飯寺館 (にいでらだて) | |
所在地 | 会津若松市門田町飯寺 |
別称 | 幕内館 |
築城年 | 天授五年(康暦元・1379) |
築城者 | 蘆名直盛 |
城主変遷 | 蘆名氏(1379-82) |
廃城年 | 不明 |
現状 | 稲荷神社、企業敷地 |
飯寺館は福島県会津若松市に所在した城館跡であり、中世の会津領主である蘆名氏の初期の居館の一とされる。
天授五年(康暦元・1379)会津へ下向した蘆名直盛は、初め幕内館を築いて居住したとされるが、一般にその館はこの飯寺館を指していると考えられている。直盛はその後すぐ弘和二年(永徳二・1382)に小館へ、さらに元中元年(至徳元・1384)に東黒川館(小高木館、のち黒川城)へと移ったとされる。そしてその子孫は天正十七年(1589)伊達政宗の侵攻を受けるまで、会津領主として南奥州に大きく勢力を拡大した。
蘆名氏の下向時期、その居城の変遷などは諸説あり、何やらワケが判りませんが、この天授五年に始まる飯寺館(幕内館)→小館→東黒川館の流れが一般的な様です。飯寺館は現在会津オリンパスの工場となっている場所が中心で、稲荷神社がある場所はその南に位置する郭であったと考えられています。東には馬場があったとされていますが、全体的に工場や道路などによって全くその面影は残っていません。