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唐突でしかも空気読めてないですが、咲和SSを投下させていただきます。
少しグロかもしれませんが、ご容赦ください。


604 :名無しさん@秘密の花園:2009/12/27(日) 19:17:19 ID:OekteuRk
 彼女に身体を噛まれるたびに、甘くて苦い涙が溢れる。



 私の。呟くような音が、私の鼓膜を振るわせる。その1秒後、私の皮膚が彼女の歯を感じる。
それは舌のようにするすると肌を滑った後、ゆるゆるとしかし確実に、私の肉に食い込んでくる。
うぅ、と私の喉が漏らすのと、ふふ、と彼女の頬が笑うのがほとんど同時だ。ん、ん、と彼女は
まるで遊ぶように、焦らすように、私の肉を咀嚼し続ける。私の肉に歯を突き立て続ける。ぬら
りと私の皮膚を、彼女の唾液が伝っていく。鈍い痛みの中で、私はおどおどとしながら、彼女
の頭を抱きかかえるべきかどうか迷っている。
 やがて満足した彼女は、まるで満腹になった仔犬のように、にこやかに顔を上げる。そこには
邪気のかけらもない。ごく自然に、彼女は私と目を合わせる。そして僅かに首を傾け、瞳にふ
わりと笑いかけながら、彼女はまるでこんにちはを言うように私に伝える。私のだからね。その
響きが私に伝わったのを確認して、微笑みながら彼女はまた噛み場所を探す。
 残る鈍痛の中で、私の頭の奥の方から、じんわりと涙が降りてくる。しかしそれが嬉しさなの
か悲しさなのか、私にはよくわからない。それでも甘くて苦い味の涙が、瞼の奥から湧き出してくる。




「原村さん」
 宮永さんはいつも、私の後ろから声をかける。彼女が先にいることはまずない。だから私は、
毎朝軽い不安と恐怖に付きまとわれる。この道を歩いていて、このまま後ろから声を掛けら
れなかったらどうしよう、と。
「おはよう、原村さん」
 毎回の不安は、今のところは毎回の杞憂に終わっている。活動的でないわりに病弱では
ない彼女は、1日の遅刻もなしに、毎朝私に声をかけてくれる。おはよう。1瞬遅れて応える
頃には、彼女は私の隣に並んでいる。
「ねえ、今日の朝何食べた?」
「昨日と同じです。食パンに蜂蜜」
「そうなんだ。美味しいよね、蜂蜜って。でも使いすぎると太るよ」
 私は今でも彼女に敬語を使っている。
 文学少女である彼女と麻雀以外の趣味を特に持たない私との間に、何か知的な会話が発
生することはあまりない。今日の寝起きのことや、朝食のことや、共通の知人の噂話などの
特に意味のない会話が、私と彼女の数センチの間を行ったりきたりするだけだ。それでも、
その時間はとても幸せだ。ずっとずっと、このまま道を歩いていたくなる。地球を何周でもし
てみたくなる。
 麻雀やセックスのときの、苦味の混じった甘みとは、それは全然違っている。
「宮永さん」
「なに?」
「そろそろ、名前を呼んでくれる気になりましたか?」
 私がそのことを口にするたび、彼女の顔は真っ赤になり、半歩ほど私から離れる。私は
毎回くすりと笑って、それを隠すためにつんと前を向く。
「私のことを」
「は、原村さん!」
 ほとんど叫ぶように、彼女は私の言葉を遮った。
「だ、だって変じゃない。そんな、名前で、なんて……」
「……そういうものですか?」
「だって、私が原村さんを好きになったとき、原村さん、って呼んでたから。の、の、和、って呼
 ぶの、なんかその、ちょっと……」
 大げさにため息をつこうと思ったけれど、そこまで彼女を追い詰めるつもりもなかった。どちら
にしろ、名前で呼び合うことにそれほどこだわりはない。ちらりと隣を横目で見ると、彼女は真っ赤
になって、何かを呟きながら歩いている。弁解でも考えているのだろう。
「わかりました。じゃあ気が向いたら、私を名前で呼んでください」
 ばっ、と彼女は顔を上げた。私はそれを待ち構えて、しっかりと目を合わせる。そして安心さ
せるように、にこりと微笑む。
「ね。宮永さん」
 咲さん、とは言わない私に、彼女は顔を赤くしながらもふわりと微笑んだ。 

