南は走るのをやめない。俺ん家への道はとうに遥か後方で、このままだと南ん家ましっぐらだ。
そして、実際南ん家のマンションまで来てしまった。そこで漸く南は止まった。
「はぁ、はぁ。」
俺も南も息が荒い。当然だ。
「す、すまない。むしゃくしゃしてやった。」
「はぁ、はぁっ。良い、よ。…それに、彼氏、なんだから、家まで送る、なんて当然だろ?」
「そ、そうか?…せう、だな。」
お互い大分息が整う。
「それじゃ、ありがとな。藤岡。」
「あ、上まで一緒に…」
「いいって。悪いよ。」
「かまわない。」
ここで帰ってしまっては中途半端な気がする。ちゃんと門前まで送るべきだ。
「そっか。じゃあ好きにしろ。」
口ではそう言うが、速やかに腕を組んできた。そんな南に思わずにやけてしまう。
「遅いわねぇ、カナ。」
姉様が呟く。時計は七時半を示していた。
「遅くなるってメールは着たけど、それでも心配…」
「あいつに限って、心配するようなことは起こらないと思います。」
「そうかしら。」
「そうです。」
断言できる。
「でも、やっぱり心配…。誘拐されてたりなんかしたら…」
「はぁ。」
「チアキ、ちょっと外見てきてくれる?心配だから。」
「…」
姉様はテレビに釘付けだ。
「わかりました。」渋々炬燵から抜け出して、蜜柑を一切れだけ頬張り。玄関へ向かう。
確かに、帰ってくるのが遅い。部活をしているわけでもないのに、おかしい。
嫌な予感がする。気のせいだろうか。
私は玄関のドアを開けた。
玄関前。
「それじゃあ、俺帰るよ。」
「あ、ああ。」
南は不満がる。俺、好かれてるなぁ。
「明日だって会えるんだからさ。」
「そうだけどさぁ…」
うーむ。このままだと暫く帰してもらえなさそうだ。
「キスだ。」
「へ?」
「バイバイのキス、して欲しい。」
なんて提案なんだ。というかキスなんて散々してるじゃないか?
そう思ったのを悟ったのか、反論してきた。
「だーめっ!キスしてくれなきゃ帰さないぞー!」
「わ、わかったよ。」
なんか今日は振り回されまくりだなあ。
「そ、それじゃあ。」
「あ、ああ。」
目一杯の愛を込めてキスをした。
ガチャ
玄関から出た私はただただ困惑する。そして、怒りと妬みの情が沸き上がる。
なんで、なんで藤岡とカナが……!?
私に気づいて二人はしていたことを中断したが、私はみた。二人が熱烈にキスをしていたのを。
「おお、ち、チアキ。ただいま。」
負の感情が更に沸き上がるが、無理やり押さえ込んだ。
「おかえり。」
「あ、あの、チアキちゃん。」
「ん。なんだー?」
あくまでも平静を装うが、心臓は今にも爆発しそうな程高鳴っている。
「その、遅くなってごめんね。」
「いや、気にするな。それより、うちのバカ姉につき合わせてすまなかったな。」
「バカってなんだー!」
無視。
「寒かったろう?上がるか?」
ていうか上がれ!上がってくれ!
「いや、夜も遅いし今日はもう。」
「…そっか。」
私はしょんぼりする。少しでも藤岡と一緒に居たかったのに。日課となっていたので寂しいし悲しい。
藤岡は、気を使ってくれたのか、私の頭を撫でてくれた。温かい。
「ごめんね。明日はちゃんとお邪魔するからさ。」
「当然だバカやろう。」
藤岡は優しく微笑んだ。その様子を訝しげに愚姉は見つめる。
「そうだ!」
「ど、どうした?」
いきなりの大声に驚く。
「チアキちゃんに、元気になる呪文を教えてあげるよ。」
呪文…?
「ふぅん、この少々ご機嫌斜めな妹を元気にさせるとな?」
カナが茶化す。だが、確かに、今の私はかなり元気じゃない。励ましなんかされたら逆に辛いんだがな。
「特別だから、チアキちゃんだけに、ね。」
「あー!ずるいぞ藤岡ぁ!私にもぉ」
「はいはい、またいつかね。」
藤岡は私の肩に手をおいて、正面から見つめてきた。そう、まるでキスをする時のような………って、なに考えてるんだ!
「一度しか、一度しか言わないからね。」
「あ、ああ。」
落ち着けチアキ!落ち着くんだ。
藤岡は口を耳元まで近づけてそっと呟いた。
「…………!」
「どう?」
「……うん。」
「その、元気に、なって……欲しい。」
「…うん!」
「そう、良かった。」
「ちょ!藤岡!一体どうしたんだよ!チアキが気持ち悪いほど上機嫌だぞ!?」
言うとおりだ。元気かどうかは兎も角、今の私は気持ち悪いほどテンションが
しかし、良いのだろうかそんなこと。もし藤岡とカナの仲が予想通り進展したなら、『そんなこと』はまずい。
藤岡は分かっているのだろうか?
「それじゃあ、俺はこれで。」
「ああ、気をつけて帰れよ。」
「風邪ひくなよ。」
南姉妹は内心帰ってほしくなかったが、カナはチアキがいたので、チアキはカナがいたので、言えなかった。
そして藤岡は去った。
「はふはふ。うっめー!」
今晩はおでんだ。骨の髄まで温まる。
「それで、なんで遅かったの?心配したのよ?」
ハルカの問いに箸が止まる。
「いや、…別に」
「…藤岡と、何かあったんだろ?」
うっ、やっぱりチアキには分かったか。
「うん。その、付き合うことになった。」
「え……」
「……」
ハルカの時間が止まる。チアキは特に反応しない。
「い、いやさぁ!藤岡が熱烈に告白してきてさぁ!断る由がないというかさ。」
「そ、そうなんだぁ。」
あれ?なんかハルカが気まずいオーラ出してるぞ?どういうこと?
「おめでとう。」
そう言ったのはチアキだった。ただそれだけ言うと、自室に向かっていった。
なんかよくわからんが、隠し事は良くないしな。なにも悪いことはない。
私はおでんに再び手をつける。
やっぱりか。
私は自室に閉じこもり、ベッドに横になる。
「藤岡、うまくいったんだなあ。」
私はふじおかを抱きしめる。
「ふじおかぁ…」
切ない。切ないよ。
だが、まだ終わってはいない。まだ機はある。私はさっちの藤岡の『呪文』思い出す。
『九時に公園で待ってる。話がしたい。』
所謂、密会だ。もしカナにバレたらカナは怒るだろうか。
いや、カナは関係ない。藤岡と二人きりになれると思うと、それだけで嬉しい。
まあ冷静に考えると、「機がある」は過言かもしれない。だが、私の高ぶる感情に変わりはない。
時計を見る。
「八時半…」
あと三十分か。そろそろ準備でもするかな。
私は制服の上にコートを着、手袋をした。マフラーも忘れない。
「よし!」
防寒は完璧だ。私は気合いを入れる。
ガラッ
「あら?チアキ、でかけるの」
「はい。…ちょっとコンビニに。」
「誘拐されるんじゃないぞー。」
「ふっ。」
私は鼻で笑う。
「お前は幸せ者だな。」
「へ?」
「それでは、行ってきます。」
「早く帰ってきなさいね。」
「はい。」
いざ、公園へ!
最終更新:2008年02月24日 21:36