――正解のない答え――
「はぁ~。」
溜息は空に消える。
和が立ち去った。私に追う気はなかった。
今追いかけたら、和が壊れてしまいそうだった。
わかったことはある。
和は今も、咲を好きだって。
でも…。結局なにも変わらなかった。
本当に無力でちっぽけ。
「はは、ははは…。」
自嘲気味に笑いが出た。
「…あら。」
ホテルへと向かう途中、見たことがる人がいた。
見たことがあるというのは文字通り、私が一方的に知っているということで、彼女は私のことなんて知らないだろう。
せっかくここまで来たんだから、と自分を奮い立たせ彼女に話しかける。
「あの、清澄高麻雀部の竹井っていうんですけど、あなたは…」
もしかしたら、彼女のことを聞けるかも知れない。
咲の姉、宮永照のことを。
「白糸台の弘世さんですよね?」
* * *
最近の照の様子がおかしいことには気づいていた。
それを直接聞いたりはしなかったが、なんとなくわかるような気がする。
最初、麻雀部で会った時と、今で、原村は変わった。
照と似ていると思ったあの時と今。
照に似ているような面影がすべて消えたわけではない。
でも、原村は照とは違う。
悶々と考えながら歩いていると、後ろから声が掛けられた。
「あの。」
振り向くと、そこには清澄の麻雀部の部長が立っていた。
全国大会で、照の妹の清澄が出場することを知って、少し調べておいたからすぐに分かった。
でも、普通に考えて、全国大会常連で優勝候補と呼ばれていた私達が、知っているわけないと考えたのか彼女は自分の紹介をして、そして私に確認をした。
「白糸台の弘世さんですよね?」
そして今は私達は喫茶店にいる。
探り合っているのか、お互い注文したきり喋ろうとしない。
注文していたものが届き、彼女はカップを手に取り、口に運んだ。
「熱っ。…いや、私ちょっと猫舌なんですよ。」
竹井はそう言って笑った。
私はカップに視線を落とした。
「あの、うちの麻雀部に宮永咲という人がいるんですけど。」
彼女はそうして話を切り出した。
宮永咲。照の妹。
そしておそらく宮永照狂わした原因。
「そっちにいる宮永照さんとは姉妹ですよね。」
「本人は否定するけど、そうだと思います。」
一口飲んでから答えた。
彼女はスプーンでカップの中を混ぜていた。
「照さんのこと教えてくれませんか?」
「知ってどうする?」
知ったところで何もできない。
それを思い、口調が重くなった。
「どうするって言われてもね。」
私が敬語を崩したからか、彼女も敬語をやめた。
彼女はかき混ぜていたスプーンを止めた。
「気になるのよ。照さんの目が和に似ていたことがね。」
こいつも気付いてる。
照が原村に似ていることに。
なぜ?どうやって?
「和に会いに行った日、照さんにも会ったのよ。」
そんな私の気持ちを見越したように彼女は話す。
原村に会いに行った日だと…?
まさか…。
「河原でね、咲と一緒にいたら、偶然現れたのよ。」
「そ、その時照は?」
思わず聞き返していた。
全国大会で、照は妹と遭遇したらしい。
ロビーから消えた照を探していると、妹に会った。
いや、見たという方が正しい。
原村が泣くそいつを抱きしめていた。
その後、見るけた照はおかしかった。
「ははは…は、ははは…!」
狂ったように笑うのだ。
泣きながら、それでいて、嬉しそうに。
今まで照と付き合ってきて初めてだった。
そして恐れた。
妹と何かあったのはすぐにわかる。
でもその何かを私は聞けなかった。
妹と会うことが照の何かをおかしくしてしまってる。
「よくわからなかったわ。彼女は私を見ることはなかったわ。ずっと咲だけを見てた。」
竹井はカップを口に運ぶ。
今度は冷めていたのだろう、普通に飲んでいた。
「そして咲に手を伸ばして、けど、途中でやめて帰っていったの。まぁその時、咲は泣いてて、彼女の存在には気付かなかったみたいだけどね。」
少しほっとする。
もし、その時妹が照を意識していたら、また何かが起きてしまうのだろうから。
でも、照の行動に違和感を覚える。
手を伸ばした、ということは妹を求めたということだろう。
今までそんなことはなかったのに。
「彼女の行動はよくわからない。だけど、これだけはわかったの。照さんの目にも和の目にも悲しみがあるように私には見えたのよ。」
私は迷った。
今まで私は照のことを誰かに言ったことはなかった。
でも、この人はそこまで見えてる。
どうすべきか…?
