125 名前:名無しさん@秘密の花園 mailto:sage [2010/10/17(日) 01:29:16 ID:36Ji0rff]
13のSSを書くつもりがちょっとシリアスになってしまいました…
空気読まずに投下しますが苦手な方はスルーして下さい
126 名前:名無しさん@秘密の花園 mailto:sage [2010/10/17(日) 01:29:41 ID:36Ji0rff]
丁度、夕陽がビルの向こうに沈んでいく所だった。
窓から見える街景色が茜色に暮れなずんでいたのを今でもはっきり覚えている。
麻雀部の部室にも西日が差し込み、長い影が落ちていた。
そこかしこに並ぶ雀卓の電源は切られ、
緑色のマットに並んだ牌の山は誰にもツモられないままひっそりと静まっていた。
他の部員達はもう帰った後で、そこにいるのは私と照先輩だけだった。
「照先輩が好きです」
下校時間を告げる校内放送が人気の無い校舎に響く中、
向かい合った照先輩に
白糸台高校に入る前から密かに温め続けた想いを告げた。
少し背の高い先輩を見上げると、赤みがかった髪が夕陽に映えて一際眩い輝きを帯びていた。
まるで美しい絵画のようだったが、目を合わせている内に私は胸が苦しくなるのを感じた。
先輩の瞳に何の感情も宿っていないことに、気付いてしまったから。
いつもと同じひんやりと冷たい静寂を湛えたその瞳には、
告白なんて無かったみたいに僅かな細波さえ浮かんでおらず、私は暮れなずむ部室のただの一風景に過ぎなかった。
この恋が叶うことはないと、自分自身随分から薄々わかってはいた。
それでもいざこうして目の当たりにすると、やはり涙がこみ上げて視界が滲んだ。
そのまま滴るような赤い西日の中で照先輩の輪郭があやふやになりかけたが、
それが嫌で私は手の甲で乱暴に涙を拭った。
せめて最後くらいきちんと自分の目で見届けたいと、そう思った。
「淡をそういう目で見ることは出来ない」
照先輩の口調は淡々としており、
私の気持ちに応えられないことに「ごめん」と謝るでもなく、
気持ちを伝えた私に「ありがとう」と労わりを示すでもなく、
ただ事実だけを述べる素っ気無さがいかにも先輩らしかった。
127 名前:名無しさん@秘密の花園 mailto:sage [2010/10/17(日) 01:30:18 ID:36Ji0rff]
「これからも好きでいていいですか?」
震えそうになるのを必死に堪えて声を掛けた私に
「好きにしろ」
と答えて背を向け振り向きもせずに歩き出す姿も、何もかも、宮永照というその人らしかった。
コンクリートの床を踏む固い足音が誰もいない部室で遠ざかってゆくのが、一つ一つはっきりと耳に届き、
部室に取り残された私はいやがおうにも失恋の悲しみを誘われた。
しかし、心は不思議と清々しかった。
憐憫の情など微塵も感じさせない照先輩の後姿を見ている内に、理由がわかった気がした。
私は先輩のひんやりとした冷たさが好きだったのだ。
誰ともなれ合わず、一人孤高を貫くその冷たさが。
とうとう一人きりになってしまった後で、私は憧れが憧れのまま残ったことが嬉しく思った。
恋は叶わなかったが、それでも良い。
ずっと照先輩のことを想い続けられれば、それで。
日が沈み、宵闇に包まれ始めた校舎に一人佇みながら
「好きにしろ」
という最後の言葉を、私はそっと胸の中にしまった。
128 名前:名無しさん@秘密の花園 mailto:sage [2010/10/17(日) 01:30:57 ID:36Ji0rff]
高校進学を考えた時に真っ先に頭に浮かんだのは、白糸台の名前だった。
理由は一つ。
宮永照がいたから。
全国一万人の頂点に君臨するその人に、憧れていた。
私が中学二年の時に当時高校一年生だった宮永照がインターハイで優勝して以来ずっと。
圧倒的な強さで相手を叩き潰し、たとえどんなに大差勝ったとしても決して笑顔を見せない。
ひたすら孤高を貫くその姿に一目で心を奪われ、彼女のようになりたいと思った。
あの頃の私は崇拝に近い感情を宮永照に対して持っていたのかも知れない。
なによりも、彼女は美しかった。
うなじにかかる赤みがかった髪も、冷たく射通すような眼差しも、すらりと伸びた手足も、
全てが美しく頭に焼き付いて離れなかった。
中学三年生で迎えた夏、高校二年生の宮永照がインターハイを二連覇したことでその崇拝の念はますます募り、
そして高校一年生になって白糸台の制服に袖を通して間もなく、狂おしい恋心へと変わった。
宮永照は想像していた通りの人だった。
口数は少なく、詰まらない冗談に愛想笑いすることなど絶対にしない。
滅多に感情を表さないが、心の起伏に乏しいわけでは決して無く、常に内に秘めた強い意思を感じさせる。
だから、その冷たい瞳に見つめられれば、誰もが無意識に目を反らした。
内に秘めた強い意志に気当たりして、深い海の底に連れていかれたような息苦しさを覚えることは、
経験した者なら皆知っている。
私もその一人だ。
129 名前:名無しさん@秘密の花園 mailto:sage [2010/10/17(日) 01:32:03 ID:36Ji0rff]
