朝だ。何故か今日は、いつもと違って目覚めが良く、すんなりと起き上がることができた。時計を見るといつもより三十分も早かった。
洗面所に向かうと、そこの鏡にはメデューサが写っていた。特に気にもせず冷水で顔を洗う。
居間には、既に千秋が腰掛けていた。朝食の良い匂いもする。キッチンで春香が卵焼きを焼いていた。
「おはよぅ。」
私は二人に声をかけながら腰掛けた。
「よっこらせっと。」
「おはよう。珍しく早いじゃない。」
「ああ。なんかな。」
「いつもこのくらい早く起きたくれたら良いのに。」
春香は嬉しそうだ。残念ながらその要望には答えられない。
「おはよ。」
千秋は半ば眠たげな・・・、いやまあいつも眠たげだが、そんな目でテレビを見ている。こいつはいつか私が教育してあげないといけないな。うん。
テレビのCMが終わると、クリスマスの特集をやり始めた。
「クリスマスかあ・・・」
昨年まで、クリスマスといえば、何か美味しいものを飲み食いする日でしかなかった。しかし、今年はどうだろうか?
今の私には、藤岡という素晴らしき彼氏がいる。もしかして藤岡とデーt・・・

ぼっ

それを考えただけで私の思考回路が乱れる。
ふじおかよ 嗚呼ふじおかよ ふじおかよ
ハァハァ・・・・・




春香姉さま、こいつ、もう手遅れです。



朝。
私はいつものようにてきぱきと身支度を済ませて、居間へと向かった。キッチンでは既に春香姉さまが朝食の準備をしていた。
「おはようございます。」
「おはよう。朝ごはん、もう少し待っててね。」
「はい。」
私は腰掛けて、テレビを点けた。
『・・・ぃ週のクリスマスは・・・』
クリスマス特集をやっている。そうか、もうそんな時期なのか。街はカップルで賑わうのだろうなあ・・・。

カップル・・・か。
私はふと、昨日の出来事、藤岡との出来事を思い出す。
昨晩、藤岡といちゃついてる夏奈を見て私は激昂した。しかし藤岡に誘われて公園に行って、そして、そして私は・・・・・・ッ!
「・・・はあぁ。」
激しく後悔。何故に私はあんな破廉恥な行為に及んだのだろうか。理解できない。夜はテンションが上がるというが、それにしてって・・・。
それに、過度に夏奈に当たっていたような気がしないでもない。
そもそも、何故私はあんなに腹が立ったのだろうか。・・・藤岡を盗られたからか?だとしたらかなり理不尽だ。
藤岡は夏奈をずっと想っていて、そしてそれは成就した。それの邪魔をする権利など私には、いや誰にもない。



そして、原点回帰。私は藤岡のことを本当に好きなのか?



そんなことを思っていると、珍しく夏奈が早く起きてきた。
「よっこらせ」と親父くさい仕草で腰を下ろして、テレビに注目した。
「クリスマスかぁ・・・」
そう言って暫く黙ってそれを見ていたら、突然俯いてブツブツと呟きだした。
恐る恐る様子を伺ってみると・・・・・・うわっ、物凄い形相だ。ニヤついてるどころじゃない。完全に浮いている。
姉さま、こいつもう手遅れです。いやもう本当に。大丈夫なのか、これは。
「おい、夏奈。」
声をかけると、我にかえったのか、はっと顔を上げた。その顔はこれでもかって言うほど赤かった。
「な、なんだぃ?」
「・・・それはこっちの台詞だ。ニヤニヤしながらブツブツ呟かれたら気にもなる。」
「え・・・?あ、あはははは!そ、そうだな、す、すまんすまん。」
笑って誤魔化しているつもりなのか。まあ、大方何を考えていたのかは分かる。
「藤岡か。」
私がそういうと夏奈の動きが止まった。
「藤岡とクリスマスを過ごす妄想でもしてたんだろ?」
夏奈はまた俯いてしまった。なんか調子が狂うな。もっと反論なりなんなりしてくると思ったのだが。
「あんまり浮かれすぎるなよ。さっきみたいなニヤニヤ顔を移されたら堪ったもんじゃない。」
「べ、別に、浮かれてなんか・・・」
こいつ、本当に夏奈なのか?
「ま、ヘマをして嫌われないようにしなよ。」
「・・・妬いてる?」
「は?」

