―――― 呼んで…いる……
マキは居ないし、今日も…わたしだ……
「はあっ……」
仕方がない。肩を落としそう心につぶやいて意を決して立ち上がりスカートのしわを直す。
振り返るのが怖い。そして手が身体を点検するように動いて胸元を押さえるのを止められない。
保坂先輩の待つ教室の出口へ向かうには、教壇の前を横切って行かなければならない。
クラスメートの好奇の目に晒されながら……
呼び出される様になって数日。昼休み中、何をしているのかクラスメートにはもうバレてしまっている
のだろう。先輩の男子と付き合っている女子は他にも居る。正直そういう女子を羨ましく思ったことも
あった。でも保坂先輩は…色んな意味で限度なしだ。今度、声が枯れるまでされてしまったら
いくらなんでも先生にもバレて問題になってしまうだろう。今でさえ何度か午後の授業に遅れて
しまっている上、ずっとぐったりしてしまったり、目が何だか変な様子になってしまっているみたいで
何かおかしいと疑いの目で見られているのだ。
「あ、あのぅ……先輩?実は今日はですね……聞いてます?」
どうしてこの人はいつもこうなのだろう。一生懸命話そうとしているのに解ってもらえない。
もしかして目の前に立ったこちらに気付いてないのだろうか、おかしな光を放ちながら周囲に
良く解らないアピールを振りまき続けている。せめて恰好だけでも、もう少しまともだったら……
そう思うのだけれど、先輩の制服の前はいつものようにシャツが第2ボタンまで開け放たれていて
裸の胸元が露出していたままだ。それが目に入った途端、顔が火照るのが解り後ずさりながら
周囲の目を気にして落ち着かない様子になる自分が止められない。たぶんこの教室の誰もまだ
知らないだろうけれど、わたしはこの無駄に目立つ裸の胸を舐め回したことがあるのだ。
あれは最初から数えて2回目か3回目位の事だったと思う。先輩の上に座らされていたわたしは
急に胸元へ顔だけを引き寄せられ、胸に手を突くような恰好で顔をこすり付けるようにして、
あの何を考えているのか解らない先輩が何かを満足するまでずっと、伸ばした舌と顔であの先輩の裸の胸を
くまなく、隅々まで、丁寧に、舐めさせられたのだ。その間もずっと身体を触られ続けていたし、入れられたまま
動かされていたし、その前もあったのでその時はわたし自身も普通ではなかったと思うけれど、そんな風に
後輩の女の子に自分の胸を舐めさせる男子の先輩というのはどうかと思う。
いや、でもそんなことは問題じゃなかった。
その先輩に今日こそ話して解って貰うのだ。今、わたしたちがしているのは同じ部の先輩・後輩だけの
関係としては決して普通な事なんかじゃないということを。
「あのですね……ですから今日は……」
「おお。今日は相談に載ってもらうぞ。 それじゃさっそく ……」
駄目だった。わたしは先輩に手を引かれ何処かへと向かいつつあった。多分いつもの体育倉庫だろう。
勢いを止める事を知らない先輩の歩幅が大きいせいで、まるでわたしは何処かへ拉致されていく途中のようだ。
あああ、これでは目立ちすぎる。でも先輩は、「今日は」、と言った。そうよ、そうよね……。昨日も…おとついも
2日連続でわたしだったのだもの、いくら先輩でも……今日は普通の相談だけで終わるはず。
上機嫌でわたしの手を引く保坂先輩が鼻歌混じりに口ずさんでいるのは、音楽の授業で聞いたことのある
チャイコフスキーの弦楽セレナーデ。妄想している時の先輩のいつものお気に入りだ。もうすでに別の世界にいるらしい。
ああどうか今日はしなくて済みますように。そう願いながらわたしは廊下の階段を降りた。
(終わり)
最終更新:2008年02月23日 21:11