- 夜9時頃・黄泉川部隊司令部――。
上条と美琴がモーテルで休みを入れてから数時間後。街中を移動していたアンチスキルの装甲車の車内では、黄泉川たちが今もせわしなく動いていた。
黒子「わざわざまた来て頂いて申し訳ありませんわね」
佐天「いえいえー大丈夫ですよー」
初春「私もジャッジメントですからね!」
黒子「どうもアンチスキルの方々が、貴女がたの証言も欲しいと言うので」
黒子が横に立っていた黄泉川を一瞥する。
黄泉川「ん? ああ、情報は多いほうがいいじゃん? こんな夜中に呼び出したのはすまないが」
佐天「気にしてないから平気ですよ全然」
初春「右に同じく」
黄泉川「ま、しばらくはくつろいでいてくれ」
黒子「………………」
そう言うと黄泉川は運転席の方へ向かっていった。
黒子「ハァ……。私としては今すぐにでも捜査に向かいたいのですけれど」
黒子がコーヒーを嗜みながら溜息を吐く。
初春「でも焦っててもダメですよ? 現場で発見された証拠物件……DNA鑑定はまだ出ていないんでしょう?」
黒子「ええ……。ですのでもどかしいな、と」
佐天「そう言えば、御坂美琴って、誰かに逃亡を協力してもらってるって話本当ですか?」
黒子「……そうですわね。目撃談もありますし、その可能性が高いですわ」
1拍間を置き、黒子は静かに答えた。
初春「何でも相手は高校生の男らしいとか」
佐天「へーあんな女でもそんな相手がいるんだー」
初春「白井さん、その男に心当たりあります?」
黒子「…………まあ、あると言えばありますが、確証は無いので」
佐天「でも男と逃げてるってことは、カップルに化けてる可能性もありますね」
- 初春「あ!」
黒子佐天「?」
何かを思い出したように初春が声を上げた。
初春「カップルと言えば佐天さん、今日の昼すごいもの見ちゃいましたよねー」
佐天「あ、ああ! あれか! 見た見た!」
黒子「すごいもの?」
佐天「そうなんです! ほら、朝白井さんやアンチスキルの人たちと現場近くに行ったじゃないですか。その後、あたしたち今日は学校休んできたし、暇だったから滅多に行けない店とか回ってたんです。で、昼頃、どっかの大きな公園で休憩でしてたんですけどー。何と! あたしたちの隣のベンチのカップルが!! 昼間だと言うのに大胆にも白昼堂々、こうやって抱き合ってたんですよー!!」
と言いつつ佐天はその光景を再現しようと初春に抱きついてみる。
初春「ひゃわっ! 佐天さん!?」
佐天「ねーすごかったよねー初春?」
初春「確かに、普段見られないものを見ちゃった気分です。でも私たちがジッと見てたら、男の人に『見るな』って怒られちゃいましたけどね」
佐天「よく言うよねー。自分たちでやってるくせに。あの後逃げるようにそそくさと行っちゃったけど、女の人はどんなんだったのかなー? ずっと背中しか見えなかったから顔、確認できなかったよ」
黒子「…………!」ピク
初春「男の人は結構イケメンでしたね。ツンツン頭の髪の毛が残念でしたけど」
黒子「!!!!!!」ガタッ
佐天初春「!?」
突然、黒子が立ち上がった。
黒子「初春」
初春「はい?」
黒子「その殿方、本当に髪が尖っていたのですか?」
初春「そ、そうですけど」
佐天「?」
急に真剣な表情を浮かべ訊ねてくる黒子に、2人は不思議そうに顔を見合わせる。
黒子「その殿方が抱き締めていたという女性……歳はどれぐらいに見えましたか?」
初春「え? 急にそんなこと言われても……」
- 佐天「あー背中しか見えなかったけど、何となくあたしたちぐらいかなーとは思ったっけな」
黒子「髪は?」
初春佐天「え?」
黒子「女性の髪の色は?」
初春「えっと確か……」
佐天「帽子で隠れてたけど、茶髪っぽかったかな?」
初春「そ、そうです!」
2人は互いの記憶を補うように確認し合う。
黒子「…………もしや」
佐天「?」
初春「あ、何なら男の人の似顔絵描いてみましょうか? 特徴ない顔でしたけど、髪型が強烈すぎて印象に残ってますから」
そう言いながら学生鞄からノートと筆箱を取り出すと、初春は白いページにその男の似顔絵を描き始めた。それを立ったまま眺める黒子。
佐天「おー画伯」
初春「はい、こんな感じです。簡単に描いちゃいましたけど」
1分もしないうちに初春は描き上げた。お世辞にも上手いとは言えない、子供が描いたような絵だったが、特徴は捉えていた。
黒子「!!!!!!!!」バッ
- 初春「あっ……」
黒子「やはり……」
初春から紙をひったくり、まじまじと見つめる黒子。
佐天「にしても初春さ、この画力なら教育番組の子供と一緒に歌えるお姉さんになれるんじゃない?」
初春「それって褒めてます?」
黒子「……どうやら私の予想は外れていなかったようですわね」
佐天初春「え?」
紙を握りつぶし、不適な笑みを浮かべる黒子。
佐天初春「?」
黄泉川「佐天、初春」
佐天初春「は、はい?」
と、そこへ黄泉川が1枚の紙を持って近付いてきた。
黄泉川「DNA鑑定が出て…たった今、御坂美琴と一緒にいると思われる男の資料写真が送られてきたじゃん。お前らが昼に公園で見たカップルの男ってのは……こいつじゃなかったか?」
黄泉川が紙を広げてみせた。
佐天初春「!!!!!!!!!!」
そこに映っていたのは、ツンツン頭の髪型をした1人の高校生だった。
- 某学区・郊外のモーテル――。
上条「………………」
そのモーテルに入ってから、大分時間が経っていた。上条は今、ベッドの上に腰掛け、引っ張ってきた机の上に地図を広げ、印をつけるなど、脱出のために必要な情報を整理していた。
上条「………………」
と、そんな上条の側で、規則正しくリズムを刻む、心地良さそうな寝息が1つ。
上条はそちらを見る。
美琴「……スー……スー……」
美琴が隣のベッドで、天使のような寝顔を浮かべて眠っていた。
彼女を見て上条は口元を緩める。
上条「本当に……寝る時は気持ち良さそうに寝るんだな……」
美琴「……ムニャ……」
上条「………」フッ
だが、いつまでもここにいるわけにはいかない。一箇所にずっと留まっていたら危なかった。
上条「おい、御坂」
上条は美琴を揺する。
美琴「う……ん……」
上条「起きろ。そろそろ飯食って出て行かないと」
美琴「……まだ……寝る……」
上条「ダメだ。なるべく移動しないと。もう十分眠ったろ?」
モゾモゾと美琴が布団の中で動く。しばらくすると彼女は、ゆっくりと目を開け寝ぼけ眼で上条を見てきた。
- 美琴「……今……何時?」
上条「夜の……11時前だな」
美琴「……そんなに……寝てたんだ」
上条「ああ。まるで眠り姫みたいにな」
美琴「もしかして……ずっと側にいてくれたの……?」
布団の端を両手で持ちながら、美琴は口元から上の部分だけ顔を外に出して上条に訊ねる。
上条「当たり前だろ? 約束したじゃねぇか」
美琴「……そっか………」
上条「お陰でお前の間抜けな寝顔を見れたけどな」
美琴「……何よそれ……人の寝顔勝手に見るとか……有り得ない……」
寝起きだからか、おっとりとしたような口調で愚痴る美琴。
上条「お前が無防備な姿見せるのが悪いんだろ? 嫌だったら、あっちに顔向けて眠るぐらいの努力はしろ」
美琴「………いじわる………」
上条「はいはい、上条さんは意地悪ですよー。ってそれはいいから、そろそろ起きてくれないでしょうかねお嬢さま?」
美琴「……そうね。身体、動かさなきゃ……」
ゆっくりと布団をめくり、美琴は上体を起こす。
上条「じゃあこのモーテルにあった売店で飯買ってきてやるから、ここにいろ。飯食ったら、出るからな?」
美琴「……分かった」
立ち上がり、上条は部屋を出て行った。
- 数分後、2人は部屋の真ん中のテーブルに腰掛け、上条が売店で買ってきたオリジナル弁当を食べていた。
上条「ちょっとは疲れ、取れたか?」
美琴「そうね。それで、これからどんなルートで行くの?」
上条「お前が寝てる間に、色々と経路を考えてみた。取り敢えずはまず、次の学区まで歩く。この時間帯なら、アンチスキルも郊外まで巡回範囲を広げてないだろうからな」
美琴「分かった」
上条「まあ順調に行けば3日以内には南に着くだろう。そのためには適度な休息も必要だけどな。後は、アンチスキルの警邏にどうやったら引っ掛からないようにするか、だが……」
美琴「…………何かごめんね」
上条「え?」
箸を休め、上条は美琴を見る。
美琴「本当はそういうの、私が考えないといけないのに。あんたに任せっきりで……」
上条「そんなもん関係ねーよ。俺が好きでやってんだから」
美琴「でも、会ってからずっとあんたに頼ってばかりだし……。何か情けないな、学園都市第3位のくせして……」
上条「それは違ーよ。こんな異常な状況下でレベル5もレベル0も関係あるか。自分を卑下するのはやめろ」
美琴「……フフ」
上条「?」
美琴「バカね私って。あんたに説教されてばっかりで。はーもう、自分でも嫌になっちゃうくらい弱気になってるわね私」
皮肉げに美琴は笑ってみせる。
上条「いいんだよ、弱気になっても。人間、強がってるだけじゃ息苦しくてやってけねぇよ。だからお前も、遠慮なく俺に頼ってくれていいんだから」
美琴「……フフ。ホント、あんたって面白いわよね」
上条「はあ?」
美琴「なんでもなーい」
おかしそうに笑い、美琴は続きを食べ始めた。
- 主人「今度はなるべく昼に来いよー」
受付の主人の声を背後に聞き、上条と美琴はモーテルを出て行く。
外は、真っ暗だった。
美琴「どう行くの?」
上条「取り敢えずはこの道路に沿って歩く。途中、道路から外れることになるけどそれは仕方ない。まともな交通手段が無い以上、地道に歩いてくしかないしな」
美琴「分かった」
2人は、静かな夜道を歩く。
美琴「………………」
上条「………………」
空には星が瞬き、優しい風が肌に当たった。
美琴は背中で手を組みながら、空を見上げ上条の後ろを歩いていた。
美琴「何だかこうしてると、私たちが追われてるってのも嘘みたいに思えちゃうわね」
上条「ああ」
美琴「ほら、星が綺麗だよ?」
上条「ああ」
美琴「……何その反応。素っ気無いわね」
頬を膨らませる美琴。時折、道路を通り過ぎる車のヘッドライトが2人の背中を照らす。
美琴「あんたにはロマンってものがないの? せっかくこんな可愛い女の子と2人だけで夜道歩いてるんだから、エスコートぐらいしたらどう?」
上条「ああ」
美琴「…………」イラッ
上条「………………」
美琴「な、な、何なら手ぐらい……つ、つ、繋いでもいいけど?////////」
上条「ああ」
美琴「ってちょっとは何か反応せぇやこっちが恥ずかしくなるだろうがあああ!!!!!!」バチバチッ!!
