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207 永遠の花 第4話 [sage] 2009/12/06(日) 05:06:27 ID:OGo/OeR9 Be:

  *  *  *

 その後、帰る家を失った桃子は、ゆみの家で暮らし始めた。
 しかし、ゆみの両親にも桃子は見えていない。そんな訳で、桃子は家の中ではなるべくゆみと一緒に居る事にしていた。
 『同棲ってこんな感じっすかねぇ』などとどこか嬉しそうに言った桃子にゆみは、こんな状況で、と呆れながらも、自分も少し浮かれているのは自覚していた。

 他の誰からも見えなくなっても、桃子は学校に通った。すっかり変わってしまった日常の中で、少しでも以前と変わらない事をしていたいという願いが、そこにはあった。
「それに、もし私が元通り見れるようになった時、何もしてなかったら周りに取り残されるっす」

 昼休みは、屋上で過ごした。とりとめの無い話をしながらつつく昼食は、とても楽しかった。
「先輩、あーん」
「う、待てモモ。それは……」
「誰も見てないっすよ?」
「しかし……」
「はい、あーん♪」
「……うう」
 目の前に差し出されたパンに狼狽するゆみだったが、最後は恥ずかしそうにそれを頬張るのだった。

 放課後になると、ゆみは麻雀部に足を向ける。しかし、桃子は顔を出す事はしなかった。気心の知れた仲間達から全く気付いて貰えない事は、やはり辛いようだった。
「……すまない皆。私はもう行かなくては」
「最近ユミちん用事多いねぇ。忙しいんだったら無理に出なくてもいいのに」
「いや、そういう訳にもいかないだろう。卒業するまでに、出来る限り教えておきたいからな」
「ありがたいねぇ。むっきー新部長、ユミちんの優しさをよーく噛み締めておくんだぞ?」
「は、はいっ」

 夜。この時間が、ゆみにとって最も不安な時間だった。眠ってから朝になり、目を覚ますともう桃子が居ない。そんな日が来てしまうのではないかという恐怖が、ゆみの寝付きを悪くする。
「モモ。私はこんなにも臆病だったかな。君が居なくなる事が、耐えられなくなっている」
「大丈夫っすよ先輩。先輩が私の事忘れないでいてくれたら、きっと私は消えません」
「……ありがとう。それならモモが消える事は無い。私はいつだって、モモの事を想っているからな」
「先輩……恥ずかしい台詞っす」
「……うるさい」

 それはかけがえの無い時間。これから先、忘れてはいけない大切な日常――

  *  *  *

「メリークリスマスっす、先輩」
 年の瀬の25日。放課後の屋上で桃子が差し出したのは、一つの紙袋だった。受け取ったゆみが袋を開けると、マフラーが入っていた。
「先輩の為に編んだっす。……初めてだったんで、ちょっと失敗しちゃいましたけど、どうしても今日に合わせたくて……」
 良く見れば、確かに所々編み損ねたような箇所が見られたが、それは巻いてみれば気になるようなものではなかった。
「ありがとう、モモ。大事に使わせて貰うよ」
 首に巻いたマフラーは、とても暖かかった。それはきっと毛糸のお陰だけではないのだろうと、ゆみは思った。
「何かお返しをしないといけないな」
 ゆみもこの日の事を忘れていた訳ではなかったが、何をしたらいいのか良い案が思いつかず、結局当日を迎えてしまっていた。
「――と言っても、良い考えが浮かばなかったんだ。モモの好きな様に決めてくれないか?」
 ゆみがそう言うと、桃子は少しの間考える素振りを見せた。そして、笑顔で言った。
「デートがいいっす!」
「ん……それだけでいいのか? それくらいだったら、いつだってしてもいいのに」
「何言ってるんすか、今日、この日だからこそのデートっすよ、先輩!」
 声を上げて熱弁する桃子がとても微笑ましく見えて、ゆみはその提案に乗る事にした。早速出番の来た手編みのマフラーを身に付け、二人はクリスマスで賑わう街へと足を進めた。

