押し倒しネタから

78side.ナミ①sage2011/05/28(土) 18:34:45.30 ID:???


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気がついたらシーツに沈みこまされていた自分の体。
いつもよりずっと近い煙草の香り。
そして、上に伸し掛り含みのある笑顔で見下ろしてくるぐるぐる眉毛。

…どうしてこんな事になっているのだろうか。

今日はロビンが見張り当番の日で、私は部屋で一人航海日誌をつけていた。
そこにサンジ君が部屋におやつを運んできて…と、普段と変わり映えのない日常のはずだった。
普段と違ったのは、おやつを置いてすぐに帰らずに、何故かそのまま部屋に居座るサンジ君。
背中に視線を感じて、妙な居心地の悪さを覚えた。
だから私は振り向いて「見てないで、部屋から出てって」っと言ったと思う。
そのあとちょっとしたやり取りがあって…。

とりあえず今、自分がベットの上に押し倒されている事は理解した。
ならば私が取るべき行動は1つだけ。

「…どいてよ、サンジ君」
「ダーメ♪」

言葉と、体を捩りながら抵抗を試みたものの、あっさり撃沈。
押し戻そうと胸元を手でぐっと押してもびくともしない。
こんな状態になって始めて実感した、彼との体格差。
いつもだったら子犬のようにじゃれついてこようとするのを、もっと軽く流してしまえるのに。
気がつくと傍にいて、気がつくと視界の中にいるサンジ君だけど、こんなに逞しかったんだと思う。

「放して」
「嫌です、ナミさん」
「…酔ってるの?」
「俺、今日は飲んでませんよ」

抗議の眼差しを送っても、返ってくるのは揶揄するような愉しげな声。
纏う雰囲気はふざけた感じなのに、加えられる力は相当強い。
私が痛くならない程度に、でもけして反撃ができないようしっかり抑えつけている。
にやついた締まりのない表情が状況とはあまりにも不釣合いで。
一体この先どうするつもりなのか。どこまで本気なのか分からない。
ただ1つ言えるのは、私のお願いをいとも簡単に拒否する彼があまりにも珍しいという事。

「ねえ、重いんだけど」
「軽くしたら、ナミさん逃げちゃうでしょ」

…本当に、どこまで本気なのだろう。
予想だにしなかったイレギュラーな事態をどう対処すればいいのか分らない。
これに比べたら、グランドラインの難しい天候を読む方がよっぽど楽にさえ思える。

彼がこのまま強引に事を及ぶとは思えない。
これでも仲間として彼の事を信頼している。
けど、一向に緩まない力に徐々に不安感が募っていくのを抑えられない。
全身が強張っていくのを、否が応でも実感させられる。

「怒るわよ?」

なんて必死に凄んでみても、こんな状態じゃ全然格好つかない。
心なしか声が上ずってしまった気がする。
元々にやついていたサンジ君が、さらにその口元を歪める。

なんだろう。
さっきから、私の中で燻った何かが、モヤモヤと渦を巻いて膨らんでいく。
こんな風にサンジ君を見上げる事が普段ないためだろうか。
今の自分の感情を示す、ぴったりな単語が見つからない。

「ナミさん」
「何よ」
「俺、実はナミさんに怒られるの好きv」
「は?」
「なんていうか、それも結構快感っつーか」

あ。なんか、今ちょっとだけ気が抜けたかも。
見慣れたサンジ君のふにゃりとした笑顔に、お馬鹿な発言。

「サンジ君、そういうの何て言うか知ってる?」
「そりゃもちろん、恋の…」
「マゾっていうのよ、マゾって」
「…う~ん…、俺はマゾじゃないと思うんですけどねえ」
「あら。それ以外で怒られて気持ち良くなる人なんているのかしら」
「ナミさんその言い方なんかやらし~」
「ハイハイ」

冗談交じりの応酬に、少しだけほっとし緊張が和らいだ。
細身なのに、実は結構がっちりと鍛え上げられた身体に覆いかぶさられて、動揺してしまったけど。
ほら、よく考えてみたら。相手はサンジ君なのよ?
大型犬に乗っかられてじゃれられているようなものよ。
いつもと少しだけじゃれ方が違うだけ。
そう思うと、サンジ君に犬耳と尻尾が生えているように見えてきて、ちょっとふき出しそうになってしまう。

「でも、俺マジでマゾじゃないっすよ。てゆーか…」

安心しかけた所で、サンジ君の顔つきが急に変わった。
緩みっぱなしだっただらしない笑顔から、冷めた薄い笑いに。
まるで私の事を嘲笑っているかのように見えた。
心臓がぎくりと脈を打つ。