上条「ぎゃあああああああああああああああ!!!!!!」
暗い道に、青白い光が瞬いた。
- 上条「な、何なの御坂さん!? 急に後ろから電撃とか上条さん死んじゃうよ!?」
美琴「あんたがまともな反応寄越さないからでしょ!!」
上条「色々と考えてたんだよ!! 仕方ねぇだろ!?」
美琴「もう!! ロマンチックの欠片も無い奴め……」グヌヌ
上条「あれ?」
と、上条が何かに気付き、その場を離れた。
美琴「うーーーーー……ムカつく。わざとやってんのかしら?」イライラ
上条「あ、これは……」
美琴「大体、普通の男なら、こんな誰もいない所で女の子と2人きりになったら、耐え切れず押し倒しちゃうぐらいするんじゃないの? なのに何であいつは……って私は何言ってんのよバカぁーーーーーー///////////////」ボンッ
上条「おい御坂、乗るか?」
美琴「へ!? の、乗る!? の、乗るって……や、やっぱりそういう展開に//////// ……ど、どうしよう……そ、そんなのまだ心の準備が……//////////」カァ~
上条「何言ってんのお前?」
美琴「ふみぇっ!?」
いつの間にか、上条の顔が側まで来ていたせいか、美琴は変な声を上げてしまった。
上条「これ、乗るかって聞いてんだけど」
美琴「え……」
よく見ると、上条は1台のオートバイをどこからか引っ張ってきていた。
美琴「な、何それ? バイク?」
- 上条「ああ。そこに落ちてた」
美琴「落ちてた……って」
上条「幸運にもヘルメットが2人分あったし、鍵も何故か近くに放り捨てられてたから」
美琴「いや待って。あんたって免許もってんの!?」
上条「いや?」
美琴「は?」
上条「そんな金あるわけないのに、免許なんか取ってる余裕あるわけないだろ」
美琴「いやいやいや。当麻さん当麻さん、もしかしてこれはトンチですか?」
上条「何だよ? 何か納得いかないことでも?」
美琴「あのねー。免許も取ってないのにバイクを運転出来るわけないじゃない?」
腰に手を当て、呆れたように美琴は至極当たり前のことを指摘する。
上条「知ってるけど?」
美琴「はぁ?」
上条「まあ聞けよ。確かに免許は取ったことないけど……実はこの間、イギリスに行った時に、知り合いの魔術師の女の子に教えてもらったんだよ。今後もしかしたら役に立つかもしれない、ってな」
美琴「女の子?」ピク
上条「手取り足取り教えてもらったからさ、何とか運転するぐらいなら出来る。まあ、まだ心許ない面もあるけど」
美琴「手取り足取りって……」
―――美琴の妄想―――
上条「うお! あ…あのI和さん? そこはハンドルじゃないと思うのですが?」
I和「ハ…ハンドルですよ? わ、私が貴方のハンドルを今から操作してみますから」
上条「ちょ……やめ…あ……か、上条さんの排気口からオイルが漏れるううううううううう!!!!!!!!」
I和「えへへへ……たくさんオイル、漏れちゃいましたね……。じゃあ今度は私のタイヤで貴方のハンドルを磨いてみますね? その後は……貴方のハンドルを……私の鍵穴に……差し込んで下さい」
上条「何かもう言ってることメチャクチャだけど、気持ちいいいいい!!!!!! このまま100kmオーバーいっちゃうううううううう!!!!!!!!」
―――美琴の妄想終わり―――
- 美琴「ななななななななななな//////////」
上条「お前……絶対何か違うこと考えてるだろ?」
上条はそう言いつつ、オートバイを道路にまで引っ張っていくとシートに跨った。
上条「だからさ、乗れよ御坂」
美琴「ふぇ!? え? あ……ってちょっと待ってよ。本当に運転出来るの?」
上条「た、多分……無免許だけど……」
美琴「つか2人乗りの練習もしたわけ?」
上条からヘルメットを受け取りながら、美琴は心配そうな顔で訊ねる。
上条「ま、まあ……一応したから大丈夫だろ」
美琴「物凄く不安なんですけど……」
しかし、上条はもうヘルメットを被っている。
上条「ぶっちゃけ付け焼刃なのは分かってるけどさ? 一刻でも早く南に向かうなら、足が速いバイクに乗った方がいい」
ヘルメットのバイザー越しに、上条は美琴を見る。
美琴「………お願いだから事故らないでよね?」
少し考え込んだが、美琴は渋々承諾することにした。
美琴「……こ、ここに乗ればいいんだよね?」
上条「ああ」
恐る恐る、美琴はバイクの後部シートに跨る。
上条「もうそろそろいいか?」
美琴「あ、待って……。今ヘルメット被ってる……。…っと、よしいいわ。にしてもこのメット、ブカブカなんだけど……」
- 上条「仕方ない。捨てられてたものなんだから」
美琴「はい、OKよ」
上条「いや、お前、掴まってないと落ちるぞ?」
美琴「え?」
振り向き、上条は自分の胸を叩いてみせる。
上条「俺の身体、掴まってないと落ちるぞ、って言ってんの」
美琴「えええええええっ!!!??? ちょ、な……何よそれ!!?? ま、まるで抱きついてるみたいじゃない!!??////// そ、そそそんな恥ずかしい真似しないといけないの!!!???////////」
上条「おおおお俺だって恥ずかしいっつーの!////// でもどこも掴まってなかったら落ちちまうだろうが!!」
美琴「むぅー……わ、分かったわよ!////// す、すればいいんでしょすれば!!////////」ダキッ!!!
上条「ふぉう!?」
美琴「な、何よ!?//////」
上条「そ、それはさすがに抱きつきすぎ!! そ、そこまでひっつかなくていいから!!//////(って言うか、や…柔らかいものが……何か柔らかいものが背中に当たってるんすけどーーーーーー!!!!!!////////)」
美琴「もう!! 難しいわね!!」
上条「そ、それぐらいでいい。それぐらいで(あ、相変わらず柔らかい感触があるけど俺はこんな状態で無事運転出来るんだろうか上条さんマジ不安)」
美琴「で、ま、まだ出発しないの?」
上条「お、おお。頼むから振り落とされんなよ?」
ようやく2人とも落ち着いたのか、上条はエンジンを吹かした。
上条「行くぞー」
美琴「オッケー」
静かな夜に、エンジンの音が鳴り響く。
1台のオートバイは、暗闇にテールランプの跡を残しつつ、若い2人を乗せて走り出していた。
- その頃――。
ガシャン
という音を立て、黄泉川は電話を切った。
黄泉川「………………」
黒子「如何でしたか?」
側に立っていた黒子が訊ねてくる。
黄泉川「ダメじゃん。まだ現段階では、上条当麻の指名手配にまでは漕ぎ着けられないらしい」
黒子「そんなっ!」
黄泉川「それが本部の答えじゃん。奴らは前例の無い特例措置を嫌う。あくまで事務的に手続きを済ますことが、自分たちの保身に繋がると考えてるじゃん」
黒子「………っ」
黄泉川の話を聞き、黒子は苦虫を潰した顔をする。
黄泉川「おまけに本部への召集命令を受けた」
黒子「えっ!?」
黄泉川「今から本部へ帰る。白井、お前も学生顧問として連れて行くじゃん。ただ、我々もこんな所まで来て部隊を展開したんだ。わざわざ大所帯で帰る必要はあるまい。よって私とお前、後何人かの部下と共に列車で本部へ向かうことにするじゃん」
- 黒子「待って下さいまし! 私はここで御坂美琴の手掛かりを追う役目が……」
黄泉川「ダメじゃん。本部がお前も連れてくるよう言ってるじゃん。ここでわがままを言っていたらこれ以上無茶も出来なくなるぞ?」
黒子「………チッ」
黄泉川「………………」
初春「あ…あの……」
黄泉川「ん?」
と、黒子と黄泉川の会話を黙って聞いていた初春と佐天が近付いてきた。
初春「わ、私たちはどうすればいいんでしょう?」
佐天「ここにいた方がいいのかな?」
黄泉川「いや、お前らは明日早いだろう? 近くのビジネスホテルを手配するから、お前らはそこで寝るといいじゃん。明日の朝、私の部下にお前らを寮まで送っていかせるから、安心するじゃん」
初春佐天「「分かりました」」
黒子「…………………」
黄泉川「そういうことじゃん白井」
不服そうに黙っていた黒子の肩を、黄泉川が軽く叩く。
黄泉川「用意しろ。今から列車で本部まで行くじゃん」
黒子「………………」ブツブツブツ…
準備を始めたのはいいものの、黒子はまた独り言を呟いていた。
- ゴオオオオオという音と共に、強い風が服をバタバタと揺らす。
バイザー越しに見える道路が、電灯が、対向車線の車があっという間に過ぎていく。
上条「御坂」
美琴「うん?」
もう深夜の時間帯に達した頃、上条と美琴を乗せたバイクは、高速道路を走っていた。
美琴「なーにー?」
騒音の中、少し大きな声を上げ、上条に聞こえるように美琴は訊き返す。
上条「眠くないか?」
美琴「大丈夫よ」
上条「そうか。それより見えてるか? 街の風景」
美琴「え? うん」
美琴は顔を横に向け、高速道路の向こうに見える街を眺める。様々な電気やネオンの色が深夜の暗闇に浮かぶ光景はとても幻想的で美しかった。
美琴「綺麗………」
思わず目を細め、美琴はその光景に魅入る。
上条「科学科学してるけど、学園都市の夜景も捨てたもんじゃないな」
美琴「そうね……」
上条の背中越しに伝わる彼の声が美琴の安心感を増す。その温もりに浸かるように、美琴は少し身体を上条に近付け、彼の背中に頭をコツンと置いた。
- ゴオオオオオという音と共に、強い風が服をバタバタと揺らす。
バイザー越しに見える道路が、電灯が、対向車線の車があっという間に過ぎていく。
上条「御坂」
美琴「うん?」
もう深夜の時間帯に達した頃、上条と美琴を乗せたバイクは、高速道路を走っていた。
美琴「なーにー?」
騒音の中、少し大きな声を上げ、上条に聞こえるように美琴は訊き返す。
上条「眠くないか?」
美琴「大丈夫よ」
上条「そうか。それより見えてるか? 街の風景」
美琴「え? うん」
美琴は顔を横に向け、高速道路の向こうに見える街を眺める。様々な電気やネオンの色が深夜の暗闇に浮かぶ光景はとても幻想的で美しかった。
美琴「綺麗………」
思わず目を細め、美琴はその光景に魅入る。
上条「科学科学してるけど、学園都市の夜景も捨てたもんじゃないな」
美琴「そうね……」
上条の背中越しに伝わる彼の声が美琴の安心感を増す。その温もりに浸かるように、美琴は少し身体を上条に近付け、彼の背中に頭をコツンと置いた。
- 上条「お、おお……。ど、どうしたんだよ急に?」
動揺した上条の声が、振動するように彼の背中から聞こえてくる。
美琴「何でもなーい」
上条「そ、そうか……」
美琴「(背中……大きいな。お父さんみたい……)」
ずっと上条の身体に自分の腕を回していたためか、美琴はふと、そう思った。
美琴「(何だか心地良いし……こいつの背中、こんなにたくましかったんだ)」
笑みを零す美琴。
確かに、上条の背中は大きくてたくましかった。でもなければ、今まで数々の修羅場を潜ってこれないだろう。そんな背中を持つ彼が、今、自身を投げ打ってでも自分のことを守ろうとしてくれる。そう思うと、美琴は嬉しさの余り笑みを零さずにはいられなかった。
美琴「………………」
『万年フラグ男』と呼ばれる上条が、多くの女の子とフラグを立て、彼女たちに好かれている事実は美琴も知っている。そういう甲斐性無しの部分は、直してほしかったが、逆に今、美琴はそんな上条を独り占めしていると思うと、何だか嬉しくなってしまい、つい彼の身体に回す腕に力を込めた。
上条「……………、」
背中越しに上条が動揺しているのがよく分かる。美琴はそんな彼の様子をおかしく思いつつ夜景を眺める。
美琴「(他の女の子たちには悪いけど……今は……こんな状況になった今だけは……こいつに甘えちゃってもいいよね?)」
1人、美琴は胸中に呟く。
