千秋の日記
一日立って足の痛みも少しマシになっていた。
……とは言うものの立ってると痛いし、左足を引きずって歩くのがやっとだ。
今日は朝からハルカ姉さまは、友達や速水先輩達と忘年会をするらしく、
夕方まで家にはカナと私の二人だけだった。
「こんにちわー。」
午後1時、玄関から藤岡の声が聞こえ、私は急いで玄関に向かった。
タッタッタッタッタ……
「おぉ、いらっしゃい。待ってたぞ!」
…そう言って藤岡を迎え入れたのはカナだった。
私はと言うと、足を引きずり壁に掴まりながら向かったので、遅れをとっていた。
…しかしどう言う事だ…?普段なら絶対コタツから出ないカナが、なぜあんなに急いで…
…私は台所の柱に掴まり、カナと藤岡の様子を見ていた。
「あれ?どうしたの南。いつもなら絶対コタツに潜ってるのに。」
「…んっ!…あるんだろ?」
「…え?」
「手土産だよ!手土産!!…まさか手ぶらで来たのか?!」
「あ…あぁ、ケーキ持ってき……」
「やっほー!!」
カナは藤岡のケーキを奪い取ると、そのままコタツの中へ直行した。
…どうやら私の考えすぎだったらしい……私は玄関で立ちすくむ藤岡を家へ迎えた。
「悪いな。……あのバカ…とりあえず入れよ。」
「あっ…うん、お邪魔します。……足…まだ痛そうだね…大丈夫?」
「平気だよ、これくらい…とりあえずコタツにでも入ってろよ。私は夕飯の支度してるから。」
私は藤岡にそう言い残し、台所へ向かった。
足は痛いがハルカ姉さまのいない今、私が料理を作らなくてはいけないからだ。
…とは言っても、そばは茹でるだけだし…お寿司も頼んである。
作るのはせいぜいオードブル…唐揚げ程度だ。
「千秋ちゃん、その足じゃ立ってるのも大変でしょ?オレも手伝おうか?」
「大丈夫だよ。お客はそこに座ってろ。」
「そうそう!料理は千秋にまかせて、お前は私の暇つぶしの相手になれ!」
…そう言えば私がいなくなったら…カナと藤岡の二人っきりか……
考えすぎと思っていても、やはり胸のどこかで二人の事が心配だ…
…と言うか、私も台所で藤岡と二人っきりになるチャンスじゃないか!!
「ふ…藤岡。やっぱり手伝ってくれないか?」
「うん、わかったすぐ行くよ。」
「…ちょっと待て、私を一人にする気か!藤岡はココに残れ!」
「バカ野郎!お前は一人でテレビでも見てろ!!」
「なんだと……」
『プルルルルル……プルルルル…』
話の途中に電話が鳴ると、カナは渋々電話の元へ行った。
いつもは動かないのに……もしかしたら私の足を気遣ってくれたのかもしれない…
「はいモシモシ南です……なんだ、ハルカか。どうした?」
「あ、カナ?それがね…速水先輩が……」
「おーぃ!カナ!!こっちに来て一緒に焼肉パーティーに参加しないかー?」
「焼肉?!行く!すぐに行きます!!…はい、じゃあ。」
受話器を置くと、カナはこちらへ走ってきた。
「今から速水の所の焼肉パーティーに行くけど、お前たちもいくか?」
「…はぁ?せっかく唐揚げとか作ったのにか?」
「バカ、唐揚げより焼肉だろ!!」
「でも唐揚げがもったいないし、藤岡は面識も無いし足も痛い…私たちは遠慮しとくよ。」
「そっか、じゃあお前たちは唐揚げパーティーでも楽しんでおくんだな!じゃあな!!」
「あぁ、そうさせてもらうよ。」
そう言ってカナは出かけていった。
いつもなら勝手な行動に、文句の1つや2つ言うのだが…藤岡と二人になれるなら文句も無い。
それに唐揚げパーティーとか言ってたけど、この後お寿司も届くし…
1人分余分に届くので、久々にお寿司をお腹いっぱい食べれそうだ。私にとって良いこと尽くし!
「千秋ちゃん、ごめんね…本当は焼肉パーティー行きたかったんじゃ……」
「何言ってんだ、私は好きな人と二人きりで過ごせる方が全然楽しいよ。」
「…えっ?!」
「……え?」
…もしかして私は有頂天と言うやつになっていたのか?
何か…今、サラリと・・・とんでもない事を言った様な気が……
しかし藤岡はちゃんと聞いていなかった……と言う事も、真っ赤な顔を見る限りなさそうだ…
「オレも…好きな人と二人きりで過ごせて……その…嬉しいよ。」
なんだなんだ?!藤岡まで顔を恥ずかしい事を言い始めてたぞ…
二人して顔を真っ赤にして、恐ろしく恥ずかしい……
とりあえず唐揚げだ!唐揚げを作ると言ってこの場から脱出しよう…!
