御坂は出力を絞った無数の電撃を9982号に降り注がせつつも、距離をとって9982号の出方を伺っていた。
その脳裏には先ほど戦闘をした佐天涙子の【公平構成】、つまり負能力が浮かんでいる。
超電磁砲のクローンである9982号の能力は、オリジナルに比べるには小さ過ぎるほどの電気を操るもの。
通常の能力による戦いでは、結果など判りきっているが、9982号に対する御坂には、余裕などは微塵もない。
侮っていたら佐天戦のように、全てにおいて敗北をしてしまう。
今回の相手にも負能力を持っているという可能性がある以上、
迂闊に接近戦を持ちかけるには、いささかリスクが高すぎると判断した結果、こういった戦法を用いているのだ。
放たれた電撃は途中、出力が落ちることはなくそのまま9982号の立っている場所へと落ちていった。
加減した攻撃といえど、避けなければ気を失うことが必須の威力である。
実際、9982号は真横に転がることによってその電撃を全てかわした。
「へぇ、佐天さんみたいな負能力じゃないのね」
言いながら、攻撃の手を休めることはない。
9982号は立ち上がり御坂に対し円を描くように駆けながら肩に掛けたサブマシンガンの照準を合わせトリガーを引く。
放たれた無数の銃弾は御坂へと到達する前にその威力を失い、重力に引かれ地面へと落ちていく。
最強の電撃使いの彼女に対し磁力に反応する攻撃など意味を成す筈もない。
「弾の無駄遣いよ、お返しするわ!」
御坂の言葉と共に、地面へと落下したはずの銃弾が中へ浮かび、まるで意思を持って元ある場所へ帰っていく。
「―――ッ!」
その銃弾の一つが、通常ではあり得ない軌道を描き、避けようとした9982号の頭部に装着していた軍用ゴーグルへ着弾した。
まるで意思を持っていると表現はあながち間違いではない。
実際には弾丸その物の意思ではなく、御坂の意思で自由に操作しているのだった。
「次は体に当てるわよ……って、そんなつもりは無いんだけどさ」
「別に被弾したところで問題はありませんが、どうも反射的に避けてしまいますね、とミサカは割れたゴーグルを脱ぎ捨てます」
銃弾を当てられてなお、慌てる様子もなく軍用ゴーグルを外し地面へと落とす。
「随分と余裕なのね。じゃあこんなのはどうかしら!?」
御坂の手の中に砂鉄が収束、一本の剣を作り出す。
「佐天さんには通用しなかったけど、アンタはどうやって対処する!?」
真っ直ぐ切っ先を9982号へと向けた瞬間、砂鉄の剣がまるで鞭の様に伸びて襲い掛かる。
その標的は、彼女の右手に持たれたサブマシンガンだった。
「まずは、その女の子が持つには物騒な護身道具を没収させて頂くわ!」
先ほどの銃弾ほどのスピードではないが、
確実にサブマシンガンを打ち抜くために追尾させるよう操作している砂鉄の剣は避ける動作を見せない9982号へ伸びていく。
そして。
その剣は、9982号の腹部を貫いた。
「な……!」
刺さった瞬間に能力を解除する御坂。そしてそのまま9982号は仰向けに倒れた。
操作ミスなどする筈が無い。
彼女は、9982号は。
自らその腹部を差し出した。
「なんで自分から当たりに行くのよ!!」
その奇行に動揺を隠し切れず、彼女の身を案じ、叫びながら9982号へと駆け寄ろうとする御坂はある違和感を感じた。
それは、自身の腹部。
9982号が負傷した箇所と同じ部分に痛みを覚えたのだ。
「くっ……」
焼けるような激しい痛みに、思わずその場に蹲る。
目の前の景色が歪むなか、傷口を押さえるように幹部へ手を当てる。
が、御坂の腹部には傷一つついていなかった。
「おや、お姉様。腹痛ですか?それならばお手洗いの場所を案内いたしますが、と言いながらミサカは立ち上がります」
仰向けに倒れた9982号は、そう言いながら腹筋だけを使って立ち上がった。
まるで逆再生でも見ているかのようなその様は、明らかに異様だった。
おびただしい血液が付着した制服を見る限り、立ち上がれる傷ではない。なのに目の前の彼女は平然と立って御坂を見下している。
辛うじて目の前を見据えた御坂の目に映ったのは、ぐにゃりと歪んだ世界で歪んだ笑みを浮かべた少女の姿だった。
