それからというもの、唯たちの仕事は順調そのものであった。
互いの能力だけでなく、素性まで深く理解しあった仲良し四人組のコンビネーションは絶妙であり、
武装集団だろうが能力者だろうが、向かうところ敵なしだ。
今日のお相手は、能力者を含むとある反政府武装組織。
組織の縄張りである薄暗い裏路地で、数十名の男たちと律が対峙していた。
律の5メートルほど後方には唯と紬も待機している。
「……っちゅ~わけで、あんたら始末するわ。悪く思うなよ」
律が宣戦布告し、開戦の火蓋が切って落とされる。
「たった三人で俺たちに勝てると思っているのか? 死ね!」
先頭に立っていた数名が律に向けて発砲を始める。
「へへっ、当たんねーし!」
律は素早い動きで銃弾を避け、発砲している者を一人、また一人と確実に仕留めていく。
何発かは命中しているようだが、「痛っ」という声が時折聞こえてくる程度でほぼ効果はない。
「ちっ、バケモノかこいつ……ならこれを食らえ!」
後方にいた男がバズーカのようなものを発射する。
律はすぐさま後退し、唯の後ろへ隠れた。
「唯、頼んだ!」
「了解です! ギー太バリア~!」
バズーカの弾がバリアーに衝突し、大爆発を起こす。
しかし、バリアーにヒビが入った程度で、唯たちはまったくの無傷であった。
「ついでにギー太ビ~~ム!!」
敵が驚きでぽかんとしている隙に、唯が六色に輝く六本の光線をなぎ払うように放ち、数名を貫いた。
さらに律が再び攻撃を開始し、敵をどんどん倒していく。
劣勢に立たされた男たちには焦りの色が見え始め、統率が取れなくなってきていた。
「くそっ、一旦退くぞ!」
「逃がさないよん♪」
男たちが逃げようとするが、律がすぐさま大ジャンプで回り込み、それを許さない。
しかし、縄張りの奥へと入り込んだ律にはトラップや狙撃の危険が伴う。
「唯ちゃん、向こうの建物のあの窓に一人、その下の箱に爆弾、あと反対側の建物の屋根の上にたくさん、お願いね」
「了解~! ふんすっ」
紬は透視能力などの探知系能力を駆使し、隠れている敵や罠の場所を割り出して唯に指示する。
唯は指定された場所に正確にレーザーを打ち込み、狙撃者を撃破、爆弾を破壊した。
さらに、建物の屋根を音符爆弾で破壊すると、隠れていた数名の敵が落下してきた。
その様子を見ていた発電能力者の男が紬の能力に気づき、唯が攻撃している隙を狙って紬に向けて電撃を放とうとする。
「あのキーボード女が司令塔か……食らえ!」
「くらいませ~ん♪」
しかし、すかさず紬が水流操作で男とその周囲を水浸しにしたため、近くにいた数名が感電するのみだった。
「さて、あとはいないかしら?」
紬がさらに索敵を続けていると、前にいた唯が突然紬の方を振り返った。
「……唯ちゃん、どうかしたの?」
「……透明人間がいるよ!」
唯は紬の背後の何もない空間にレーザーを打ち込む。
「――ぐあああっ!! な、なぜわかった!?」
すると、レーザーが命中し、隠れていた男が姿を現す。
電波や可視光など、あらゆる電磁波を透過させて姿を消す能力者だったため、紬の探知能力では察知できていなかった。
「へっへ~ん、なんとなくわかっちゃうんです!」
唯がとどめの光弾を放ち、男は絶命する。
具体的には、唯は半径100メートル以内にいる能力者の居場所を感知する能力を持っていた。
「助かったわ、唯ちゃん。ふふ、ほんとに不思議な能力ね」
紬と唯の協力攻撃により、あたりに隠れていた組織員はすべてあぶり出した。
既に半数程度は撃破しているが、まだ十数名残っている。
「りっちゃん、これで全員よ!」
「お~し、こっちに来い!」
紬は光学操作で唯と自らの姿を隠し、男たちの間を通り抜けて律のいるほうへと移動する。
「よっしゃ、唯、ムギ、アレをやるぞ!」
「おっけ~りっちゃん!」
「ええ♪」
「「「せーのっ!」」」
律は両腕を振り下ろし風の運動エネルギーを増幅する。
唯はウインドミル奏法で竜巻を発生させる。
紬は風力使いの能力を使用して風を起こす。
三人が同時に放った突風は合わさってレベル5級の威力となり、縄張りの外に向かって男たちを数十メートルも吹き飛ばした。
