藤岡日記

なんだか神社に来るまでにいろいろな事があったが、ようやく俺達は神社にたどり着いた。
入口から境内へ向かう道の両脇には出店がたくさん並び、御参りに来た人でにぎわっていた。
はぐれたりしたらたまったもんじゃない…オレは千秋ちゃんの手が離れない様に強く握った。

「…よし、藤岡。とりあえず先にお参りを済ませてしまうぞ。出店はその後だ。」
「…え?先に出店に行くんじゃないの?」
「ん?なんだ、藤岡は先に出店に行きたかったのか?」
「えっと…そう言う訳じゃないけど……。」

そう言う訳じゃないけど……何となく千秋ちゃんは御参りなんかそっちのけで出店に走るような気がしていた。
と言うか…ハッキリとは覚えてないけど、なんだか前にココに来て…その時は出店に走って行った気がする。
それで確か…はぐれて……でも、もちろん千秋ちゃんと二人で来るのは初めてだ…。

「お前なぁ…まずは御参り、その後に出店が基本だろ?」
「そうなの?」
「まぁ…カナのバカなら御参りなんてそっちのけで出店に走って行くと思うけどな。」
「南…」
「あいつの事だ…食い意地が凄いから、きっと食べものの店ばっかり行くぞ。」
「食べ物……あ…っ!」
「ん?」

千秋ちゃんの話を聞いてすべて思い出した…そうだ、忘れていた。……いや、正確には忘れようとしていた。
去年の正月オレは南とこの神社に来たんだ。…あの時オレは南の事が好きで元旦に初詣に誘ったんだ。
電話をしたら断られ…それで出店で食べ放題と宿題を見せる約束をして来て貰ったんだっけ…
結局南は食べ物だけを3000円分も食べて、帰りに焼肉まで奢らされ…宿題を持って帰ったんだよな。
あの時南に「お前何をお願いしたんだ?」って聞かれて恥ずかしがって「焼肉が食べたいって…」と言ったのが悪かった。
本当は「南に気持ちが伝わりますように…」って願っていたのに…。
…もしあの時本当の事を言えていたら未来も変わっていたかもしれない……。

「…藤岡?大丈夫か?」
「……え?」
「いや、お前さっきから黙りこんだまま…なんだか悲しい顔してるぞ?」
「そ、そうかな?そんな事無いよ!うん!あは…あははは!」
「そうか?ならいいんだけど…先に出店に行きたいならそっちに行ってもいいんだぞ?」
「そんな、先に御参りに行こう!じゃないといろいろ思い出しちゃいそうだし!」
「…?」

気がつくと、千秋ちゃんはずっとオレの事を心配そうに見ていたらしい。
そうだ、あの時南に気持ちが伝わらなかったお陰で、こうしてオレは千秋ちゃんと付き合えているんだ。
むしろそれで良かったじゃないか?…そうだよ、良かったんだ!むしろよくやったよオレ!!
自分にそう言いながら御参りの列に並んでいると、ふとオレの目に知っている顔が映った…。



「あれ?…千秋ちゃん、あそこで御参りしてるのって…確か千秋ちゃんの友達の…」
「ん?…あれ?なんでこんな所に内田が?」
「あっ、そうだ内田さんだっけ……一人で来てるみたいだけど…大丈夫かな?」
「おかしいな…内田とマコちゃんは、私が家を出る時『カナに呼び出された』…って言って朝から家に来ていたぞ?」
「…でも何か呟いて、泣きながら御参りしてない?」
「…ちょっと何を言ってるか調べてみるよ。」
「調べる…ってずいぶん遠くて声なんて聞こえないけど…」
「私は口の動きで少しは分かる。いわゆる読唇術ってやつだ。」

千秋ちゃんは何やら凄い事を言って、半分とじた目をグッと開き彼女の口元をじっと見だした。
『…カナ…マコちゃんの……白い液が…口いっぱい…ハルカちゃんに……誤解…』
そう言うと千秋ちゃんの目は半分閉じた。もしこれが本当なら凄い事だ…しかしなんの事か意味が全然分からない。
とにかく心配なのでオレと千秋ちゃんは、彼女の元へ向かう事にした…と、その時一人の男が彼女に近づいた。

どうも知り合いの様だが、どう見てもオレより年上…いやもしかしたらハルカさんより年上じゃ無いか?
しかしその男と会った途端に泣いていた彼女は慌てた様子の後、急に元気になったようだ…
とりあえず良かった…そう思い千秋ちゃんの方を見ると、千秋ちゃんは目をグッと開いていた。千秋ちゃん目こわっ!
『床…どうしたんだ……良かったら…来ないか?』…千秋ちゃんはそう言うと、再び目を半分閉じた。

「えっと…知り合いなのかな?」
「何所かに誘っている辺り…おそらく知り合いなんだろう。しかし『床』ってなんだ?」
「床…なんだろうね……でも知り合いみたいで良かったよ。オレはてっきり誘拐でもされるのかと…」
「…!そうだ、あいつは内田だった!それもあり得るぞ!あいつチョコか何かくれるって聞いて元気になって…」
「それで男のあの言葉がもし『良かったらもっとお菓子あるから着いてこないか?』…だったら……」

オレは千秋ちゃんと顔を合わせてハッとし、もう一度彼女の方を見た…がすでにそこには姿がない!
慌てて探し始め、発見した千秋ちゃんが神社の入り口の方を指差した。
しかし彼女はその男と、黒い大きな車には乗り何所かに行ってしまった…

「ど、どうしよう。大丈夫かな?」
「お、落ち着け藤岡、まだそうと決まったわけじゃ無い!」
「でも…あの子ちょっと抜けてる所があるっていうか…」
「…いくらバカでもさすがに……ぃゃ…ありえないと言いきれないか…。」
『あれ?千秋ちゃん?』
しばらくオレ達があたふたしていると、そこに2人の女の人が現れた。

「ん?なんだ、あつこ達も来てたのか。」
「ちょっと、達ってどう言う事よ!達って!」
「まぁまぁ…マキ落ち着いて。」
「私は落ち着いてるよ!…あ、そう言えばさっき…えーっと……内田さん…だっけ?」
「内田…内田?……内田…?! そうだった、いま内田が誘拐…」
「なんで保坂先輩といたんだろうねぇ?」
「保坂…先輩?」
「うん、なんだか家に誘われてたみたいだけど…いつの間にあんなに仲が良くなったんだろうね。」
「その…誘拐犯じゃ無いのか?!」
「…誘拐犯?あははっ、保坂先輩ならあり得るかもね!なんせ気持ち悪い人だから!」
「…そ、そうなのか?!」
「ちょっと、マキ…大丈夫だよ。保坂先輩は少し変わってるけど良い人だから。じゃあお邪魔みたいだし私たち行くね。」
「御二人ともお幸せに~♪」
「なっ…!おぃ!ちょっと、この事は……」

そう言って二人は出店の方へ向かって歩き出した。
…どうやらオレ達の取り越し苦労だったらしい……そうこうしている内にオレ達はさい銭箱の前にたどり着いた。


最終更新:2008年03月28日 00:03