  *  *  *

「おや、そこに居るのはユミちんじゃないか」
「ん、蒲原……と、何だ、皆どうしてこんな所に?」
 二人が街を歩いている途中、ゆみは声を掛けられた。見れば、麻雀部の面々が揃って歩いている姿が見えた。
「何って、みなまで言うなよユミちん。今日が何の日がユミちんは知らない訳じゃないだろ?」
「……まあ、そうだな」
「そこで今日は部活をお休みにして、皆でデェトに洒落込んだという訳だなーワハハー」
 そう言ってお馴染みの笑い声を上げる智美の隣には、恥ずかしそうに腕を組んでいる佳織の姿があった。その後ろには、睦月と手を繋いでいる――ゆみの見知らぬ少女が立っていた。
「君は……ああ、蒲原から聞いた事があるな。確か睦月の――」
「はい。南浦数絵と申します」
「そうだったね。南浦さん、睦月の事をよろしくお願いします」
「い、いえ、そんな恐縮です」
 顔を赤くして頭を下げる数絵を見て、ゆみは微笑ましい気持ちになる。
「あー、ユミちん。人の事より自分の事を心配したらどうだい?」
「?」
「いやあ、今日という日に一人賑わう街中を歩くのは些か寂しいんじゃないかと思ってね。余計なお世話かもしれないけど、誰かイイ人でも探したらどうかなと思ってさー」
 智美の言葉に、ゆみは何とも言えない気持ちになった。ゆみの隣には、手を繋ぐ桃子が居る。しかし、智美達には見えていないのだ。
「ああ……余計なお世話だな、蒲原」
「お、やっぱりそうかい?」
「さ、智美ちゃん! 加治木先輩に失礼ですっ!」
 ワハハと笑う智美を佳織が止めに入る。その光景は、会話は違えど、自分と桃子を見ている様で、自然と笑みが零れるのだった。
「妹尾」
「は、はいっ?」
「……蒲原を幸せにしてやってくれよ。あいつを何だかんだで妹尾を事を大切に想っているからな」
「ふぇっ……えっ……!?」
「のわっ……!? ユ、ユミちん、いきなり何を言い出すんだい!?」
 顔を真っ赤にして、二人はゆみの言葉に驚く。
「睦月も……部長は大変だろうが、南浦さんと仲良くな」
「え、は、はいっ!」
「……それじゃあ、私はこれで。皆、元気でな」
 四人に手を振り、笑顔と共に桃子とその場を後にする。後に残された四人は、ゆみの後姿を呆然と見送った。

「……すごい方でしたね。加治木さん」
 ゆみの後ろ姿を見つめながら、数絵が口を開いた。
「いやー……まるで悟りを開いた聖母の様な笑顔だったね、ありゃあ……」
 信じられない、といった様子で智美はその言葉を漏らした。
「……でも、あの方が部長さんで何となく分かりました。皆さんが仲が良い理由が……」
「え……」
「……あ」
「……ワハハ」
 数絵の言葉に、他の三人が沈黙する。
「え、私、何か変な事言いました……?」
「あ……ごめん、まだ数絵には言ってなかったね……ウチの前部長は、加治木先輩じゃなくて蒲原先輩なの……」
「え、あ、そ……そうだったんですか……すみません……」
 睦月の言葉に、数絵は慌てて頭を下げる。
「いやー……気にしてないよー……前からよく言われるし、ワハハ……」
「さ、智美ちゃん、しっかりして~」
「う~かおりん~今夜は優しく慰めてよ~」
「ふわぁっ……! へ、変な事言わないでよ……!」
 智美に抱きつかれて慌てる佳織。それを睦月と数絵がなだめている間に、ゆみの姿は街の雑踏の中へと消えていった。

