「やっぱり湯の中の方があったかいね」
流れでとはいえ、女湯に入ってしまった気まずさに、藤岡は苦し紛れの感想を漏らした。
が、カナは聞いていない。その瞳が求めているのは……
「わわっ!!」
力が抜けたようにもたれかかってくるカナを受け止める。
「つづき……」
長年の念願かなって、こうして生まれたままの姿で隣り合っている想い人に、
色を孕んだ声色でそう言われて、冷静でいられるほど藤岡も人間が出来ていなかった。
「うん……」
短く答えて、藤岡はもう一度カナの中心に触れた。湯船の中では、遮る下着もあろうはずがない。
「あっ……!!」
感度十分。今やカナの身体はこの湯船のお湯より熱く火照りあがっている。
(これは……そろそろいいかもしれない)
藤岡は思った。
流石にいきなりここまでいくのはやり過ぎだろうという思いもあったが、もう止まらない。
大好きな女の子のこんな姿を見せられて、止まる男なんて逆にどうかしてる。
股間の息子も、もう我慢できんとエンドレススタンドアップ状態だ。
「南……そろそろ……いいかな」
この場には二人しかいないのに、わざわざ耳元で囁くあたり、藤岡はやはり手練だ。 



「最初は……こんなことになるつもりはなかった……」
カナが小さく答えた。その口ぶりに、一瞬藤岡は心配になった。さすがに『ソコ』までは拒絶されるんじゃないかと。
「でも今お前とこうなってみると……やっぱり私は最初からこうなることを望んでいたんだみたいだ」
「……じゃあ」
「私の負けだよ、藤岡。どうやら私はお前のことを好きになってしまったみたいだ――。
 いや、もしかしたら初めてお前に手紙をもらったその時から……気付いていなかっただけで……」
そこまで聞けばもう十分だろう。藤岡は嬉しさと興奮に身を震えさせ、改めてカナの身体を抱きしめた。

「じゃあ……挿れるよ?」
「いや……ちょっと待って」
「え?」
まさかここまできてやはり拒絶か? 藤岡は身を硬くしたが、
「その前にまず……こっち……」
カナは目を瞑って己の唇を指差した。
成る程、すぐに合点がいった藤岡は、躊躇いもなくカナに口付けた。
ちょっと触れるだけのような、軽いキスではあったが、二人にはそれで十分だった。
「ごめん……。そう言えば順番が全然違ってたね」
カナは恥ずかしそうに俯いて、
「もう大丈夫だ……。いいよ……」



「もうちょっと腰を上げて……」
風呂場でという初めてにしてはかなり異様な状況ではあるが、二人とも気にならなかった。
浴槽の側壁の上にカナを座らせ、脚を広げさせた。
「うん……綺麗だ……」
「こんなところ……綺麗なわけないだろ」
「そんなことない。それこそ南のが汚いわけない」
「本当に……どうしてお前は平気な顔してそんな恥ずかしいことを言えるんだ?」
「どうしてだろうね……」
「もう……うん、わかったよ。私も覚悟を決めた。藤岡、お前のなら大丈夫だ。
 ソレがここに入るのかと思うとちょっと怖くもあるけど……それでも大丈夫だ。
 私の初めてを、お前に捧げるよ」
「うん」
「!! もっと嬉しそうな顔をしろよ! このカナ様の初めてをあげると、そう言っているんだぞ!?」
「ははっ、いつもの南に戻ったね」
スタスタ
「……バカ! 早く……しろ」
ガチャ
「うん……」
そして、二人の中心が近付き、合わさらんとした時、

「おーい!! いるかバカ野郎!!!」



突如背後から聞こえてきた罵声に聞き覚えがありすぎるほどあったカナは、
とっさに藤岡のアタマを押さえ込むと湯船の奥底に押し込んだ。
浴槽の底に後頭部が当たったような鈍い音と、「ぐはっ」なんていう断末魔の叫びが聞こえたような気もするが気にしない。
そして湯船に押し込まれた藤岡の腹に腰掛けると、カナは何事もなかったかのように振り返った。
そして罵声の主は、湯気に包まれた浴場内の詳細をやっと正確に視認するに至ったようだ。
「何だお前、こんなとこにいたのか。探したんだぞ」
罵声の主は誰あろう浴衣に身を包んだチアキである。
「あ、あれー。チ、チアキ、どうしたんだー、こんなところに」
「??? 何でそんなに棒読み口調なんだお前。中の人が泣くぞ。
 って、それよりお前、ハルカ姉様が探しているんだぞ。もうご飯の時間だって。
 部屋に料理が来て、みんな待ってるぞ」
「えー、そうだったのかー、それは知らなかったなー」
「知らなかったじゃないよ。それよりどうしてお前また温泉入ってるんだよ。まさか本当にここに住むのか?」
「あははは、ちょっと泉質が気になってねー。あははは……」
「全く早く出てこいよバカ野郎」
そう言い残し、チアキは浴場から出て行った。