カップを口に当て、彼女は私を見ている。
* * *
鼓動が速くなる。
家に着いてすぐに私は部屋にこもった。
部長の言葉の一つ一つが頭の中でこだまする。
咲さんが悲しんでいた。
麻雀をやめようとした。
今も、無理して笑っている。
あのマスコットを今も大切にしてる。
どうして?どうしてですか?咲さん。
悲しませてしまったのは、私。
麻雀をやめたいって思わせたのは、私。
今も無理に笑っている原因は、私。
咲さんを苦しめているのも、私。
なのに、なのにどうして?
どうしてあのマスコットを今も大切にしてるんですか…?
「咲は自分を責めてるわ。」
どうして自分を責めるの?
悪いのは全部私なのに…。
そして、どうして…?
「咲は、今もあなたのことが好きなのよ…!」
どうして、こんな最低な私のことを今も好きでいるんですか…!?
あの日、咲さんと部長を追い返した。
あれで、もう終ると思っていた。
嫌われると、思っていた。
『嫌われればね、諦められるよ。』
あの人が前に私に言った台詞。
それを言い聞かせていた。
でも、その言葉は、嫌われることが前提だ。
咲さんは、今もあのキーホルダーを大切にしてくれている。
今も…、私のことを好きでいる……。
私が苦しんでいる?
そんなことはない。ない。ない。
だってそうだ。今の私には淡がいる。
だから、苦しくなんてない。そんなことない。
強がってなんか、ない。
私はあのマスコットを持つ資格も、友達の資格も……、ましてや好かれる資格なんてない。
私は、淡が好き。好きなんだ。
苦しくなんてない。
* * *
「いえ、照さんのことをあまり知らないなら、いいんです。」
私が何も答えないからだろう。
彼女は、カップを置き、敬語に戻した。
「…照がおかしくなったのは、高2の時だ。」
賭けてみることにした。
私も知りたい。なぜ、照がおかしくなってしまったのか。
もしかしたら、何かヒントになるかもしれない。
そう自分に言い訳を並べて、私は自分が知る限りの照のことを話し始めた。
照を初めて知った中3の都大会。
白糸台高校入学。
彼女の麻雀への情熱。
そして高校2年生でのインターハイ制覇。
その後、どこかへ出かけ、帰ってきてからはああなってしまったこと。
一通り話し終えた時、彼女は聞いた。
「あなたには見当がついてるんでしょう。その高2の彼女の出かけた先を。」
きっと彼女もわかってる。
だから、私は頷いた。
「おそらく長野だろう。そしてそこで何かがあった。私はそう思っている。」
でしょうね、と彼女は言ってから、うーんと唸った。
「でも、変ね。咲はその時中3よね?」
「それがどうか?」
「咲にね、照さんとのことを聞いたことがあるの。でも、その時、咲は中3の時に照さんに会ったとは言ってないのよ。」
話はそこでつまり、おそらく終わった。
残った紅茶を口に運んだ時、彼女は再び口を開いた。
「弘世さん?あなたは…。」
* * *
「さーきちゃん!」
「咲!」
麻雀部に戻ってきて2か月たったかな?
