千秋の日記
私が布団にもぐりこんでどれくらい時間が経っただろう…
しばらくすると、部屋の扉をたたく音が聞こえた。
…トントン……
「…千秋ちゃん、それじゃあオレ今日は帰るね…その、気を悪くさせてごめんね。」
「…あぁ。」
「えっと…オレが出た後、ちゃんと鍵を閉めておいてね。」
「わかった。」
「…それじゃあ良いお年を。」
「………」
藤岡はそう言い残し、扉の前から姿を消したようだ。
どうして私は、もっと素直な性格になれないんだろう…藤岡は悪くないのは分かってるんだ。
さっきだって、部屋を出て一言謝れば一緒に楽しくカウントダウンでもできただろうに。
廊下から藤岡の足音が消え、玄関の扉がガシャンと閉まる音がする…
私はカナへの怒りと、藤岡が帰ってしまった悲しさ…そして自分への情けなさが入り混じり、再び涙が溢れてきた。
『あけましておめでとー!!』
しばらくすると、つけっぱなしだった居間のテレビから、賑やかな声が聞こえる…
どうやらこうやって布団にもぐっているうちに、年は明けてしまったらしい。
まったく…最悪の年明けだ。
少し落ち着いてから、私は自分が荒らしてしまった部屋を片付ける為リビングへ戻った。
「…あれ?」
確かに一時間ほど前に私が荒らした部屋は、元通りに綺麗に片づけられていた。
そしてその場で寝てしまっているカナには、毛布まで掛けられている。
藤岡が片づけて言ってくれたのだろう……巨悪の根元は幸せそうにスースー寝ている。
ふと机に目をやると、ふじおかの下に手紙らしきものが挟まれている…
『千秋ちゃんへ
突然の事だったとは言え、気を悪くさせてごめんね。
春香さんが言っていたけど、南は先輩にお酒を飲まされたらしくて酔っぱらってたみたいなんだ…
だからあまり南の事を暴行しないで上げてください。(笑)
それでは足が治ったら一緒に初詣に行こうね。
藤岡。』
よかった…どうやら嫌われてはいないようだ。
私はその手紙を持ち、一度部屋に戻り鍵付きの引出しに大事にしまった。
…それにしてもカナの奴酔っぱらっていたのか?…そう言われてみれば部屋中酒臭いな……
でも酔っぱらったからって何でもしていい訳じゃない!藤岡には悪いがこれはケジメだ!
私はそう思い、幸せそうにニヤニヤしながら寝ているカナにまたがり拳を握りしめた。
…と、丁度その時玄関が開く音が聞こえた。
「ただいま!あけましておめで……ってどうしたの?!」
「あっ…ハルカ姉さま。あけましておめでとうございま……わっ…!」
カナに馬乗りになり、今まさに拳を振り降ろさんとする私の姿を見てハルカ姉さまが私を取り押さえた。
「ハ…ハルカ姉さま離してください!これはケジメなんです!」
「ケジメ?」
「このバカ野郎は…藤岡に……藤岡に無理やり…」
「…キスしたの?」
「はい!そうなんです!キスを……あれ?」
どうしてハルカ姉さまがその事を知っているんだろう…?
私が不思議そうな顔をしていると、ハルカ姉さまは申し訳なさそうな顔をしながら謝り始めた…
「ごめんなさい…!」
「…えっと……話が見えないのですが…??」
「実は…カナってばお酒飲んで酔っぱらったら…その……キス魔になっちゃったのよ。」
「キス魔…ですか?」
「そう、私たちもカナに無理やりキスされちゃって…大変だったから家に置いて行っちゃったんだけど…悪い事したわね…」
…まったくたちの悪い話だ……そんなのを連れて外なんて歩けるわけがない。
「…そう言えば藤岡君……調子でも悪かったのかな?」
「えっ?…藤岡がですか?」
「なんだか顔色が悪かったみたいだし…」
「藤岡とどこかで会ったんですか?」
「どこかって…今ちょうど玄関の前で会ったけど?」
…おかしい。そんなはずはないんだ!
今の時間が12時30分…藤岡が帰ったのは11時頃……1時間半も前なんだ!
「…調子悪いなら言ってくれれば良かったのに・・・…悪いことしたわね…」
「悪い事…?」
「私が千秋が心配だから泊って行って…ってお願いしたから、私が帰ってくるまで待っててくれたんじゃないかな…って。」
…それじゃあ藤岡は私が心配で守ってくれていたのか?
そう言えば玄関の鍵を閉める様に言われたのに、すっかり忘れていた…
なのに私は出て行けとか言っちゃって…あいつはこの寒い中外で……あっ…!