そして、吹き飛ばされた先には澪が待っていた。
「お疲れ、みんな」
澪は、遥か遠くで唯と紬を両脇に抱えて大ジャンプする律の姿を確認し、とどめの一撃を放った。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
仕事が終わった一同がアジトへと戻ると、時刻は午後三時をまわったところだった。
「いや~今日も楽勝だったな! ムギ~、お茶!」
「は~い、今淹れるから待っててね」
最近、日課になりつつあるのが、仕事の後のティータイム。
紬がどこからか仕入れてくる高級なお菓子と紅茶を堪能しながら、おしゃべりを楽しむ。
仕事のない日も、昼間はみんなで遊びに行き、帰ってきてからお茶にすることが多かった。
そして、もう一つ日課になっていることが、ティータイムの後の練習だった。
練習を始めようと言うのは、だいたいいつも澪からである。
「さあ、そろそろ始めよう」
「ええ~、もうちょっとおしゃべりしようよ~」
そして、唯と律はぐだぐだしてなかなか練習を始めようとしない。
これも、いつもの光景であった。
「まったく……せっかくバンド組んだんだから、練習しないと意味ないだろ」
「ってもな~、誰かに披露するわけでもないし、いまいちやる気が出ないというか……
『目指せ武道館!』って言っても、うちら顔出せないから無理だし」
「そりゃそうだけど……」
暗部組織である彼女たちは、人前に出てライブなどを行うことはできない。
バンドを組んだからには誰かに披露したいものだが、それができないために目的意識が低いことも、
練習に身が入らない原因の一つであった。
そこで、紬がある提案をする。
「じゃあ、顔を非公開でデビューってのはどうかしら?」
「「「!?」」」
デビューという言葉に食いつき、全員がいっせいに紬のほうを見る。
「うちの会社を通せば、顔ももちろん、私たちが暗部組織だっていう情報も、完全に封鎖した状態でデビューできると思うの」
「それだっ!!」
さっきまでだらけていた律が急に立ち上がる。
「『突如現れた謎の美少女バンド、初登場ながら他の強豪を差し置いて堂々の売り上げ一位獲得ッ!!』ってか? っは~、いいねえ!!」
「おお~!! ついにわたしたち……プロのミュージシャンになるんだね!!」
律と唯は早くもデビュー後のことを想像して盛り上がる。
「ちょっ、こら! まだなれるって決まったわけじゃないぞ!
……でも、いいかもな。なんか、やる気が出てきた」
「うふふ、うちのコネを使ったからって、誰でもデビューできるわけじゃないから、ちゃんと練習しなくちゃね」
「いよ~っし、そうと決まれば練習だ、練習だ~!!」
――――――――――――――――――――――――――――――――――
その日の練習終了後。
「そういや、デビューするからには、オリジナル曲を作んなきゃな~」
律が提案すると、澪はそわそわし始める。
「……そうすると作詞作曲の担当を決めなきゃだな。その、作詞なんだけど……」
「はいはいはいっ! わたし作詞したいです!」
「ほお~唯が!? 随分やる気だな~。よっし、採用!」
「いっえ~い♪ わたし、がんばるよ!」
「あ、あの……わ、私も……」
「澪もか? ふふ~ん、でも澪の詩はメルヘンチックすぎるからな~。
たとえば――」
「わあああああ!!! やめろ律~!!!」
「なんだよ、作詞したいんだろ? だったらみんなに披露することになるんだぞ?」
「もうあの頃とは違うんだっ! 今回はちゃんといい詩を書ける気がするから……」
「ほほ~う、そこまで言うなら澪に任せようか。んで、作曲はどうする?」
「私、やりたいで~すっ」
「おっ、ムギか。ムギなら安心だな。よっしゃ、任せた!」
「がんばりま~す♪ あっ、詩を見てから作りたいから、唯ちゃん澪ちゃん、待ってるね」
「まかせて! ふんすっ」
「あ、ああ……がんばるよ」
――――――――――――――――――――――――――――――――――
そして数日後。
唯と澪が歌詞を発表する日がやってきた。
「さ~て、二人とも、歌詞はできたか~?」