「あ、アンタいったい何を……」
何が起こったのか理解ができない。
痛みによって玉のような汗が額に滲む。
思考回路が追いつかない、判断基準がどこにも無い。
何かされたが、何もされていない。
何も起こっていない。
なのに、御坂を襲うこの痛みは、紛れも無く現実のものだった。
徐々にだが痛みが引いて、言葉を発することができるようになった御坂は息を切らしながら9982号へ問いかける。
「ミサカの痛みをお姉様にも知って頂いただけですよ、とミサカは早くも回復したお姉様に驚きつつも質問に答えます」
その言葉で再び浮かぶのは佐天の姿。
御坂は確信する。
これは彼女と同じ負能力。
「想像の通りです、とミサカはお姉様の考えを先読みし答えます」
「ミサカは佐天涙子の様に敵に情報を与えることはしませんが……」
「お姉様なので特別に名前だけ教えてあげましょう、とミサカは自身がサービス精神旺盛なできる女のアピールをします」
サブマシンガンを構え、その銃口を御坂に向けつつゆっくりと近づきながら9982号は、自身が抱える負能力名を口にした。
「ミサカはこれを【狂痛回廊(インストーラー)と呼んでいる、とミサカは某漫画の主人公の台詞を模倣し、言い放ちます」
「さて、お姉様は死についてどういった考えをお持ちでしょうか?」
「死後の世界へと向かうのか、それとも霊体となってしまうのか。輪廻転生という考えもありますね、とミサカは質問を投げかけます」
9982号はそう言いながらも、蹲る御坂に対してサブマシンガンを構え、近づいていく。
ゆっくりと歩くその姿は、まるで十三階段を昇る死刑囚のように慎重な足取りだった。
「……何も無くなるんじゃないの?」
当然、死んだ経験など無い御坂にとってこの質問の答えなど知る由もなく、それは生きている生命全てに言える。
しかし、目の前の彼女は違うのだ。
死後の世界に旅立ったわけでもなく、霊体のように実態がないわけでもなく、まして生まれ変わった姿でもない。
死ぬ直前の姿のままで、御坂の前に立っている9982号は、この質問の答えを知っている。
「全くの無、だったら良かったのかもしれませんが、残念ながらそうではありません」
「ずっと死の痛みが残るんですよ、とミサカは語ります」
死の痛みが続く。
痛みが、廻っていく。
くるくると、狂う狂うと。
それは永遠に続く回廊。
進んでは振り出しに戻る回廊。
狂う程の痛みが続く回廊。
ゆえに、狂痛回廊。
「経験論に基づいてそう呼称するのですが、なかなか良い響きじゃないですか、とミサカは自身のネーミングセンスに酔いしれます。
「どこが……アンタさっきの台詞でも思ったけど、漫画の読みすぎじゃないの?」
「元ネタを知っているお姉様もかなりの漫画通だと思いますが、とミサカは自分を棚に上げたお姉様に呆れます」
「結構好きだったのよ、あの漫画は」
「趣味が立ち読みという時点で本当のファンとは言えないのでは、とミサカは疑問を投げかけます」
「うっさい!」
もう御坂の腹部に痛みはない。念の為、患部を擦ってみるがやはり外傷はなく、綺麗なままである。
「どうやら完全に回復したようですね、とミサカは痛みで演算ができない状態のお姉様に攻撃を仕掛けようとしましたが、諦めます」
そう言って、サブマシンガンの下ろす9982号の腹部に注目する。
(出血が止まってる?)
刺された直後の出血によって、制服は赤く染まっているが、今は止まっているようだった。
それはまるで御坂が痛みを肩代わりしたように、彼女の傷は塞がっている。
「こうなると、重火器は役に立ちませんし電撃はいわずもがな、とミサカは次の攻撃について思案します」
「させないわよ!」
叫びと共に一本の雷が9982号へ落下する。
当然、出力は調整してあるし、電撃使いの体性を考慮すればそこまでのダメージを与えることはない。
電撃使いには電撃に耐性がある。この場合、御坂が9982号へ気遣いのため攻撃に雷を使ったのは不幸中の幸いだった。
そう、落雷の衝撃はまたもや御坂に襲いかかったのである。
「~~ッ!」
衝撃に思わず膝をつく御坂だったが、痛みはさほどない。
しかし、御坂の思考回路は混乱していた。
(またダメージが私に!)
