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556 その1 [sage] 2009/10/14(水) 02:51:15  ID:A+0HfDzL Be:

  全国大会に向けての合宿が終わった日のことだった。
 他校の方たちと別れを告げて早数時間。私たちを乗せたバスは停留所に到着し、皆気怠そうに降りていく。
 私と宮永さ――咲さんは、手を握り合ったまま下車した。
「それじゃあ、みんなお疲れっ」
 堅苦しい挨拶は宿のほうで終わらせていたので、部長はその一言だけで解散するつもりらしい。
 私はもう少し皆と一緒の時間を過ごすのかと期待していたのだが、やはり連日の合宿により、全員の疲労が目に見えていた。きっと部長もそれを考慮していたのだろう。
 それでも私は……。まだ、咲さんと一緒にいたくて。握ったままの手を離せないでいた。
「あの、咲さん……」
「どうしたの? 和ちゃん」
 咲さんは屈託のない笑みで、私の顔を覗いてくる。皆に比べて疲労の陰が薄く見えるのは、気のせいじゃない……そう思うことにした。
 私は高鳴る胸を抑えようと躍起になったが、しかし鼓動は早くなる一方で、この音が咲さんに気づかれていないか心配になる。自然と、顔が熱くなっていく気がした。
「今日は……その、家に誰もいないので……。良かったら、私の家に泊まりませんか?」
 言ってしまった――。
 緊張に声が震えていたかもしれない。しかし、すぐにその後、自分の失態に気づく。この誘い方では、やましいことをしたいのだと思われても仕方がない。私は慌てて口を開いた。
「あ、あの、やっぱり一人で家にいるのは……寂しいので」
 顔は湯気が出てしまいそうなほど熱い。咲さんの反応が知りたくて、彼女の顔を見たいのだけれども、恥ずかしくてなかなか顔を向けることができない。盗み見るように窺った彼女の顔は――呆然と私の方を見つめていて、頬はりんごのように赤かった。
「ほんとに、お邪魔していいの?」
「は、はいっ! 是非……」
 思わず顔がにやけそうになるのを抑えて、私は咲さんの両手を握って喜びを現した。
「それじゃあ、みんなも誘ってみるね!」
「えっ……?」
 咲さんは無邪気な笑顔を浮かべたまま私の手をするりと解く。そして、すでに散りかけていた他の皆に声をかけるため、駆けていった。
 私は、咲さんと二人が良かったのに……。しかし、今更呼び止めることもかなわず、私は途方に暮れそうになった。

「うおーー! のどちゃん家はやっぱり広いじぇ!」
「ほんまじゃ、立派なもんじゃけえの」
 結局、全員が断ることもせず、再び五人で私の家に集まることとなった。着替えなどはあらかじめ持ち込んでいたため、全員が帰りにそのまま私の家に寄った、そんな感じだ。
 優希は私よりも先に靴を脱いで、家内へと入っていく。
「本当に、お邪魔してよかったのかしら?」
 部長は遠慮がちに、そう尋ねてきた。
 私は咲さんが好意で呼んでくれた皆に、帰れ、と言えるはずもなく、笑顔で部長を迎える。歓迎している、という笑みができていたかは自信がない。
「どうぞ、遠慮なくあがってください」
「和ちゃん家って、お金持ちなんだね」
「いえ、そんなこと……」
 咲さんが嬉しそうに私の家に入ってきたので、それだけで幸せな気持ちになった。皆はいるけれど、それはいつものことだ。私の家で咲さんと一夜過ごせることに、満足することにした。