美琴「(神様お願い……。もう少し、彼と……一緒にいさせて……そして、例え私が死ぬようなことがあっても……彼だけは……助けてあげて………)」
目を閉じ、美琴は上条の背中の温もりに身を浸らせた。
- それから数十分後。
上条「おっと……。おい、御坂」
美琴「? どうしたの?」
上条が前方に何かを見つけ、美琴に話しかけてきた。
上条「サービスエリアだ。しばらく休んでいかないか?」
美琴「え? でも……」
確かに、上条の背中から前を覗いてみると、数百m先に1つのサービスエリアが見えた。
上条「疲れてるだろ? お腹も減ってないか?」
美琴「いいの?」
上条「もちろん。その代わりお前にはまた顔を隠してもらうことになるけど……」
美琴「分かった。じゃあ休んでいきましょう」
上条「おう決まりだな」
上条と美琴を乗せたバイクは車線を変更し、サービスエリアに入っていく。
速度を減らすと、やがてバイクは駐車場で止まった。
上条「だいぶ走ったな」
美琴「そうね」
2人はバイクから降り、ヘルメットを取る。正面には、深夜だと言うのに灯りが眩しい賑やかなサービスエリアがあった。
上条「顔、隠してろ」
美琴「あ、うん……」
上条は美琴の帽子とマフラーを彼女の顔を覆うように被せ直してやる。
上条「行こう」ギュ
美琴「うん……」
美琴の手を握り、上条はサービスエリアの店内に入っていった。
- 店内は、学校の食堂の2倍以上の広さがあり、深夜だと言うのに利用客も多かった。
初め、店に入った2人は一部の人間にジロジロ見られた。が、それは別に美琴の正体がバレたわけだからではなかった。この時間帯に、明らかに高校生ぐらいの少年が1人の少女を連れてサービスエリアにいるのが珍しかったからだ。
上条「こっちだ」
上条は美琴を連れ、店内の端の方にある、窓ガラス側に向かい合うようにして設置された細長いテーブルに向かう。背もたれもない回転式の椅子だったが、美琴の顔をなるべく見られないようにするにはその席が1番最適だった。
上条「ここで待ってろ」
美琴「え? どこ行くの?」
上条「安心しろ。食券買いにいくだけだ。カウンターで飯もらってくるから、その間ここで大人しく待ってろ」
美琴「わ、私も行く……」
上条「いや駄目だ。あまり目立った行動は控えた方がいい。ただでさえお前は追われの身なんだから。……な?」
そう言って上条は美琴の頭をポン、と軽く叩いてやる。
美琴「……分かった」
不服そうだったが、美琴は承知したようだった。
返事を聞き、上条は食券を買うべく、食券機に並んでいた客の列に加わった。
美琴「………………」
美琴は窓ガラス越しに、外の風景を見る。と言っても、外は真っ暗で、駐車場の向こうに高速道路が見えるだけの殺風景だったが。
美琴「確かにお腹空いたかも……」
そう呟き、美琴はしばらくの間、窓ガラスを見つめていた。
が、彼女はこの時気付いていなかった。彼女を密かに見つめる3つ分の視線があったことに。
- 一方、食券機で2人分の食券を買った上条は、今度はおぼんを持ってカウンターの列に並んでいた。
今もカウンターの向こうには、食欲を掻き立てられるようないくつかの湯気が立ち、おまけにそこから美味しそうな匂いが漂ってきて空腹感を刺激する。が、そんな時だった。近くに座っていたトラックドライバーたちの会話が聞こえてきた。
「おい俺さ、さっき市道213号線走ってた時のことなんだけどよ」
上条「!」
「後ろにアンチスキルの装甲車数台つかれてマジビビったぜ」
上条「…………(市道213号線……)」
「おいおいお前、何の犯罪犯したんだよ?w」
「違うっつーの! あれはただ偶然俺の車の後ろについただけだよ。その後、道路別れる所であいつら逆の方向行ったし」
「へぇーそれいつ頃だ?」
「0時前かな? ほら、あの街を出た郊外の何もない場所だよ」
「ああ、あそこか」
上条「(0時前の市道213号線……しかも郊外だと?)」
と言えば、上条と美琴がバイクを見つける前に歩いていた郊外の道路だ。しかも時刻もドライバーが言った時刻に近い。
「ったく、ビビらせやがってよ。あんな大所帯で何移動してんだよ」
「ぎゃはは。お前、捕まっといたほうがよかったんじゃねーの?www」
「はあ!? マジ死ねお前」
上条「(……あのドライバーの話が本当なら……俺たちヤバかったかもしれない)」
上条が冷や汗を流すのも無理は無かった。ドライバーの言ってることが本当なら、アンチスキルの車両群は、0時前市道213号線を走っていたことになる。市道213号線は、上条と美琴がモーテルを出てからしばらく歩いていた道だ。おまけにその時間帯も丁度0時前になる。だが、彼らはアンチスキルの車両を見ていないし、ドライバーが乗っていたと思われるトラックも見ていない。それは何故か。考えられる説は1つ。彼らがアンチスキルの車両に遭遇する前にバイクで一足早くその道路を抜け、高速道路に入っていたからだ。
上条「(あの時バイクを見つけていなかったら……もし道路を徒歩で歩いていたら……俺たちは後からやって来たアンチスキルに発見されてたところだ……)」ゾッ
つまり上条と美琴は奇跡的な確率でアンチスキルの目から逃れたことになる。
上条「(はは……。今回ばかりは……不幸じゃなかったぜ……)」
上条は思わず不気味な笑みを零してしまった。
- 美琴「?」
窓ガラスから外を眺めていた美琴は、テーブルの上につくられた人影に気付き、頭を上げた。もちろん、顔は隠していたが。
「ねー嬢ちゃん、こんな所で何してんの?」
「今は君みたいな子が来るような時間じゃないよ」
「どうせなら俺たちと一緒に食事でもしない?」
若い男たちだった。体育会系の若い男たちが3人、ニヤニヤと気味の悪い笑顔を浮かべてそこに立っていた。
美琴「!!」
上条ではないと気付いた美琴は思わず顔を背け、俯く。
「な? いいじゃん? 家出か何か知らないけどさ、1人じゃ寂しいだろ?」
1人の若い男が美琴の隣の席に座る。
美琴「ほ……放っておいてよ!」
顔をなるべく見せないようにし、美琴は男たちを追い払おうとする。
「いいねー。気が強い子は好きだぜ」ガッ
美琴「!!!」
隣に座った男が美琴の腕を掴んできた。
「お兄さんたちと遊ぼうよ」デヘヘ
美琴「この……ロリコンっ!!」
「ええ、ええ! お兄さんたちはロリコンだよ~ん♪」
美琴「………っ」
思わず、美琴はその瞬間、電撃を発しようとした。
しかし、出来なかった。
美琴「(ここで能力なんか使ったら、私が御坂美琴だってバレちゃう……)」
- 「いいじゃ~ん。俺たちと一緒にチョメチョメしようぜチョメチョメ」
「「「ぎゃはははははははははははは!!!」」」
美琴「くっ……」
上条「おいお前ら、何の用だよ?」
美琴「!」
「あ?」
と、そこに掛けられる声が1つ。
上条「何か用でもあるのか? って聞いてんだけど」
上条だった。上条がうどんを乗せたおぼんを持ってそこに立っていた。
美琴「当麻!」
上条「………………」
テーブルの上におぼんを置く上条。自然と、男の腕が美琴から離れた。そのまま上条はジロリと横目で3人の男たちを見る。
美琴「…………、」
美琴は助けを求めるようにして、上条の背中に隠れ彼の服をギュッと掴む。
上条「俺の彼女に何手を出そうとしてんだよ?」
美琴「!!」
- 「ああ? 何だ男持ちかよ!」
『彼女』という言葉を聞いた途端、男たちが不機嫌になった。
「チッ、もう行こうぜ」
「ああ、長居したってつまんねぇし。さっさと出るか」
「ふん、お前ら死ね!!」
捨て台詞を吐きながら、3人の若い男たちはその場から離れ、やがて店を出て行った。
上条「…………ったく。馬鹿たちが」
溜息を吐き、上条は席に座る。
上条「ほら、うどんで良かったか?」
美琴「あ、うん……。助けてくれてありがとね……」
上条「ああ。つかバレてないよな?」
美琴「それは大丈夫……」
上条「そうか」
上条は水を仰ぎ、箸を割る。
上条「お腹空いてるだろ? さあ食べな」
美琴「あ、あのさ……」
上条「うん?」
上条がうどんを口に入れようとした時だった。
- 美琴「今さっき……私のこと『彼女』って……」
ボソボソと恥ずかしそうに美琴が言う。
上条「おお。そう言わないとあいつら引き下がらないだろ」
美琴「…………あ、そ、そっか。そうだよね……はは………」
上条「…………………」
美琴「あ、じゃあ……いただきます」
上条「それに……」
美琴「?」
上条「俺も『妹』とかよりかは『彼女』の方が良かったし……」
美琴「え?」
美琴は咄嗟に上条の方を見る。
上条「さーて……いただくとしますか」
だが、上条はもうこの話題は終わり、と言いたげにうどんを食べ始めていた。
美琴「…………………」
呆然としながらも、美琴も彼に倣いすぐに食べ始めた。
- サービスエリアに入ってから1時間近くが経った。
上条と美琴の2人は、食べ終えたうどんの皿をテーブルの端に置いたまま、窓ガラス越しに見える外の景色を眺めていた。
美琴「もう夜の3時近くだね」
上条「ん? おお……」
上条は手の上に顎を乗せながら、ボーッと外を見ている。
美琴「………………」
上条「………………」
美琴「あ、雨……」
上条「え?」
気付くと、目の前のガラスにパラパラと水滴のようなものが次々と現れ始めた。店内にいた利用客たちがそれに気付きざわめき始める。
美琴「バイク……濡れちゃわないかな?」
上条「ああ、そっか。すまん、ちょっと見てくるわ」
美琴「え?」
上条「大丈夫だって」ポンポン
美琴「ふみゅ…」
立ち上がり、上条は美琴の頭を軽く叩く。叩かれ、片目で上条を見上げる美琴。
上条「いい加減不安がるのはよせ。俺はお前を置いてどこにも行かねぇよ」
美琴「うん………」
そう言い、上条は笑顔を残すと店を出て行った。
- 上条「バイク、バイクっと……」
雨はまだ小降りの状態だった。上条は頭に掛かる雨粒を大して気にすることなく、バイクの所まで近付いていった。
上条「!!!!!!!!!!」
が、彼の足が寸前で止まった。
上条「アンチ……スキル………」
数m先。上条と美琴が乗ってきたバイクの側に、2人の警備員らしき男が立っていた。彼らは、バイクを念入りに調べており、時々無線に報告を入れている。
上条「(どうしてこんな所にアンチスキルが……。まさかバレたのか!!??)」
が、辺りを見回してみても他に警備員の姿は見えない。と言うよりも、その2人の警備員はパトロール中という雰囲気であったのは確かだが、別段、何らかの重要捜査に加わっている様子はなかった。
警備員「こちら……。……サービスエリアにて……盗難被害を受けた……発見……」
僅かにだが、無線に報告する警備員の声が聞こえた。
上条「(盗難被害……。まさかあのバイク、捨てられてたんじゃなくて、あそこに置いてあったのか……っ!?)」
警備員「犯人は……店内にいると思われ……」
と、そこで警備員と目が合った。
上条「(まずい)」
思わず上条は目を逸らし、回れ右をする。
何となく背後からジロリと見られている視線を感じたが、彼はなるべく怪しまれないように早歩きで店内に戻っていった。
- 美琴「………………」
上条「御坂!」ガッ
美琴「えっ!?」ビクッ
急に背後から上条が現れたせいか、美琴は肩を震わせた。
上条「ここを出るぞ」
美琴「え? ど、どうして?」
上条の言葉に、美琴はキョトンとする。
上条「外に警備員がいた。どうやら俺たちが乗ってきたバイク、盗難届け出されてたみたいだ。すぐに逃げないと奴らに見つかっちまう」
美琴「そんな……でもここ高速道路だよ?」
上条「いいから行くぞ」
上条は美琴の手を引っ張り立ち上がる。そのまま彼らは、バイクがある方とは逆の出口に向かい店の外に出ていった。
