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SS出来たので投下します。個人的期待の新キャラ、渋谷尭深のお話です。
原作でもまだ性格も喋り方も分からないのでそこら辺の設定は妄想過多気味注意。
大体 尭深→菫×照 みたいな感じで


616 :琥珀の想い:2009/12/28(月) 06:40:34 ID:/PFt8eoN

 それは、一年前の出来事――


「…………」
 渋谷尭深は、誰も居なくなった対局室に一人佇んでいた。陽は沈み始め、伸びる影が濃さを増す。そうして、尭深は思い出したかの様に歩き出すと、一つの卓の前に立った。
「…………」
 その卓は、その日行われた、白糸台高校麻雀部・一軍二軍交流試合にて、彼女が最後の試合で使った卓――初めて、宮永照と対局した卓だった。
「…………」
 力の差は知っていた。それでも、何とか付いていきたかった。しかし結局、照の圧倒的な暴力とも言える打ち筋に打ちのめされた。
 ――麻雀に絶望がある事を、初めて思い知らされた。
「……ッ」
 思い出す度に、背筋が寒くなる。視界が滲む。あの恐怖から、少しでも早く逃げ出したい。……では、何故自分はまたここに来ているのか? 何故また、自ら恐怖しに行く様な真似を――
「誰か居るのか?」
 突如聞こえた声に、尭深は俯いていた顔を上げた。零れそうになっていた涙を拭い、声のあった方へと目を向ける。
「こんな時間まで何をしているんだ? 今日の活動は終わったのだから、早く帰りなさい」
 声の主――弘世菫はそう告げた。
「、あ、あの」
 菫の登場に、尭深は声を上擦らせる。チーム虎姫の中でも照に次ぐ実力者と称される菫は、その端麗な容姿も有り、部内でも憧れの対象に挙げられる事が多い。
 そんな彼女が急に目の前に現れた所為か、尭深は自分の顔が赤くなるのを感じていた。
「……ん? 君は……」
 そんな尭深を見て、菫は何かを思い出す様に首を傾げる。ややあって、解決したとばかりに声を上げた。
「君は――確か、今日の試合で照と打った子だね」
「えっ……あ、は、はい」
 思わぬ菫の言葉に、驚きながらも尭深は答えた。何故、菫はそんな事を覚えているのかと疑問に思った。
「――済まない事をしたね。照には私の方から注意しておくが……さて、アイツが聞くかどうか……」
「……?」
 意味が分からなくなる。何故今日の試合の事で、菫が謝るのか。
「全く、照のヤツ……幾ら機嫌が悪かったからといって、あんな乱暴な打ち方を……あれでは全国で足元を掬われかねないぞ……」
「……あの、仰る意味が、よく分かりません……」
 愚痴る様に呟く菫に、尭深は尋ねた。
「ん? ああ……まあ簡単に言うと、照はその時の気分で打ち筋が変わりやすいんだよ。今日は特に酷かったけどね」
「え……」
「憂さ晴らしというヤツかな。打ったのが一試合だけで良かったよ。……まあ、君からすれば災難だったと思うが……」

 菫の言葉に、尭深は呆然とする。
――少なくとも、自分は全力で打っていた。それでも照にとっては、憂さ晴らしで乱暴に打って何とかなる程度のモノにしか感じられていなかったのか――
「…………っ」
 ここで初めて、尭深は悔しいと思った。今まで感じていた照への恐怖が、麻雀で負けた事へと悔しさへと変わっていく。唇を噛み、スカートの裾を握りしめる。
「……弘世、先輩」
「ん?」
「私、宮永先輩に、勝ちたい、です」
 決して大きくはない声。しかし、尭深ははっきりと言った。その言葉を聞いた菫は微かに眉を上げる。
「……へぇ」
 かつん、と菫の靴底が床を叩く。と、見る間に菫は尭深との距離を詰め、その身を屈ませ、尭深の顔をじっと見つめた。
「、え、」
 菫の突然の行動に、尭深は困惑する。が、菫の真っ直ぐな視線に釘付けにされた様に、身体が動かない。
「…………」
 どの位見つめられていたのだろう。尭深の顔は、自分でも分かるくらいに真っ赤になっていた。
「あの、あのっ、」
 緊張の所為か、声も上手く出せない。金縛りにあったかの様に尭深が固まっていると、不意に菫の目が微笑んだ。
「ああ…済まない。珍しくて、つい見つめてしまった」
 尭深の緊張が解ける。同時に、身体の力が抜けた様に、尭深はよろよろと卓にへたり込んでしまった。
「おっと、大丈夫か?」
「は、はい…」
 緩慢な身体の動きとは裏腹に、心臓は早鐘の様に脈打つ。差し出された菫の手を取り、ゆっくりと身体を起こす。
「あの、弘世、先輩」
「ん?」
「さっきの言葉、なんですけど」
 尭深は、菫のある言葉に疑問を抱いていた。
「『珍しい』、って、何ですか……?」
「……ああ、その事か。――いやなに、君が照に勝ちたい、なんて言うものだからね」
 ふ、と菫は微笑む。
「今まで、照に打ちのめされた者達は多い。それが原因で退部する人間だっている。圧倒的な力の差を感じ、上を目指す事を諦める者を、私は何人も見た」
「…………」
「そんな中、君は勝ちたいと言った。その思いが揺ぎ無いものならば――きっと君は、今よりずっと強くなれると私は思う」
 菫の言葉に、尭深は再び顔を赤くした。何だか自分には勿体無いような評価に思える。
「そんな事、ない、です…… 私なんて、まだまだ……」
「謙遜はいけないな」
 ここでまた、菫の顔が近付く。さっき見つめられた時よりも、更に近い。
「自信を持ちなさい。我々一軍メンバーは、いつでも君達を待っているよ。――それに」
 ふわり、と菫の長髪がなびく。