 私の家に着いた時はすでに夕刻だったので、すでに時刻は夜更けとなっていた。
 夕食を終え、入浴を済ませた後、たいした騒ぎをすることもなく就寝となった。やはり、皆疲れているのだ。
 五人全員が余裕を持って寝られる部屋はなかった。だから、私と咲さん、それに優希が一緒の組と、部長、染谷先輩の組に分けることとなった。
 優希は布団に入ってすぐに寝息を立ててしまう。しばらくしないうちに、それを追うかのように、咲さんも安らかな呼吸音を奏で始めた。
 私は、もう眠ってしまった咲さんのことが寂しく感じる。もうちょっと、二人で話していたかった。それでも、咲さんが私の隣で眠っているという事実が私を興奮させているのか、眠気は訪れてこない。むしろ目が冴えてくるようだった。
 胸が、苦しい。隣にいるのに、距離は遠く感じて。ようやく名前を呼び合う仲になったというのに、まだまだ遠く感じて。それでも咲さんのことを思うと、胸は締め付けられて。私の一方的な想いなのかと、不安は押し寄せてくる。
 私は心を落ち着かせるため、夜風を浴びようと思い立ち、音を立てずに布団から抜け出た。咲さんがそんな私に気がついて、一緒に来てくれることを期待していたのかもしれない。しかし、現実は非情なもので、優希が寝返りを打つだけだった。
 ため息を我慢して、部屋から出る。
 暗くて静かな廊下を歩いていると、どこからか声のようなものが聞こえてきた。
 私は内心ひやりとして、立ち止まる。
(まさか……幽霊? ――そんなオカルト、ありえません)
 平静を取り戻そうと深呼吸した後、その音の出所を探るように息を潜める。
 やはり、かすかに声が聞こえてくる。私の足は自然に、その方向へと向かっていた。
 たどり着いたのは、部長たちのいる部屋の前だ。声の原因が分かった私は、ほっと胸を撫で下ろす。
 まだ、起きているようだ。
 しかし、二人の邪魔をするのも気が引けたので、その場を去ろうとした。
「ちょっと……さすがにこんなとこじゃマズイけぇ」
「あら、いいじゃない? どうせ皆寝ているわよ」
 耳に飛び込んできた二人の話し声は、私の足を止めるのには充分すぎる内容だった。
(な、何をしているというんですか……)
 いけない、とは思いつつも、聞き耳を立てる。
「合宿では皆と同じ部屋だったからね、今日は存分にやりましょう」
「あんたもほんま好きじゃのぅ」
「あら? まこのここは正直よ」
「やっ、やめ……!」
 染谷先輩の叫び声のようなものは、すぐ何かに塞がれたかのように、途切れた。
 そして次に聞こえてきたのは、切なさの混じった、可愛い悲鳴のような声だ。
 私は顔に熱が帯びてくるのを感じ、足早にその場を立ち去った。
(ひ、人の家でなんてことをするんですか、あの二人は……!)
 それにしても、あの二人がそんな関係だったなんて。自分の家でそんな行為をされたことに対しての怒りよりも、驚きのほうが高かった。そして、次に私を襲ったのは、寂しさだ。
 私も、咲さんと……。
 また、胸が苦しくなる。そして頭によぎるのは、染谷先輩の切ない声。
 咲さんは、どんな声をあげるのだろう。
 そんな淫らな想像をしていると、下半身が震えた気がした。
 そんなことをしてはいけない――。
 私は頭を振り、雑念を消し去ろうとする。そして当初の予定通り、外へ向かおうとした。
 その時、背後から音がした。ドアを開ける音だ。
 私ははっと振り向く。そこには、薄暗くてよく見えないが、影だけで分かる――咲さんが立っていた。
 胸が、激しく鼓動する。
「あ、和ちゃん。眠れないの?」
 咲さんは囁くような声で問い掛けてきて、私の隣へと近寄ってきた。
「え、ええ……。起こしてしまいましたか?」
「ううん。考え事をしてたら、うとうとしちゃってたみたい」
 咲さんは照れたように笑う。
 ようやくとれた、二人きりの時間。私は自然と綻んでしまう顔を止めることができない。そしてこの場所では声を潜めて喋ることしかできないので、思い切って外へ誘うことにした。
 どきどきしながら、咲さんの手を掴む。すると、咲さんは握った手から指を絡ませてきてくれた。それだけで幸せな気持ちはいっぱいになり、私も強く握り返す。
「お外、行きませんか?」
「うん、いいよ」
 そうして私たちは、揃って家を出た。