恐らくは狂痛回廊の効果によるもので、その効果もある程度だけであるが予想もついている。
ただ、どんな原理でこんな馬鹿げたことが起こっているのか理解が出来なかった。
「解析しようとしても無駄ですよ、負能力は無意味で無関係で無価値、何より無責任なのですから」
佐天涙子の公平構成がそうであったように、この狂痛回廊も負能力である以上、そこに理由など存在しない。
「……いちいち考えてたら馬鹿をみるってことね」
「その通りです。なのでお姉様は速やかに立って戦って傷つけて傷ついて負けて死んでください、とミサカはおもむろにナイフを取り出します」
月光に照らされた刃が光り、9982号はそれを逆手に構えて腰を落とし、臨戦態勢をとる。
そして、御坂が立ち上がった瞬間を狙い、一気に距離を詰めてナイフを振るう。
御坂は弾丸を操作したように、磁力を利用してナイフを無力化することができるのだが、それをせず紙一重のところで斬撃をかわしている。
ナイフを無力化した際に再び何らかのダメージを受けてしまったら、その時点で敗北が決定するからだ。
反撃の手段を考えていると、突然9982号の攻撃が止まった。
その隙に、距離をあける。
「ふむ。仮にも軍用として造られたミサカの攻撃をかわすとは、流石はお姉様ですね、とミサカは素直に驚きます」
「これでも身体能力には自信があるのよ!」
それは決して嘘ではない。
「そのようですね、ではこういった攻撃ならどうでしょう?とミサカはナイフを振り上げます」
そして、9982号は振り上げたナイフを思い切り自分の腕に振り下ろした。
「痛ッ!とミサカは……激痛に耐えながらも、ナイフを抜き取ります」
先程まで青白い月の光を反射していたナイフの刃は、今は赤黒い血液がべっとりと付着していた。
だらんと垂れた腕からとめどなく溢れる血が、指先まで伝い地面に血だまりを形成する。
「あああああああああああ!!」
数秒のタイムラグの後、絶叫したのは9982号ではなく、御坂美琴のほうだった。
最初と同じく、9982号と同じ個所に激痛が走るが、そこに出血はなくやはり外傷はないままだったが、
あまりの痛みに腕を押えながら両膝を地面に着き、唸りを上げ続ける。
そんな御坂とは対照的に、もはや涼しい表情の9982号。
やはりその腕の傷は既に塞がっていた。
「それでは、もう一、度!」
再び同じ個所へナイフを突き立てる。
血飛沫が宙を舞い、顔をしかめる9982号の後、御坂の絶叫が木霊する。
「ああああああああああああ!!」
自らの腕を引き千切らんばかりの力で握りしめる御坂。
そこに傷はないのに、そうせざるおえなかった。
自らの傷が完全に塞がったのを確認した9982号は、サブマシンガンの照準を御坂に合わせ、トリガーに指をかける。
「最後に、ミサカの負能力を教えてあげましょう、とミサカはお姉様に冥土の土産を持たせます」
「狂痛回路、-レベル4の負能力。効果は感覚共有です」
「ミサカの感覚を誰かに請け負わせる。その副産物としてミサカの傷も完治します」
「また逆に第三者の感覚を他の第三者に移すこともできます。佐天涙子を超電磁砲から救ったのもこの能力です」
「因みに、感覚を移す相手は任意で選べますし、無差別にどこかの誰かへ移すこともできます。普段は無差別に設定してますよ」
「弱点としては発動までにタイムラグがあることと、ミサカの意識がない場合は発動されないことですね」
「もっとも、この場合はもう関係ないようですが……とミサカは足早に説明を終え、トリガーに力を込めます」
そしてトリガーを握る瞬間、轟音が鳴り響き地面が揺れた。
9982号が轟音のなった方へ目を向けると、煙を立ち上げながら、研究所の一部の屋根が崩れ去っていくのが目に映る。
「あの場所は天井亜雄が調整を行っている辺りですね、とミサカは彼の無事を案じます」
さっさとお姉様を処分して、佐天涙子と共に研究所へ戻ろう、そう思い再び目線を御坂に向けると、彼女は立ち上がっていた。
「……もう何も言う事はありませんよ、とミサカは絶句します」
息を切らし、腕を抑えつつも立ち上がった御坂は痛みが治まった訳ではなく、意識が半分飛びかかっているほどだった。
それでも彼女は立ち上がる。
全てを守るために。
※9982号の能力紹介
能力名【狂痛回廊(インストーラー)】
レベル【-レベル4】
効果【感覚共有】
使用者の任意、又は無差別の対象に感覚を請け負わせることが出来る。
例えば使用者に傷が着いた場合、痛みだけを対象に与える。(その際、使用者の傷も完治する)
対象を任意に設定した場合、効果範囲は直径約100mの円柱。
無差別の場合、効果範囲は無制限となる。(9982号が傷ついたら、ブラジルに居る人が痛みを請け負う事もある)
また、対象の感覚を請け負うことも可能で、その場合も傷は完治する。(佐天さんを助けたのもこの効果)
請け負った感覚を第三者に請け負わせることも可能。
発動にタイムラグがある。
意識がない場合には発動しない。
>>539
円柱の高さは地面から上下100mなんで、ブラジリアンの痛みは共有できません。
って設定不足でしたorz
最終更新:2011年06月11日 14:40