(主人の寝室)

主人「ゴホッゴホッ!」
執事「旦那様」
主人「……案ずるな、迎えが来ただけだ。私もよる年波よ、覚悟はできている」
執事「はい……」
主人「しかし、お前にはずっとついてもらってしまったな。ついにこの命の終幕まで。
   クククッ、腐れ縁も続いたものよ」
執事「旦那様、どうかお気を強く持たれて。
   この年まで不甲斐ないわたくしを使っていただいたこと、わたくしは心より感謝を致しております」
主人「ああ、ああ……お前は寄り添う影のように私を助けてくれた。
   仕事に精を出させすぎて、婚期まで逃させてしまったな……」
執事「勤労はわたくしの喜びです。旦那様にご奉公させていただきましたことは、わたくしの誇りです」
主人「クククッ、お前はいつもそうだ……
   見よ、この豪奢な城を! この光り輝く我が城……」
執事「旦那様が一代で築かれた、財でございます」
主人「そうよ。その城に、今はたったひとりの主よ……寂しいことだ。この年寄りだけが、長く生き過ぎてしまった。
   娘は……どうして亡くなってしまったのだ」
執事「お嬢様は……」
主人「ああ、いかん、頭に霞がかかるようだ……
   そうだ、事故だったな……車の整備不良で……婚約を目前にした日だった。
   無理な婚約を薦めた私が……娘の心など針ほども気付けなかった私が、あの時」
執事「旦那様」
主人「いや、分かってはいる……分かってはいるのだ。
   あれは、反抗心でか、グループの私と敵対する男の元へ走ろうとした……
   世間は、娘が都合よく死んだと、私に……」
執事「世間は何も知りません。旦那様がどんなにかお嬢様を大事に思われていたか」
主人「クク、ただの愚痴よ。過ぎたことだ……
   いやいや。過ぎ行くものが言うことは重みがあるか……気をつけないといかんな。
   これでは、我が家老殿が過剰労働の過労になってしまう。いや、今もそう……ゴホッ」
執事「お茶を……いえ、お水を」
主人「最期の時くらい、苦い水にしてはくれないのか。医者に止められ、もう半年にもなるんだぞ」
執事「……銘柄は、何に致しましょう」
主人「松竹梅」
執事「畏まりました」
 (SE:枕元でお酒準備)
主人「息子は……あれはどうして分かってくれなかったのだろう。
   社長が実父という会社で、どうしてうまくやれると踏んでいたのかな……それとも、私の考えが古いのか」
執事「旦那様は、お間違いにはなられません。だからこそ、こうして、成功されてこられたのです」
主人「ハ、ハハハ……長年ついてくれたお前では、説得力が違う。
   あれが薄弱だったのも、片親で育てた私のせいかもしれん……あの前日まで、横柄にしていてたのに。
   あっけない、人間など、あっけないな……いや、私も今からその仲間入りをするのか」
執事「お待たせしました」
主人「うん……フフ、これよ、これ。
   蓮っぽい銘と毛嫌いするものもいるが、なあに、値だけ高い濁ったのなど、この貧乏人の舌には合わない。
   前に通っていた……なんだかな、花の名前のクラブ」
執事「すみれ、ですか」
主人「そうそう、すみれママも言っていたよ、『いなせねえ、うちの店にも置きたくなるわ』って
   あのママは、すぐ私や連れの言った事やらを吹聴して回る困った癖はあるが、色っぽかった……
   痴情の縺れで、なんて、ママらしいじゃないか……いや、失礼かな。
   でも、すぐ私も行くのだから、それくらいは閻魔様も許してくださ……る……」
執事「旦那様……旦那様?」

 (へんじがない)

執事「朝には、顔も知らぬ、遠縁の親戚どもが押し寄せてくるでしょう。
   けれど、ご安心ください。わたくしが旦那様のすべてをお守り申し上げます。
   すべて――『今まで通り』 なにも変わりはしません。
   旦那様は善き人であらせられたのですから、あの醜い方々に再び悩まされるようなことも、きっとございません。
   よく、お疲れになられました。ごゆっくり、お休みくださいませ」

お題:ガチホモ・伝説の・スリル
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最終更新:2010年10月21日 13:38