208 名無しさん@秘密の花園 [sage] 2009/10/27(火) 21:53:08 ID:0o6WyCvY Be:
気が抜けてなにも手につかない。
やることなすこと色褪せて見えて、深い深い泥土の中をたゆたっているような気分。
インターハイ予選も終わり、もう残すは引退だけとなれば、多分そういった感情に苛なまされるものだろうと思っていた。
時間だけは変わらずに流れ続けて、だのにどこか停滞する。
向かうべき場所を失って、ふわふわと糸の切れた凧のようにぽっかりとただ浮かぶだけ。
そんな状況が簡単に想像できて、それどころか実際に私はそうなりかけていたと言っても嘘ではなかった。けれど…
「ねぇねぇゆみちゃん。今日は彼女さん来てないの?」
「もう口ふさいだ?ふさいだ?」
空気がそれを許さなかった。
‘あの日’以来、ことあるごとにこうだ。
恥ずかしくて、そわそわして、私はやはり机に突っ伏すことになるのだ。
立ち止まろうとする私の背中はぐいぐいと押されて、前のめりにつんのめってしまったみたいだった。
それもこれも悪いのはアイツなのだ。
全ての元凶。私の持て余した怒りの矛先を向けるべき相手。
私がこんなにも困っているというのに、アイツときたら机の上に腰掛けて楽しそうに談笑しているのだ。
私の怒りに合わせたように、腕がわなわなと震えていた。
「蒲原っ!!!!お前のせいで私は!!」
「ワハハ。こりゃ困った。ちょっとユミちんから逃げてくるからごめんねー。」
一睨みすると、蒲原はさっさと談笑を切り上げて遁走を開始する。
いつも通りにワハハと笑っていて、焦る様子も、謝ろうという様子も見えやしなかった。
「逃げるな蒲原!!」
「ユミちんが怒らなきゃ逃げないよー!!」
蒲原は教室から飛び出して廊下を駆けだす。
ハッと驚いている間に、蒲原の姿はちっぽけになっていく。
教室では、まるでいつものことだとばかりに、クスクスと笑い声が響くばかりだった。
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ことの発端はインターハイ予選に敗退したことだった。
いや、正確には私たちが予選決勝まで駒を進めたことがこんな事態を引き起こしたのか。
高校麻雀といえば文化系の部活動においての花形だ。
強豪ともなれば特待生制度やらスカウトによる越境入学までおこなわれ、そんな学校が毎年覇を争っている。
だからこそ、所謂強豪と私たちのような弱小との間には埋まることのない大きな隔たりが存在した。
私たちの県においては、その強豪は風越女子であり、麻雀に長けた生徒は風越に入学するのが通例だった。
だから、私たちの間にもどうせ風越にはかなわないという気持ちがどこかにはあったのだろう。
ただ漠然とした時間を過ごして、記念にでもするために大会にでる。
4校から1校しか次の試合には進めないこの形式では、私たちのような弱小は緒戦を勝ち抜ければ御の字どころか金星と言ってもいいぐらいで、それが決勝まで勝ち残ったとなれば注目を集めないわけもなかった。
結局のところ優勝することはできなかったが、それでも大健闘。
早い話、勝とうが負けようが新聞部のインタビューには応じることになっていたのだ。
しかし、恥ずかしい話なのだが、すっかりと忘れていた。
大将戦は人知の及ばない事象を多分に含んだ激闘であったし、それになにより、私には答えなければならないことが残っていて、そんなことは記憶からぽっかりと抜け落ちてしまっていたのだ。
試合が終わって。隣にはキミがいて。
舞い上がっているというのとは少し違うような気もするけれど、少なくとも頭の中は一杯で、余裕などなかった。
逃げてばかりいた。頬は火を吹き出しそうなほど熱をもっていた。
だけど、ほんの少しでも卑怯な自分を卒業しようと、私は精一杯の言葉を紡いだ。
それは私たちの始まりの一歩でしかなかったけれど、とてもとても大切な出来事だった。
しばらく二人そろって黙りこくっていると、携帯が振動するのを感じた。
なんとなくこういう時は携帯を見づらい。
しかし、いつまでも二人こうしているわけにもいかなくて、意を決して携帯をのぞくと、着信はどうやら蒲原からだったようだ。
「蒲原か、どうした?」
「ワハハ。ユミちんったらインタビューをすっぽかすなんて、いけないんだぞー。」
気の抜けるような蒲原の言葉が耳に響いて、そこでやっとこさインタビューなどというものの約束をしていたことを思い出した。
思わず「あっ。」と間の抜けた声を響かせてしまい、モモが不思議そうに私の顔を覗き込む。
「まぁモモとユミちんの分は私がなんとかしといたからさ。だからもう解散。ユミちんたちも二人で愛の逃避行したってかまわないよー。」
ワハハ、と随分と楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
「なっ、なにを言っているんだお前は!!」
叫んだ私の耳には、ツーツーと通信の切れた音だけが響いていた。
あの様子ではもう蒲原たちは逃げ帰っているのだろう。
ポツリと二人だけ残された私たちは、意味もなく顔を見合わせるとそっと手を重ねた。
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慌てて蒲原の背中を追いかける。
掲示板の前を通り過ぎると、私はまた気がどっと重くなるのだった。
掲示板には様々なポスター類に交じって校内新聞が貼られていた。
掲示板の横には机が置かれていて、どうやらそこには自由に持ち帰ることができるように新聞を並べてあったらしい。
しかし現在、その上には一部たりともそれは残っていなかった。
部活動の大会の多いこの時期は部活動特集が組まれているらしく、様々な大会の結果などが掲載されている。
そして、本来なら喜ぶべきことだったかもしれないことに、今回の一面は私たち麻雀部の活動についてであった。
これが貼られた初日。
私は、楽しいものが見れると言う蒲原に連れられてここにきたのだ。
確かにそれは面白い記事だったのかもしれない。
ただしそれは私以外にとっての話だ。
どれどれと記事に目を通した私の頬は、瞬く間に驚くほどに熱をだす。
わらわらと掲示板に集まった生徒たちの視線が、一斉に私に向いたのが分かった。
どうしてこのようなことになったのか。
話は簡単なことだった。
掲示板に貼られた校内新聞。
そこにはなぜだか、部活動特集に交じって、一面にはゴシップ記事が燦然と輝いていた。
わなわなと腕が震えるのが分かって、私は蒲原に視線をやると、もう既に蒲原の姿は消えてなくなっていた。
蒲原のヤツが私たちを売ったのだ。
一面にでかでかと載っていたのは、インターハイ予選決勝のことではなく、私とモモの馴れ初めと決勝後の会話だった。
はぁ。今思い出しても頬が熱い。
がくんと重くなった気を無理矢理に奮い立たせて蒲原を追う。
蒲原のヤツは絶対に許さない!!この恨みはらさでおくべきか!!