美琴「うわ……ちょっと雨脚が強くなってない?」
上条「仕方がない。こっちだ」
2人はなるべく電灯の光に当たらぬよう、暗くなった場所を歩く。
ふと美琴が後ろを振り返ってみると、1人の警備員が店内に入っていくのが見えた。
美琴「どこ行くのよ!?」
サービスエリアから出てすぐ、彼らは高速道路の端に沿って走り始めた。次第に雨の勢いが強くなっていくのが分かる。
上条「………………」
しばらくすると、2人は大きなトンネルの入口に辿り着いた。
- 美琴「うわ……服がビチョビチョ……もう……」
文句を言いたげな美琴を尻目に、上条は地図を広げる。オレンジ色の電灯によって照らされた地図は少し見にくかったが、贅沢を言える状況ではなかった。
上条「今はこの辺りか……。バイクのお陰でもう半分近くまで来れたな。後はここからどう動くかだが……」
美琴「………バイクはもう使えないの?」
上条「ああ」
美琴「………また歩くの?」
上条「仕方ないだろ?」
美琴「………ねぇ」
上条「ちょっと静かにしてろ」
美琴「………………」
頬を膨らませ、不服そうな顔をする美琴。だが、今は上条も必死だったのだ。
上条「今はここだから………お! これはいいかもしれないな」
美琴「?」
上条「よし、行くぞ」
美琴「あ」
再び、美琴の手を引っ張り上条は歩き始める。
美琴「どうするの?」
上条「まずはこのトンネルを出る。どこかに非常口があるはずだ。そっから避難坑を伝って外に出る」
美琴「その先に何かあるの?」
上条「電車だよ」
美琴「え?」
上条「学園都市を縦断する電車がある。それに忍び込む」
美琴「えええええ!?」
事もなげに言い切った上条に、美琴は驚きの声を上げた。
上条「いいから。行くぞ」
- それから10分後――。
上条「ハァ……ゼェ……ハァ」
美琴「ま……待って……ちょっと休憩しようよ……」
トンネルを休むことなく走っていた上条と美琴。彼らの息はかなり上がっていた。
上条「休憩したいのは山々だが、いつまでもこのトンネル内にいたら通りかかった車に怪しまれて通報されかねない。だから………っと」
美琴「?」
上条「見つけたぞ御坂! 非常口だ」
美琴「え……」
確かに、上条が指差した先……5mほど向こうにそれらしきものがあった。
上条「行こう!」
美琴「あ、待って!」
2人は急いでそこまで駆け寄る。そこには、『非常口』と書かれた鉄製の扉が1つ設置されていた。
上条「『非常口』……ここだ。ここから避難坑に通じてるはず。後はそこを通って外に出れば、線路の近くだ」
美琴「………………」ゴクリ
上条「行こう」
美琴「分かったわ」
2人は顔を見合わせ頷く。
- その頃――。
黄泉川「深夜も既に4時前じゃん。こんな時間に運行している列車があると重宝するな、白井?」
8両編成の深夜特急。その最後尾の車両で、黄泉川はそう言った。
黒子「こんなことしてる場合じゃないですのに……」
黄泉川の言葉を受けて愚痴る黒子。
今、彼女たちがいるのはVIP専用のために作られた特別車両だった。内装としては、座席が向かい合うようにして設置され、窓ガラスには豪華なカーテンが掛かっている。今は、その車内を黒子と黄泉川が占用しており、他にいたのも立哨に立つ警備員4人だけだった。
黄泉川「勢いだけで全てが解決するとも言えないじゃん?」
拳で頬を支え、黄泉川は黒子にアドバイスする。
黒子「御坂美琴は私がこの手で始末しますの。そうでなければ意味がありませんの……」ブツブツブツ
再び呟き始める黒子。
黄泉川「ふん……」
もはや何を言っても無駄だと思ったのか、黄泉川は背後のカーテンを少し開け、外を窺った。
- 美琴「はぁ!? 電車に乗る方法を考えてない!!??」
深夜の林に、美琴の間の抜けた声が響き渡った。
上条「おまっ……静かにしろよ」
美琴「あ、ごめん……。いやでも何それ? どういう意味?」
上条は困ったように頬を掻く。2人は今、暗く浅い、とある林の中にいた。
トンネルで非常口を見つけた2人は、そこから避難坑を数十分歩き、何とか外にまで辿り着いていたのだ。そして、2人はそのまま目的の線路に向かうべく、今、林を横断していたのだが……ここで問題が浮上した。
上条「いや……確かにここの深夜の路線は、1時間ぐらい置きに急行列車が通るのは知ってたんだけど……停まる駅が近くに無いんだよなぁ……ははは」
美琴「いや、笑い事じゃないでしょ」
2人の視線の先には、木や草が生い茂るその場の雰囲気には似合わない近代的な線路が1つ設置されているのが見える。彼らは5分前からそこで電車が来るのを待っていたのだが、今更になって上条が不安要素を口にし始めた。
美琴「じゃあどうするの? ここを通り過ぎる列車を見てるだけなの?」
上条「いやまあ……最悪、線路に沿って歩くっていう手もあるけど……」
美琴「………………」ハァー
呆れたように美琴は溜息を吐く。
美琴「あのね……あんた、自分で南に向かう列車に乗る、って言っておいてこれはないんじゃないの? どうするのよ本当……」
上条「…………むー」
上条は腕組をし考え込む。
と、その時だった。
- プァァァァァァァァン!!!!!!
どこからか汽笛のような音が聞こえ、直後、暗闇の向こうに人工的な強い光が瞬いた。
間違いない。この線路を通り過ぎる予定の列車が現れたのだ。
美琴「ちょ、ちょっと来ちゃったじゃない!!?? 次は1時間後なんでしょ!!?? ど、どうするの!!??」
上条「あーもう……タイミングの悪い……」
頭を掻き毟る上条。
だが、そうこうしている間にも列車は徐々に近付いてきている。
美琴「ね、ねぇ……」
上条「そうだ!」
美琴「え!?」
顔を上げ美琴を見る上条。そして彼はとんでもないことを言い出した。
上条「飛び移るぞ!!!!」
美琴「は……あ!?」
美琴は思わず間の抜けた声を上げていた。
- 黄泉川「………………」
黒子「………………」ブツブツブツ
一方、とある深夜特急の最後尾車両。
席に座る黄泉川は静かに腕組をして目を閉じ、向かいに座る黒子は相変わらず何事か呟いていた。車両の両端に2人ずつ立つ立哨の警備員は、任務中らしく微動だにしない。
黒子「絶対に……黒子が……この手で……ぶち殺して……」ブツブツブツ…
黄泉川「…………………」
黒子の呟きがボソボソと聞こえていたとは言え、車内は比較的静かだった。
- 美琴「あんた正気!? 飛び移るですって!? 特急列車が時速何kmで走ってるか分かってるの!?」
上条「だから今言った方法なら大丈夫だ」
列車がすぐ側まで近付いているのに、議論を繰り広げる2人。
上条「俺がお前に掴まって、一緒に列車に向かって飛ぶ。普通なら跳ね飛ばされるが、強力な磁力を発するお前なら可能だ。もちろん右手はお前の身体に触れないように気を付ける」
美琴「でも……そんな……」
上条「やるしかないんだ。ここで列車を素通りしても1時間の無駄なロスを作るだけだ。なんなら列車に乗っちまったほうが、より早く逃げれる可能性が大きくなるだろ」
美琴は困惑の表情を浮かべ、上条の顔を、次いで向かいくる列車を見る。
上条「御坂! 一刻の判断の遅れが大事に及ぶんだ!!」
美琴「むううううう………あああもう!! 分かったわよ!! やるわよ!!! ったく、何であんたはいつも無茶なことばかり考えるのよ!!??」
迷いに迷ったが、美琴は判断を下した。
2人は後ろを振り返る。列車はすぐそこまで迫っていた。
- 静寂が支配する車内。
黄泉川「………………」
黒子「………………」ブツブツブツ…
そして、轟音を響かせ遂にその姿を現す列車。
上条「………………」
美琴「…………ちゃんと掴まっててよね」
上条「ああ、もちろんだ」ギュッ
美琴「…………むう//////」
上条「御坂」
美琴「分かった。行くわよ……」
上条「おう」
美琴「1……」
上条「…………」ゴクリ
美琴「2………」
上条「………………」
美琴「3」
美琴「今よ!!!!!!」
黄泉川「!!!!!!!!!!」
深夜特急の最後尾車両。
黄泉川「……………………」
黄泉川は突如、目を見開いた。
黄泉川「………」バッ
何を発せず、そのまま彼女は立ち上がり向かいの席に座る黒子の元へ向かう。
黒子「?」
不思議そうな顔をする黒子をよそに、黄泉川は座席に片膝をつけカーテンを思いっきり開ける。
警備員A「黄泉川隊長?」
警備員B「どうなされましたか?」
彼女の行動に疑問を浮かべた警備員たちが訊ねてくる。
黄泉川「……………音が聞こえたじゃん」
黄泉川は外を窺いながらそう答えた。
黒子「音?」
黄泉川「聞こえなかったか? 天井からじゃん。後、僅かにこっちの方で青い光が見えたような気がしたが………」
黒子「私には何も聞こえませんでしたし、光とやらも見えませんでしたが……気のせいでは?」
黄泉川「……………………」
怪訝な顔をする黒子と警備員たち。黄泉川は黙ったまま窓の外を眺めていた。
- 上条「せ、成功したな……!」
美琴「無茶し過ぎよ」
まさか、自分たちの足元の板を一枚挟んだ先に黄泉川たちがいるとも露知らず、上条と美琴は突風吹き荒ぶ列車の天井部分にいた。
彼らは、接近してきた列車に向かって一緒に飛び、美琴の磁力によって壁の一部分を中継地点にして、無事、列車の天井部分に着地したのだった。
美琴「私の能力の微調整がちょっとでも狂ったらあんた、許容量以上の電撃を浴びて飛んでる間に気絶するか、または電気の力が足りなさ過ぎて列車に跳ね飛ばされてたわよ」
上条「でも上手くいったからいいじゃねぇか。俺はお前なら出来る、って信じてたし」ポン
上条は美琴の頭を軽く叩く。
美琴「うううう……」
美琴は何も言い返せなくなってしまった。
上条「さて、いつまでもここにいたら危険だな。早く車内に入ろう。一般車両はここから2両先だ」
美琴「………つーかあんた、やたらこの列車に詳しくない?」
上条「ん? ああ、この辺りは以前、インデックスと遊びにきたことがあったからな。その時、ガイドブックで見たんだよ」
美琴「ふーん………」
何か言いたそうな顔をする美琴。もちろんそんな彼女の様子に上条が気付くはずもない。
上条「ほら、まずは向こうの車両、次に2つ先の車両だ。早く飛び移るぞ」ガシッ
美琴「ひゃぁ…ん」
上条「おまっ////// へ、変な声出してんじゃねぇよ!!//////」
美琴「あんたがいきなり私の身体掴むからでしょ!!!!//////」
上条「しゃ、しゃーねーだろ!! またさっきの要領で着地してくれないと、俺落ちるかもしれねぇし!!」
美琴「あーもう分かった分かってるわよ!! ほら行くわよ!!!」
バッ!!!
上条「ちょっ……いきなりかよ!!」
上条の言など知ったことではないと言うように、美琴は彼の身体を掴んだまま前の車両の天井に向かって飛び、軽やかに着地した。
- 美琴「嫌なら自分で飛べば? 下手して落ちて車輪に巻き込まれてミンチになっても知らないけど」
上条「ぐぬぬ」
文句が言えない上条だった。
美琴「ほら、急ぐわよ。ちゃっちゃとする!」
上条「ま、待ってくれ」
そして年下の女の子にリードされる上条だった。
美琴「さ、向こうのが一般車両ね。もう1回飛ぶんでしょ?」
上条「お、おお」ガシッ
美琴「ひ…ゃあ」
上条「だだだだだから変な声出してんじゃねぇよ!!!//////」
美琴「わ、脇腹は弱いのよ!!////// ……って変なこと言わせてんじゃないわよバカ!!!!////////」バチバチッ
上条「ちょっ! タンマタンマ!! この状況で電撃はやめて!!」
美琴「もう次不意打ちで触ったら落とすわよ!!!!」
上条「洒落になってないっすよ御坂さうわあああああああ!!!!!」
バッ!!!