 外の涼風は、火照っていた顔に心地よく煽ってくる。
 私たちは、しばらく無言で手を繋いだまま、玄関の脇あたりで座っていた。
 何を話せばいいのか、私の頭の中はそれだけが渦巻いている。
「あのね、和ちゃん」
「は、はいっ」
 急に話し掛けられたので、私の声は上ずっていた。しかし、咲さんは気にした様子もなく、口を開く。
「今日は、ごめんね」
「えっと……、何がですか?」
 私は咲さんが何に対して謝っているのか分からず、頭の中で仮説を立て始める。
 今日、皆疲れているのに、私の家に誘ってしまったことだろうか。それならば、私が言葉足らずに誘ったことだ。
 では、他には……? 私の考えが纏まるより先に、咲さんは続きを喋りだす。
「私、ドジだし、鈍感だから……。部長に言われるまで気がつかなかったんだけど」
 咲さんの声は消え入りそうなほど弱弱しい。
 部長はいったい何を言ったのだろう。私のいない隙に……? 収まってきていた胸の高鳴りが、再発してきた。
「和ちゃん、本当は、私だけを家に誘っていたの? だとしたら、本当に、ごめんね」
「そ、それはっ……」
 部長は、気がついていたのだ。私が他の皆を泊めることに対して乗り気ではなかったことに。そんなに顔に出てしまっていたのだろうか。
 ……いや、部長という人物ならば、些細なことで見抜いてきてもおかしくはない。むしろ、思いつきで楽しんで、適当に咲さんにそう吹き込んだ可能性もある。
 しかし、私はそんなことを考えている場合ではなかった。
 何て答えればいいのだろう。これが対局中に起きた麻雀の問題だったならば、瞬時に答えは出せるのに。
 そんな馬鹿馬鹿しい考えは捨て去るが、しかし言葉は出てこない。
「和ちゃん。私、馬鹿でドジだから、もし、言いたいことや、したいことがあったら、はっきり言って欲しいな。面倒くさい人で、ごめんね」
「そ、そんなことないです! 私にとって咲さんは……その、大事な人ですから。面倒だなんて、思ったことはありません」
 咲さんが怯えているかのように見えた私は、咄嗟に声をあげていた。
 そして、目が合う。
 咲さんは驚いたように口を少し開けたまま、私のことをじっと見つめていた。
 時が止まったかのように、視線が絡み合ったまま静止する。
 ここで、何か気の効いた言葉を言わないと……。私は混乱しそうな頭と、破裂しそうなほど音を立てている心臓に、冷静さを失っていた。
 そしてなぜか、こんな時に、一つのやり取りを思い出した。

『じゃあ、あなたは……
 たった一回の人生も論理と計算尽くで生きていくの?』

 違う。
 この溢れ出しそうなほどの想いを、伝えたい。
 あれこれ考えて、咲さんに嫌われないように振舞うんじゃない。
 私は、思考を停止させ、感情の赴くままに口を開いていた。
「咲さんのことが……好きなんです。誰よりも。――私と、ずっと一緒にいてください」
「和ちゃん……」
 言ってしまった。
 心臓が叩く激しさは衰えるどころか増していき、胸や胃が痛くなるような気分になる。
 咲さんの反応を見るのが怖い。思わず、目を閉じていた。
「和ちゃんにそんなこと言ってもらえるなんて……嬉しい。私、嬉しいよ!」
 恐る恐る目を開けると、そこには、花が咲いたような笑顔の美少女がいた。
「咲さん……」
「私、和ちゃんにそう想われているって知らなかった……。今、すごい胸がどきどきしてる」
「私もです……」
 そう言って咲さんは顔を寄せてきた。
 視界いっぱいに咲さんの顔が映る。私と咲さんだけの世界になったようだった。
 そして耳元で囁くように――
「私もね、和ちゃんのこと好き。大好き……」
 と言った。
 その言葉だけで。私は何も考えることができず。心も、身体も、全てに充足感が与えられたような気がした。
 甘い、香りがした。
 夜風は咲さんの匂いを運んできて、そして自然と――
 混じり合うように――
 私の唇と、咲さんの唇が重なった。
 とても柔らかかったそれは、やはり甘い味がした。
 

 おわり

 ………
 …………
「和ちゃん」
「何ですか? 咲さん」
「明日も、二郎行こうね」
「……また……ですか」

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最終更新:2009年10月16日 10:54