156 照咲 1/5 南場 [sage] 2009/10/25(日) 20:48:20 ID:NOJBSdmH Be:
気が付けば、小鳥の鳴き声が聴こえる。
カーテンの隙間から差し込む日射しに、しぱしぱと瞬きをし、朝の空気を感じ取る。
「ん…朝か」
今日は日曜であり、わざわざ早起きをする必要もないが、二度寝は苦手なので起きることにした。
「ん?」
意識がはっきりし始めて、どこかから聞こえる物音に気付く。
咲かな。
恐らく、お父さんは昼過ぎまで起きることはないだろうから。
部屋を出て、洗面所へ向かう。
ちなみに、この部屋は以前私が使っていた部屋だ。
当時の家具も未だに残されたままで、大した代わり映えもないまま、ただただ時間だけが過ぎていった。
そんな雰囲気を感じる。
多分、あの子のことだから、あえて変えてなかったのだと思う。
あの子は、自分で言うのも変だけれど、私のことが大好きだったみたいだから。
家族の前で改まる必要もないと、寝間着のまま洗面所で顔を洗い、リビングへ行く。
「…」
「……」
前者が咲で、後者が私。
咲は、実に良い姿勢でソファに腰を置き、本を読んでいた。
どうやら、読み耽っているらしく、こちらに気付く気配がない。
それにしても、本なんて読むのか、この子は。
まあ、私の知らない時間があったのだから、それこそ趣味の一つや二つ、あっても当然なのだが。
…ちょっぴり切なかったり。
真剣な読書を邪魔するのも気が引けたのだけれど。
挨拶はしたかった。
「おはよう、咲」
出来るだけ、自然に。
「…あっ、おはようお姉ちゃんっ!」
とりあえず安心。
気を悪くしたりしないか、若干心配だったから。
しかし、
「こらこら」
朝から抱き付かれてしまうとは、予想外。
「えへへっ」
にへらと笑って、私の胸に顔を埋める。
うーん…こんなにコミュニケーションの激しい子だったかな…?
まあ、悪い気はしないのだけれど。
「本なんて読むんだね。ちょっと意外」
そう言うと、咲はちょっとだけ頬を膨らせた。
「むー…それって私が本も読めないダメな子って意味?」
なんて抗議してくる。
そんなつもりで言ったわけではないけれど。
「ごめんごめん。ちょっとびっくりしちゃって」
主に、その横顔に。
普段は体型もさることながら、幼い顔立ちをしているからまるっきり子供に見えるのだ。
しかし、読書中の咲は、驚くほど神秘的で、私の目には綺麗な何かに見えた。
この子の新たな一面が見られて嬉しいと思う反面、またまた切なかったり。
あえては口にしないけれどね。
「やっぱりバカにしてるでしょー」
頬を膨らせているけれど、本気で怒ってはいない。
現に咲は、既に笑顔だ。
ちなみに現在進行形で抱き付かれていることをお忘れなく。
ついでに頭を撫でておいた。
笑ってる。
「それより、お腹空いちゃったな。何か食べたいものはある?」
埒が明かないので強引に話題転換。
「あ、ちょっと待って。私が作るよっ」
「ん、そう?じゃあお言葉に甘えようかな」
「うんっ、腕に縒りをかけて作るから待っててね!」
「ん、期待してる」
本当は私が作ろうと思っていたけれど、わざわざ咲が申し出てくれたのだからありがたく甘えよう。
しかしまあ…
「~♪~~♪」
鼻歌まで歌って、相当気分が良いらしい。
その様子はまるで、新婚当初の新妻みたいだ。
…そういえば、前に咲が私のお嫁さんになりたいとか言ってたな。
あの子がまだまだ幼かった、遠い記憶だけれど。
―――
――
程なくして、私の目の前には、可愛らしい楕円形の黄身がご飯の上にポンと乗せられたお皿が並べられた。
いわゆるオムライスである。
「…驚いた」
「えへへっ」
「すごいね、咲。私の知らないうちに、すっかり出来る子だ」
そう言うと、あの子は私に寄ってきて、控え目に自分の頭を指差した。
「?」
一瞬、私は両目をぱちくりさせたけど、すぐに理解出来た。
「うん、良い子良い子」
手を伸ばして、この子の頭へ。
咲は"んー"なんて、気持ち良さそうに喉を鳴らしている。
まるで懐っこい仔犬だ。
自意識過剰かもしれないけれど、この甘えん坊な咲は、私だけが知っている咲なのだと思った。
お姉ちゃんの特権というやつだ。
そういう意味では、この子の姉に生まれたことを感謝しなくっちゃ。
ありがとう、お母さん。
ちなみにそのオムライスは絶品で、私の舌を蕩けさせた。
それにお袋の味というか、お母さんの味付けに少し近かった。
将来は良いお嫁さんだね、咲。
…私のお嫁さんってのは、さすがに忘れてるよね?