律が呼びかける前から、唯は早く発表したいと言わんばかりに目を輝かせ、
澪は恥ずかしがって目をそらしていた。
「はいっ、できましたであります隊長!」
「私も……一応、できた、かな」
「いよ~っし! 早速見せてくれっ」
「ええっ、もう!?」
「もうって……どうせ見せることになるんだからいいだろ」
「じゃあ、唯ちゃんから先にお披露目はどうかしら?」
無駄にハードルを上げていることに気づかず、澪は首を縦に振る。
「はいっどうぞ! 力作です! ふんすっ」
唯の歌詞が披露される。
「どれどれ~? Chatting now……ふむふむ。終業チャイムまで……ん? チャイム?」
そこに書いてあったのは、放課後ライフを楽しむ高校生の生き様だった。
「えへへ……変かな? 私たち、歌の中ぐらいだったら、普通の高校生でもいいよね」
普通の高校生として、なんでもない普通の学生生活を送ることに、唯は憧れていた。
そんな唯が描く放課後の世界は、本物の学生よりもむしろ学生らしく、幸せにあふれていた。
さらに、今彼女たちがやっているティータイムやバンド活動などは、本質的には部活動と変わりない。
そんな経験があるからこそ、唯の詩はリアルな学生らしさを表現できていた。
「唯ちゃん、すごくいいわ……」
「ああ。学生じゃないとはいえ、今の私たちそのものだな」
「いや~、正直驚いたよ。いい詩書くじゃん、唯」
「それほどでも~、えへへ」
「……さ~て、次は澪の番だな」
「うっ……」
唯の詩に魅入っていて緊張を忘れていた澪が現実に引き戻される。
「ほ~ら、観念しなって」
「わ、わかったよ……はい」
「ふっふ~ん、どれどれ? Please don't say……ふむふむ。本能に従順忠実……澪、これって」
「……ああ。あの時律と話してから、いろいろ考えたんだ。その気持ちを描いてみた」
"人形"と罵られたその日から、澪は律の言葉をもとに、自分たちのありかたについて考え続けていた。
その詩には、暗部の環境にいながらも自らを愛し、やりたいことをやり、日々生き抜いていくためにもがき続ける、
そんな自分たちの姿が描かれていた。
「……なるほどな。あたしたちは単なる怠け者じゃない、必死にもがいてるんだ、ってか?
いいじゃん澪、昔のとは大違いだな~」
「む、昔のことは言うなっ!」
「これ、いいよ澪ちゃん! すごくかっこいい!」
唯が目をキラキラさせて澪を賞賛する。
「あ、ありがとう……」
澪が恥ずかしそうにしていると、しばらく黙って詩を読んでいた紬が急に立ち上がり、力強く言い放つ。
「……うん、二人ともすごくいい詩ね! イメージがどんどん湧いてくるわ!」
「おっ、曲作れそうか、ムギ?」
「ええ、まかせて!! すごいの作ってくるから!」
――――――――――――――――――――――――――――――――――
そしてさらに数日が過ぎ、紬の作った曲が披露される。
二曲とも、歌詞が描く世界にマッチしていて好評を得たものの、
はりきりすぎてしまったためか難易度が高く、今まで以上の練習が必要だった。
しかし、仕事をあっさりと片付けてしまう彼女たちには時間が豊富にあり、
一月もすれば、外に出しても問題ないレベルにまで仕上がった。
そして、ついに琴吹グループのレコード会社へとデモ音源を提出。
今日は、その合否が帰ってくる日。
午前中の仕事を神速で片付けた一同は、アジトにて紬に電話がかかってくるのを今か今かと待っていた。
「どきどき……緊張するねえ」
「なあ、大丈夫だよな……律?」
「はは、こればっかりはわかんないな~、こんなの初めてだし……」
暗部の仕事に対しては自信満々な一同も、今回ばかりはいまいち自信がもてなかった。
そして、次の瞬間、紬の携帯が鳴る。
「「「!!!」」」
「はい、もしもし斉藤!?」
紬はワンコールで電話に出る。緊張しているのか、声は上擦っている。
そして、斉藤執事の声が部屋に響く。
『お嬢様、おめでとうございます。大変すばらしい出来とのことで、デビューが決定いたしました』
数秒間の沈黙。
「「「「……やった~~~っ!!」」」」
かくして、彼女たちのデビューが決定した。
