初詣
御参りを済ませた藤岡と千秋は、第二のメインとも言える出店へ向かった。
普段滅多に小遣いなど貰わない千秋だったが、この日はハルカに貰った1000円のお小遣いを持っていた。
右手で綿あめを食べながら左手にはヨーヨー…普段なら、「砂糖でも舐めてろ」や「そんなもの使い道無いだろ」等、
お金の無駄遣いと言って買いそうに無い千秋だが、祭りの雰囲気にのまれてか意外と楽しんでいるようだった。
いろいろな店を回り、気がつくと所持金はあっという間に300円になっていた。
「…あっ。」
突然足を止めた千秋の目の前には、くじ引き屋…それこそ良い物の当たりが入ってるか等疑わしいものだ…
しかし千秋の目線の先にある人形は、まさしくふじおかの色違いと思われるクマだった。
「おい、藤岡…あのクマの人形はどうやったら貰えるんだ…?」
「くま?…えっと、あの辺りにあるのは…多分5等だと思うよ。」
「そうか…ちょっとやってくる。」
そう言って千秋の引いたくじの番号は137番……それはクマから遥かに外れた番号だった…。
普通なら「残念だったね。」と、足もとにある何に使うかよく分からないおもちゃに手を伸ばすのだが…
この店の若い兄さんは「お嬢ちゃん可愛いからオマケしとくよ。」と言って、8等と書かれた箱から賞品を選ばせようとした。
しかし千秋は初めてするこのくじ引きのシステムがイマイチ分かっていなかった。
「えっと…私はそっちのクマの人形が欲しいんだけど。」
「えぇ?いや…これは流石にねぇ…」
「まぁそう硬い事言わず。5等も8等も似たようなものじゃ無いか。差別は良くない…8等のおもちゃが泣いているぞ。」
「…?」
「つまり私にそのクマの人形をくれまいか?」
「…でもね、この人形は2000円くらいする物だから…ごめんね。」
「…そうか、ならば私と物々交換してくれないか?」
「物々交換?いったい何と?」
店の人がそう言うと、千秋はかばんの中をゴソゴソあさり始めた。
「お…あったあった。これと交換してくれないか?」
「あの…ソレって……」
千秋の手に持っているのは、神社に着いた時からどうしようか困っていたデパートで脱いだ下着だった。
「ちょっと事情があって少し汚れてはいるが…これは3000円くらいだったんだ。」
「………。」
「もしお前に妹でもいるのなら洗って使…」
「よし、このクマの人形はお譲ちゃんにあげよう!」
…交渉は即決だった。
くじ引き屋のお兄さんは下着を手に入れ、千秋はクマの人形を手に入れた。
座って待っている藤岡の元へクマを持って走って行くと、そのクマをゲットした姿を見て藤岡は驚いた。
「え?!千秋ちゃん本当にクマの人形当たったの?」
「当然だ。…と言いたい所だが物々交換で貰ったんだ。」
「物々交換?」
「あぁ、…まぁ、あの人に私と同じくらいの妹がいて助かったよ。」
「妹?」
何が何だか分からない藤岡に対して、千秋はそのクマの人形を藤岡に差し出した。
「これ、藤岡にやるよ。」
「え…でも千秋ちゃんが欲しかったんじゃないの?」
「いや、私にはふじおかがいるから。」
そう言うと千秋は、かばんからふじおかを取り出した。…どうやら千秋は外出の時も常備持っているらしい。
「私はクリスマスプレゼントとかあげてなかったからな、少し遅いが私からのクリスマスプレゼントだ。」
「じゃあ…ありがたく貰っておくね!ありがとう。」
藤岡がそう言ってクマを受け取ると、千秋も満足そうに「うんうん」とうなずき、今度は少し恥ずかしそうに話はじめた。
「藤岡、そのクマは設定上ふじおかの彼女と言う事になっているんだ。」
「そう言えば…聞き流してしまってたけど、そのクマふじおかって名前になったんだ…。」
「まぁ、それはさておき……あまり長い間離れ離れになるとふじおか達が悲しむことになる…」
「はぁ…(なんだかややこしいな…)」
「だから…お前は今までよりも多く私の家に来て…その……ふじおかにそのクマを合わせる義務があるんだ。」
ここまでの千秋の話を聞いて、藤岡も大体の意図が分かってきた。
つまりは藤岡に会うための口実のためにクマを藤岡に渡したのだ。
そうと分かると、藤岡は千秋をからかわずにはいられなかった。
「そうか…じゃあ……このクマの名前はチアキにしようかな。」
「…は?!お前、急に何を言い出すんだ?」
「いや、千秋ちゃんの持ってるクマのふじおかの彼女なんだから、チアキがいいかな…って。」
「そ…そうか。…だがその名前を付けるからには大事にしないと承知しないからな。」
「分かってるよ。寝る時もチアキと一緒に寝る様にするし、たまにはチアキをお風呂にも入れてあげないとね。」
「そ…そうだ!すっごく、すっごく大事にしろ!」
クマの事とは言え、これでは自分が呼び捨てにされているようだ…そう思いながら千秋は顔を赤くしていた。
「さてと…それじゃあそろそろ先に進もうか、チアキ。」
「な…っ、おぃ!今私の事呼び捨てに…」
「ほら、千秋ちゃんも行くよ。」
「えっ?…あっ、なんだ…そっちのチアキか…。」
そう言いながら千秋は更に顔を赤くして俯いた。
「ん?さっきから顔が赤い様な気がするけど…大丈夫か?チアキ。」
「だ、大丈夫も何もお前がそんな事言うか…」
「あれ?千秋ちゃんまで顔が赤いけど大丈夫?」
「……藤岡、お前…わざとやってるだろ?」
「わざとって…なんの事だろうね?チアキ。」
「…ふ、藤岡~!!もう、私の前でそのクマをチアキと呼ぶの禁止だー!」
千秋はそう言うと拳を振り上げ、藤岡は笑いながら逃げ出した。
しかしサッカーで鍛えられている藤岡に千秋が追いつける訳もなく、千秋は疲れて追いかけるのを止めてしまった。
「ハァ…ハァ……藤岡…もう逃げるな…。私はカナと違って体力バカじゃないんだ。それに足だってまだ治りきっていない。」
「ごめんごめん、つい面白くて。」
「ハァ…つい面白くてじゃねーよ、バカ野郎…。ハァ…ハァ……疲れちゃっただろ。」
「うーん…そうだ!じゃあ自動販売機で千秋の分もジュース奢ってあげるから、ねっ。」
「あのなぁ…クマの人形がジュースなんて……」
「そっちじゃなくて、こっちの千秋に奢るって言ってるんだけど?」
「…え?……その…それは私の事か…?」
「うん。さぁ、早く行こう。」
「あ、あぁ…そうだな。のど乾いちゃったしな…。」
そう言って千秋は藤岡の差し出した手を取った。
「…藤岡、カナ達の前では…その、恥ずかしいから今まで通り千秋ちゃんで頼む…。」
「うん、家ではそう呼ぶようにするよ。…千秋?」
「な、…なんだ?」
「顔が赤いよ?」
「…余計な御世話だ…バカ野郎…。」
最終更新:2008年03月28日 00:04