―――
――その晩。
「ね、ねぇ、お姉ちゃんっ」
「なぁに?」
「今日一緒に寝てもいい!?」
なんと、というほど意外でもなかったけれど、驚いた。その勢いに。
何度も言うけれど、この子は甘えん坊なのだ。
今さら不思議には思うまい。
だから、何となく挙動不審なのも気のせいだろう。
まあ、断る理由もないのだし。
「うん、いいよ」
「やったっ。えへへ…」
ただ、
「何で昨日は言わなかったの?」
「え…あ、えと、来たばっかりだし、疲れてるかなって…」
…はは、気を遣われたのか。
ちょっとくすぐったいなぁ。
「別に、気にしなくて良かったのに」
「だ、だってっ…その」
もごもごと、口を濁した。
ん?
これは、違う意味で不意を突けたのかな。
「…恥ずかしかったし…」
「今は?」
「恥ずかしい…」
多分、私はにやけていたと思う。無意識に。
―――
――
かくして、私と咲は一緒に寝ることに。
私は普通にベッドの上で、咲は下に布団を敷いて、という形になった。
「何か、久しぶり…だね」
数年と、数ヶ月ぶりかな。
昔はよく、怖い番組を見た日とか、寂しくなった日は一緒に寝ていたものね。
「うん…咲は、すっかり大きくなったね」
互いにベッドの上に腰掛けて、思い出話に花を咲かせて。
「身長は伸びなかったけれど」
「ちょっ…それ気にしてたのにー」
「あはは」
笑っている。
私たちは、笑っている。
昔のように、自然に、他愛のないことで、幸せに満たされる。
待ち焦がれていた、幸福感だった。
そこで、ふと思う。
「そういえば、あのお下げはやめたんだね」
可愛かったのに。
「あ、その…短くすれば、お姉ちゃんみたいに綺麗にかっこよくなれるかなぁ、って」
あれ、真っ赤になっちゃった。
そんなに恥ずかしいことだったかな。
むしろ頬を赤らめるべきなのは私じゃないかな。
嬉しいのだし。
「あ、あはは…それは買い被り過ぎだよ、咲」
「ううん、そんなことないよ!」
「私にとってお姉ちゃんは格好良くて、綺麗で、私のことを見守ってくれるもう一人のお母さんでっ…その、私の憧れで…それから、それから…」
かぁ、と頬が朱に染まるのがわかった。
照れ臭いのか、私も。
「も、もういいよ咲っ。こっちの方が…恥ずかしい」
「お姉ちゃん…」
「…ありがとう、咲。私のこと、そんなに想ってくれて」
互いに互いが、林檎みたいに紅くなっていた。
何だろう、この初々しいカップルみたいなやり取り。
「…」
「…お姉ちゃん」
この沈黙を打ち破ったのは、咲だった。
恥ずかしいので、ちょっとだけ視線を逸らして言葉を返す。
「何、かな」
「…一緒のベッドで寝ても、いい?」
私は、何も言わずに微笑んだ。
―――
――
咲は、私と一緒の毛布に包まれて、向かい合いながら横になっていた。
手を繋いで、見つめあって。
笑っていた。
囁くように、咲は口を開く。
「…言った通りだったね」
「何が?」
と私。
構わず咲は続ける。
「…姉妹の縁は――そう簡単に切れたりしなかったよ」
思わず息を飲んだ。
…覚えて、いたんだ。
だから、私は
「お姉ちゃんの言うことに、間違いはないんだよ、咲」
なんて、悪戯っぽく笑ってみせた。
「大好きだよ、咲」
「…うん、私も」
今宵の月は、きっと笑っていただろう。
私たちが、笑っているように。
―――
――
そうして、私たちは姉妹としての絆を再び結んでゆくのだけれど。
この二日間以降を語るか語らないかは、私の気まぐれ次第である。
御愛嬌。
了
最終更新:2009年10月25日 21:54