 姿見に映る私の身体は、多分見る人によっては痛々しさを感じさせるほどに、彼女の噛み
痕で溢れている。それは赤く、青く、黒く、まだらの蛇のように私の身体に巻きついている。
黴の生えたパプリカみたいだ。頭の隅でちらりと思う。その想像は、しかしそれほど私を嫌
な気分にさせなかった。宮永さんがくれたものを忌避する思考は、私にはない。逆に私の
身体が、宮永さんの見えない何かで、しっかりと包まれたような気分にもなる。それはとて
も素敵なことだと思う。
 腰の辺りの痕を指でなぞる。僅かなでこぼこを指が感じる、と同時に、鈍痛が身体の内
部から湧き上がった。そのぼんやりとしていて存在感のない痛みが、私の脳に電気を送る。
途端に吐息が唇から漏れる。私はそのまま、指を肌伝いに胸の辺りに持ち上げた。ピア
ノに指をすべらせたときのように、種類の違うなだらかな痛みが、私の内部を伝わっていく。
頭の電気が、耳の刺激も呼び起こす。私の。私のだからね。私のだよ。私のものだね。
いくつものいくつもの痕から、いくつものいくつもの囁きが、私の身体を使って再生される。
宮永咲が数十人集まり、私の周囲に群がっている想像が、ふいに浮かんだ。その他愛
ない妄想に、思わず微笑んでしまう。
 以前とは形も色も少しづつ違っている乳房に、軽く手を置いた。それだけでどくんと身体
が疼いた。それは宮永さんに噛まれて、その余熱がまだ燻っているあたりよりももっと奥
の方、すなわち内臓や骨盤のあたりから、じくじくと発生していた。身体中の血管内を、
宮永さんの唾液が暴れながら通り過ぎる。私の内部で宮永さんの何かが、壁を突き抜
けようとぐるぐると駆け回る。その妄想を押し殺して、私は右手で左の乳房を僅かに押した。
それだけで、きりりと痛みが走る。それは甘く酸っぱく、私の身体を愛撫のように駆け抜ける。
 赤と青と黒と白が斑模様を描いているその乳房は、宮永さんが最も噛んでいる場所だ。
そのただの鬱陶しい巨大な脂肪の塊に、宮永さんは私からすれば異様なほどに執着した。
だから自分の手で触れるだけで、そこへの無数の愛撫が、いや、私が拒めば途端に陵辱
になるそれが、自然と思い出された。頬擦りする。咥内に含む。瞼に挟む。噛む。噛みつく。
乳首に歯を擦り付ける。悲鳴に構わず、噛み締める。噛み締めながら、吸いたてる。乳房を
噛みながら、逆側の乳房を抓る。足の指で乳首を挟んで、足ごとぐりぐりと押し付ける。
私は悲鳴を上げたり、逆に嬌声を上げたり、歯を食いしばったりしながら、ただその愛撫を
受けている。宮永咲が原村和を所有するための作業に、酔いしれている。
 腹部が発熱していることに、私はようやく気がついた。そこを弄りそうになる右手を睨みつ
けながら、私はため息をついた。火傷するくらいに熱いシャワーを浴びようと思った。

