キーンコーンカーンコーン……
「はい、じゃあ今日の片付けは、3班の人がしてね」
「はーい」
「わーい、今日はこれで終わりだね」
「うん、でも、帰る前に雨が降らなくてよかったね」
「吉野、内田」
「ん? どうしたのマコトくん」
「早く片付けないと、帰りの学級に間に合わないよ」
「南が俺を無視します」
「また?」
「今度はなんで?」
「それが、まったく心当たりがないんだ」
「うーん……」
「マコトくんだからなー……」
「どうすればいいんだ……」
「どう思います? バットさん」
「バットさんて誰だ」
「私が思うにですね、グローブさん」
「グローブさんて誰だ」
「ボールさんの最後のエラーで負けたからかと」
「なるほど、ボールさんは俺だな!?」
「チアキちゃんに謝ってきたら?」
「よし! じゃあ、後片付けは俺が全部やるから、お前らは帰ってていいぞ!」
「ホント? やったー」
「でも、チアキちゃんは先に得点ボード持ってっちゃったよ」
「そうか! じゃあ、一人でやって遅くなると先生に怒られるから、体育着は隠しておいてくれ!」
「うん、わかった。うまくごまかしておくね」
「じゃあ、よろしくー。ラッキーだなー」
「うわっ! いっぺんに全部持つのって難しいな!」
「ところで気になることがあるんですが、体育着さん」
「どうしました体育着さん」
「チアキちゃん、今日は朝から機嫌悪かったよね」
「うん、私も気になってた」
「大変だ! ボールがこぼれた!」

「はあ」
今日は朝から眠い。
当たり前だよ、ほとんど寝てないんだから。
疲れた。今日はもう、考えすぎて疲れた。
昨日のあれはなんだったのか、未だによくわからないよ。



「もう、今日は早く帰って寝よう……」
この得点ボードを片付けたら、さっさと教室に戻って、家に帰ろう。
だけど、まさか今日も、あんなことになってたらどうしよう。
「南っ! お待たせ!」
「…………」
ハルカ姉さまは部屋が暗くてよくわからなかったけど……なんだか、ベッドで丸くなっていた。
私にはよくわからないけど、なんだか、いつものハルカ姉さまじゃないみたいで、怖かった。
「今日はエラーしてごめんなさい! だから、全部一人で片付けるために来ました!」
「…………」
カナに至っては、明らかにおかしかった。
藤岡と何をしていたんだ? キスをしていたのはわかるんだけど。
「チアキ?」
「…………」
その後、なんだか怖いことをしていた。
なんだかよくわからないけど、いつもの二人じゃないみたいで、やっぱり怖かった。
「姫!」
「…………」
まあ、いいよ。今日はもう疲れたんだ。とにかく、ベッドに入って寝転がりたいよ。
帰ろう。
「南! 南っ! チアキ! ごめんなさい!」
「ん? なんだ、いたのか。みんなはどうした?」
「はいっ! 俺のせいで負けたから、一人で片付けようと思って帰らせた!」
「そうか。じゃあ、私も帰っていいか?」
「はいっ!」
帰ろう。考えても仕方ない。
もしかしたら、昨日のは夢だったのかも知れないし。そう思おう。
「南っ!」
「なんだ?」
「ボールをどこに片付ければいいのか、わからないよ!」
知るか。
「知らないよ、そんなの。どこか適当に空いているところにでも置けばいいだろう」
「わかった!」
ああ、うるさい。私は疲れてるんだ。
「よしっ! あの棚の上に隙間を見つけたぞ!」
「ん?」
「それっ!」
マコトは身長が届かないところに、ムリに詰め込もうとしていた。
「おい! 隙間に無理やり入れるんじゃなくて、キチンと空いてるスペースにだな……!」
「ああ! 任せろ! えいっ!」
がらがらがっしゃーん