上条の言葉が言い終わるより先に、再び美琴は彼の身体を掴みながら前方の車両に向かって飛び、着地する。
上条「心の……準備ぐらい……させろよ……」ゼェハァ
美琴「じゃ、ここに梯子ついてるし降りよっか」
上条「って聞いてないし」
やれやれ、と溜息を吐き、上条は美琴と同じく、車両と車両を繋ぐ連結部分を覗き込む。どうやらこの列車の連結部分は外に剥き出しになっているらしく、普通の電車よりかは車両と車両の間の幅が広かった。
よく見てみると、確かにそこには下に降り立つための梯子が壁についていた。
- 警備員A「隊長!」
黄泉川「おう、どうだったじゃん? 前の車両は」
扉を開け、前の車両に行っていた1人の警備員が戻ってきた。
警備員A「7両目も特に変わったことはありませんでした」
黄泉川「そうか……」
黒子「………………」
先ほど、天井から不審な音を聞き、窓の外に青白い光を目撃したという黄泉川。黒子や他の警備員たちは何も聞いておらず何も見ていなかったが、長年の経験と勘から何かを察した黄泉川は、念のため前の車両の7両目に部下の1人を様子を見にいかせていたのだ。
黒子「やはり気のせいでは?」
黄泉川「うーむ……」
警備員A「あ、そう言えば」
黄泉川黒子「?」
警備員A「起きていた客の中の1人が言っていたのですが……『天井をイタチかネズミでも走っているのか眠れない』と………」
黄泉川「!!!!!!」
それを聞き、黄泉川の顔が変わった。
黒子「どうかしましたか先生?」
黄泉川が立ち上がる。
黄泉川「やはり私が感じ取った臭いは気のせいではなかったじゃん」
黒子「は?」
黄泉川「ネズミだよ」
黒子「ネズミ?」
黄泉川「車内を這い回ってるネズミを捕まえに行くじゃん」
そう言って黄泉川は口元を歪めた。
- ガラッと音を立て、6両目の後部扉が開いた。
上条「………………」
上条と美琴だった。2人は、たった今天井から梯子を伝って車両と車両の連結部分まで降りてきたのだ。
上条「行こう」
美琴「うん」
上条は美琴の手を引いて車内を歩く。
6両目の座席はどれもボックスシートで、全座席のうち半分ほどが埋まっていたが、起きていた客は数えるほどもいなかった。ただ、こんな時間帯に若い男女2人というのは少しばかり目立つのか、何人かの客は、上条と美琴が通り過ぎる度にジロリと怪しげな視線を寄越してきた。
上条「ここでいいか」
2人並んで座れる座席は車両の先頭にしかなかったので、上条と美琴はそこに座ることにした。
上条「ほら、奥に座りな」
上条は美琴を促す。頷くと、美琴は窓側の席に着いた。
上条「よっこいしょ」
席に着くやいなや、上条は溜息を吐く。
上条「久しぶりにくつろげるな」
美琴「………うん」
上条「この列車に乗ってれば、すぐにでも目的地の南には着く」
そう言いながら上条は肩をコキコキと鳴らす。
美琴「………あのさ」
と、不意に、美琴が何か言いたそうな顔で語りかけてきた。
上条「ん? どうした?」
美琴「その……ごめんね。私なんかに付き合わせちゃって……」
どうやら何か謝ろうとしているようだった。
上条「またかよ。何度も言ってるじゃねぇか。これは俺が自分で判断を下してやったことだって。嫌々でやってるわけじゃねぇ」
-
美琴「あ、違うの……そうじゃなくて。その……私を助けてくれたことは感謝してるし、あんたの厚意も真っ正面から受け取るつもり。でも……何ていうか……」
上条「?」
美琴「あんたは私が嫌じゃないのかな、って」
上条「はあ?」
顔を背け、美琴は申し訳なさそうにそう訊ねる。
美琴「だって……ほら、私なんてあんたに助けてもらってる、ってのに……何か文句ばかりだし、ちょっとしたことで電撃浴びせちゃうし……怒ってばっかりだし……」
上条「御坂?」
美琴「だからさ……助けてる相手にそんな反応されるのは嫌なんじゃないかな……って。あんたもそう思わない? ……って言ってる側から『あんた』呼ばわりだし……はは、ごめんね……、」
どうも彼女は自分の上条に対する態度について謝っているようだった。と言うのも、美琴は今、上条に助けてもらっている身にある。であるのに、彼に対してことあるごとに楯突いてしまう自分の態度はどうなのか。彼女はそれを聞いているのであった。
上条「………………」
美琴「どうせなら……もっと、可愛くて素直でおしとやかな女の子の方がいいよね……。私なんて、可愛くもないし素直じゃないし、おとしやかでもないし………」
女の子としての性格の問題だろうか。上条はふと、そう思ったが、何にせよそうやって自分を貶めるようなことは美琴には言ってほしくなかった。
上条「バーカ。そんなもん関係あるか」
美琴「え?」
美琴が顔を上げる。
上条「俺に接する態度とか、女の子としてどうだとか、そんな問題じゃねーよ」
美琴「………………」
上条「俺はお前を助けたかったから助けただけ。何でそこに態度とか性格とか関係してくるんだよ」
美琴「………じゃ、じゃあ私と一緒にいて嫌になったりしてない?」
本当に心配するように美琴はそう訊ねてくる。
上条「何で嫌になったりするんだよ。んなわけあるか」
美琴「そ、そっか……(良かった……)」
安心する美琴。
しかし………
-
美琴「(でも……こいつは『助けたかったから助けた』って言うけど……今回はたまたま私だっただけ。きっとこいつのことだから……誰か私とは違う女の子が同じ目に遭っても、同じように助けてるはず………)」
再び、美琴の顔が暗くなる。
美琴「(そ、そうだよね……分け隔てなく誰でも助けるのがこいつの……良い所なんだから……。そ、そうよ……今回はたまたま私だっただけ……。そう、それだけ………)」
美琴は俯き、無言になる。
上条「と言うか、寧ろお前と2人きりになれて嬉しい、って言うか……」
美琴「……………え?」
咄嗟に美琴は上条の顔を見る。しかし彼は、「あー眠い」とか言いながら顔を背け向こう側の座席を眺めている。それが、今自分で言った言葉に対する恥ずかしさによるものだったのかどうかは分からなかったが、確かに美琴は今聞いた。上条の言葉を。「2人きりになれて嬉しい」という言葉を。
美琴「……………………」
無意識に言ったことなのか。何か意図があって言ったのか。上条の性格を考えると、前者の可能性が高かったが、もうそんなことはどうでもよかった。
美琴「………あのね」
上条「ん?」
ボソリと呟く美琴。上条が振り返る。
美琴「………当麻」
上条「!」ドキッ
上目遣いで美琴は上条を見つめてくる。彼女は一瞬、恥ずかしそうに目を逸らしたが再び上条に視線を据えた。
美琴「…………私ね」
上条「お、おお……」
美琴「……………実はあんたのことが」
「アンチスキルだって!!!!????」
上条美琴「!!!!!!!!!!」
- と、そんな時、後ろの座席の方からそんな声が聞こえてきた。
「ああ、何でも後ろの車両にいるらしい」
上条「何だと?」
咄嗟に上条はシート越しに後ろを見る。
「何でこの列車にアンチスキルが乗ってんだ?」
「さあ? 何か知らないけど、今後ろの車両で1人1人乗客を調べているらしい」
美琴「………アンチスキル?」
上条「バカな……何でこんな普通の列車にアンチスキルなんか乗っているんだ!?」
正面に振り向き直すと、上条は驚きの声を上げた。
美琴「ど、どうするの?」
上条「逃げるしかない」
上条はすぐ右斜め前にあった連結部分に通じる扉を見つめる。そこから前部車両へ向かえば………。
と、思うがそれでもアンチスキルから完全に逃れることにはならない。飛び降りようと思っても列車はスピードを減らすこともないし、駅に停まることもない。要するに列車から逃げ出す術が無いのだ。
上条「考えても意味がないか。おい御坂」
美琴「え?」
上条「前の車両に行くぞ」
が、その時だった。
ガラララ……、と言う音と共に、車両の後ろに取り付けられた扉が開く音が聞こえた。
黄泉川「アンチスキルじゃん!!! 夜分失礼するが、今から1人1人乗客を調べさせてもらうじゃん!!!!」
上条美琴「!!!!!!!!」
2人のよく知った顔、アンチスキルの黄泉川が、3人の警備員を引き連れてそこに立っていた。
- 美琴「黄泉川先生!!??」
上条「駄目だ!! 顔を隠せ!!」
咄嗟に上条は美琴の頭を抑える。
黄泉川「身分証明証と切符を見せてもらうじゃん。悪いが、両方持ってない者は後部車両で我々の事情聴取を受けてもらうじゃん」
ドヨッと車内がざわつく。
美琴「ど、どうしよう!?」
上条「何でアンチスキルがこんな所に………」
苦虫を噛み潰すような顔をする上条。彼は斜め前にある扉を見やる。
上条「(いっそのこと御坂を連れて前部車両に逃げるか……? いや、だがそんなことしたら間違いなく気付かれる……。でもどっちしろ、ここにいたって………)」
黄泉川「じゃあまずはそこの会社員風の人。身分証明証と切符を見せるじゃん」
そうこうしている間に、黄泉川たちアンチスキルによる検分が始まった。
上条「(クッソー……どうする? どうする?)」
美琴「…………、」
2人は今、絶体絶命の状況下に陥っていた。
- その頃、最後尾車両では。
黒子「………………」
静かになった車内。その中で、黒子は足を組みジッとして席に座っていた。
黒子「………」チラッ
入口の方には、警備員が1人だけ。黄泉川と残り3人の警備員は、乗客を調べ上げるとかで、今この車両からは出払っていた。
黒子「(勝手に独断でこんなことして……。本部でお叱りを受けても知りませんわよ)」
そう胸中に呟く黒子だったが、彼女は少し不満だった。と言うのも、彼女は黄泉川に「これはアンチスキルの仕事でお前が出張る必要はない。ここで留守番しとくじゃん」と厳命されたからだった。
黒子「(私の手を借りたほうが、はかどるでしょうに。合理的ではありませんわね)」
組んだ腕の上で、トントンと規則的に指を叩く黒子。どうにも、彼女はアンチスキルの捜査に加わって以来、黄泉川に子供扱いされてるのが不満だった。
黒子「(御坂美琴……彼奴を捕まえ仕留めるのは私の使命。なのに、能力も持たないアンチスキルの方々の言うことを聞いていたらそれも叶いませんの。黄泉川先生はきっと子供の私に手柄を横取りされるのが嫌で邪魔者扱いしているのですわ)」ブツブツブツ……
警備員「………………」
黒子「?」
と、立哨に立っていた警備員の顔が気まずそうになっているのが目に入った。
黒子「(おっと、いけないですわ)」
どうやら気付かないうちにまたブツブツと独り言を呟いていたらしい。
黒子「(ふん、まあそんなことはどうでもいいですの。私は御坂美琴をこの手で始末出来ればそれで十分なのですから……ふふふふ)」
黒子は邪悪な笑みを浮かべていた。
黄泉川「じゃ、次。身分証明証と切符見せるじゃん」
上条「!!!!!!!!!!」ビクウッ
黄泉川の声が聞こえた。
上条は僅かに振り向く。2列後ろの座席の側に、黄泉川と3人の警備員が立っているのが見えた。
上条「(クソッ)」
顔を戻す上条。冷や汗が滝のように背中を流れ落ちていった。
上条「………………」
黄泉川たちはすぐそこまで迫っている。
美琴「…………っ」
横を見ると、美琴も汗を流しながら下を向いていた。
もう、猶予は無い。
上条「………………」
黄泉川「じゃあ次。身分証明証と切符」
上条「!!!!!!!!!!」
遂に、黄泉川たちが真後ろの座席まで来た。
黄泉川「ん?」
と、そこで黄泉川の動きが不自然に止まった気配が感じられた。
- 上条「………………」ゴクリ
背中から冷たい視線が刺されるような、そんな感覚が上条の身体を貫く。それはまるで、獲物を見つけた猛獣が品定めをするような、凍てついた敵意を含んだ視線だった。
黄泉川「…………ほぉ」
上条美琴「!!!!!!」ビクウッ
黄泉川「………これは驚いた」
上条「………っ」
限界だった。
ダッ!!!!!!
