部屋に入って、そのまま、電気も点けずにベッドに倒れ込む。
「………。」
眼を閉じると、なぜか、真っ暗な中に藤岡の顔が浮かんでくる。
「(………なんだい、顔なんか赤くしちゃって。)」
続いて、チアキの顔と、声が浮かんでくる。
藤岡の話をするときの、あの楽しそうな声。赤みが掛かった頬。
「(なんだってんだよ、全く………。)」
今度は、2人が一緒に出てくる。藤岡の膝の上に乗って、お気に入りの『ふじおか』
を抱えて、幸せそうにテレビを眺めるチアキ。楽しそうに話しかける藤岡。
「(ホントに………。)」
そして。
「(どうしちゃったんだろう。)」
考えることが、切り替わる。
「(どうしたんだよ………私は。)」
またいつの間にか、心の中に浮かんでいるムカムカとモヤモヤ。
息苦しいような、妙な感じがする。喉の奥に何かが詰まっているように、胸が苦しい。
「(なんなんだよぉ………変だよ。どうしたんだよ。)」
行き場の無い気持ちが湧いてきて、どうしようもなくなる。何も無い空中で両手を
振り回す。心は、晴れない。
自分の気持ちが、なんだか、理解できなかった。
藤岡が自分じゃなくてチアキを構っていると、どうにも面白くない。
2人が楽しそうなのを見ていると、声が詰まって何も言えなくなる。
チアキが藤岡のことを楽しそうに話すのが、なんだか頭にくる。
独りでそれを思い出して、またムカムカモヤモヤする。
そして………いつも、無意識のうちに。
『もしチアキじゃなくて、私が藤岡膝に座っていたら。』
そんなことを、想像してしまう。
そのくせいつも、帰り際に藤岡が笑顔を見せると、それが一瞬どこかに消えてしまう。
学校で話をしたら、前の日の嫌な気分を全部忘れられる。
「(………藤岡………。)」
理由も解からないまま、無意識に、心の中で名前を呼ぶ。
心臓の音が、凄く、大きく聞こえた。
そして。
「………カナ?」
「!」
部屋の前で、ハルカの声がする。
「お風呂、沸いたけど………。」
私は、少しベッドの上で固まってから。
「………今行くから。」
出来るだけいつも通りの声で、返事をした。
その翌日。
カナはいつも通り、チャイムが鳴る直前で教室にやって来る。
「あ、おはよー。」
ケイコや他のクラスメイトが挨拶をする。カナもいつも通りに挨拶を返す。
カナは自分の席に着いて、鞄の中身を机に移し変える。黒板を見て、そういえば今日は
自分が日直だった、ということを思い出す。
そして。
「あれ?」
いつもはとっくに席に着いているはずの藤岡の姿が無い。
教室を見渡す。いつも話をしている男子生徒の話の中にも、その姿は無い。
「おい、藤岡来てないのか?」
男子生徒の輪に、カナが声を掛ける。
「え?知らないけど。」
どうやら、誰も理由を知らないらしかった。
やがて、藤岡が不在のままホームルームが始まる。出席の確認が終わる。
「ええと、藤岡君は今日はお家の都合で遅刻すると連絡がありました。」
担任の先生が言う。
「3時間目には出席………と。はい、では、何か連絡のある人は居ますか?」
その後、何人かの生徒が、委員会や何かの連絡を済ませて、ホームルームが終わる。
チャイムが鳴る。
昨日の気分を引き摺ったまま、私は3時間目を迎えた。
直前に、今日の3時間目は音楽から体育に変更になったと連絡があった。ほとんどの
生徒が喜んで、一部の生徒は文句を言いながら、それぞれ体操服に着替える。私は、
喜んだ側だ。
今日は、体育館でバスケットボールをやるらしい。
「ええ、じゃぁ欠席が3名………。」
体育の先生が、出欠の確認を終えようとしたとき。
「あ、藤岡君は遅刻の連絡があったって言ってましたー。」
誰かが、そう言った。担任はそれを聞いて、名簿に何か追加の書き込みをする。
「ええと、じゃぁ、体育になったのは解かってるのかな?」
そして、それを聞いて………私は、忘れていたことを思い出した。
「あ………。」
授業の変更のことを黒板に書いてくるのは、日直の仕事だ。今の今まで、すっかり
忘れていた。このままだと、藤岡は別のクラスの音楽の授業に言って赤っ恥をかく
ことになる。
「スイマセン、書いてくるの忘れました。」
苦笑いしながら手を上げる。
「すぐ書いて………。」
「あ、なんなら私が代わりに!」
『書いてきます』と私が言うよりも早く、何故か、全く関係ないリコが名乗り出る。
そしてすぐに。
「いや、あなた準備運動の当番でしょう。」
と、先生が指摘した。リコが、心底悔しそうに引き下がる。
「じゃぁ、南さん、お願いします。」
「はーい。」
私は急いで体育館用のシューズを履き替えて、教室に戻った。
教室に辿り着いて、藤岡は、鞄の中身を机に移し変えた。
「(………音楽か。)」
時間割を確認して、音楽の教科書を手に取る。机の横にぶら下がったリコーダーを
手にして、教室を後にしようとする。
と、そのとき。
『ガラッ。』
教室の、後方のドアが開く。
「おう、ギリギリ間に合ったか………良かった。」
藤岡が、視線を向ける。ドアの向こうには、体操服姿のカナが立っていた。
「南………?」
一瞬、藤岡の胸が高鳴る。そしてすぐに、そこにカナが居ることと、カナの格好を
見て、おや、と不思議そうな顔をする。
「………えっと………?」
「えっと………3時間目、体育になったんだよ。」
「あ………そうなんだ。それで………。」
「急げよ。体育館だから。」
「解かった、有難う。」
藤岡はそう言って、微笑む。
その笑顔が、いつもの様に、カナの中でくすぶる想いを消し去っていく。
「(………ッ?)」
………その、はずだったのだが。
「(なんだよ………?)」
すぐにカナは、自分の中の異変に気付く。
最終更新:2008年02月16日 22:00