  *  *  *

「本当にいいのか?」
「はい、お願いするっすよ」
 その後の街でのデート中、突然桃子が学校に戻りたいと言い出した。今の時間であればまだ学校は開いているが、少し急がなくてはならないだろう。
「明日でも良かったんじゃ」
「すみません、どうしても今日が良かったんす」
 そう言った桃子の顔には、どこか焦りのようなものが見えていた。ゆみの手を握る力が強くなり、歩く速度が速くなっている。
「分かったよ。今日はデートだからな、最後まで一緒に居るさ」
「ありがとう……ございます」
 ゆみの言葉に、桃子は頬を染める。その顔が何故かとても儚げに見えて、ゆみは桃子と繋いだ手を優しく握り返した。

 二人が着いたその場所は、馴染みの部屋。二人にとって、学校生活の中で一番多くの思い出が詰まっている場所――麻雀部の部室。
「誰も居ないっすね」
「ああ、
「座りませんか、先輩」
「ああ」
 桃子に促され、二人並んで椅子に座る。マフラーを外して、鞄にしまう。
 射している西日が、二人の顔を茜色に染めていた。
「……モモ。どうしてここに?」
 ゆみが疑問を口にする。
「ここが、私と先輩が初めて出会った場所だったから」
 桃子はゆみの目を見て答えた。
「いや……私達が出会ったのは、モモの教室じゃなかったっけ」
 1-A組乱入事件。あの時の出会いは、恐らく一生忘れる事は無いだろう。
「それよりも前に、ネット上で会ったっす。先輩は、私の事を必死で勧誘してました」
「……ああ、そうだったな」
「まさか教室まで乗り込んでくるとは思わなかったっす」
「ああ……うん、我ながら、何と言うか……」
「でも、お陰で先輩と出会う事が出来たっすよ?」
「……そうだな」
 そっと桃子の肩を抱き寄せる。夕焼けに染まる静かな校内で、二人だけの時間が流れてゆく。

「ん……」
 不意に、ゆみは瞼が重くなるのを感じた。少し、疲れているのかもしれない。
「先輩?」
「ん、すまない……少し、疲れてしまったみたいだ」
「無理しないで下さい。何なら私の膝を貸すっすよ。いえ、むしろ借りて下さい」
「お、おい、モモ……」
 ゆみは半ば強引に体を横にされ、頭を桃子の膝の上に乗せる格好となった。
「えへへ、先輩に膝枕っす」
 見上げれば、そこには桃子の笑顔。見ていると、こちらまで笑顔になる。
「それじゃあ、お言葉に甘えさせて貰うよ」
 桃子の好意に甘え、身体の力を抜く。目を閉じると、何故だか急に疲労感が湧き上がり、ゆみを眠りへと誘おうとする。
「……先輩?」
「……ん……」
「もう、寝ちゃったっすか?」
「…………」
 答えようとするが、上手く答えられない。桃子の声が酷く遠くに聞こえて、意識が急速に朦朧としてゆく。

「先輩」

「…………」

「私、本当に幸せでした」

「…………」

「先輩が居なかったら、私はとっくに消えてたと思います」

 何を言っているのか、上手く聞き取れない。

「私はもうすぐ――――でも、先輩には――――」

 何も見えない。何も聞こえない。何も感じられない……


『大好きっす』


 全てが落ちる瞬間、その言葉だけがはっきりと届いていた――

  *  *  *

「――――――――」
 いつの間にか眠ってしまったらしい。起きたばかりの頭で、ゆみはそう考えた。
「……私は……」
 未だに意識が朦朧としているのか、自分が何故部室に居るのか思い出せないでいた。
「……まあ……いいか……」
 思い出せないという事は、きっと大した用事ではなかったのだろう。ゆっくりと体を起こし、欠伸を一つする。体を伸ばし、深呼吸をすると、強張っていた体が徐々に目覚めてきた。
「……帰ろう」
 もうこれ以上、この場所に用は無かった。ゆみは立ち上がり、出口へと足を進める。

 灯りを消して部屋を出る。そして部室には、誰も居なくなった。

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最終更新:2009年12月10日 22:01