最近、妙な気分になるときがある。
ムカムカというか、モヤモヤというか。
胸が詰まるような、嫌な気分だ。
「(………なんだろうね。)」
どうしてなのかは、解からない。
けれど、そんな気分になるときは、いつも決まって、藤岡が家に来ているとき。
それから。
「………この歌は、好きか?」
「うん。好きだな、この人の歌。」
「………私もだ。」
決まって………チアキが、藤岡の膝の上に居るとき。
2人が、楽しそうに話をしているときだ。
「………どうした?」
「へ?」
チアキが、不思議そうにこっちを見ている。
慌てて、睨むように見つめていた視線を外す。
「あ、いや………別に。」
適当に誤魔化して、視線をテレビに移す。
「あ………もう、こんな時間だ。」
「あら、すっかり遅くなっちゃったわね………お家に、連絡した方がいいかしら?」
「いえ、お構いなく。」
藤岡がチアキに声を掛けて、チアキが少し寂しそうに立ち上がって、そして、藤岡を
3人並んで玄関で見送る。
「じゃぁ、お邪魔しました。」
「また、いつでもいらっしゃいね。」
「………今度は、いつ来るんだ?」
「解からないけど………また、来るよ。」
藤岡は笑顔でそう言って、玄関のドアノブに手を掛ける。ドアを開ける。
そして………去り際に。
「じゃぁ、南、また明日。」
私に向かってそう言って、同じように、微笑む。
どうしてなのか、解からないけれど………ムカムカとモヤモヤが、一気に吹っ飛ぶ。
「お、おう。またな。」
私は笑わずに、いつもの様に、ぶっきらぼうに別れの挨拶を済ませる。
「番長は、本当にいい人だよ。」
「………。」
「いや、いつまでも『番長』と呼ぶのも、申し訳ないな。」
「………。」
リビングでテレビを眺めている隣で、チアキはずっと藤岡の話をしている。
テレビの中で、好きな歌手が新曲を歌っている。それなのに、その音が全然頭に入って
来ない。
ムカムカが、モヤモヤが、再発する。
「一緒に居て、凄く落ち着くんだよ。」
あのチアキが、いつも私に毒ばかり吐いているチアキが、そんなことを言っている。
見ると、何か、少し顔が赤み掛かっているように見える。
「(………ッ!)」
それを見た瞬間、私の中で、何かが弾けた気がした。
乱暴にリモコンを掴んで、テレビの電源を落とす。中途半端な音を残して、テレビが
黙り込む。
「………?」
私はそのまま、チアキの顔も見ないで、早足でリビングから出て行く。
「おい、見てたんじゃ………?」
「うるさいよ!!」
叫ぶように言って、私は、一目散に自分の部屋に駆け込んだ。
カナが去った後のリビングに、ハルカが顔を出す。
「今の、カナの声………?」
心配そうな声で言いながら、ハルカはチアキの顔を伺う。
チアキはチアキで、何がなんだか解からない、というような顔をしながら、ハルカの
顔を見つめ返す。
「………そっとしておいた方が、いいんじゃないですか?」
「そうかしら………。」
2人はしばしお互いの眼を見つめた後、小さく頷いて、視線を外す。ハルカは台所に
戻り、チアキはさっきまで見ていた番組の続きを見ようと、投げ出されたリモコンを
拾う。
テレビの電源が入る。カナの好きな歌はまだ続いている。眼に痛いほどの赤い照明が
照らすセットの上で、4人組の男性ユニットが、歌っている。
最終更新:2008年02月16日 22:01