「まぁ、上がんなさいよ。」
カナが、ドアを潜る。
マコちゃんことマコト、そしてトウマがそれに続く。
「仕方ないだろう、ハルカだって暇じゃないんだから。」
マコトが、がっくりと肩を落とす。
「ああ………せっかく準備して、ハルカさんに会いに来たのに!」
「おーう、なんだい?私じゃ不満だってのかい?」
「いや、不満っていうか………何もかも違うっていうか………。」
「よし、いい度胸だ。そこに直れ。」
「あ、いや、その、このメンバーなら、着替えなくても良かったなぁ、なんて………。」
「ほう………。」
カナの攻撃をやり過ごし、依然肩を落としたままのマコトが誰も居ないテーブルに着く。
「チアキも他所で勉強会だし、藤岡も部活だ。トウマも、残念だったな。」
「いや、俺はどっちにしろ、暇だから。」
トウマも、それに続いてテーブルに着く。
「練習も中止になっちゃったし、まだ家に帰っても誰も居ないし。」
「トウマって、家でゲームとかやらないのか?」
マコトが肘を突いて、トウマに話し掛ける。
「うん………ほとんどやらない。」
「ウイイレとか、サッカーのもあるじゃん。」
「だったら、ゲームじゃなくてホントに練習した方が楽しいよ。」
「いや、だから今日みたいに暇なときはさ………。」
マコトとトウマは、テーブルを挟んで他愛も無い雑談をする。やがて、荷物を片付けて
着替えを済ませたカナが、リビングにやって来る。
「よし。誰も居ないんだし、今日は私がもてなしてやろうじゃないか。」
カナは、腰に手を当てていかにも偉そうに胸を張った。
「あ、そうだ。そういえば、『あのプリン』があるんだった。」
台所に向かいながら、カナがぽつりと漏らす。それを聞いた瞬間、トウマは勢い良く
振り向く。眼が輝いている。
「『駅前の角のあの店のプリン』!?」
「『駅前の角のあの店のプリン』だ。」
合言葉のようにそれを繰り返す2人を、マコトは不思議そうに見つめていた。
カナが台所に向かう。トウマはなにやら嬉しそうな顔で、そわそわと落ち着きが無い。
「何、美味いの、そのプリン?」
「お前知らないのか!?美味いなんてもんじゃないんだぞ!!」
「へぇ………。」
キラキラと眼を輝かせるトウマの様子に、マコトも少しだけ期待を膨らませた。
と。
「ん?」
マコトが、部屋の隅に奇妙な形の物体を発見する。
「なんだ、これ?」
引き寄せて、手に取る。野球ボール大の塊に棒が刺さったような形の、それは機械だった。
持ち手の部分にスイッチが付いていて、電池パックがある。
試しに、スイッチを入れる。ボールの部分が、低い音を立てて震え出す。
「マッサージ機か?」
「あ、それ、この間商店街のくじ引きで見た。」
マコトは震えるボールを、肩に当ててみる。
「うおおぉぉぉ、け、結構効くぞ、コレ………。」
「なんか、ジジ臭いなお前………。」
「いや、ホントだって………やってみるか?」
「………じゃ、貸して。」
トウマが手を差し出し、マコトがマッサージ機を………手渡そうとした、そのとき。
手が滑り、するり、とマッサージ機がマコトの手から逃げ出す。
「あ。」
「え?」
そして、次の瞬間。
「よーしお前達、とくと味わうが………。」
最悪のタイミングでリビングに入ってきたカナが踏み出した足の真下に、マッサージ機
が滑り込む。
「うわっ!?」
当然の如くカナはそれに足を取られて、バランスを失う。
カナの身体が傾き、手にしたお盆の上でプリンとスプーンが滑る。ご丁寧にもその蓋が
剥がされているのは、カナの心憎い計らいのお陰だ。
スプーンが床に落ちて音を立てる。そして、ぐしゃ、という音がそれに続く。お盆が
床にぶつかって高らかに鳴り、最後に、カナ自身が床に倒れこむ派手な音が響く。
「………………。」
トウマが、首を傾げる。その視線の先で、3つのプリンが無残な姿を晒していた。
「あ………………。」
マコトの顔が引きつる。その額に、冷や汗が浮かぶ。
そして。
「………オイ。」
「………は、はいぃ………。」
カナが床に突っ伏したまま呟き、マコトが弱々しく応える。
「お前………どうしてくれるんだ、バカ野郎。」
チアキばかりかカナにまでバカ野郎呼ばわりされ、しかしマコトは、反論が出来なかった。
カナが顔を上げる。カップから飛び出て潰れたプリンは、1つ、2つ………3つ。
「全滅とは………マコちゃんよ、やってくれるじゃないか………。」
「………ッ!?」
そこまで来て初めて事態に気が付いたかのように、トウマが眼を見開く。
「しかもこいつ等は………お客様用に残っていた、最後の3つだ………。」
「~~~ッッッ!!」
トウマは、更に絶望的な顔をする。マコトの顔が、みるみるうちに青ざめていく。
「覚悟しろ………食べ物の恨みは、怖ろしいぞぉ………?」
ゆらり、とカナが立ち上がる。そして、
「よーし、トウマ。」
潰れたプリンを前に絶望しているトウマに、声を掛ける。トウマが、泣きそうな眼を
カナに向ける。
「マコちゃんを取り押さえるんだ。」
「………………?」
「そいつの犯した罪は、死に値する。よって、私達が処罰するッ!」
「ッ!!」
それを聞いて、トウマは1度大きく頷く。そして直後に、キッ、とマコトを睨みつける。
2人の視線を受けて、マコトは正にヘビに睨まれたカエルのようにすくみ上がる。
「い、いや、今のは、じ、事故で………っ。」
「問答無用、行け、トウマ!」
マコトの必死の弁解を無視して、カナがトウマをけしかける。腰が抜けたようになって
いるマコトはあっさりトウマに捕えられて、後ろから羽交い締めにされた。
「フフフ………覚悟はいいな、マコちゃん………?」
カナは言いながら、足元に転がったマッサージ機を拾い上げ、ニヤリと笑う。
その殺気を感じ取り、マコトはどうにかトウマの腕から逃れようともがくが、何故か
トウマの腕が全く外れる気配が無い。これも、食べ物の恨みの力だろうか。
カナがじりじりと歩み寄る。マッサージ機のスイッチを入れる。
「えっと、か、カナさん………何を………?」
その、直後。
「行くぞ………!」
「へ?」
カナはマコトの足を押さえ、開く。
「必・殺!!」
「え、ちょっと………!!」
そして。
「待ッ………!!」
マッサージ機を、あらん限りの力で押し付けた。
マコトの叫び声が、南家に響き渡る。
最終更新:2008年02月16日 22:38