あれは4度目の口付けの際だった(私は口付けの数を未だに数えている)。私はまるで義
務であるかのように、口付けの、いや口付けから数秒前あたりから、必ず目を閉じていた。
だから、その時。皮膚に熱い何かを感じて、またその行為に対する慣れも手伝って、うっす
らと瞼を上げてみたとき。普段と変わらない目が、急に間近に飛び込んできた。思わず私は
身体ごと顔を離した。あ、と空気が抜けたような呟きが聞こえた。私の頭を支えていた彼女の
右手が、ゆらゆらと宙を掻いていた。
 どうしたの、と彼女は困ったように言った。私は右腕を口の辺りに持っていった。頭に酸素
が足りない気がした。どうして。呟き声だった。少し首を傾けた彼女に、私はまたどうして、と
呟いた。呟くたびに触れる上と下の唇が、なぜだか甘さを感じていた。どうして、目を、開いて
いるのですか。単語ごとに区切られた、奇妙な言葉だった。それだけ言うと、私は顔ごと俯いた。
不意にそれが口付けをやめる理由になっていないと気付いたからだ。彼女はああ、と合点が
いったとばかりに、微笑んだ。そこでようやく気付いたのか、右腕を降ろした。だって、勿体無
いから。微笑んだまま、彼女は言った。私は思わず顔を上げた。どんな時でも。うん、寝てる
ときでも、キスしてるときでも、食べてるときでも、私は原村さんの顔、見ていたいから。そうで
すか。私は言った。きっと嬉しくなるべきことだと思った。微笑んで謝罪しなければならないと
思った。それでも、身体はそうは動いてくれなかった。心臓はそのように鼓動を打たなかった。
何か名状しがたい恐怖にも似た不信感が、小さな子どもが暗闇に怯えるような心地が、私を
縛り付けていた。それは初めて彼女が役満を上がったときに感じたものに似ていた。
 そんな私に気付かずに、瞼の裏に原村さんの写真を貼ってみたいな、と彼女はにこりと
笑った。可愛らしい、無邪気な笑顔だった。



 幼い頃に読んだ漫画や小説では、恋というものははもっと良さそうに描かれていた。何か
その状態になっただけで幸福になれるような、ふかふかの羽毛布団に包まれているような。
自分が好きになった相手が自分を好いてくれる心地というものは、きっと麻雀で勝つくらいに
は素敵な感触なんだろうと、私は自然に思っていた。
 幸せなのは幸せなのだ。二人での登校時間や、彼女の読書を眺める時間。それらは確
かに、入学式の桜のような暖かさで、私のことを包んでくれる。これ以上は何もいらない。
時間が止まればいい。そのようなことを感じさせてくれる。でも、そのようなふわふわとした
ものではなく、宮永さんが深く深く、内臓に染み入るような強さで私を愛しているとき。私が
愛されていると感じるとき。その暖かさはまるで刃のような鋭さで、私に襲い掛かってくる。
甘さと苦さが一緒になり、私の心に溢れてくる。
 私は毎晩考える。宮永咲とは何者だろうと。物静かでおっとりとした文学少女なのか、そ
れとも文字通りの化物なのか。私が愛している者か、それとも怯えている者か。それさえ分
かれば、私は彼女を愛することも、恐怖することも容易くなるのに。私は毎晩思い出す。
彼女に初めて麻雀で敗れたときの、あの背筋を凍らされるような感触。顔を赤くし、身体を
縮ませながら、私に恋文を差し出した瞬間の空気。天江衣を敗北せしめた瞬間の、彼女の
底の知れない瞳。私の頬をぎゅっと噛んで、これもあたしの、とゆっくり笑ったときの吐息。
甘さと苦さを交互に出して、私の心は凍りつく。宮永さんにだったら、全身が真っ黒になるく
らいに噛まれてもいい。でも麻雀で負けたくはない。化物になら負けてもいい。でも、私の
身体を自由になんてされたくない。
 化物の影で笑う彼女と、彼女の隅に佇む化物が、毎晩私を苛んでいる。

