千秋の日記


「…ちょ…ふじ……そんな……嫌じゃなぃけど…こころ……準備っ……」

『ハッ!!』

朝から良い……変な夢を見て私は飛び起きた。
カレンダーの今日の日付には、赤い丸が記されている…今日は約束の日曜日だ!
目覚ましは一応8時にセットしたけど、時計を見るとまだ7時……約束の時間は9時だ。

少し早いが私は支度をはじめた。
この日の為に用意した新しい服に、一番のお気に入りのスカート。
いつもはバッグなんて持ち歩かないけど、今日は肩から掛けるバッグも用意した。
中には髪をとかすクシと、お財布…それに昨日用意した手作りクッキーだ。

すべての準備を整えて、私は一度カガミの前に立ってみた。……うん、大丈夫!
朝食は食べようか迷ったが、お腹が出たりしたら嫌なのでヨーグルトだけ少し食べた。
時計を見ると時間は8時30分…少し早いが私は家を出ることにした。

「今日は、吉野の家で勉強会をしてきます。……っと。」

机の上にそう置手紙をして、私は家をでた。
別に嘘をつく事も無かったのだが、藤岡とデートと書くのは少し照れくさかった。

家を出ると外は恐ろしいほどに寒かった。
震えながら階段を降り、私はとりあえず体を温めるために駅まで走ることにした。

「あっ、千秋ちゃんおはよう。」
「えっ?」

待ち合わせの場所は駅なのに、何故かマンションを出た所で藤岡が待っていた。

「驚かそうとしてココで待ってたんだ。」
「待ってたって…何時からだよ!」
「うーん…8時前くらいかな…?」
「じゃあお前は30分以上もここに立ってたのか?!」
「うん、驚いた?」

全く驚いた。今日の朝の気温は1℃と天気予報で言っていたのに、
わざわざ私を驚かすために30分もこの寒い中待っていたなんて…
顔は笑ってはいるけど、藤岡は体中震えていた。

「驚いたって言うか…お前バカだろ!風邪ひいたらどうするんだよ!」
「ごめん…そうだね、今日は寒いから千秋ちゃんも風邪に気をつけないと。」
「…いゃ、私はいいんだけど…そのお前の体の事が心配…って言うか、その…」
「あっ!そうだコレ!」

そう言うと藤岡は私に手袋を取り出した。

「手袋…?」
「うん。すぐ使えるように袋とか取っちゃったけど…少し遅れのクリスマスプレゼント!」
「え?…でも私はもう水族館のチケットも貰ってるし……」
「あれは貰いものだったから…こっちが本当のクリスマスプレゼントって事で!」
「そ、そうか…その、あ…ありがとう。」

そう言って私は藤岡から手袋を受け取ろうとした。
しかしその時触れた藤岡の手は、凍っているのではないかと思うほど冷たかった。
私は慌ててその手袋を藤岡に突き返した。




「お前、すっごく手が冷たいじゃないか!その手袋はお前が使えよ!」
「…オレは大丈夫だから、それにせっかくのプレゼントだし、千秋ちゃんが使って……ねっ?」
「そんな事言っても…お前の方が寒いだろ……わかった、じゃあ半分ずつだ!それでいいだろ!」

そう言って私は左手に手袋を付け、右は藤岡に渡した。
藤岡は少し迷っていたが、私が強引に言うと申し訳なさそうに手袋を装着した。

「うん、これあったかいよ。ありがとう藤岡。」
「喜んでもらえて良かった…でもごめんね、千秋ちゃんの右手……」
「そんなの…こうすればいいだろ!」

そう言って私は藤岡の手を握り、駅へ向かい始めた。
恥ずかしくて顔なんて見れない…顔を合わせない様に、私は藤岡の手を引いて少し前を歩いた。
緊張のせいか、右手を通して体中が火照っていた。

「な…なぁ、藤岡。お前は水族館に行ったことがあるのか?」
「うーん…3回くらい行った事はあるかなぁ。 千秋ちゃんは初めてなの?」
「うん…。」

そう、私は水族館たるものに今まで行ったことが無かった。
風のうわさで魚などを見る場所と聞いた事はあるのだが、詳しい事は知らなかった。

「水族館ってのは魚とかがいるんだろ?」
「そう、大きい水槽にいろんな魚がいるんだよ。」
「大きいって…1mくらいか?」
「いやいや、もっと大きいよ!」
「じゃあ私の部屋の窓…2mくらいもあるのか?」
「うーん…それは着いてからのお楽しみかな。」