宮永照には思春期の少女特有の浮ついた危うさも、何かにつけて一喜一憂する弱々しさもなく、大人びていた。
全国有数の強豪校である白糸台の中にあってもその存在感は飛びぬけており、
研ぎ澄まされた抜き身を突きつけられているように、彼女の周りの空気だけは常に張り詰めていた。
私はそんな宮永照に憧れ、彼女のようになりたいと願った。
勿論、そう思う部員は私の他にも沢山いた。
その年の新入生のほとんどが、多かれ少なかれ宮永照に惹かれていたと思う。
無理も無い。彼女は全国一万人の頂点に立つ存在だ。
麻雀を志す者なら誰しも羨望の眼差しを向けざるを得ないし、それに美しかった。
切れ長の涼しい目元と肩口にかからないあたりで短く切られた髪が相まって一見少年のような印象を与えるが、
白い肌とほんのり朱がさした唇は紛れもなく年頃の女性のものに違いない。
二つの異なる特徴が同居して、どこか危うい色気を湛えた宮永照の姿は、
多感な女子雀士が熱を込めて見つめる条件を全て兼ね備えていた。
彼女が部室に姿を見せればそれだけで皆が袖を引き合ったし、
中にはお手製のクッキーやらケーキを焼いて差し入れする子もいた。
しかし、それは長くは続かなかった。
時が経つにつれて、同級生達は次第に宮永照を敬して遠ざけるようになっていった。
一途に想いを寄せるには、宮永照という人は孤高の存在過ぎたのだ。
彼女の目は常に高みに向けられ、取るに足らない私達一年生に優しい眼差しを向けることなど一度としてなかった。
報われない想いを寄せ続けることほど虚しいことはない。
同級生たちは宮永照に惹かれながらもその強烈な個性に屈し、淡い憧れを諦めていった。
130 名前:名無しさん@秘密の花園 mailto:sage [2010/10/17(日) 01:32:58 ID:36Ji0rff]
私もまた想いが報われない日々に疲れてはいたが、宮永照の世界に足を踏み入れたいと思い続けた。
とはいえ、魔物としか形容出来ない不可思議な打ち筋を真似ることは出来ず、いくら憧れようと近づくことは叶わない。
彼女の息遣いを間近に感じれば感じる程、決して縮まることのない心の距離がかえって浮き彫りになるだけだった。
あの頃の私は宮永照を振り向かせることが出来ない自分の弱さに歯噛みばかりしていた。
部活で同じ卓に座る度に、その魔物じみた打ち回しに翻弄される度に、切なくなった。
どうすればこの距離を縮められるのか。
どうすれば彼女の世界に足を踏み入れることが出来るのか。
彼女の瞳に私を映したい。
私のことを心のどこかで気にしていて欲しい。
そればかり考えていたせいで、気付くと
「照先輩」
と呼びかける声が切ない響きを帯びていた。
憧れはいつしか恋へと変わり、宮永照に近づきたい一心で牌を握り続けた私は、白糸台の団体メンバーになっていた。
131 名前:名無しさん@秘密の花園 mailto:sage [2010/10/17(日) 01:34:08 ID:36Ji0rff]
照先輩に告白したのは、西東京の予選が終わった翌日。
想いが実を結ぶことはなかったが、それでも私は清々しかった。
中学二年生の時に一目見て憧れた時のまま、照先輩が孤高を保ち続けていたから。
先輩はやがて迎えるインターハイで3連覇という決して塗り替えられることのない記録を作り、
私はチーム虎姫の一員としてその場に立ち会う。
憧れは憧れとして、不滅の記録と共に私の中で色あせること永遠に生き続け、
先輩のことを思い出す度に切ない息苦しさを覚えるのだろうと、思っていた。
そうやって私の初恋はいつまでも胸に残り続けるのだろうと。
しかしその淡い期待は照先輩の妹、宮永咲の出現によって呆気なく壊れることとなった。
インターハイの決勝戦、大将として試合に臨んだ私は宮永咲に破れ、
白糸台の三連敗の夢も、照先輩の三連覇の夢も潰えてしまった。
対極終了のブザーが聞こえたのと同時に卓に突っ伏した私の両目から涙が流れた。
あれ程憧れ、近づきたいと願っていた大切なものが音を立てて崩れていくことに心が耐えられず、
切なさが嗚咽となって喉から溢れた。
視界を涙で滲ませながら顔を上げると、照先輩と宮永咲が話している姿が見え、私は言葉を失った。
照先輩の顔にはかすかな笑みが浮かんでいたのだ。
それは私が憧れた冷たく大人びた女性ではない、一人の姉の姿だった。
誰にも優しい眼差しを向けず、誰も寄せ付けなかった照先輩が宮永咲を受け入れ、
微笑んでいるという目の前の事実に愕然とした。
どうして私じゃないんですか?
どうして彼女なんですか?
認めたくなかった。
宮永咲に対する憎しみの炎が、その時私の胸の中で燃え上がった。
私が求め続けたものをいともたやすく奪っていった彼女が許せなかった。
照先輩に対する崇拝も恋心も、全て壊した宮永咲という存在が。
私は宮永咲を憎み、彼女の全てを奪ってやりたいと思った。
だからインターハイが終わり、秋学期が始まるのに合わせて
清澄高校に転入した。
照先輩という憧れ失った私にはもう何も残っておらず、宮永咲を憎むことしか出来なかった。
最終更新:2012年06月17日 10:04