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32 名無しさん@秘密の花園 [sage] 2009/09/13(日) 17:06:22 ID:Bo92QgMN Be:

触れ合った筈の掌から体温が感じられなかった。
今にも溶けて消えてしまいそうな、ひどく柔らかく頼りなげな感触に不安が募る。

「…モモ?」

聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声で呼びかけると、それに応えるように握り返す力が少し強まる。
『ここにいるっすよ』と指先から静かな意思が流れ込んでくる。

本当に消え入りそうなのは彼女ではなく、自分の心だと気付いているのに。



薄雲を通した暖かな陽光と乾いた風に曝される心地良さ。
どこからか入り込んだ睡魔に蝕まれ、全身が弛緩して重さを増していく。
上体を少し捻り起こし、ゆみは重い瞼をうっすらとこじ開けて桃子の姿を探す。
逆光でその表情ははっきりと窺い知れなかったが、視線を向けられていることに気付いてか、口元が少しはにかんだように見えた。
――このまま意識を手放してしまえば、次に目覚める時はひとり。
思考がそんな結末の一つにばかり支配されて、いつから自分はこんなに弱くなってしまったのだろうと戦慄すら覚えた。

混濁する意識の合間からふらふらと投げ出していた腕を伸ばす。
桃子の癖のない黒髪に触れてしばし弄び、二の腕をなぞって捕まえ『おいで』と促すように引き寄せる。
ゆらり、と何ら抵抗無く降りてきた上体を抱きとめる。折り揃えられた膝がゆみの太腿に触れて、その冷たさに思わずどきりとした。
互いの顔がゆっくりと近づいても、まともに視線がぶつかると慌てて瞳を伏せてしまうのは相変わらずの桃子の癖。
しかし背中に手を回して撫ぜてやれば、くすぐったそうに表情を綻ばせる。

「先輩、寝ぼけてるっすか?」
「半分ぐらいな」

この至近距離で逃げ続けるのは流石に不可能だと桃子も観念したらしい。白い頬が仄かに上気しているのが分かる。
吸い込まれそうな瞳とはこの事を言うのか、と、黒目がちの双眸に見下ろされてゆみは軽い恍惚に浸りつつ。
感情の奔流に突き動かされるままに、口付ける。
一瞬詰まったような細い吐息が漏れて、互いに身を竦ませる。
息継ぎを経て、もう一度。
唇を合わせたまま、その身体を支えている桃子の肘から下を掴み、自分の肩に手を掛けさせる。
細い肢体が拠り所を失い崩れて、ゆみの上に重みを投げ出す形になった。

「せんぱい、…っ」

何事か言いかけた唇を執拗に塞いで、空いていた左手で項から後頭をかき上げ、押さえつける。
小さくくぐもった声と共により深くなった繋がりの隙間から、そっと舌を這わせてみる。
やや戸惑いを含みながらもそれに応える舌先。触れ合った部分から味わったことのない感覚の電流が走り、二人は思わず身じろぎをする。
こんな場所で、こんなに密着しながら、こんなに深いキスを交わすのは当然ながら初めてのことだった。
普段ならばその状況を想像しただけで気恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだが、如何せん二人とも何らやましい事を考える余裕すらなかった。
次第にどちらからともなく、まるで愛おしさに取り憑かれたかのように黙々と、幾度も幾度も角度と深さを変えて繰り返す。
体勢を変えた時に離れてしまった手を探り寄せて、爪を立てんばかりにきつく指を絡め合いながら。



かすかな頭痛と甘い痺れだけがそこに残り、ゆみの視界にあっけらかんとした青空が戻った。
名残惜しそうに身体を起こした桃子がほんの僅か寂しげな笑みを浮かべながら、呟く。

「……離れるのが辛くなっちゃうっす」

どういう意図を持って発された言葉だったのかは分からない。しかし抑揚を付けないその声音が、ゆみの胸に忘れかけていた――忘れるはずもないのだが――苦味をじくじくと呼び起こす。
『先輩と私が一緒にいる意味って、無くなっちゃうんすか?』
ああ、あの時約束ひとつ交わせなかったせいで、今もこうして彼女の影に漠然とした離別の不安を感じ取ってしまうのか。…心が近くなればなるほどに。
目の奥が痛い。酸素不足で脳がぼうっとなってしまったのだろうか、再び襲い来る鈍重な眠気。
あれやこれやと言いたいことが浮かんでは形を成さずに胸中で霧散していく中、最後に一つだけ残った言葉を、渇いた喉の奥から搾り出してみる。

「離さない」

自分はどんな表情で、どんな声でそれを伝えたのだろう。それがゆみの『答え』であるというよりは、一分、一秒でも長く側に居て欲しいという刹那的な願いだったのかもしれない。
漠然とした罪の意識に苛まれながらゆるゆると目を閉じて程無く、意識は闇に沈んでいった。
まるで影おくりのように、瞼の裏にその人の輪郭だけを残して。

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最終更新:2009年09月22日 12:01