「……どうしたの?」
 行為の直後だった。彼女の心配そうな顔が、私を覗き込んでいる。喘がされて、または叫
ばされて弾んだ息も、数分前に戻りきったときだった。やけに不安そうな彼女の顔に、私の
ほうが心配になる。なにかついているのだろうか。気だるい身体を起こそうとすると、その直
前、彼女が私の顔に顔を近づけてきた。
 ぺろり、と目を見開いたままで、彼女は私の頬に舌を這わせた。ぺろり。ぺろり。3度舌だ
けで頬をなめると、しゅるりと何かを吸い込んだ。その感触と逆側の頬の具合で、私はよう
やく自分が涙を流していたことに気づいた。
 彼女は時間をかけて、ゆっくりと頬と眼窩に溜まる涙を吸い取っていった。私は仰向けに
寝たままで身動ぎもせず、それを感じていた。
「どうしたの」
 私の涙をすべて舐めとって、先ほどよりもさらに深刻そうに、彼女は私の瞳を覗き込む。
目の縁が赤い。行為のときに私が握り締めていた左腕が、赤く鬱血している。瞳が、小さく
黒く私を射ている。
 甘い疼きと苦い痛みが、私の胸を満たしていく。
 何も言えない私に、彼女は今度はゆっくりと両手を伸ばした。停滞させず逸りもせず、
私の頬を包み込む。そして同じ速度で、黒い瞳が降りてくる。私を押しつぶすように、ゆっく
りと確実に降りてくる。私も目を見開いて、それを見ている。僅かに被さった彼女の身体が、
さきほどの噛み痕に当たって、じくりと存在を主張した。
 ちゅ、と一瞬、唇が唇に触れた。1秒後、もう一度触れる。2度、3度。幼子の口付けの
ように、唇だけで僅かな時間、互いの唇を感じ合う。瞬間、ぎり、と彼女が私の鎖骨の噛
み痕を、指で抓った。ひ、と私の口が痛みに開く。彼女が微笑む。まるで私のその声を
飲み込むように、彼女は微笑んだまま、口を大きく開いた。そしてそのまま、私の口の
辺りに被りつく。ライオンや狼や、もしかしたら伝説の怪獣が獲物を噛み締めるときの
ように、彼女は私の顔の下半分に噛み付いたのだ。舌が口の周辺に唾液を送り込む、
と同時に、頬骨と顎が、歯と歯にぶつかった。ごり、という音が頭に響く。しかしさすがに
いつもよりは強くない。びくん、と自分の背骨が震えるのが分かった。それは快楽か、
それとも恐怖か。考えられない。刺激に慣れかけるたびに、少しだけ彼女は噛み場所
を変えた。頬骨から頬そのものへ。鼻へ。筋肉へ。ぎりぎりと噛み続ける。吐息で顔の
下半分が燃え上がりそうになる。もう彼女の身体のどの部分も、私の身体に触れてい
ない。ただ彼女の口の中で、私の口が捕食される。ぎりりぎりりと噛まれている。
 数時間にも思えたきっと数分後に、ゆっくりと彼女は顔を離した。いくつかの涎の筋が、
私と彼女を繋いでる。しかし彼女はそれをいともあっさりと、口を拭うことで断ち切った。
そして彼女は笑った。それは妖艶にも、繊細にも、また稚気のようにも感じられる笑顔だった。
「私の」
 言うと、今度は喜色を満面に浮かべた。
「原村さんは、私の。涙も唇も何もかも全部全部、私の」
 心が溢れる。甘くて苦い涙で、私の全部が毀れてしまう。宮永さんが愛しくて。彼女が
怖くて。でも、どうしようもない。私は既に囚われている。彼女に囚われている。初めて麻
雀を打ったときに。隣にいる彼女の存在感に気付いたときに。だから、私の心は涙を流す。
それしかできないから。愛しくても、怖くても、もう私に出来ることはそれだけだから。だって、
きっと耐えられない。どれほど引き裂かれそうになったとしても、宮永咲のいない世界に、
もう私は耐えられない。全国に行こう、と言われた日から、私の心は捕まったのだ。蜘蛛
に捉えられた、哀れで醜い蛾のように。
 また頭の奥から涙が来そうだったので、今度は私が身体を起こした。笑顔の彼女の頬に、
私から齧り付く。そして擽ったそうにする彼女の肩を、私はぐっと抱きしめた。
 私の。耳元で呟いた。甘くて苦い涙が、喉を伝って胃に落ちた。

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最終更新:2010年01月11日 17:15