バンド名は『放課後ティータイム』。どこかの高校に所属する軽音部で、学業に影響が出ないように顔は非公開という設定だ。
録音、編集はすべて琴吹グループの暗部関係者が行い、彼女たちがどこの誰なのかという情報はレコード会社の社員ですら知らない。
キーボード担当のMugiの正体が社長令嬢の琴吹紬であるということすら、である。
そして、二作同時発売となったデビューシングル『Cagayake!GIRLS』『Don't say"lazy"』は大ヒットを記録し、
売り上げ1位、2位を独占する快挙となった。
彼女たちのプレイヤーとしての技術はプロ級ではあるが、他と比べて抜きん出でいるほどではない。
それでもヒットにつながった理由は、謎の高校生バンドというミステリアス性もさることながら、
暗部として数々の死線を潜り抜けてきた経験からくる大人っぽさや、結束の強さが若者の心を惹きつけたことにあった。
そしてその活躍は、この人物にも知れるところとなる。
『ちょっとあんたたち! 何勝手にデビューしてるのよ!? 自分たちが秘密組織だってこと、わかってるの!?』
律の携帯から怒号が響く。
「へへっ、別にいいじゃんか。ちゃんと情報は封鎖してんだからさ。なあムギ?」
「ええ、絶対にバレませんから、ご心配なく♪」
『……本当なの? あなたまさか……なるほど、そういうことだったのね。
確かに、他の組織でまだ気づいている者はいないわ。私はあなたたちの名前を知ってるから分かったけど』
紬の正体が琴吹家の令嬢だということに気づいた『電話の女』は、一応の理解を示す。
一同は改めて、琴吹家の影響力に感心した。
『でも……暗部組織がデビューなんて、前代未聞……ってわけじゃないかもしれないけど、とにかく、ありえないことよ!』
「……律、ちょっと貸して」
澪が律の携帯を借り、一呼吸置いて真剣な声で言い放つ。
「私たちは、私たちのやりたいことをやります。それを束縛はさせません。仕事のことでご迷惑はかけませんから」
『……まあいいわ。そこまで言うならしょうがないわね。でも今まで以上に情報管理を徹底すること』
「はい、気をつけます」
「んじゃ、あたしら今から10GIA行ってくるから、またね~」
『あ、ちょっと――』
電話が切られる。
「さ、行こうぜ!」
一同が訪れた楽器店のCD売り場は、放課後ティータイム一色だった。
店内には彼女たちのデビュー曲が繰り返し流れている。
売り上げ一位、二位の棚には「オススメ」のポップとともに大量のCDが置かれていた――はずだったが、
もう半分近くなくなっている。いまだに売れ行きは好調なようだ。
さらに雑誌のコーナーには、放課後ティータイムを特集した雑誌が早速登場していた。
表紙には四人のシルエットが描かれている。
「あっ、これこないだ受けたインタビューだね~!」
インタビューといっても、琴吹家を通して紬に質問状が送られ、それに返答するという形であった。
澪は雑誌を手に取ると、食い入るように表紙を見る。その雑誌は音楽界でも有名なものだった。
「私たちがこの雑誌のトップを飾るなんて……夢みたいだ」
「ってもシルエットだけどな。いや~、あたしらも有名になったもんだ。ほんとムギ様様だぜ」
「そんなことないわ。うちの会社は、暗部でもデビューできるよう手助けしただけ。
こうやってみんなに受け入れられたのは、私たちががんばったからよ」
実際、暗部組織ということもあり、琴吹グループは放課後ティータイムの過剰な宣伝は控えていたが、
自然と学生たちの間で広まったことで爆発的に売れ行きが伸び、いまや社会現象と言えるほどになっていた。
「あっ、見てみてみんな! あの子、CD買ってくれそうだよ!」
唯が指し示す方向を見ると、ギターを背負ったツインテールの少女が放課後ティータイムのCDを手にとって眺めていた。
「ちっちゃいくてかわいい子だねえ……中学生ぐらいかな?」
「ふふ~ん……よし買え、さあ買え~!!」
「こら律、聞こえちゃうだろ!」
「あっ、レジのほうへ持っていくわよ」
少女はデビューシングル二枚を持ってレジへと向かった。
「ファン一人ゲットだね♪」
その光景を見て満足した彼女たちは店を後にした。