それからスローモーションのようにサンジ君の顔が下がってきて。
真っすぐ私の顔に向けて近づいてくる気配に、思わず目をぎゅっと瞑ってしまう。

無意識に硬く結んだ唇を通り過ぎ、耳にかかる熱い息。
てっきり彼のそれで塞がれると思っていた場所に、何のアクションもなかった事には少し拍子抜けだった。
だけど。

「それはむしろナミさんの方じゃないですか?」

耳元で、今まで聞いたことのないような低く、艶のある甘い声。
途端にぞくりと背中に旋律が走った。

今サンジ君はなんて言った?
それはナミさんの方。…私の………。
何よそれ。

「わ、私のどこが…」

なんなの。この情けない声は。
誤魔化しきれないくらいに震えて、掠れている。
これじゃサンジ君の言葉を、肯定しているみたいじゃない。

「ナミさん、俺にキスされると思ったでしょ」
「…!」

瞬間的に、ぼっと頬が熱を帯びた。
そして襲ってくる羞恥心。

「して欲しかった?」
「そ…、そんな訳ないでしょ!」
「そっか」
「そーよ」

そんな訳ない。
あるはずがない。

おかしい。
こんなの違う。
私とサンジ君の関係性は、こんなんじゃない。
私が怒ればすぐにぺこぺこ謝ってくるサンジ君。
いつもいつも何でも私の言うことを聞いてくれて、へらへらしてて。
メロリーンとか言いながらハートを散らして懐いてきて。
…私以外の女の子にもしょっちゅうデレデレしているけど…。
だから私に対するパフォーマンスも女好き故のものだと思っていたけど…。
女の子に、こういう態度を取るサンジ君を私は知らない。

相変わらず、その口元は弧を描いたままなのに。
口調はまるでからかっているような雰囲気なのに。
金の髪の隙間から射抜く瞳の鋭さが、私を捉えて目を逸らすのも許してくれない。

「でもさ、ナミさん」

至近距離で囁かれる溜め息交じりの低音に、肩がぴくんと反応してしまう。

「ナミさん、自分が今どんな顔しているか分ってる…?」

どんな顔…?
問いかけたつもりが、私の喉は音を発しなかった。

黙っている時や、戦闘の時、それから料理をしている時。
真剣な表情や、笑顔でも鼻の下を伸ばしていない時は割とかっこいいのにとか、前々からよく思ったりもした。
でも…………私の上に乗っかったままのサンジ君は、まるで始めて見る人みたいで…。
──怖い。

…怖い…?
そうか、私今、サンジ君に…怯えているんだ。
当然よ。
仲間だと思っていた相手に急に組み敷かれて、なかなか解放して貰えなかったら、きっと誰だって…。

「ナミさん、今…」

私は今、サンジ君から見てすごく情けない顔をしているに違いない。

「すっげー物欲しそうな顔、してる」

すとんと、何かが胸に落ちてくる。

──嘘よ!そんな顔していない!───って、通常時なら反論できただろう。

だけどこうしてサンジ君の熱と、煙草の匂いに包みこまれていると、頭がくらくらしてしまう。
そうして思考がまともに働かなくなっていく。
胸から下が密着し、顔が近いせいで抱きしめられているような錯覚にさえ陥ってしまい、もうどうしようもない。

船の上ではみんな性別を超えた存在で、男クルーの事を異性として強く意識する事なんてなかった。
それは彼も例外ではなかったはずなのに。
彼は結局は一人の男であって。
私も結局はただの女であって。
広い肩幅の中にすっぽりと納められている自分が酷くちっぽけに感じてしまう。
サンジ君と私って、別々の生き物なんだなぁ…。

どうして今更こんな事を考えているのだろう…。

……………ああ、分った。
私はサンジ君に怯えていた訳じゃない。
今まで気付かないふりをしていた感情の扉を、抉じ開けられてしまう事を恐れていたんだ。

何と答えていいのかも分らずに呆然とサンジ君を見詰める私に、再び問う誘惑の声。

「ナミさん、どうして欲しい?俺は君が望むものをあげるよ」

──答えは分っているよ、ナミさん。
そう言いたげな意地悪い顔でにやりと嗤う。

やっぱり、私はマゾかもしれない。
私の中にあった名前のなかった感情に、今実はとってもサドスティックなラブコックが色をつけようとしている。
痛いくらいに鳴り響く鼓動の音は、彼には全部伝わっているだろう。
ならば私の取るべき行動は──。

「キス…して」

あとは甘美な世界に、どこまでもあなたと堕ちていくだけ。

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最終更新:2011年07月11日 22:08