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907 名無しさん@秘密の花園 [sage] 2009/10/01(木) 11:02:42  ID:GocdFB69 Be:

陽光はオレンジ色に変わって、水を染め上げる。
夕日とはどうしてこうもノスタルジックな気持ちにさせられるのだろう。
まだまだノスタルジアを感じる年齢にははやいと思うのだが。

意味もなく切なくて、私は小石を拾うと川にむかって投げた。
向こう側の河原まで届かせるぐらいのつもりで投げたそれは、
あっという間に推進力を失って、川の半ばよりちょっと遠くぐらいの地点でもう落下する。

はぁ。心に嘘をついてもなにもいいことはないのだ。
切ないのも、悲しいのも、全てに理由があって、私はただそれから目をそらしているだけ。
胸が裂けてしまいそう。そんな鮮烈な痛みではない。
心臓をつかまれて、抑えつけられているような圧迫感。
そう表現することが適しているようにも思える、どこかくぐもった痛みが私に重くのしかかっていた。

玩具をとられた子供の抱く感情。
口にしたことはなかったけれど、最初はそんな類の感情だと理解していた。
いや、誤解していた。いまとなっては無理矢理にそう言い聞かせてきたと言うべきかもしれない。
けれど私ももう18になる。そんな幼児じみた感情に苛まされるほどには子供ではないのだ。
それはもう少し大人な感情。とはいってもやはり、まだまだ子供っぽいもので。
多分私にとってそれは初めての、いや初めてでなくては逆におかしいのだけれど、初恋のためだったのだろう。
そしてその痛みは、それに気づいたと同時に、すでにその感情を抱くことが半ば禁忌であるということにも気がついてしまったがために生まれたものだった。

どうしようもないのだ。
私の抱くそれはきわめて一方的なものだし、まず第一にこの想いを口にだしたことすらない。
だからといって、薬を飲めば治るような痛みとは根本的に違うのだから、私はなにもかもを持て余してただそれに耐えるしかなかった。

はぁ。しかし高3にもなって河原で石を投げているなんて自分でもどうかと思う。
もう一度溜息をつくと、凝り固まった腰をほぐすために背筋をのばした。
仰ぎ見えた夕空は紫がかって、一番星が輝いていた。

「おい蒲原。いつまでもこんなとこにいるとこの時期でも風邪をひくぞ?」

息をのんだ。聴覚がいかれてしまったのじゃないかとまず疑って、ふるふると頭を揺する。
仰ぎ見た体勢そのままに、さらに仰け反って声の主を確認する。

「あれユミちん。モモと一緒に帰ったんじゃなかったの?」

やはり幻聴とかそういった類のものではなかった。
そこには半刻以上も前に別れたはずの姿。気難しそうな表情で腕を組んだユミちんが立っていた。
早鐘のようになる心臓をどうにかして抑えつけようと大きく息を吸い込んだが、なんの解決にもならなかった。

「モモは家までおくってきた。それよりお前だお前。」

少しだけ不機嫌そうなユミちんの声。
どうしてここにいるの?どうしてそんな顔をしているの?
言いたいことは両手から溢れてしまうぐらいに沢山あったのに、言葉はなにもでてこない。

「いい加減にそのマトリックスにでもでてきそうなポーズはやめにしないか?一緒にいて恥ずかしい。」

おっとすまない。
私は上体を起こすと、くるりと振り返ってユミちんに視線をやる。
呆れたような、ユミちんのじとっとした視線がささって、私は思わず鼻の頭をかいた。

「で、一体どうしたんだ蒲原?」

問いただすような凛と響く声色。
耳にはいるだけで心臓がドキリと音をたてて、胸の中をかき乱されるみたいだ。

「どうしたって一体なにが?」
「そんなに短い付き合いではないつもりだが。気がつかないと思ったか?」

ユミちんからは確かな意志が感じられて、誤魔化すことなんてできそうにない。
それでも。それでも気持ちを言葉へと変換する勇気は今の私には足りなくて…。

「なにか私変だったかなー?悩む素振りなんて見せていないつもりなんだけど。」

正直な感想。
こんな傍迷惑な気持ちを自覚してしまった時点から、隠しとおすことだけを考えていたのに。
なのに、なのにどうしてユミちんは気付いてしまうのだ。
ユミちんは肝心なとこで鈍いというのが売りなはずだろう?
気がついてなんかほしくなかった。気がつきたくもなかった。

「本気で言っているのか?口がとじている。ハハハと笑う。これだけで十分どころか十二分に異常じゃないか。
私はてっきり狙ってやっているものだとすら思ったのだが?」

簡単な話だった。それこそやはり、心に嘘をついていただけなのだ。
気持ちを隠したいと思ったのも、気づかないでほしいと思ったのも全て私の理性的な場所に拠るものだった。
だからほら。身体は簡単に私の理性を裏切って、本能は理性など無視をして、と
うの昔に信号をだしていたのだ。
それも多分、私が子どもだからなのだろう。
大会前の大切な時期なのに、変なことを言ってしまったら部の邪魔になってしまうと考えていたのに、私の身体はそれなのに願望を抑えきれないのだ。

「ユミちんってさ、少し残酷だよね。」

うん、残酷だ。
もっともっと早く。‘彼女’が現れるよりも早くに気がついてくれたならよかったのに。
いっそ最後まで気づかないでいてくれたらよかったのに。
そんな恨み言のような感情は誰かにぶつけてもよいものではなくて。
だって分かってはいるのだ。
誰も悪くなくて。ユミちんが悪いはずもなくて。そしてもちろん‘彼女’が悪いはずもなかった。
しいて言うならば私が悪いのかもしれない。けれど多分、それも違うのだ。

「残酷…?」
「うん残酷。詮無いことだけどね。」

戯れに手を伸ばすと、ユミちんはパシリと手をつかんでくれた。
だからほら、それが少し残酷なんだ。

「ねぇユミちん…目を瞑ってよ。」

不思議そうな表情を見せて、それでもユミちんは結局目をとじてしまうのだ。
うん。だからこれは罰だ。
私は思い切り背伸びをすると、ユミちんの前髪をかき分けてそこに口づけを落とした。
びくりとユミちんの身体が跳ねて、私はそっと後ずさった。

「蒲原…?」
「ねぇユミちん?ユミちんはキスってしたことある?」

彼女の言葉に答えるつもりはなかった。
ただただ一方的に問いを投げかけるだけ。

「いや、その…。」

ユミちんの頬は桃色に染まって、言葉よりも雄弁に答えを告げていた。
‘彼女’は随分と行動が早いらしい。
いや、もしかしたらだけど、なんとなくユミちんからだったんじゃないかと、そんな気がした。

「ふーん、仲良きことは美しきかな?」
「あのなぁ…。それよりさっきのは…?」
「そろそろ帰ろっか。」

聞かれたくなんてなかったから、無理矢理に話を切り上げる。

「海にでもいこうか?みんなも連れて。」

ふとそんなことを思った。
怪訝そうな表情をしたユミちんの前髪をぐいっと引っ張る。
案の定ユミちんはなにをするんだと怒ったけれど、それはちょっとした仕返し。
多分少しは吹っ切れるんじゃないか、そんな風に思えた。
夕日はもう、山の向こうへと沈んだようだった。

Fin.

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最終更新:2009年10月01日 17:56