美琴「あ!」
上条は美琴の手を引っ張り、座席から飛び出していた。
ガラララッ!!!!
息をもつかせぬ速さで上条は連結部分に通じる扉を開ける。
黄泉川「やっぱりいやがったじゃん!!!!」
- 笑みを浮かべ、黄泉川は咄嗟に右太腿に巻いていたレッグホルスターから拳銃(ハンドガン)を取り出した。
上条「こっちだ!!」
そうこうしている間に、上条は美琴を連れて前の車両にまで逃げていた。
パン!!! パン!!パァン!!!
上条「!!!!!!!!」
後ろから発砲音が鳴り響く。
上条「ぐっ!?」
と、シュッと何かの擦過音が耳の側で聞こえたかと思うと、上条は自分の右肩が一瞬熱くなるのを感じた。
右肩を見る。僅かにだが服が破れ、露出した肌から血が出ているのが確認出来た。
上条「(かすった……)」
ゾワリと、寒気が背中を伝った。
黄泉川「これで終わりじゃん!!」
乗客たちが悲鳴を上げる中、黄泉川は連結部分の向こう、前部車両を走る美琴の背中に照準を合わせた。
パァン!! パァン!!! パァァン!!!!!!
そして、美琴の身体を貫くべく黄泉川の拳銃から3発の9mm弾が連続で射出された。
黄泉川「!!!???」
が、しかし。
上条が勢い良く開けたことによる反動のためか、銃弾は自動で閉まった扉のガラスにビシッという音を立て突き刺さった。
黄泉川「クソ!! 追うじゃん!! 付いて来い!!!」
後ろの3人の警備員にそう告げ、黄泉川は今閉まったばかりの扉を開け、前部車両に乗り込む。
が、しかし、その頃にはもう上条と美琴は次の車両にまで逃げ込んでいた。
黒子「!!!???」
発砲音と乗客の悲鳴。
それは一番後ろの車両にいた黒子の耳の下にも届いた。
黒子「銃声!!??」
何かが起こった。ジャッジメントで得た直感から、黒子は瞬時に座席を飛び上がり、前の車両に気を取られていた警備員を跳ね除け、次の車両に通じる扉を開け放っていた。
警備員「あ、こら!!」
警備員の声など意識の外に、黒子は既に前の車両を駆け抜けていた。
- 黄泉川「ここじゃん!!」
最後の扉を開け、黄泉川は遂に上条と美琴がいると思われる車両に辿り着いた。
だが、その車両だけは作りが違っていたのか、扉はスライド式ではなく開き戸式だった。
黄泉川「開かない!? 鍵が掛かってるのか!?」
ガチャガチャと黄泉川はドアノブを回す。
警備員「ここは一般車両ではありません。貴重な物資を運ぶ時に使われるものです。普段なら中は人が入るスペースはありませんが、深夜の今なら……」
後ろの警備員がそう説明する。
黄泉川「チッ……」
黄泉川は恨めしそうにその車両を見る。
黄泉川「だが分かってるのか御坂美琴!? お前らはもう袋のネズミじゃん!!!!」
- 車両の外から黄泉川が叫ぶのが聞こえる。
美琴「ど、どうしよう……」
何もない車両の中、美琴はそう呟いた。上条は窓を開け、暗闇に染まった外をキョロキョロと窺っている。
美琴「ねぇ……肩、大丈夫なの?」
上条の肩に滲んだ血を見て美琴は訊ねた。
上条「これぐらいはかすり傷だから大丈夫だ。ちょっとジンジンするけどな」
ドンドンドン!!!!
黄泉川『諦めてここで投降するじゃん!!! これ以上逃げても無駄だぞ!!!』
美琴「!!!」
黄泉川が壁を叩きながら、叫んでくる。
黄泉川『上条当麻!!! その女を助けて何の得になるじゃん!!??』
美琴「気付かれてる!?」
上条「………………」
黄泉川『いい加減にするじゃん!! この扉ぶち破るぞ!!!!』
美琴「と、当麻ぁ……」
美琴が助けの視線を求めてくる。
- 上条「ん? あれは……」
と、そこで何かを見つけたのか上条は窓ガラスから顔を引っ込めた。
上条「御坂、逃げる手段が見つかったぞ」
美琴「ええっ!?」
そう言って上条は車両の側壁に取り付けられた開き戸式のドアを開け放った。
上条「見てみろ」
急いで美琴は上条の元へ駆け寄り、列車から落ちないよう気を付けながら外を窺った。
上条「進行方向だ。鉄橋が見えるだろ?」
美琴は目を細めてみる。確かに、列車のライトが照らす先に大きな鉄橋が見てとれた。どうやら山と山を繋ぐものらしい。
上条「あそこから下の川に飛び込む」
美琴「え…………?」
- 美琴は思わず上条の顔を見る。
美琴「今なんて言った?」
上条「あの鉄橋から川に飛び込むって言ったんだ」
平然と、上条は真剣な顔でそう言った。
美琴「……いやいやいやちょっと待って。あんた正気? 川に飛び込むですって!?」
上条「そうだ」
どうやら上条は至って本気らしい。
美琴「バカ言わないでよ!! こっから川まで何mあると思ってんの!? って言うか、川の深度が浅かったらどうすんの!? 2人一緒に死ぬことになるわよ!?」
美琴は上条の突飛の発想に対して、至極当たり前の疑問を呈する。
上条「あの川には以前、インデックスと遊びに行ったことがある。さっき話したろ? ガイドブックにこの列車のこと載ってたって。あの川のこともそこに書かれてたんだよ。この辺りでは有名らしいからな。それに現地のガイドの人にも言われたし『鉄橋の真下は5m以上の深さがあるから近付いちゃ駄目だよ』ってな」
美琴「だからって……!」
上条「じゃあここで一緒にアンチスキルに捕まるか? どうせ本部に無線連絡されてるから、黄泉川先生たちを電撃で倒したとしてもすぐに援軍が向かいに来るぞ」
美琴「………っ」
美琴は反論の言葉を失くす。
上条「なら、逃げる手はあそこしかないだろ」
美琴は、上条が指差した先……近付きつつある鉄橋とその下を流れる川を見つめる。
美琴「………もし、死んだらどうすんのよ?」
覚悟は決まったようだったが、美琴は最後に訊ねてきた。
上条「死んだらそれまでだ。2人仲良く天国に行こう」
美琴「………………ばか」
事も無げに笑ってそう言った上条に、美琴はそれだけ呟いた。
2人は開かれた扉から眼下を見る。列車は既に鉄橋に差し掛かっていた。
- 黄泉川「チッ……埒があかないじゃん!」
警備員「どうします隊長?」
上条と美琴が中にいる車両の扉の前で、黄泉川は忌々しげに言った。
黄泉川「………………」
しばらく黄泉川は考え込んでいたが、すぐに顔を上げ即答した。
黄泉川「突入する」
パァン!! パァン!! パァン!!!
言うやいなや、黄泉川は扉に取り付けられていたドアノブに向かって発砲した。
黄泉川「最初からこうすればよかったじゃん。行くぞ!!!」
黄泉川を含めた、拳銃を持った4人の警備員が中に突入する。
黄泉川「大人しく手を挙げ………何っ!?」
が、そこで黄泉川と3人の警備員は目を丸くした。
- 上条「行くぞ」
美琴「うん」
車両の側壁に取り付けられた扉。上条と美琴がそこから飛び降りる瞬間を目撃すれば当然だった。
黄泉川「バカなっ……!」
すぐに扉まで駆け寄り眼下を覗く黄泉川。
上条美琴「―――――――――――」
暗闇の空を、上条と美琴の2人は舞い降りた。共に、お互いの手を強く握って。
黄泉川「―――――――」
黒子「―――――――」
まるで世界から音が消えたような気がした――。
上条美琴「―――――――――――」
数秒後、暗闇に消えていった2人は水飛沫を立てて深夜の川底に吸い込まれていった。
- 黄泉川「…………………」
唖然と、黄泉川はその光景を見つめていた。
しかし………
パァン!!! パパァン!!! パン!!!! パァン!!!! パパパァン!!!!!!
急に世界に音が戻った――。
車内を振り返る黄泉川。見ると、部下の3人の警備員たちが窓ガラスから拳銃を突き出し川に向かって発砲していた。
黄泉川は再び川の方に顔を向ける。
- ゴボボボ、と泡立つ音が聞こえる。
辺りは真っ暗で、何も見えなくて、まるで何も無い空間に放り投げだされたような感覚だった。
目に、耳に、鼻に、口に、容赦なく冷たい液体が流れ込んでくる。それは、2日前、自殺するために街中の鉄橋から川に飛び込んだ時と同じ感覚で……。
だけど、今は違っていた。今は、すぐ側に温もりを感じた。そして、右手を通じて力強い、絶対に自分を守ってくれるのだという安心感が伝わってきた。
美琴「!!!!!!!!!!」
水中で、美琴は目を見開く。目の前で、自分の手を引っ張って懸命に泳ぐ上条の姿が見えた。
今、上条と美琴の2人は川の中にいた。深く、暗い、深夜の川の中に。
上条「………………」
美琴「………………」
シュッ! シュッ! と2人の周りを、泡の筋を引いて何か小さな物体が幾つも通り過ぎていく。水中で抵抗を受け速度が遅くなった銃弾だった。
何とかこの状況を脱しようとするが、2人は今、息をするだけで精一杯だった。
- パァン!!! パァン!!!! パァァァン!!!!
鳴り止まない銃声。鉄橋の上を走る列車の車内にいた黄泉川は、すぐ横で川に向かって発砲する部下たちを見る。
と、そんな彼女の視線の先……部下の警備員たちの身体の更に向こうに、よく見知った顔があるのが分かった。
1つ後ろの車両の窓から、眼下の川を忌々しげに見つめるその少女の顔は………
黄泉川「白井!!!???」
そう叫んだ瞬間、黒子は窓から消えていた。まるで、瞬間移動でもしたかのように。
黄泉川「まさか!!??」
黄泉川は咄嗟に顔を戻した。
- ザッパァァァァァァァァン!!!!!!!!
という音と共に、水飛沫が盛大に上がった。
上条美琴「!!!!????」
川から顔を出していた上条と美琴が後ろを振り返る。
上条「お前は……!?」
黒子「ようやく見つけましたわ、御坂美琴!!!!!!!!」
美琴「黒子!!!???」
列車から、黒子が空間移動(テレポート)を使って2人の眼前に現れていた。
- 黄泉川「撃ち方やめ!! 撃ち方やめ!!!」
車内にいた黄泉川は部下たちに叫ぶ。
黄泉川「撃つな!! やめろ!!! 白井が下にいる!!!」
それを聞き、「ええっ!?」という声を同時に上げ、警備員たちが慌てて発砲を止めた。
黄泉川「あのバカ……っ! 待ってろ、って言ったのに!!」
黄泉川は大きく舌打ちし、川を眺めた。
列車は既に鉄橋から抜け出るところだった。
- 上条と美琴の前に現れた人物、それはかつての美琴のルームメイトにして後輩、白井黒子だった。
黒子「お久しぶりですわねぇ、 お 姉 さ ま ? 」
美琴「黒子……っ」
ニヤリ、と黒子は川の水で濡れた髪を額にくっつけながら不気味な笑みを見せる。
黒子「私、とってもとってもとーーーーーーっても、お姉さまにお会いしたかったんですのよ?」
美琴「………あんた何でここに!?」
上条「………………」
黒子「何で? 決まってるではありませんの」
歪んでいた口元を更に歪め、黒子は言う。
黒子「貴女をこの手で殺すためですわよ、お姉さま!!!!!!」
美琴「!!!!!!!!」
その瞬間、フッと黒子が2人の前から消えた。
美琴「……………っ(黒子はどこに!?)」
- 1秒後、彼女は現れた。2人の背後から。空中で。美琴の頭を思いっきり蹴り飛ばせる角度で。
黒子「さよぉならぁお姉さまぁ」ニヤリ
美琴「!!!!!!!!!」
黒子の容赦ない蹴りが美琴の後頭部を狙う。
が、しかし………
黒子「!!!!????」
上条「……………」
それを許す間も与えず、振り返った上条が水中から思いっきり飛び上がってきた。
黒子「なっ!?」
黒子の頬を、上条の右拳が狙う。
ドゴォッ!!!!!!
