233 名前:1[sage] 投稿日:2009/12/07(月) 23:01:20 ID:VvCKbpch
冬のある日
「最近、ハマっていることがあるんです」
先日数絵にそう言われ、そのハマっているものとやらを見せてもらうために、今日は彼女の家へと遊びにやってきた。
「ちょっと座って待っててください」
「うん。分かった」
部屋にお邪魔すると、さっそく彼女はパソコンの前に座り、カチカチとマウスを鳴らし始めた。
なんだろう…。パソコンを使ってやるものなのかな。ネットゲームとか?
「はい、もう良いですよ。見て下さい」
立ちあがり、私もパソコンの前へと移動する。画面を覗くと、なにやらたくさんの文字が並んでいた。
そしてピロン♪と音とともにまた文字が現れ、先に書かれていた文字の下にそれが並んでいく。
「数絵、これって……」
「チャットです。」
「へぇー…。ハマってるものって、これだったんだ」
「そうです。睦月さんはやったことありますか?」
「いや、私は無いな」
「そうですか。チャットだと、いつでも好きな時間に、ここで出来た友達と会話ができるんです。すごく楽しいですよ」
そう言いながら画面を見つめている彼女の顔は、頬がほんのり緩んでいてとても可愛らしいものだった。
チャットをしている時は、いつもこんな顔をしているのだろうか。そう考えると少しだけ悔しい。
できれば、その笑顔は顔も分からない相手なんかよりも、私にもっとたくさん見せてほしい。そう思った。
「ん…あれ…?数絵、こんなの読めるの?」
画面に並んでいる文字を眺めていると、見たこともないような言葉がいくつかあった。
『wktk』『www』『ry』など。私には全く理解できないものばかりだ。
「ああ、これですか?何度も話してれば、だんだん意味が分かるようになってきました」
「へえ…なんだかすごいね…」
「そうでもないですよ。あっ睦月さんも、何か書いてみませんか?」
「えっ私が…?」
「はい。今は3人ログインしてますから、すぐに返事が返ってきますよ。私はお茶でもとってきますね」
数絵がイスを離れ、部屋から出て行く。
正直言って、少し驚いた。
私が彼女にネット麻雀を教えるまでは、パソコンの使い方なんて全然分かっていなかったのに、今では手なれたように
タイピングをこなしている。しかも、なかなか早い。まぁ、これもチャットのおかげなのかな。
うーん…それにしても…。急に何か書いてみてって言われても、何も思いつかないな…。
「あ、そうだ」
カタカタカタ…。キーボードに手を添えて、文字を打ちこむ。
『突然の書き込み失礼します。私は――の恋人です。』
『みなさんにお願いです。あまり彼女には変なことを吹き込まないでくださいね。』
『ではこれにて失礼します。』
これでよし…。数絵は、私の大切な彼女だ。
ネット上とは言え、私が知らない人と彼女が会話している、というのはあまり面白くない。
この気持ちは嫉妬なのか不安なのか、自分でもよく分からなかったけれど、胸がチクチクするのは確かだ。
そうこうしている間にも、ピロンピロンッ♪とすごい勢いで書き込みが増えてゆく。
それを無視して、私は『部屋を出る』と書かれたボタンをクリックし、パソコンを離れてベッドに腰掛けた。
「お待たせしました。…あれ、チャットはもう良いんですか?」
数絵が部屋に戻り、パソコンを見ながら私に尋ねる。
「あ、ああ!うん…。なんか適当にボタン押してたら、画面が変わっちゃったんだよね。だからもう止めとく。」
「そうですか…。もし睦月さんもチャットをやる気になったら、教えて下さいね。」