蒲原が教室に飛び込むのが見えて、私も思わずその後を追った。
「えっ、先輩!?」
「へっ?モモ!?」
ざわざわと教室がざわめく。
思わず飛び込んだその先は、1ヶ月ほど前にも飛び込んだ1年A組。
ふと気づくと、蒲原がモモの後ろに隠れて、ニヤニヤと私を眺めていた。
「ねぇ桃子ちゃん!!旦那様?旦那様?」
「先輩?噂の桃ちゃんの先輩さん?」
モモの頬がボッと桜色に染まる…あれ?
「モモが見えるのか?」
「あっ、それがっすね。あの…。」
モジモジとなにか言いたげなモモの言葉は待ってやりたかったけれど、なんだかどうしても落ち着かなくて、私はモモの手をとった。
「とりあえず逃げるぞっ!!」
注がれる視線に耐えかねて、私はモモの手をひいて逃げ出す。
どう考えても野次馬的なそれは、私には初めての感覚で、頬が燃えてしまいそうだ。
背後では、はやしたてるような黄色いざわめきがきゃあきゃあと響いていた。
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「それで、どういうことだモモ?」
「それが…。」
それは分かるような分からないような話だった。
クラスからも消え去って、誰からも気づかれやしなかった。
気にしてほしいとも思ってはいなかった。
けれど知らず知らずのうちに歯車は動きだしていたのだ。
インターハイ予選決勝。新聞部により撮影された写真。
前者はテレビを通して。後者はカメラを通して。
どちらもモモをうつし出す。
注目度は存外に高かったらしく、誰もがモモという存在に気がついた。
存在を知れば求めたくなり、求めればモモも見えてくる。
気づけばモモは消えていなくて、すっかりと質問責めにあってしまったようだ。
それは主には、私との関係についてだったそうだが。
「あのあの…あのっすね。私、こんなことは初めてだったっすから恥ずかしかったっすけど、なんだか嬉しくて…。」
口ごもるモモに、大丈夫だよと頭をさすって次の言葉を促してやる。
「少し惚気てしまったっす。ごめんなさいっす先輩。」
なんだか申し訳なさそうな表情で、モモがこちらを窺う。
肩を竦めて、それはまるで怯えているみたいだった。
怒ってなどいないよ。なにも悪いことなんてしていないのだから。
私はモモの頭を撫でると肩を抱く。
それに、謝らなくてはいけないのは私の方だ。
誰かの瞳の先に立つことは、モモにとっては嬉しくて、私だって喜んでやらなくてはいけないことだった。
モモはもう一人ぼっちなんかじゃなくて、それはとても素敵なことなはずだ。
だのに。だのに私は…
「すまない。すまない…。」
どうしてかぽろぽろと涙が零れてしまう。
恥ずかしくて、なんとか止めようとするのだが、涙は止めどなく溢れてきた。
「なんで先輩が謝るんすか?先輩が泣くと悲しいっすよ…。」
モモの舌がちろちろと私の涙を掬った。
暖かくて柔らかくてなんだかとても気恥ずかしかった。
「私は嫉妬した…。モモは私にだけ見えればいいと願って、誰にも見えなければいいと…。」
醜い独占欲の塊なのだ。
誰にも触れさせたくなくて、私だけのものにしたくて、モモが見えるという事実を喜べなかった。
「私の一番は先輩っすよ。それは変わらないっす。」
ギュッと胸に抱かれて、モモの体温が心地よい。
「だから…だから先輩にも喜んでほしいっす。」
はにかむようにモモは笑って、なんだか私がひどく子供のように思えた。
今までが普通じゃなくて、これからが普通なのだ。
モモは見えない存在なんかじゃなくて、多分私はたくさん嫉妬もすることになるのだろう。
きっと友達だってできるから、独り占めはできなくなる。
けれど、やっぱりそれが普通なのだ。
競争相手のいないレースの一番なんかじゃなくて、たくさん競うべき相手ができる。
それでもやはり私は一番になりたいのだ。
ああ。そこではたと気づいたのだ。
もしかしたら蒲原はモモが目立つようにあんな記事を許したのだろうか。
いや、それはさすがに考えすぎか。
多分なんとなく楽しくなりそうに思えて、そうしたに決まっている。
モモが普通の娘になっても、なにも気持ちは変わらないのだ。
放したくないし、誰にも渡したくない。
抱きしめられるばかりでは悔しくて、私はギュッとモモを抱き返すのだった。
Fin.
最終更新:2009年10月28日 15:01