黒子「きゃん!!!!」
容赦なく、上条は全力で黒子を殴り飛ばした。
美琴「黒子!!!!」
唐突に殴られ、思わぬ形で体勢を崩されたためか、黒子は反撃を試みることも出来ず、ザバァンと音を立て水中に倒れ込んでいった
- 美琴「黒子ぉっ!!」
心配するような美琴が思わず黒子の元に向かおうとする。
上条「駄目だ御坂!! 来い!!」
咄嗟に上条は美琴の身体を掴まえ、彼女を黒子から引き離す。
美琴「でも……黒子が!! 黒子が!!」
上条「忘れたのか!? あの白井はもう以前の白井じゃない!! お前を殺そうとしてるんだ!!!」
美琴「!!!!!!」
上条は美琴の身体を引っ張りながら岸に向かって泳ぐ。
美琴「でも……あのままじゃ黒子が溺れ死んじゃうよ!!」
上条「あいつなら大丈夫だ。そう簡単には死なない」
美琴「だけど!」
上条「いい加減にしろ御坂!! 向こうはお前を殺しに来たんだ!! こっちが投降出来ない以上、これから相手を殺すことだって出てくるんだぞ!! いつまでも甘えてんじゃねぇ!!」
美琴「!!!!!!!!」
上条「まだ分からないのかよ!? それだけの覚悟を持たないと、生き延びることなんて出来ないんだよ!!!!」
美琴「…………っ」
上条の顔を、次いで黒子が倒れた場所を見る美琴。
上条「なるべく殺したくないんなら、逃げるのが一番だ」
美琴「………………、」
上条が美琴を岸へ連れて行く。美琴は名残惜しそうに何度も後ろを振り返っていた。
- その頃。上条と美琴が逃げ出した列車では、黄泉川たち5人の警備員が最後尾車両に集まっていた。
当然のことながら、既に鉄橋は通り過ぎている。
警備員「どうします隊長?」
黄泉川「………………」
口をへの字に結び、黄泉川は座席に座ったまま何も喋ろうとしない。4人の警備員たちが反応に困り、顔を見合わせる。
黄泉川「………………」ザッ
警備員「!!!」
と、急に黄泉川が立ち上がった。
黄泉川「不本意だが、我々は当初の予定通り本部に向かうじゃん。御坂美琴は別働隊が既に動いているからそっちに任せよう………」
表情を変えず黄泉川は言う。
警備員「……奴らを追ったジャッジメントの白井はどうしますか?」
黄泉川「回収部隊を向かわせる。どうせあいつなら死んでることはないだろうしな。だが、帰ってきたら説教じゃん」
背後にあった窓に近付く黄泉川。カーテンを開け、外の景色を望む。
黄泉川「まだ夜明け前か……。……お?」
黄泉川の眼前にあった窓ガラス。そこに、幾つかの水滴がポツポツと現れ始めた。
黄泉川「雨じゃん」
瞬く間に水滴はガラス一面を覆い、やがて窓を叩きつけるほどの威力になった。
それを横目で見ながら黄泉川は顔を戻し、胸中に呟いた。
黄泉川「(これだけの大雨の中、山に入れば即お陀仏。この手で奴を始末出来なかったのが唯一の名残じゃん)」
- グジャッ
耳障りの悪い音を響かせ、2人分の足が地面を踏み込む。
上条「ハァ……ゼェ……」
美琴「……ゼェ……ハァ……」
何とか黒子や黄泉川の手から逃れた上条と美琴。彼らは今、大雨によって滑りやすくなった山の斜面を登っていた。
美琴「きゃっ!」ズルッ
バシャッ!
上条「御坂!?」
振り返る上条。美琴がぬかるみに足を取られ転んでいた。
上条「大丈夫か!?」
美琴「だ……大丈夫」
何とか立ち上がる美琴。可愛らしい服も泥だらけになっていた。
上条「気を付けろ」
言って上条は辺りを見回す。小さな山とは言え、深夜のためか数m先は真っ暗で何も見えない状態だった。おまけに空からは雨が大量に降り注ぎ、そのせいか斜面も滑りやすくなっている。鉄砲水の恐れもあるため、2人はなるべく急いで川から離れていたが、悪天候に見舞われた山の危険はそれだけでは済まなかった。
上条「何とかしてまずは、まともな道を見つけないと……。ほら」ギュッ
美琴「あ……」
上条「ちゃんと俺の手握ってろ? 迷わないようにな」
美琴「………うん」
2人は固く手を握り、歩みを進める。
- それからどれほど歩いたのか。上条と美琴は、ただ手を握り、ひらすら道なき道を登ったり降りたりしていた。
美琴「ハァ……ハァ……ハァ……」
上条「一向に空が明るくならない。おまけに雨脚もさっきより強くなってるみたいだ」
美琴「ハァ……ゼェ……ハァ…」
と、その時だった。
上条「!!!!!!!!!」
突如、上空の一点がピカッと光った。
上条「隠れろ!!」
咄嗟に上条は美琴の身体を引っ張り、木の陰まで連れて行く。
美琴「ど……どうしたの? ……ハァ……ハァ……」
上条「アンチスキルだよ」
顔を上げると、木々の間に地上にサーチライトを向けて飛行しているヘリコプターの姿があった。
黒色のボディとその装甲に描かれたマークを見るに、アンチスキルのものであることは容易に想像がついた。
上条「俺たちを探してるんだ……」
美琴「ハァ……ハァ……」
降り注がれるサーチライトが、まるで獲物を探すように地面の一部をなぞり照らしていく。その光は、上条と美琴が隠れていた場所より数m先を蠢いた後、すぐに遠くまで行ってしまった。
上条「……行ったか。よし……先を急ごう」
美琴「ハァ……ハァ……うん」
美琴の手を握りながら、上条は彼女をゆっくりと立ち上がらせる。
それからも2人は、出口の無い迷路をさ迷うに山を歩き続けた。
上条「尾根が……見つかればいいんだけど……」
方位磁石もない状況下、上条たちは道なき道を歩いている。一応、山を下るようにしていた彼らだったが、いつの間にか逆に登っていることもあり、ほとんど迷っていると言ってもよかった。
そもそも2人はまだ、ただの高校生と中学生であって、登山家でもクライマーでもない全くのど素人。死んでないのが奇跡だった。
上条「はは……鉄砲水を恐れて……川から離れたのが……間違いだったかな?」
美琴「ハァ……ハァ……ハァ……」
上条「でも…あのままあそこに残ってたら……捜索部隊に見つかってたし……」
美琴「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」
- 上条「何だって……こんな目に……。あ、いや、お前を責めてるんじゃないぞ御坂?」
美琴「ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…ハァ……」
ボーッとした表情のまま上条の言葉を聞き入れる美琴。
上条「全ては……とある魔術師のせいなんだ……」
彼は先程から何やら話しかけてきている。
美琴「ハァハァハァ……ん……ハァハァハァ……」
上条「そう……全ては変な魔術のせいで……」
妙に上条の言葉がエコーがかって聞こえた。
上条「だから、お前の責任じゃない……」
美琴「…………ハァ…ハァ」
グラリ、
と視界が揺れた気がした。
そして、次の瞬間。
上条「何だ!?」
上条は突然声を上げる。と言うのも、急に腕が後ろに引っ張られる感覚があったのだ。
咄嗟に振り返る上条。
ズルッ
上条「!!!???」
刹那、美琴の身体がまるで地中に吸い込まれたように上条の視界から下方へと消えていった。
上条「御坂!?」
上条が見た光景。それは、足を滑らせた美琴が、20mはあるだろう崖下に今にも落ちそうになっている姿だった。
上条「御坂あああああああああ!!!!!!!!!!」
ガシィィッ!!!!
と、上条は咄嗟に美琴の腕を両手で掴んだ。
上条「ぐ……おおおおおおおおおおおお……」
思いっきり地に足つけ、彼は落ちそうになる美琴の腕を引っ張り上げようとする。
美琴「ハァ……ハァ……ハァ……」
上条「お、落ちるんじゃ……ねぇ……ぞ……」グググッ
が、何故か美琴の全身からは力が抜けており、そのせいか軽いはずの彼女の身体はまるで鉛のように重くなっていた。
上条「……御坂……自力で……登れないかっ……!?」
顔を苦痛で歪ませながら、上条は崖にぶら下がってる状態の美琴に質す。
美琴「ハァ……ハァ……」
だが、彼女は自力で登ろうとするどころか、返事さえも返してこなかった。
上条「絶対に……お前を落としは……しないっ……くっ……」
ズルッ
上条「ぐおっ……」
足が滑りそうになる。地面は大雨でぬかるんでいるせいか、普通に立っているだけでも精一杯だった。
上条「こんな所で……」
ズルッ
また、足が滑りそうになった。
上条「お前を……死なして……」
ズルッ…… ズルッ……
上条「なるもの……かぁっ……!」
- ズルッ…
嫌な音を立てながら両足が崖淵に近付く。その度に美琴の身体が、暗い崖の底に吸い込まれていきそうになる。
だが、上条を苦しめるのは何もぬかるんだ地面だけではなかった。
上条「手……手が……」
この大雨である。美琴の腕と、その腕を握る上条の手の間に雨粒が潜り込んでいき、徐々に滑りやすくなっているのだ。しかも、今の美琴は全身から力が抜け落ちているため、極端にその身体は重くなっている。まさに、踏んだり蹴ったりの状態だった。
上条「!!!!????」
が、ここで更に災難が訪れる。
上条「あれは………」
上条が視線を向けた先……木々の間に、黒い装甲に包まれた飛行物体が見えた。その飛行物体は胴体から地上へ向けて光を発し、こちらに近付いている。
上条「ヘリが……戻ってきた!!??」
確認作業のためか、上条と美琴を探索しているアンチスキルのヘリコプターがもう1度、こちらに戻ってきたのだ。
上条「不幸にも……程があるだろがあああああああああ!!!! ……くっ!」
滑る足。滑る手。重い美琴の身体。接近するアンチスキルのヘリ。状況は完全に詰んでいると言ってもおかしくはなかった。
上条「み……さ……か……あ……あ……あ……」グググググッ
美琴「はな………して………」
上条「!?」
と、その時だった。足元から、掻き消えそうな小さな声が聞こえた。
- 美琴「……はな……して……ハァ……ハァ……」
美琴だった。今までずっと黙っていた美琴が、搾り出すように言葉を発している。
上条「御坂!!??」
美琴「……今すぐ……離して………ハァ……ハァ……」
そう、美琴は言ってきた。
上条「なっ!? ……バ、バカ言ってんじゃねぇ!! 誰が離すか!!! …ぐおっ…」
だが、上条は美琴の言葉とは裏腹に、諦める意志は無い。既に限界を迎えているはずなのにだ。
美琴「……元々は……あんたは……関係……無かった……。ハァ……ハァ……巻き込まれる……必要は……無かった……」
上条「ぐっ……くおおおお……」
美琴「……なのにあんたは……ハァハァ……私を助けてくれて………ここまで一緒に……ついて来てくれて……ハァ…ハァ……もう……十分……十分だから……ハァ……ハァ」
上条「何を……言ってやがる……」
美琴「………私が死ねば……全て……終わる……ハァ……ハァ……黒子も……私を追いかける……必要も無くなる……し……佐天さんや……初春さんも……ハァハァ……私に怯える……必要も……無い……。学園都市が……平和に……なる……ハァハァ……」
上条「ふざけんな!! こっちは……そんなんで死なれちゃ……困るんだよ……っ」
ズズッ… ズズッ! ズズズッ!!
