃんと一緒にベッドに横になって、牛乳を飲ませてあげたり、
膝枕をしてあげたり、ぎゅっと抱き締めたり、etc

(どれも凄く楽しくて、幸せだったなぁ……)

もう二度と訪れない、その一つ一つの思い出を噛み締めながら、ゆっくり蓋をしようとした時、

「咲にゃん」

っていう言葉が聞こえたんだ。

「ふぇっ!?」

びっくりして、声が出た。そしたら、

「咲にゃんが好き」

って、そんな言葉が返って来た……。
生まれて初めてっていうくらい、凄くびっくりしたけど、

「えっと、そうじゃなくて、誰かに恋してないかなって…」
「咲にゃん、恋人になって」
「ふぇっ!?」

そのすぐ後でもっとびっくりした。

いまいち事態を飲み込めなくて、頭がこんがらがって………
そしたら和ちゃんが、先ほど距離をとった体をまた近づけて、ぎゅっと私に抱きつくや、

「咲にゃんは、好き?」

不安げな顔をでそう尋ねてきたんだ。

「えっと……」
「咲にゃん、誰かに恋してる?」
「あの、その……」

(えーと、これは、一体どういうこと?)
(よくわからないよぉ)

「和のこと好き?」
「うん」

(好き………だよ?)

「本当?」
「うん」

(本当のはず…)

「やったー。咲にゃん大好きー」
「うわっ!の、和ちゃん」

その瞬間、私は和ちゃんに押し倒されて、ベッドに仰向けになった。
子ネコな和ちゃんがさっきと同じ調子でほっぺに鼻先をすりすりしてきてくすぐったかったけど、
それがほっぺから首筋に移って、首筋からさらにその下へと移動していく気配を見せたから、私は凄くびっくりした。

「ちょっと待って和ちゃん!」



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最終更新:2010年08月09日 06:55
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