「妬いてる?って聞いたんだ。」
私は、千秋に再度聞いた。私は知っている。千秋もあいつのことが好きだってこと。
半ば地雷な質問かもしれないが、私は、千秋が怒ってるんじゃないかと心配になった。
昨日みたいに、物凄い形相で睨み付けて来る。そう思ったのだが・・・
「何故私が妬かなくちゃならないんだ。」
「へ?」
「まるで私が藤岡のことが好きみたいじゃないか。」
「え?あ、ああ、そうだね・・・。うん?」
「別に私は藤岡のことをなんとも思っちゃいないよ。」
「ほ、本当に?」
「本当だ。」
「ふ~ん。」
そこまで断言されたら反論のしようがない。はて、私の思い込みだったのだろうか。

「お待たせ。」
春香が朝食を運んできた。
ま、いっか。

あれ、こんな感じのこと昨日も・・・・・・。



妄想もそこそこに、今日も藤岡に会うべく学校の準備をする。
さて、身支度を済ませていざ出陣!という時に、昨晩、自分がいかがわしいモノを藤岡に送りつけてしまったということを思い出した。
私は慌てて携帯電話を開いた。…しかし、そこには「送信できませんでした」の文字。私はほっと一安心する。
危なかった。もしもアレが藤岡の目に入ったら、藤岡はきっと興奮して眠れなくなって、今日学校に来られないところだった。



困ったことに、今朝起きるのが早すぎたせいで、いつもよりとても早く学校に到着してしまった。教室に誰もいない。
当然だ。朝のHRの開始時刻が八時半。今はまだその四十五分前だ。私は鞄を置き、ストーブを点けた。誰もいないので寒さが増している。
私はストーブの前で縮こまって、点火のときを待つ。
「ゔぅぅ・・・、寒いょぉ」
こんな時、藤岡が隣にいたら、どうしてくれるだろう?
手を握ってくれるだろうか。マフラーを一緒に使わせてくれるだろうか。それとも、肩を抱き寄せてくるのだろうか。
私は再び妄想に浸る。
「藤岡・・・。」
そう呟くと、私のすぐ後ろに気配を感じた。振り返る。
「おはよう、南。」
驚きのあまり言葉を失う。そこには、相変わらずクールなマイダーリン、藤岡が居た。
「どうしたの?」
「・・・べ、別に。何でもない。」
藤岡の顔をまともに見られず、私は顔を伏せてしまった。
「・・・寒いの?震えてるよ。」
「ああ。寒いよ。寒くて仕方がないよ。だから、何とかしろ、藤岡。」
「な、なんとかって・・・」
「いいから。なんとかしてくれ。」



俺はサッカー部に所属している。幼い頃からやっていたおかげで、自分で言うのもなんだが同学年の中では俺が最もうまくて、リーダーを任せられていた。
任せられた以上は、しっかりせねばなるまい。そう思い、学校には誰よりも早く来て、誰よりも早く練習をする。そんな毎日が続いていた。
今日も、いつも通り早く学校に来たのだが、教室には既に人がいた。南だ。珍しい。
そっと後ろから近づいてみると、何やら呟いているようだった。耳を澄ませて聞いてみる。
「藤岡・・・」
いきなり名前を呼ばれて俺は驚き、返事が遅れる。そして、南が振り向く。
「オハヨウミナミ。」
慌てるあまりに、片言になったような気がしないでもない。もっとも、こんなに可憐な彼女の前では仕方なのないことだ。
しかし、なんだか元気が無さそうだ。よくみると、震えている。
「どうしたの?」
「・・・べ、別に。何でもない。」
そうは言うが、見るからに寒がっている。
寒いの?そう聞くと彼女は、俺に何とかするように訴えた。なんとかって、いきなり言われても・・・。
少し悩んでいると、南が俺の着ているコートの裾を引っ張って、俺は隣に座らされた。その時、俺は条件反射的に南の手を握っていた。
そしてやはり、南は握り返してきた。
俺が微笑むと、南は頬を染めて、「バカ」と一言だけ俺に告げた。


なんというか、嬉しさとがっかりとが混ざり合った気分だ。もっとリードしてくれてもいいもんなんだがな。もっと大胆にきてくれて構わないんだがなあ・・・。はぁ。
かといって、この状況が嬉しくない筈もなく、私は二人に対して「バカ」と告げたのだ。


最終更新:2008年03月27日 23:31