「…………」
「…………」
ぽーんぽーんぽーん……
「…………」
「…………」
カンベンしてくれ……。
「み、南! ごめんなさい! だけど、俺一人で片付けるよ!」
「バカ野郎……」
こんなのを放っておいたら、私のほうが先生に怒られるじゃないか。
頼む、ホントに疲れてるんだよ……。
「いい。私がやるから、お前はただボールを拾い集めることだけしてくれ」
「俺も手伝うよ!」
「いいから拾え」
「はいっ!」
ああ、もう、考え事なんかしてないで、さっさと帰ればよかった……。
昨日から、なんだかずっとツイてない気がする。
なんで私ばっかりこんな目に遭うんだろう。
「南っ!」
「なんだ?」
「ボールが一個、奥のほうにいって取れないよ!」
「どこだ?」
「ほら、跳び箱の奥にいっちゃって、手が届かないんだ!」
「ホントだ。あれは取れないよ。跳び箱を登るしかないな」
「よしっ! じゃあ、俺が取るよ!」
「いい。私がやるから、他のを集めてろ」
「はいっ!」
こういうとき、身長がないって困るなあ。
ふう。なんで体育倉庫っていうのは、こんなにほこりっぽいんだろう。
「南! 取れたか!?」
「な! お前まで来てどうするんだ! 私一人でいいだろう!」
「カゴ持ってきた!」
「ああ……ありがとう」
「今行くぞー」
その時私は、跳び箱を登って、カゴを横倒しにして、ボールを撒き散らすマコトの姿が脳裏に浮かんだ。
「待てっ! いいっ! カゴはいいから、持ってくるなっ!」
「はいっ!」
ふう……なんで私が、マコトの操作までしてあげなくちゃいけないんだ。
「南! 来たぞっ!」
…………。
「……何をしに?」
「大丈夫! カゴは持ってこなかった!」



だったら、お前が来る意味自体がないでしょう……。
と思ったけど、説明するのが面倒だから、もう諦めた。
「わかった、ありがとう」
「どういたしまして!」
「ここは角になって狭いから、さっさと登ろう」
サア……
「ん?」
「どうした? 南?」
「……雨が降ってきたな」
「そういえば、天気予報で降るって言ってたな」
最悪だ。私は今日、傘も持ってこなかったんだ。
「もう、いい、さっさと行こう」
ちょっと気温も寒くなってきた。
体育着のままだと、カゼをひいてしまうかもしれない。
その時、ドアのほうから声がした。
「なんだー? 誰もいないのか?」
あれ? あれは2組の先生か?
「いや、ここに……」
「まったく、ちゃんと鍵をかけておけって言ってるだろう……」
がしゃーん
「あ……」
がしゃこん
「…………」
「南?」
絶望的な音が倉庫内に響き渡った。
外の体育倉庫は、普通の鍵だけじゃなくて外から南京錠もかけるんだ。
「どうした南! もしかして、登れないのか!?」
マコトが下から突っ込んできた。
「うわっ! バカ野郎、押すなっ!」
どしーん
「いたた……」
「南っ! 大丈夫か!?」
「大丈夫じゃないよ……」
肉体的ダメージより、精神的ダメージのほうが大きかった。
「おい……鍵を外からかけられたよ」
「ええっ!?」
マコトが大声をあげた。
なんであの時、このくらいの声を出せなかったんだろう。
普段大きな声を出したことのない、自分の声帯をちょっと恨んだ。
「よし! 俺が助けを呼んでくるよ!」



「悪いが、期待してるよ」
この状況だと、マコトのバカみたいに大きい声だけが頼りだよ。
私は疲れて動く気力もなく、ドアの前で叫ぶマコトの声を聞き続けた。

「ごめん、南……」
「仕方ないよ」
結局、しばらくたったけど誰も来なかった。
来たのかもしれないけど、この土砂降りの雨の音と、体育倉庫の完璧な防音で、聞きつけてくれって言うほうがムリだ。
それよりも、疲れた。もう、しゃべる気力もなくなってきた。
ホントに、なんでこんなにツイてないんだろう……。
「南っ! 俺、考えたんだ!」
「…………」
「学級会で俺たちがいなければ、先生が気づいてくれるんじゃないかな!」
おお。
マコトにしてはまともな思考だ。
「あと、クラブの時間になれば、誰かがこの倉庫を開けるよ!」
「そうだな……それまで待ってよう」
「そうだね!」
だけど、このとき気がつくべきだったんだ。
雨が降ってたら、外でやるクラブ活動なんて、お休みだってことに。
もっとも、気がついたところで、どうしようもないんだけど。

「誰も来ないな……」
「ああ、そうだねえ……」
もう、どのくらいたったかわからない時間になっていた。
私は疲れて居眠りしていたけど、やっぱり誰も見に来てくれなかった。
「はあ……」
マコトもだいぶ疲れてるみたいだ。
私なんか、もっと疲れてるよ。
「寒いよ……」
雨の中、どんどん気温は下がっていった。
地面にそのまま座るのは冷たすぎるから、マットをひいてその上に座っていた。
それでも、体育着一枚の私は、居眠りしてから、どんどん寒くなってきていた。
「大丈夫か、南!?」
「私の体に触れるな」
「はいっ!」
と言っても、マコトも寒いんだろうけど。
はあ、なんで私はこんな目に遭わされるんだろう……。
「…………」
「…………」

最終更新:2008年02月16日 21:02