「う、うん…考えてみるね。」
「はい、ぜひ。その時は私の友達も交えて一緒にお話しましょうっ」
お茶を飲みながらほほ笑む彼女の顔を見て、悪いことしちゃったかな…と少しだけ反省する。
だけど、数絵には私だけを見てほしい。絶対に誰にも渡したくない。
「ねえ…数絵」
「はい、なんですか?」
「私のこと好き?」
「えっ…なっなんですか、突然」
私がそう言うと、数絵はすぐに顔を赤くして俯いてしまった。その姿はいつ見ても可愛い。
数絵の隣に体を近づけて、そっと抱きしめる。
「うっうわ…睦月さんっ?」
「ね、ちゃんと教えて?」
「すす、すき…ですよっ。だいすきです…っ!」
「くすっ。ありがとう…私も大好きだよ」
顔に両手をあてて、そのまま唇を重ね合わせる。
「…んっ……ぷはっ…はぁはぁ…急に、どう…したんですかっ?」
「だーめ。逃げないでよ」
「んんっ…」
それから何度も何度もキスを繰り返した。
*
翌日
「……え?オフかい?何それ」
彼女と電話をしていると、またもや私の知らない言葉が耳に入ってきた。
「ええと、チャットで出来た友達と実際に会って、遊ぶんです。昨日誘われて…」
「えぇ!?実際に会うって……い、行くの?」
「それを確認しようと電話したんです。行っても良いですか?」
「……人数は?場所は?日時は?何するの?その友達って男?女?年は?職業は?」
「お、落ち着いて下さいよ!睦月さん…そんなにいっぺんに質問されても覚えきれませんよ?」
「あっ…ごめん、一瞬頭が混乱してた…」
「ええとですね、人数は私を含めて4人です。場所はそのうちの1人のお宅で、お鍋をするんです」
「うん…」
「あと、全員女性ですよ。そして、全員私と同じで高校生です。」
「そうなんだ…」
「はい。どうしましょう…?」
「うーん………」
全員女性だと聞いて少しホッとした。せっかくのお誘いなんだし、お鍋をするくらいなら行っても大丈夫かな?
けれど、もしも数絵になにかあったら…なんてことを考えると、やっぱり不安になる。
数絵は美人で可愛いから、私のように一目ぼれしてしまう人も居るかもしれない。
「あの、やっぱり断ったほうが良いでしょうか…?」
「…数絵は、いきなり知らない人と会うのって怖くないの?」
「まあ、少しだけ不安ではありますが、みんな良い人なんですよ。だから、怖いとは思いません」
「そっかぁ…でも、私は心配だな…」
「じゃあ、やっぱり止めておきますね…」
「いや、ちょっと待って」
ネットとは言え、せっかく数絵にできた友達なんだ。実際に会ってみれば、更に仲良くなれるかもしれない。
こないだは、その人たちに対して少しだけ面白くないと感じたけれど、かと言って数絵の楽しみまで奪ってしまうのは
可哀想でとても出来ない。
「あのさ…私もそこに行っても良いかな?」
「えっ睦月さんも来てくれるんですか?」
「うん…迷惑でなければ…」
「迷惑だなんて、とんでも無いです。では、みんなに聞いてみますね。後でメールします」
「うん、ごめんね。よろしく…」
数分後、彼女から『みんな、良いよと言ってくれました』とメールが届いた。
日時は明後日の土曜だ。どんな人なのか全く分からない人と会うのは緊張するけれど、行くしかない。
もしかしたら、それがきっかけで私にも友達が増えるかもしれないし…。
それに、麻雀ができる人なら、今度数絵と一緒に卓を囲うこともできる。何事も前向きに考えよう。
*
そして当日
「…数絵の恋人って、あなただったんですか?」
「あ、え…?」
なんで、この人がここに居るんだろう…。しかも今、数絵って呼び捨てにした…?