「はぁー……危なかった……」
胸を撫で下ろすカナ。姉の処女幕が今にも貫通されんとするところなど、妹に見られたらたまったものではない。
それこそ本当に温泉に永住したくなるというものだろう。
「チアキのヤツ……全然入ってくる気配を感じなかったぞ……。末はスパイかスナイパーか?」
そんなことはない。ちゃんと足音も戸を開ける音もたてている。
それに気付かなかったのは藤岡との行為に夢中になっていたカナの方である。
「おい、カナ」
「全くもう少し育て方を考えないとって……ギョエー!!!」
「五月蝿いよバカ野郎」
いつの間にかまたチアキが浴場の戸のところに立っているではないか。
「そう言えばお前、藤岡知らないか? アイツもさっきから姿が見えないんだ」
「し、知らない知らない知らない!! 全然知らない!!」
「そうか。まあ藤岡はお前ほどバカでもないし、きっともう戻っているだろうな。
 カナも早く出てこいよ。いい加減にしないとお湯に溶けてなくなっちゃうぞ」
そして、今度こそチアキは浴場を出て行ったようだ。
「危なかった……。あ……そう言えば藤岡!!」
そう言えばではない。さっきから自分の尻の下にその身体を敷いているのだからすぐ気付きなさい。



「いやー……三年前に死んだおじいちゃんの顔が見えたときは本当に覚悟したよ」
藤岡は底に打ちつけたせいでこぶの出来た後頭部を撫でながら、そう語った。
「チアキがいきなり入ってきたからさ。仕方なかったんだよ……。
 それにしてもアイツ……計ったようなタイミングで入ってやがって、もしかして狙ってたのか?」
そこまで言ってカナは今の状況に気付く。浴槽の中、一応は気持ちが通じ合った格好の男女二人。
しかも先程までしようとしていた行為はと言えば……。
「ぅ……」
カナ沸騰。そして撃沈。
「どう……しようか」
そんなカナを見て、藤岡が控えめに尋ねた。
「すぐ戻らないと……皆待ってるって……」
あのチアキのことだ。戻りが遅いと見るや、またここにやってくるのは明白だ。
「そうだね。戻ろうか」
すると意外にも藤岡はあっさりそれを了承した。カナはそれを意外に思った。
あれだけ高まっていながら、もうそれを諦められると言うのだろうか。
(だとするとちょっと納得がいかないな。私だってちょっと……いやかなり残念なのに)
と思って顔をしかめかけると、ふと藤岡の股間が目に入った。相変わらずのギンギン状態だ。
(ん……藤岡もきっと同じ気持ちだよね、やっぱり)



「今日はチョット急ぎすぎたね」
が、藤岡は苦笑いを浮かべそう言った。
「焦ることないのかもしれない。俺たちは俺たちのペースで行けば」
「そう……なのかな」
「そうだよ。少なくとも俺はこれからもずーっと南のことを好きでい続ける自信あるし」
「……!! だからお前はどうしてそーいう恥ずかしい台詞が堂々と言えるんだっ」
「好きだから?」
「……っ!!」
そんなこんなで藤岡とカナは、どちらからでもなく自然に互いの顔を寄せ合い、キスをした。
「と、とりあえずこれからよろしくな」
「うん」
「あ、あと今日みたいなこと、私はそうそうさせないからな! 私は安い女じゃないんだ」
「うん」
「とりあえず私のことを南と呼ぶのは止めろ。チアキと同じく下の名でな……」
「わかったよ、カナ」
「――ッ!! 何だいきなり呼び捨てか!? 最初はちゃん付けとかじゃないのか!?
 そして何か!? 私はそう呼ばれて嬉しいのか!? 顔赤くしてるのか!? あー!!??」
(ちゃん付けも結構恥ずかしいと思うけど……)
そんなことを考えながら藤岡は頭を抱えてくるくる廻っているカナを見ていた。



ああ、それにしてもだ。
百歩譲って本番お預けで部屋に戻るのはいいとしても、だ――。
このいきり立った息子の始末ぐらいは何とかならないものかなと藤岡は思った。
とは言え、完全にそういう雰囲気ではなくなってしまったカナにそれを求めることはしたくない。
(仕方ない……。夕飯のあとこっそりトイレで……)
オカズなら今日はいくらでもあるから――と考えながら浴槽から上がった時、カナがおもむろに耳を寄せてきた。
「そのさ……今すぐには無理だけど……夕食の後落ち着いたら……せめてソレくらいは処理してあげるから」
そう言って、カナはそそくさと浴場を後にした。二人一緒に戻るのも怪しまれるので、自分が先に戻ろうという意思の表れだろう。
「だってよ……よかったな、お前」
藤岡は自分の息子にそう声をかけてみた。答えが返ってくるはずもなく、シュールと言うにも下品すぎて空しい。
ああ、これはきっかけだったんだな――。
藤岡は何となくそう思った。自分が偶然全裸のカナに遭遇してしまったのも、つまりは俺の肩を押さんとする何かの力が働いたということ。
都合のよすぎる解釈だとは思ったが、藤岡はそう結論付けることにした。
どんな因果にせよ、この唇に残る温もりは確かなのだから――。
「はあ、それにしても夕食の後まで待つのもきついなあ」
それこそこの場でイッパツ抜いてしまおうかとも思ったが、瞬間カナの不満そうな顔が脳裏に浮かんだ。
そして藤岡も浴場を後にした。その顔は、消化不良で終わったにもかかわらず至極幸福そうだったと言う。

※その後、宴会場でみなで集まった夕食の席で、藤岡は女性陣の前では何とか己の股間を隠すことに成功したものの、
(隠そうと奮闘する自分を見て、居心地悪そうに目をそらしていたカナがいたことも注記しておく)
男の前だからと油断した瞬間に、しっかりとトウマに股間のふくらみを見られてしまい、
彼女に拭いきれないトラウマを与えたことを追記しておく。

終わり
最終更新:2008年03月27日 23:29