あれから、優希ちゃんと京ちゃんと一緒に帰るのが日課になってた。
2人ともいつもの仲の良さで、漫才を繰り広げる。
だから私にも自然と笑顔が浮かぶ。
でも、気付いてた。
私が笑うと2人とも安心したような顔をすることに。
だから、なるべく笑うようにしてた。
麻雀部で和ちゃんの話をする人はいない。
きっと気を遣ってくれている。
だから、余計心配をかけたくなくて、前より笑うようになった。
それがいかにぎこちなくても、それでも、それが1番いいんだと思ってた。
あの日交換したキーホルダーは鞄に付けることはない。
だって落としちゃったらやだもん。
嫌われちゃったんだろうけど、私にとっては宝物だから。
だから絶対なくしたくなかった。
今もそう。
なんでかな?
私は好きだよ。和ちゃんのこと。
でも……。
世の中にはどうにもならないことはたくさんある。
これもきっとそのうちのひとつ。
好きでも、きっとどうにもならない。
* * *
「……菫?」
彼女と別れてすぐ、照から電話が来た。
今から来てほしい、と。
私はなるべく早く行こうと思った。
「弘世さん、あなたは、照さんのことが好きなのね。」
彼女は私に言った。
否定なんかしない。だって本当のことだ。
ただ気になるのは彼女のそのあとの言葉。
「でも……。いや、なんでもないわ。つき合わせて悪かったわね。いろいろ聞かせてくれてありがとう。」
彼女は『でも……。』のあと何を言おうとしたのだろうか?
私にはわからなかった。
ただ、照に会いたくなった。
だから電話が来たのは自分にとって幸運なことだった。
照はおそらく、私が会いたいと言っても会ってはくれないだろう。
照が私を求めた時だけ、私は会えるんだ。
きっと私と言う存在は都合のいい奴なんだろう。
ふっと鼻で笑った。
でも、私はそれでも構わない。
私は照が好きだ。
彼女にどう思われていようが、彼女が私を求めてくれるなら、それでもう十分だ。
* * *
「お、お疲れ。」
ホテルに行くともう藤田さんは先に居て、私を出迎えた。
私は今回のことのお礼をした。
藤田さんはふぅ~と息をついてこっちを見た。
「どうだった?」
「何も聞かないで。」
そう言うと彼女はもう何も聞くことはなかった。
わかったことは沢山あった。
和との会話。弘世菫との会話。宮永照のこと。
でも、何一つ変わることはない。
はぁ~……。
ベッドに体を預けた。
溜息が止まらない。
私は弘世菫との会話で、一つの考えが浮かんだ。
でも、それを口に出すのは躊躇われた。
実際の2人の姿を見たわけではないし、それはただの私の勘にすぎないと思ったから。
「あなたは、照さんのことが好きなのね。でも……。」
そうだ、答えなんてどこにもない。
きっと彼女の中ではそれが正解なんだろうし、私はそれは正解なの?と疑念を抱く。
でも、どれが正解かなんて誰にもわからないし、正解なんて存在しない。
でも、それでいいの?
彼女に言わずに飲み込んだ言葉を私は思う。
彼女の照に対する愛はなにか違うと私は思った。
でも、そんなこと言えなかった。
「お世話になりました。」
朝、私は藤田さんに頭を下げた。
彼女はいいよ、とぶっきらぼうに答えて、私の頭に手を乗せた。
「久、お前は頑張ったよ。十分だよ。だから、そんな顔するな。」
そのまま頭をくしゃくしゃと撫でながら彼女はそう続けた。
涙腺が一気に緩む。
でも、それをこらえて私は笑顔を作った。
長野駅にまこはいた。
ここまで迎えに来てくれたようだ。
彼女に手を振って近づくと、彼女は何も言わずに私を抱きしめた。
「まこ……。」
「約束したじゃろ。一緒に背負うって。」
まこの言葉で堪えていたものは溢れ出し、止まらなくなっていた。
まこはそんな私を抱きしめ続けてくれた。
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最終更新:2010年02月19日 01:15