私は驚愕の事実を目の当たりにし、頭の中が真っ白になってしまった。
*
数絵と一緒に――さんという女性のお宅にお邪魔して部屋に案内してもらい、すでに到着しているチャット仲間さん達に
自己紹介をしようとしたその時、なにやら鋭い視線と寒気を感じた。
「……数絵の恋人って、あなただったんですか?」
声を発した人物の顔を見て、一瞬頭の中が真っ白になってしまった。見間違いなんかじゃない、この人は…。
「
龍門渕高校の…沢村さん、ですよね…。お久しぶりです、合同合宿以来ですね」
本当に驚いた。まさかこんなところで彼女と再び顔を会わせることになるとは思ってもいなかったのだから。
「こんなところであなたと再会するとは思いませんでした」
「そ、そうですね…」
どうしよう。すっかり体が固まってしまった。彼女の真っすぐな目が私をしっかりと捕えて、離してくれないのだ。
静かではいるけど、どこか威圧感がある。なんだろう、この感じは…?それに、どうしてこの人は数絵のことを下の名前で
呼び捨てにしているのだろうか?いくらなんでも、初対面でこれは馴れ馴れし過ぎる。
なんだったかは忘れてしまったけれど、数絵がチャットで使用しているハンドルネームは簡単に本名が分かってしまうよう
なものではなかったはずだ。
「あれっ…睦月さんと、沢村さんは知り合いだったんですか?」
「ああ、うん…。夏の大会で戦った相手なんだ。直接対決はしてないけど…。」
「私は次鋒だった」
「へえーっそうだったんですか」
数絵が私と沢村さんを見比べて、こんなこともあるんですね、と驚いている。その間も沢村さんは私のことを睨むように
ジッと見続けている。なんだか息苦しい。私に対して何か言いたいことでもあるのだろうか…。
「へぇ…沢村さんと津山さんは知り合いだったんですかぁ~面白いこともあるもんですねぇ…ぎっひ♪」
「あっ、あたしと葉子はリア友なんだよー。よく二人でカラオケ行くんだぁー。めぐとは前のオフ会で仲良くなったんだ」
「そうなんだよねぇ~!まぁ、今日は初参加組が多いけどさ、気遣いとか一切無しねー」
「そうそう。みんなで仲良く楽しもうね。んじゃー、そろそろ鍋パー始めますかー!」
「はーい」
――さん達がわいわいと騒ぎだし、みんなで席に着く。いよいよ本日のメインイベントが始まった。
そして何故か私は、なりゆきで沢村さんの隣に座ることになってしまった。数絵は私の斜め向かい側の席だ。
「………………」
私と沢村さんの間に沈黙が生まれる。はぁ…やりにくいな…。話しかけたくても、何を話せば良いのか分からない。
ふと数絵のほうを見ると、他のみんなと楽しそうにお喋りをしながらお鍋をつついている。
緊張しているのか、少しぎこちない笑顔だったけれど、そこがまた可愛い。
私は、人見知りの彼女がこんなに早くみんなと打ち解けられたことを嬉しく思った。
*
「ふぅ…おいしかったですねぇ…♪」
食事が終わり、今はみんなでお菓子を食べながら、雑談をしている。
――さん達は、元から仲が良かったこともあるのか、三人でかたまってお喋りに華を咲かせていた。
「はぁ……」
そんな彼女たちを遠目で見つめながら、溜息がこぼれる。
正直言って、お鍋の味はあまり覚えていない。ずっと隣から沢村さんの視線を感じていて、それどころじゃなかったのだ。
なんでこの人はさっきから、私のことを見ているのだろう…。
「睦月さん、どうかしたんですか…?もしかして、あんまり楽しくないですか…?」
数絵に耳元で声をかけられ、ハッとする。
「ああ…っごめんごめん、ちょっと考え事してただけだから、気にしないで」
「そうですか…?」
「うん…」
「………………」
こうして数絵とヒソヒソと話をしている今も、沢村さんはこちらのほうに視線を向けている。やはり、私に何か言いたい
ことでもあるのだろうか…。
「あの…さっきから私のことを見ているようですが…どうかしましたか?」
「あなたが、数絵の恋人…彼女」
思い切って私から話を切り出してみたら、またそんなことを言われてしまった。
「沢村さん…?さっきもそんなことを言ってましたが、このこと知ってたんですか?」
「……知ってた。こないだチャットで、私は数絵の恋人だ、と書き込みをしていた」
沢村さんが私を指さしながら淡々と言葉を放つ。
「えっ、そんなことしてたんですか?、睦月さん」
「ああ…それはっ…。ごめん…。こないだ数絵の家に遊びに行ったときに勝手に書いちゃったんだ…」
「そうだったんですか。もう…教えてくれれば良かったのに…。恥ずかしいじゃないですかっ…」
「うん、ごめんね」
「………………」
また、沢村さんの視線が突き刺さり、じわりと冷や汗が出てくる。