私は大変な事を思い出し、ハルカ姉さまに問い詰めた。
「ハルカ姉さま!藤岡は…服は……服は何色でしたか?!」
「服?…黒っぽい服だったかな…?良く覚えてないけど…そう言えばすっごく薄着だったような……」
…やっぱりだ。藤岡の上着はご飯を食べに行った時に、雨で濡れてびしょびしょだったんだ。
一応部屋で干してはいたけど、そんな短時間で乾くわけがない。
つまり藤岡はあの薄いシャツ一枚で外にいたんだ…。
「…私……謝らなくちゃ…。」
「? 千秋…どうしたの?」
「……えっと…藤岡に忘れ物を届けてきます!」
私はそう言って家を飛び出した。
藤岡がさっきまで家の前にいたのなら、まだそう遠くには行っていないはずだ…
私は、藤岡が家に来る日はベランダから覗いているので、だいたいの方角は分かっていた。
足が痛いとかそんな事言ってられない…とにかく私は急いだ。
元旦と言う事もあって、深夜にも関わらず神社帰りの人が結構歩いている…
完全防備と言わんばかりにコートなどを着ている人たちの中、ただ一人薄着の藤岡を見つけるのは簡単だった。
…しかし急いでいるとは言え片足を引きずっている私は、寒いせいか少し早歩きの藤岡になかなか追いつけない…
約50m程…何度か名前を呼んだが気づく様子もない。…あと少しで追いつきそうなのに……
「…おか…ふじおか…スゥー……藤岡っ!!!」
…私は大きく息を吸って大声で藤岡の名前を呼んだ。
すると藤岡と一緒に、周りの人間すべてが私の方へ振り返った。
状況を把握できていないのか、キョトンとしている藤岡に私は駆け寄り飛びついた。
「藤岡!すまない…私……その、えっと…ごめんなさい。」
「ど、どうしたの千秋ちゃん?…とりあえず落ち着いて。」
そう言った藤岡を見ると、顔は真っ白で唇は真っ青になって震えていた。
全部私のせいだ…話は後回し、とにかく藤岡を暖かい所へ連れていって温めてあげないと…
私は藤岡を急いで家に連れて帰ることにした。
「藤岡、とりあえず家に来い!そんなんじゃ風邪をひいてしまうだろ!」
「アハハ…大丈夫だよ。だってココ……」
「ダメだ!お風呂に入って…紅茶でも飲んで、それから…それから……と、とにかく早く暖まらないと!」
「それもそうだけど…千秋ちゃんは大丈夫なの?」
「…私?」
そう言われて見れば私も急いで飛び出したので、薄い上着とスカートで、コート等を着てくるのを忘れていた…
さっきまでは必死で気付かなかったけど、良く見ると自分もガタガタ震えていた。
すると藤岡は私を抱きかかえ、すぐ近くの家へ入ろうとした。
「藤岡!いくら寒いからと言って、ひとの家に勝手に入るのはダメだぞ!」
「え?……あははっ、さっきも言おうとしたんだけど、ここオレの家だから大丈夫だよ。」
「…え?」
確かに表札を見ると『藤岡』と書いてある。
藤岡は私を抱えたまま玄関の扉を開けて中へ入った。
「あんまり綺麗な家じゃないけど…外よりは暖かいと思うよ。」
「…えっ?!いや、十分きれいだし大きいじゃないか!」
「そうかなぁ…千秋ちゃんの家の方が綺麗だけど…ちょっとここで待っててね。」
藤岡はそう言うとリビングのソファーに私を降ろし、エアコンをつけてキッチンで何やらごそごそし始めた。
これが藤岡の家か…自分の家とは違うにおい…なんだかすごく良い匂いがする…
私が部屋をキョロキョロしていると、藤岡が紅茶を入れて持ってきた。
「美味しいかどうか分からないけど…体は温まると思うから飲んでね。」
「あ…あぁ……ありがとう。」
藤岡が入れてくれた紅茶なんだ、美味しくない訳がない。
私が幸せそうに紅茶を飲んでいると、突然電話が鳴り始めた。
藤岡は電話の方へ行ったが…もう夜中の1時だぞ?元旦とは言え迷惑とか考えないのか?
私がそう思いながら紅茶をすすっていると、しばらくして藤岡が戻ってきた。
「千秋ちゃん家を飛び出したんだって?」
「…え?」
「今、春香さんが心配して電話をかけてきたんだよ。」
そう言えば、こんな夜中に小学生が家から出て行けばだれだって心配するか…
ハルカ姉さまに心配かけちゃったな…帰ったらちゃんと謝まらなきゃ……
「それでね、今日はもう遅いから家で千秋ちゃんを泊めるって事になったんだ。」
「そうか…悪いな。………えぇ?!」
「家まで送って行くって言ったんだけど、春香さんが夜も遅いから危ないって言うんだよ。」
「……でもハルカ姉さまなら迎えに来そうなものだが…」
「それがカナちゃんが酔っ払ってるから、心配で一人に出来ないんだって。」
「…そうか。ハルカ姉さまは心配性だからな…。でも藤岡の親は…良いのか?」
「あれ?うちの親は旅行に行っていないって言わなかったっけ?」
「…えーっと……そう言えばそんな事も言ってたかな。……じゃあ二人っきりだな…。」
「……えっと…。」
「………」
私がボソッとそう言うと、一気に場の空気がおかしくなった。
暖かい部屋で温かい紅茶を飲んだせいかな…ほっぺたが熱くなっているのが分かる。
こうして私は、藤岡の家で正月の夜を二人で過ごす事になった。
最終更新:2008年03月06日 20:10