「――君みたいな可愛い子が虎姫のメンバーになってくれると、私はとても嬉しい」

 そう、耳元で囁かれた。
「っっ、っっ……――!?」
 尭深の身体を、言い知れぬ衝撃が奔った。菫のハスキーで、それでいて甘みを帯びた声が脳内で乱反射している。きっと今、自分は顔と言わず全身が真っ赤になっているんじゃないだろうか。
「え、あの、あのっ」
 混乱する尭深の頭を、菫の手が優しく撫でる。それだけで、尭深は頭が痺れる様な感覚に陥る。
「怖がらなくていい。私はただ、ありのままの感想を述べているだけだよ」
 吐息がかかる程に、菫の顔が迫る。反射的に後ずさろうとして、尭深の背中は卓にぶつかり、そのまま上半身が卓の上に寝転がされる。
「あ、ぅ、あ、ぁ……」
 さらり、と菫の髪が卓の上に広がる。見上げる菫の顔は、同性から見てもひどく美しく見え、尭深は目を離す事が出来なくなっていた。
「目、閉じて」
 菫の言葉に逆らう事が出来ず、尭深は目をきつく閉じる。その時、ふと鼻をくすぐる良い匂いが、菫のものだと理解する。
(あ、あ――)
 尭深はこれから自分が何をされるのか、おぼろげながらに想像する。それでも、彼女なら――と、尭深は菫に全てを委ね――

「……………………おい……………………」

 地獄の底から湧き上がる、悪魔の呻き声――そう感じた尭深は、全身の血の気が一気に引くのを感じ、目を見開いた。
 そこで尭深が見たものは、やれやれといった表情の菫と、その菫の頭をがっしりと掴む手の先にいる――照の姿だった。
「おお、照。こんな所に来て、どうしたんだ?」
 全身から怒気――否、殺気を放つ照を見て、菫は事も無げに話しかける。
「…………お前、忘れ物って、『コレ』の事だったのか」
 射殺す様な照の視線が尭深に突き刺さる。その迫力に、尭深は思わず「ひっ」と短い悲鳴を漏らした。
「誤解だぞ照。この子とは忘れ物を取りに来た時に偶然会っただけさ」
「…………へぇ、偶然で女一人、卓に押し倒すなんて事があるんだな」
「ああ、全く偶然というのは恐ろしいな――痛いぞ、照」
 菫の頭を掴む照の手に、力が入る。それでも菫は飄々とした態度を崩さずに、照の方へと向き直った。
「――済まない、照。待たせてしまった」
「――待ったよ、菫。待ちくたびれた」
 その会話の一瞬――照の表情が拗ねた子供の様だと、その時の事を尭深は後に思い返した。
「分かってるな、菫」
「分かってるさ、照」
 それだけ言うと、二人はごく自然に――唇を重ねた。
「…………!!」
 色々な事が一度に起こりすぎて、尭深にはもう何が何だか分からなくなっていた。声を上げる事も体を動かす事も出来ずに、二人のキスシーンを呆然と見つめる。
「ン――ふぅッ……」
「ちゅぷっ……んんっ」
 そんな尭深には目もくれず、二人は深い口付けに没頭してゆく。舌を絡ませ、指を絡ませ、二人だけの空間を作り上げる。
「――ん、っと。ちょっと待った、照」
「……何」
 突然キスを中断した菫に、照は不満を露わにする。
「キスをするのは構わないのだがな、生憎と人前でいつまでもするというのは些か問題があると思うんだ」
「どうでもいい……」
「そうは言うがな。私だって花も恥らう乙女なんだ。これでも結構恥ずかしいと感じてるんだぞ」
「菫は冗談が下手だな」
「酷いな」
 一転して軽口を叩き合う二人。尭深はそんな二人をただ見る事しか出来なかった。