藤岡は少し笑いながら、そう言って詳しい事は教えてくれなかった。

そんな話をしているとあっという間に駅に到着した。
駅に着いてすぐ、藤岡は切符を買いに行った。
つないでいた手が離れた瞬間、右手は一気に冷たくなり、火照っていた体も冷めていった。

しかし、自動改札を通り切符を財布にしまうと、今度は藤岡が私の手を握った。
私の時とは違い、スムーズに何の迷いもなく……

「やっぱり手袋が無い方は手が冷たくなっちゃうね。」
「あ…あぁ…そうだな。私もそう思っていた所だよ。」
「ごめんね。この前の傘と言い…なんで二人分買ってこなかったんだろ…」

「……でも…こうしてると両方の手が温かいから別にいいよ…。」
「あははっ、そう言ってもらえると助かるよ。」
「…そ、その代り……絶対手を離すなよ!…その……寒くなるから…!」

そう言って私たちは電車に乗り込んだ。



藤岡の日記

電車に乗ると、座る場所は満席だ。…まぁ快速電車だから仕方ない。
しかし千秋ちゃんは慌てた感じでオレに訪ねた。

「ふ…藤岡?!どういう事だ!この前はあんなに空いてたのに!」
「この前は普通電車だったからね。こっちは着くのが早い代わりに、乗る人が多いんだ。」
「…で、座る場所のない私たちはどうすればいいんだ?降りるのか?」
「え?どうするって…そりゃ立って乗るしかないかな。」

オレがそう言うと、千秋ちゃんは更に慌てだした。

「立ったまま電車が動くと言う事か?!」
「そうだけど…」
「そんな…揺れたりして転んだらどうするんだ……」

そうこうしている間に、扉は閉まり電車は動き出した。
揺れて危ないとは言え、手はつないでるし、手すりに掴まってれば問題ない。
しかし千秋ちゃんは本当に怖いらしく、手を強く握り手の平には汗を握っていた。

「え…えっと…千秋ちゃん?そんなに脅えなくても大丈夫だよ?」
「あ、あ…安心しろ藤岡…わ…私が付いているからな。」
「ぇ…?」

そう言うと千秋ちゃんは、オレの左腕にしがみ付いて真剣な顔をしていた。
結局その後、何を言っても千秋ちゃんの耳には入らず、電車は次の駅へと到着した。
その時客が一人降り、席が一つ空いた。 千秋ちゃんは、少し駆け足でその空き席へと向かった。

「おーぃ、藤岡!ここの席が空いたぞー!」
「うん、良かったね千秋ちゃん。」
「あぁ、…さぁ藤岡、早く座れ。」
「え?そんな、気にしないで千秋ちゃんが座ればいいよ!」

千秋ちゃんがこんなに気を使ってくれるなんて、オレは嬉しかった。
しかし千秋ちゃんは不思議と言うか…困った顔をしていた。

「お前…私の上に藤岡が乗っちゃったら重いだろ。」
「へっ?」

そう言うと千秋ちゃんは俺を席に座らせ、千秋ちゃんはオレの膝の上に座った。
どうやら別に気を使っていた訳では無いらしい。

オレは周りの客の、仲のいい兄弟を見る様な微笑ましい視線が痛かった…。
しかし上機嫌で鼻歌を歌っている千秋ちゃんに、「恥ずかしいから…」なんて事は言えなかった。
オレは周りの音をシャットダウンする様に、ボーっと宙を眺めていた。

そうこうしているうちに、次の駅へ到着した。
すると隣に座っていたおばさんが電車を降り、千秋ちゃんは隣の席へと移った。
恥ずかしかったので良かったのだが…少し意外と言うか……淋しい気もした。

「あの…千秋ちゃん、急にどうしたの?」
「え?…そりゃ……まぁ…んっと……ごにょごにょ……」
「…?」
「と…とにかく恥ずかしいだろ!」

なんだなんだ…オレは何か嫌われる様な事をしただろうか……
心配になって千秋ちゃんの方を見ると、顔を少し赤くしてこちらを見ていた。
怒ってる?…と思ったが、千秋ちゃんはオレの手を握り、周りに見えない様に背中の後ろに隠した。
(手を握ると言う事は怒ってないよな…)
しかし、その後千秋ちゃんは目的の駅に着くまで話すことはなかった。


最終更新:2008年02月24日 22:04