上条「…………っ」グググググッ
美琴「……あんたが……ここで死ぬ謂れは……ない………」
崖淵と上条の足の距離20cm。そして正面上空には接近しつつあるサーチライトの光。
だが、そんな状況でも上条は諦めない。
- 美琴「……お願い……離して……ハァ……ハァ……。あんたが……死ぬなんて……嫌……ハァ……ハァ……」
上条「お前を死なすぐらいなら……俺も死んだほうがマシだ……」
美琴「………ハァ……ハァ……」
上条「絶対に落とさない!! 絶対に死なせはしない!!!」グググググッ
ズッ……
上条「くっ………神様……俺は今まで不幸だった……そのせいで……何度も死にそうになった……」
美琴「ハァ……ハァ……」
上条「だけど……俺の大切な人まで……死なすのは……余りにも……理不尽だろうがああああ!!!!」
ズズッ………
上条「……お願いだ神様……こいつを……御坂を……死なせないでくれ……っ! ……頼むから……御坂を無事……学園都市から逃がすまでは……一緒に……いさせてくれっ……!」
美琴「ハァ……ハァ……」
上条「その代わり……ぐおっ……その代わり……」
ズズッ… ズズッ……
上条「その後は……俺の一生分の幸せ全部くれてやる!!!!!! 一生分の不幸を与えてくれてもいいから……っ!!!!!! 御坂を……死なせないでくれえええええええええええええ!!!!!!!!!!!!」
美琴「………………」ニコッ
上条「!!!???」
その時、美琴が顔を上げて、そして笑みを見せた。
上条「御坂………」
美琴「……ありがとう当麻……」
上条「!!!!!!!!」
美琴「………助けにきてくれた時……嬉しかったよ……」
そう言って、美琴は最後の力を振り絞るように上条の手を振り払った。
上条「美琴…………」
美琴の身体が、崖下に吸い込まれていく。
上条は、彼女の姿が徐々に暗闇に消えていく姿を見ているしかなかった。
- が………
上条「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!」
ガッシィィィッ!!!!!!!!
それを許さぬように、もう1度、上条は一瞬離れかけた美琴の手を強く握り、掴んだ。
美琴「!!!!!!!!!!」
上条「死なせて……たまるかああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
手に力を込める上条。
自分の足と崖淵との距離が僅か残り数cmでも、すぐそこまでヘリコプターのサーチライトが迫っていようとも、上条は最後まで諦めなかった。
そして………
ドサアッ!!!!!!
遂に上条は美琴の身体を引っ張り上げ、そして、その勢いのまま彼女の背中を覆うように地面に倒れ伏せた。
その直後、今まで上条が立っていた場所の上を、ヘリコプターのサーチライトが通過していった。
- 上条「ハァ……ゼェ……ハァ……」
美琴「………ハァ……ハァ……」
自分が生きている感覚を噛み締めるように、深く息をする2人。
上条「ハァ……ゼェ……ハァ……」
美琴「………ハァ……ハァ……」
しばらくの間、彼らは一言も発せずにいた。
やがて………
美琴「………どんだけ……大バカなのよ……あんた……」
背後から守られるように、上条の胸の中にいた美琴はそう呟いた。
美琴「………バカ過ぎて……呆れ返るわ……ハァ…ハァ……」
彼女は笑っていた。
上条「………ここで……死なれたら……俺の信頼性に関わるんでな……?」
上条も笑った。
上条「………つーか……俺を見捨てて……1人ぼっちに……する気……かよ?」
美琴「………あんたには……他にも……女の子がたくさん……いるでしょ? …ハァ…ハァ……」
上条「お前はこの世に一人しかいない」
美琴「………ふふ……」
上条「………ははは……」
- 2人は、ついさっきまでのことが嘘かのように笑い合う。
無理も無い。この『幻想殺し』を持つ少年・上条当麻は1度死んだはずの美琴を、天国に逝く寸前に無理矢理生き返らせたようなものなのだから。
美琴「………ホント……あんたって……」
美琴が笑いながら呟く。
美琴「………大バ………」
ドサッ…
上条「?」
が、彼女の言葉は最後まで続かなかった。
上条「御坂?」
彼女は上条の胸の中、急に意識を途絶したように黙り込んだ。
上条「おい、御坂!」
上条は美琴を揺する。最悪な予感が彼の脳裏を過ぎる。
上条「御坂!! おい! どうした!?」
咄嗟に彼女の身体を仰向けに返す上条。
上条「!!!!!!!!」
- 美琴「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」
美琴は無事だった。但し、顔を真っ赤にさせ苦しそうに息をしていたが。
上条「まさか……」
美琴の額に手を当ててみる。
上条「すごい熱だ……」
発熱していた。それも、すごい高熱だった。
上条「だから崖から落ちそうになったのか……。クソッ! もっと早くに気付いていれば……」
サービスエリアから逃げる時に大雨に降られ、飛び乗った列車の上で強風を浴び、冬の川に飛び込み、山に入ってからまた大雨を浴び続けていれば無理も無い話だった。
上条「どうしよう……」
上条は美琴の顔を見る。
美琴「ハァ…ハァ…ハァ……ハァ……」
彼女はとても苦しそうに息をしていた。
上条「取り敢えず、どっかで休まないと」
美琴の身体を起こし、自分の背中におぶる上条。
上条「よしっ……」
行く当ては無い。こんな山道でくつろげる場所も無い。だが、今は進むしかなかった。
上条「待ってろ御坂。すぐに休ませてやる」
背中に背負った美琴の苦しそうな息を耳元で聞きつつ、上条は険しい山道を歩き始めた。
- その頃・某学区某病院では――。
黒子「………………」
黄泉川「………………」
深夜の人気の無いロビー。そこに、黒子と黄泉川がいた。
黄泉川「随分無茶をしたな?」
椅子に腰掛け、俯き黙ったままの黒子。そんな彼女を黄泉川は腕組をして見下ろす。
黄泉川「ま、お前が死ぬことはないとは分かっていたが、お陰で御坂美琴を追跡するための捜索ヘリを1機、お前の回収に回さなければならなかったじゃん」
黄泉川のトゲトゲした言葉を、黒子はムスッとした顔で聞いている。
黄泉川「本部に向かう予定も遅延になったじゃん。分かってるか? お前の勝手な行動で、全ての計画にズレが生じていってるのが」
黒子「………………」
黄泉川「お前の症状に何の異常も無かったのは良かったが、失った時間は大きいぞ? 感情に囚われたままでヘマをするところを見ると、お前もまだまだ子供じゃん」
黒子「………っ」ギロリ
顔を上げ、黒子は黄泉川を睨む。
黄泉川「ふん。そういう反応してるからまだ子供なんじゃん。本部の連中に感謝するんだな。最後にもう1度、慈悲でチャンスを与えてもらったことを」
そう言って黄泉川は踵を返し、ロビーから離れていった。
- 警備員「どうでしたか白井は?」
黄泉川「あまり良くないじゃん」
廊下にいた部下の警備員が黄泉川に訊ねてきた。
警備員「やはり、川に浸かったことで体力が低下しているとか?」
黄泉川「いや、そういうことじゃなくてな……」
ポリポリと頭を掻き、黄泉川はロビーに視線を向ける。暗い空間にポツンと黒子の背中が見えた。
警備員「白井は捜査から外した方がいいのでは?」
黄泉川「こればかりは上の指示だからな。どうにも出来ん。ま、よく知った仲と言うことで私の部隊に同行を命じられたが、一応優秀なのは確かじゃん。ジャッジメントの中でも生え抜きの前線要員なんだから。ただ、まだ精神的に頼りない面があるじゃん」
警備員「………大丈夫ですか?」
黄泉川「ま、大丈夫だろう。あいつも今回のことでちょっとは懲りたはずじゃん」
言って、黄泉川と警備員はその場から去っていった。
一方、1人ロビーに残された黒子は………。
黒子「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す……」ブツブツブツ…
-
雨が降り注ぎ、寒風吹き荒ぶ深い山の奥。いまだ街に下りるためのまともなルートも見つかっていない状況下、上条と美琴は、背の高い木の根元にいた。
上条「………………」
美琴「……ハァ……ハァ……ハァ」
持っていた1枚の地図を、雨を防ぐために一緒に頭に被り、上条が着ていた上着を寒さを凌ぐために一緒に背負う2人。彼らは今、寄り添うようにして地面に座っていた。
上条「さ……寒い………」
歯がガチガチと音を立てながら鳴る。上条は自分の肩に頭を乗せている美琴を見るが、彼女は上条ほど寒そうにしていない。恐らく高熱のせいだろう。
上条「(こ……このままじゃ……2人ともやばい……。いや、どっちかと言うと俺より先に御坂が……)」
美琴「……ハァ……ハァ……ハァ……」
苦しそうに息をする美琴。
と、そんな時、上条の視界に小さくて白い物体が舞い降りるのが見えた。思わず顔を上げる上条。
上条「………雪? 雪だと!?」
いつの間にか雨が止み、パラパラと雪が降ってきていた。それも、かなりの数のがだ。
上条「クッソー……泣きっ面に蜂だ。……な、何とかしないと………」
上条は美琴の身体を更に自分に引き寄せる。
上条「チ……チクショウ……何で御坂が……こんな目に遭わないと……」
上条は2日前、美琴を追っていた学生たちのことを思い出す。彼らは今、上条たちがどこにいるのかも知らずに、恐らくは温かい部屋で布団にくるまって湯気が立つコーヒーでも飲んでいるのだろう。そんな彼らと今自分の側で苦しんでいる美琴。その2つの状況の差を考えると、上条は腹の底から沸々と怒りが湧き上がるのを感じた。
上条「………………」
しかし、だ。美琴の顔を見て上条は思う。結局の所、彼らだって『弧絶術式』の被害者でもある。それだけで美琴に行った行為を許すことは出来なかったが、どちらにしろこんな所で怒ったって意味は無かった。
美琴「………ふふ」
上条「!」
美琴「………寒い……ね」
不意に、美琴が口を開いた。
- 上条「ごめんな……。今、歩いたところで危ないだけだから……」
美琴「………大…丈夫………」
と、言うものの彼女の顔は汗だらけだし、身体も震えている。
美琴「………どうする……? 明日のニュースで………『山奥で若い男女の遺体発見』………『女の身元は御坂美琴と判明』……なんて流れたら……」
上条「……やめろよ。そんなこと、言うもんじゃない……」
美琴「………フフ…でも……このままじゃ……2人とも……死んじゃうかも……しれないよ?」
上条「だからやめろって。そんな後ろ向きの発言……」
美琴「………私はもう……ここでもいいかな?」
上条「やめろよ」
美琴「だって……どう考えたって……助からないじゃ……ない?」
上条「………………」
美琴「きっと……数時間後には……あんたも……私も……息をしてない……」
上条「っ ………。。。」
その言葉に何か言いかけた上条だったが、寸前で口を閉じてしまった。
上条「……………………」
美琴「もう……分かってる……ことでしょ……? なら……そろそろ……終わりにしても……いいんじゃない?」
上条「…………………………」
美琴「………そうしようよ……どうせ……山を抜けれたって……また……追いかけられる……だけなんだ……から」
雪の勢いは衰えることなく、風は依然吹き荒ぶ。
美琴「………一緒に……楽になろうよ……2人…でさ………私……当麻となら………ここで全部……終わりにして……いい……」
上条「………………………………」
- 上条は呆然として視線だけを正面に据える。
確かに、もうどう見たってこの状況は絶体絶命だ。希望なんて1つも有りはしない。なら、このまま苦しい思いをして彼女に偽善の励ましや慰めをしてあげるよりは、もう全てを終わらせてもいいのではないだろうか。自分もどうせただでは済まないことは分かっている。今まで不幸だらけの人生を送ってきたのだから、これからだって同じだろう。でなければ、今ここでこんなことにはなっていないはずなのだ。
だったら、彼女と一緒にここで幕を閉じるのも1つの選択なのかもしれない。
上条「……………………」
それに、彼女と一緒に死ねるのなら、それも悪くなかった。
美琴「……………ね?」
これが、彼女なりの最良の策だったのだろう。答えを求めてくる美琴を見て、上条は少し考え込んで呟いていた。
上条「……………そうだな」
美琴「………決まり……ね」
美琴が再び上条の肩に頭を寄せてくる。
上条美琴「「…………………………」」
2人は静かに身を寄せ合う。ただ、いずれそう遠くないうちに訪れるその瞬間を、そしてその瞬間の先にある永遠の暇を待つために。
そして2人は、ゆっくりと目を閉じた――。
最終更新:2011年03月08日 17:58