「――で、だ。菫、忘れ物って何」
「ああそうだ。忘れていた」
「……おい」
 非難する様に菫を睨む照だったが、気にした風も無く、菫は対局室の奥へと歩いていく。そして、部屋の隅にあるテーブルの上に置かれたペットボトルを持ち、颯爽と戻ってきた。
「お待たせ」
「何だよ。そんなモノ、幾らでも買えばいいじゃないか」
「そんなもったいない事出来るか。私は倹約家なんだ」
「ああそうかい」
 はぁ、と照は溜息をつく。そんな照を菫は楽しそうに眺めていた。
「邪魔したね」
 と、急に菫は尭深に話しかけた。
「えっ、あっ、いえ」
 むしろ邪魔をしていたのは自分の方ではないか、と尭深は思った。目の前の二人の存在感が強すぎて、最初から居たはずの自分がとても薄く見える。
「しかし、本当に大丈夫か? さっきからずっと顔が真っ赤だぞ」
「ぇ……」
 尭深は慌てて自分の顔を触ると、自分でも信じられないくらい熱くなっていた。その大部分は、恐らく菫と照の所為なのだが……
「そうだ、これでも飲んで落ち着くといい」
 と、菫が尭深の前に持ってきたペットボトルを差し出す。容器の中で薄い琥珀色の液体が揺れた。
「えっ」
「緑茶にはリラックス効果があるんだ。私達はもう行くから、落ち着いたら君も早く帰りなさい」
「あ、は、はい……」
 菫は尭深にペットボトルを渡すと、照の方へと向き直る。そのまま照の手を握り、二人は出口へ歩いていく。
「……おい、倹約家が何だって?」
「気にするな。それより、今夜は寝かせないからな」
「……言ってろ」
 軽口を言いながら、二人は対局室から去っていった。尭深は、最後まで立ち尽くす事しか出来なかった。
「…………」
 尭深にとって、嵐の様な一時だった。鼓動は未だに鳴り止まず、体の熱も引きそうに無い。そこで、ふと菫に貰ったペットボトルを思い出す。
(これでも飲んで落ち着くといい)
 菫の言葉を反芻する内、尭深は無意識にそのお茶を飲んでいた。
「……っ、ン――」
 喉をコクコクと鳴らして、一気に流し込む。お茶と一緒に、今日の出来事も飲み込んでしまいたいと言わんばかりに。
「けほっ……」
 何度か咽ながら、お茶を飲み干す。大きく息を吐いて落ち着こうと考えるが、やはり中々冷静になってくれない。
「――ぁ」
 そこで、ふと気が付いた。その瞬間、また尭深は鼓動は速くなるのを感じた。今日の自分の心臓は、働き過ぎだと思った。

「弘世先輩、嘘つき、です」
 リラックス効果どころか、体の火照りは増すばかりだった。
「間接、キス……」
 自分で言って、恥ずかしさに床を転げまわりたい気分になる。胸が締め付けられる様に苦しく、しかしそれが心地良くも思えてくる。
「……弘世、先輩……」
 その名を呼ぶ度に、鼓動が速くなる。きっとこれは、憧れを超えた感情――
「ひろせ、せんぱい……」
 しかし、そこでも尭深は大きな壁に当たる。
 ――宮永照。
 麻雀だけでなく、こんな所でまで彼女と当たるなんて。しかも、どちらも酷く分が悪い。しかし――
「――私、頑張ります」
 誰でも無く、自分に誓う。麻雀でも何でも、もう最後まで諦めたくない。
「――絶対、負けません」
 尭深は開け放たれたままの対局室の扉を見据え、もうとっくにこの場所を去っていった菫に向かって、深々とお辞儀をするのだった。



 そして現在。
「…………」
 チーム虎姫の部屋に入ると、まだ誰も居なかった。尭深は鞄を置き、一人準備を始める。
「……ふぅ」
 熱いお湯で淹れた緑茶が、尭深の喉を潤す。あの日からだろうか、こうしてお茶を飲む習慣が付いたのは――
「おはよう、渋谷」
 扉を開けて、菫が部屋に入ってきた。その顔を見るだけで、尭深の頬は少し赤くなってしまう。
「おはよう、ございます」
 ぺこりとお辞儀をして、挨拶する。急いでお茶の用意をすると、菫にそれを渡す。
「どうぞ」
「ああ、ありがとう」
 菫はそれを受け取ると、ふぅ、と熱を冷ましながら少しずつ飲んでゆく。
「――うん、やっぱり、渋谷の淹れてくれたお茶が一番美味しいな」
「ありがとう、ございます」
 部活が始まる前、尭深と菫は他のメンバーよりも部室に来るのが早い事が多く、二人きりになる事が多い。この時間が、尭深が密かに楽しみにしている時間だった。
 それは長くは続かない時間だけれど、だからこそ大切にしたい――
「おはようございますー」
「……おはよう」
 しばらくすると、チーム虎姫のメンバーが集まり、部活が始まる。

「お願い、します」

 宮永照にはまだ届かない。それでもいつか、届いてみせる。
 そして、彼女は今日も打つ。その大人しそうな外見とは裏腹に、熱い闘志を内に燃やして――



  了

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最終更新:2010年01月11日 17:23