「ぎっひ…ねぇ、津山さん。せっかくのオフ会なんですから私たちともお話しましょうよ?」
「え?あっああ、それもそうですよねっ。あはは…」
――さんに話しかけられ、私は数絵と離れて三人の輪に混ざり、学校や麻雀のことなどを語り合った。
そうこうしている間に数絵は沢村さんと二人きりで、なにやら楽しそうにお喋りをしている。何の話をしてるのかな…。
すごく気になる。できることなら、私も数絵の隣に座っていたい…そう思った。
だけど、それではせっかく私に話しかけてくれた――さん達に悪いので、あとで直接数絵に聞いてみることにする。
「それじゃあ、今日はこのへんでお開きにしましょうかぁ…♪ぎひ」
――さんが、そう声を上げ、みんなで部屋の後片付けにとりかかる。そして、ようやく解散することに。
ああ…助かった。これでやっと、あの鋭い視線から解放されるのかと思うとホッとする。
*
「………………」
まいった。数絵とは家に帰る方向が真逆なため――さんの家を出てからすぐに別れてしまった。
せっかく数絵に会えたというのに、結局あまり話が出来なかったのが悔しい。聞きたいことがたくさんあったのに。
そして、沢村さんとは帰る方向が同じらしく、数絵と別れてから私達はずっと口をきいていない。
「私も、数絵のことが好き…」
「えっ?」
ようやく沈黙が破られたかと思ったら突然、沢村さんはこんなことを言い出した。
「いや、ちょっと待って下さいよ!数絵が好きって…。数絵は、私の彼女なんですよ?分かってて言ってるんですか?」
「それは分かってる…。」
「一体何がしたいんですか…?まさか、私から数絵を無理やり奪おうとか考えてるんじゃ…」
「そんなことはしない。」
「数絵はそのことを知ってるんですか…?」
「いや、まだ何も伝えてない。でも…」
「でも?」
「…なんでもない。それじゃ、私はこっちだから…」
「あっ…」
最後に、私が数絵のことを想うのはあなたには関係ない、私の自由。と冷たい声で言い放ち、沢村さんは去って行ってしまった。
二人は今日初めて会ったはずなのに、どうしてこれだけの短い期間で沢村さんは数絵のことを好きになってしまったのだろう…。
いや、もしかしたら個人戦で対局したことがあるのかな?でも、そのようなことは何も言ってなかったしなぁ…。
駄目だ、考えても全く分からない。余計に頭が混乱するばかりだ。私と数絵が恋人同士にになってから今月で約5カ月になる。
今まで大きな喧嘩なども無く、順調にやってきた言うのに、まさかここに来てライバルが現れるとは思ってもいなかった。
頭がグニャリと曲がりそうになる。
*
1週間後:11月中旬
「ねえ…最近何か変わったことはない?」
「またその話ですか?昨日も聞きましたよ?」
「ああ…ごめん。」
「ふふっ。まあ良いんですけどね。昨日と同じで、何もありませんよ」
「そう…良かった…。数絵…大好きー」
「うわぁ…っ」
あれから、私は毎日のように数絵に何か変わったことはないか、としつこく聞いている。
そして、何もないと言われてホッとする。その繰り返しだ。そうでもしないととても心配で心配で、心が落ち着かない。
「そういえば私、アルバイトを始めようと思ってるんです」
「へぇー、バイト?何か欲しいものでもあるの?」
「ええ、おじい様の誕生日プレゼントを買おうと思って…。書店で短期の募集があったので、そこが良いかなと…」
顔を赤らめながら数絵が答える。その姿を見ると、相変わらずおじいさんの事が大好きなんだな、と微笑ましくなる。
「そっか…。偉いね。頑張って!」
「はい、頑張ります」
「採用が決まったら、ようすを見に行くね」
「ええっ?恥ずかしいですよ…」
「大丈夫。仕事の邪魔はしないからさ」
「もう…」
「あ…」
そう言えばもうすぐクリスマスか…。
彼女が手に持っている雑誌に載っている、ツリーの写真を見てそんなことを思い出した。
あぶないあぶない。まだ11月とは言え、一年に一度しかない大きなイベントの存在を軽く忘れかけていた。
「ねえ、数絵…クリスマスなんだけどさ、二人きりで過ごせるかな?」
「…私も、同じことを考えていました。睦月さんと一緒に過ごしたいです」
「本当?良かった…。じゃあ24日は予定空けといてねっ」
「はい。分かりました」
今年は彼女と過ごす初めてのクリスマスだ。何年経っても心に残り続けるような、素敵な1日にしたい。
でもそのためには、やっぱり色々とお金が必要になってくるな…。
よし…。私も何かバイトを始めよう。そして、内緒でプレゼントを用意して数絵を驚かせよう。
「なにニヤニヤしてるんですか?睦月さん」
「んー?なんでもないよ」
この日、私に大きな目標が一つ出来た。クリスマスが楽しみだ。
最終更新:2009年12月10日 21:25