「……どうしたの? その髪型」
教室に入り、席に着くと、隣のケイコが驚いたような声をあげた。
「ん? まあ、なんとなくだよ。別に初めて見るってわけでもないのに、そんなに驚かなくてもいいじゃないか」
「そうだけど……カナが髪を降ろして学校来るのって、初めて見た気がするから」
気がするのではなくて、間違いなく初めてだ。カナはそんなことを考えながら教室を見回した。
普段と違っている自分の姿に興味津々といった感じでクラスメイトが自分を見ていることに気付く。
(何か少し恥ずかしいな……)
カナは少しだけ後悔した。ちなみに、どうやら藤岡はまだ来ていないらしい。
「きっと藤岡君が見たら驚くね」
「当たり前だ……アイツのためにわざわざ……って、何を言わせるんだー!! 誘導尋問とは……ケイコ恐るべし」
「……べ、別にわざと言わせようとしたわけじゃ……」
ちなみにクラスの中ではカナと藤岡の関係はケイコを除いて秘密になっている、はずだ。
しかし以前に「比較的仲のいいクラスメイトぐらいには伝えておこうか」
と、リコにそのことを話そうとしたカナは、ケイコに全力で止められた。
しかも「それは流石に残酷だよ……」とかいう冷め切った声色でのお咎めというおまけつきだ。
(藤岡の奴……この髪型を見たら何て言うかな……)
その後、カナはぼーっと藤岡の顔を思い浮かべ、窓の外を見ていた。すると、
「あ、おはよう藤岡君」
隣でケイコの声が聞こえた。
「うん、おはよう。南もおは……」
藤岡の身体が、カナの姿を見た瞬間に氷のように固まった。
「南……その髪型……」
「別に。ただの気まぐれだよ」
「いつものやめて、降ろしたんだね……」
「だからただの気まぐれだって! 別にお前が言ったから降ろしたわけじゃ……!」
思わず声を荒げてしまった瞬間、クラス中の視線が自分に集まっていることに気付き、カナは慌ててに再度視線を窓の外へやった。
我ながらドコのベタなツンデレ少女だ、と思いながらも、
カナは自分のいつもと違う姿を藤岡に凝視されていることに緊張してしょうがなかった。
藤岡もそれっきり、周りの空気を察したのか、
「そうなんだ……。ハハ、似合うと思うよ」
そう言ったきり、バツが悪そうに自分の席へと移動していってしまった。
そして朝のHR、午前の授業中、給食、昼休み、午後の授業中……。
流れるように過ぎていく時間。
その間で、カナは終始窓の外を見やっているフリをしながらも、離れた藤岡の様子を観察しきりだった。
正直に白状して、その反応が気になってしかったなかったのだ。
が、藤岡は自分とは目を合わせようともせず、ずっと違う方向を見てばっかりいる。
カナにはそれがえらく不満だった。
(何だよ……。せっかくお前が言うから髪を降ろしてきたっていうのに、少しくらいは気にかけてくれたっていいじゃないか)
『髪を降ろした南もなんかいいなと思ってさ』――藤岡の言葉を思い出す。
あれはもしかしてただの冗談だったのだろうか?
そのせいで自分は悶々と悩み、果てはこうして好奇の視線を浴びて恥ずかしい思いをすることになった。
だとすれば、藤岡の股間に黄金の右を食らわせてやるぐらいしないと気がすまない。
カナのフラストレーションは溜まる一方だった。
そして一日は終わり、放課後――。
クラスメイト達は部活へ行く者、帰宅する者と、思い思いの場所へ散っていく。
そんな中でカナは、のほほんと佇む藤岡の席まで行き、連れ出して強制的に事情を聞くつもりだった。
が、意外なことに藤岡の方からカナの元へと歩み寄ってきたのだ。
「南……ちょっと」
「何だ? 藤岡、お前は今日部活があるんじゃないのか?」
「まあ、そうなんだけど……」
藤岡に部活がある日は、カナは先に帰ってしまうことが多い。
本当は待たされてでも彼氏と一緒に帰りたいと内心では思っているカナではあるのだが、
「待たせるのは悪い」という藤岡の言葉にいつも従ってしまうのだ。
空気の読めない奴だと思う一方で、そういう日は必ず家に寄ってくれるなどマメな点もあり、カナとしては嬉しくも……、
(……っておい! 私は今から藤岡に黄金の右を食らわせなくちゃいけないんだぞ! 惚気てどうする!)
何とか我に返ったところで、藤岡は何も言わず急にカナの腕を掴んだ。
「!! な、なんだいきなり!!」
それでも藤岡は何も言わず、カナは腕を引っ張られるままに教室の外へと連れ出されていった。
そして、連れて行かれたところは校舎の外れの空き教室。
文化部の道具や古い教材などの物置のように使われている場所で、普段は立ち入る人間など殆ど居ないところだ。
「こんなとこに連れてきて……一体何なんだよ」
まるで好きな異性を呼び出して告白するようなシチュエーションだ。
が、既にその段階を突破している二人が、こんな人気のない所に来る理由がカナには思いつかない。
否、一つ思いつくが、あまり口には出したくない。
「そうだ! それより藤岡、お前一体どういうつもりなんだ!!」
当初の目的を思い出したカナは、藤岡を責めたてはじめた。
「本当はな……お前が見たいって言うからわざわざこの髪型に……っ!!」
そこまで言ったところで、カナの言葉は止まった。否、正確には止められた。藤岡の突然の抱擁によって。
最終更新:2008年03月29日 13:24