「それじゃあ…か、唐揚げを作……」
「千秋ちゃん。…その、キスとか…順番がバラバラになっちゃったけど…その……」
「……な、なんだよ…。」
「オレ、千秋ちゃんの事…すごく好きだから。」
私は思わず、普段閉じ気味の目を見開いて、生唾を飲み込んでしまった。
(お、落ち着け千秋!…これは数か月前にカナにも言った事……まだカナと同じ立場になっただけだ!)
…と私は自分に言い聞かせてた。……そうでもしないと、自分の気持ちが暴走してしまいそうだった。
千秋の日記
私は藤岡の発言で、頭を整理するのに10秒程かかっていた。
とりあえず藤岡は真剣な様で、私の目をじっと見ている…。
私は恥ずかしくなって視線を逸らして、後ろを向いた。
「えっと…ちょっと待ってくれ。その、心の準備ってやつが…」
「うん。」
しばらく後ろを向いたまま私は考えていた。
確かに『オレ、千秋ちゃんの事…すごく好きだから。』…とは言われたが、
好きだからどうこうっ…て言われた訳じゃない。
好きにも色々あるんだ、私はハルカ姉さまも好きだし、内田や吉野も好きだ。
そりゃ藤岡が好きなのとは違うけど…でも同じ『好き』と言う言葉でくくられる。
つまりこの藤岡が言った『好き』も、私がハルカ姉さまや友達を思う『好き』なんじゃないだろうか?
…なんて事だ!私の早とちりだったのか…だったら、この場合は難しく考えず…
『おお、私も藤岡の事好きだぞ!』…とか言っちゃえばいいんじゃないか…?
そうだよ、これだ!これで行こう!私はそう決意し藤岡の方を向いた。
「藤…」
「千秋ちゃん!」
「な…なんだ…」
「その…上手く伝わらなかったみたいだから、改めて言うけど、千秋ちゃんの事本当に大好きだから…
千秋ちゃんと付き合いたいと言うか…恋人になってほしいんだ!」
「ちょ…もう少し時間をくれ…!」
私はそう言ってまた後ろを向いた。
…どうしたものか…これではさっきの考えは通らなくなってしまった…。
カナなの時とは違い、はっきりと『恋人』と言う言葉まで出てきてしまったし…
……あれ?じゃあ素直に私も好きと言えばいいんじゃないか?
だって私も藤岡の事は好きだ。付き合いたいと思ってた。
その藤岡からこう言われたんだから、断る理由もないじゃないか。
どうしてこんな簡単なことに気付かなかったのか…私はそう思い、藤岡の方を向いた。
「えっと…恥ずかしいから一度しか言わないぞ。…ちゃんと聞けよ。」
「うん…。」
「…その……私も…藤岡の事…すごく好きだから……。」
「えっと、それは…」
「…あぁ、そうか。…なんて言うか……この好きは友達とかじゃなくて、特別な好きなんだ…。」
「…って事は…」
「もう!察しろよ!お…お前の恋人…彼女になってやるって事だよ!!」
なんだか最後は恥ずかしくなって、言い方がおかしくなったが…
とりあえずハッキリ言ったし伝わっただろう…。
その後、しばらく二人とも顔を真っ赤にして、その場で黙ったまま立ちつくしていた。
「藤岡。…こういう場合はどうしたらいいんだ…?」
「…どうするんだろう。その、恋人とか初めてだから…ごめん。」
「…とりあえず…抱き合ってみるか?」
私はそう言って藤岡の腰に手をまわし、ひっついてみた。
すると藤岡は私の頭を胸に押しつける様に、私の頭を腕で包んだ。
「…藤岡。頭が痛い…もう少し優しく…。」
「あっ、ごめんね…。」
「まったく…私は彼女なんだから大事にしろよ。」
「…うん。」
その後、料理を作り終わり、私と藤岡は唐揚げをつまみテレビを見ながらお寿司を待っていた。
しかし3時になってもお寿司は届く事無く、唐揚げはすべて食べてしまった。
「これっぽっちじゃ足らないな…2時に予約したのに、何やってるんだ寿司屋め!」
「…確かに少し遅い気もするね。どうしたんだろう?」
「ちょっと電話してくる!」
そう言うと、立ち上がる前に藤岡は私を抱きかかえ、電話の元へ運んだ。
「もしもし、今日2時に予約した南ですけど…はぃ…昨日……えっ?!」
なんて事だ…寿司屋め…年末で忙しく、手違いで忘れていただと……
ふざけるな!もう二度とお前の店じゃ頼まなねーよ!!
……とでも言ってやりたがったが、なんだかもう怒る気力も無かった。
「…はぃ、いや…もう結構です。はい、キャンセルで…。」
私がそう言って電話を切り、溜息をついた姿を見て藤岡も気付いたらしい。
「…お寿司来ないって。」
「そっか…じゃあ何所か近くの店に食べに行こうか?」
「え?」
「付き合い始めての初デート。千秋ちゃん、お付き合いしてもらえますか?」
「…なんだその言い方…私はおなかがすいたんだ。さっさと行くぞ!」
災い転じて福となす…ってのはこの事か。
私は藤岡と一緒に御飯を食べに行くことになった。
最終更新:2008年02月24日 22:51