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832 名前:梅雨空  ◆UOt7nIgRfU 投稿日:2009/06/28(日) 12:36:31 Fll892dt

「――――あ。本降りっすね……良純にまた騙されたっす」

薄暗く覆われた曇り空からしたたかにそぼ降る大粒の雨を
恨めしげに睨み、軽い嘆息を混ぜた独り言を刻む黒髪の少女。
彼女の横を、傘を持った生徒が次々と通り過ぎていく―――

普通ならば「一緒に入っていく?」と声をかけられそうなものだが、
少女―――東横桃子の目立たなさが裏目に出てしまっていた。

「……無視されている訳じゃないにしても、こーいう時は堪えるっすね」

そんな気持ちを知ってか知らずか、雨は勢いを増すばかり。
桃子を追い抜いていく赤やピンクの傘の花が、モノクロの景色に
眩く映えて次々と去っていった。

自分では慣れたつもりだった。短い人生の中ででも、下手に
傷つかぬように、自らの影の薄さを呪わぬように、考えを切り替えて。
しかし時折、例えようもないほどの虚無感に囚われることもある。
今がまさにその時だった。


「しょーがないっすね……濡れて帰っても、お風呂に直行すれば
 風邪は引かないはずっす」

意を決し、パシャン。と右足が水たまりに波紋を立たせた直後、
頭上の光がわずかに陰ったのに気づく。

「…………?」

遮られたであろう頭上に視線を流すと、薄紫色に視界が覆われていた。
そのまま首を巡らせて、背後を見やる。
そこには、見慣れた、顔。
いつもよりか若干呆れた色を浮かべてはいるが、見間違うはずもない
想い人の顔。

「あ、せ…先輩」
「……まったく。夏が近いとはいえ、無茶をするな」

傘を打ち鳴らす雨音に負けない、ゆみの凛とした低めの声が
桃子の耳に届く。

「きょ、今日は気温も高いので、大丈夫かと思ったんす……」
「そう言う問題じゃないだろう」
「…んぅ。 それにしても、よく私が見えたっすね、先輩」
「…………」

モモのその言葉に、目を多少泳がせてゆみが押し黙る。
あまり表情が変わらないゆみだが、このような時は大抵照れているか
困っている時だ。もちろん、前者であることはモモは把握済みである。

「とにかく、だ。大事な部員にくだらない理由で風邪を引かせる訳には
 いかないからな。管理不行き届きなどと揶揄されては名折れだ」

軽い咳払い。薄紫のテリトリー内でも、頬が上気しているのが
分かるほどだ。

(かじゅ先輩は分かりやすいっすねー。…この傘だって、明らかに大きめっす
 普段使いの傘とは別に、こんな時用の大きな置き傘をしてること、
 私は知ってるんすよ?)

分かっているからこそ、口には出さない。きっと今回だって、昇降口で
困っている自分を見つけ、置き傘を取りに戻ったのだとモモは
確信している。互いが互いを思いやれるからこその不言実行。
そんな場に身を置いていることが非常に心地良い……。

何も言わず、傘で雨を受けたまま、ゆみがモモの背をそっと押す。
言葉の必要ない、自然な促し。それを受けてモモも歩調を合わせて
雨の中歩き出す。

降り続ける雨にしっとりと濡らされた紫陽花が目に鮮やかに映える。
大きめの傘と言っても、雨から身を守ろうとすると自然に肩をつき合わせる
ことになる。こんな時間が二人は何とも言えず好きだった。
何を話すでもなく、ただゆったりと、同じ空間と時間を共有すること。
傘の雨音、足元で跳ねる水音、傘の下は二人だけにあつらえられた
専用の空間。閉じこめられたような感覚に、胸がなぜか躍るのだ。

「モモ、その…今日は暇、か?」
「暇、と言えば暇っすね。雨ですし、どこにも行けないっす」
「そうか……。私が引退してから、あまり長い時間話し込むことも
 なかったな。…どうだ? 私の家でお茶でもつきあわないか?」
「――――是非、お呼ばれされたいっす」

雨はまだ降り止まない。二人の足は同じ方向へ向き直り、
ゆっくりと進んでいった。緩やかな歩幅とは逆に、鼓動は徐々に
跳ね上がっていた。

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最終更新:2009年07月11日 21:25