………………。
ここはどこだっけ。
ああそうだ。施設だ。確か『AIM拡散力場制御実験』っていう名目で使われた施設だ。
それで、どうして私はここにいるんだっけ。
ああそうだ。確か研究者が何か粉の入ったケースを持って、私たちに渡したんだ。
研究者「これを使えばレベル6に近づくことができる」
レベル6。
神ならぬ身にて天上の意思に辿り着くもの。
学園都市の最終目的。
それに近づくことができると聞いて、皆は瞳をキラキラと輝かせた。
研究者「やってくれるね?」
皆が頷いた。だから私も頷いた。
一人は嫌だったから。居場所が欲しかったから。
その後、AIM拡散力場を図る装置だという私達は横に並べられたカプセルに入って、その粉を飲み込んだ。
瞬間、世界が変わったように思えた。
――この実験については緘口令を布く。実験はつつがなく終了した。
――君たちは何も見なかった。いいね?
遠くで、何か声が聞こえた気がした。
他の子供達が運ばれていくのがわかった。
どうして運ばれていくんだろう?私は大丈夫だったのに。
大丈夫以上に、今まで感じていた以上の何かができるような気がしたのに。
――木原さん……一人だけ、意識のある子が……
――ほぅ?それはそれは……しかし、その存在が公になると困ることになるな……
木原、と呼ばれた初老の研究者は顔を歪ませた。
私でもわかるくらいに、醜く。
――……学園都市に売ってしまおう。手はずを整えたまえ。
――……は、はい!
結局。
結局、私はひとりぼっちで、闇に堕ちていく――――
「――滝壺、起きろよ」
「――滝壺さん、超起きてください」
滝壺「!」
私は肩を揺すぶられつつ名前を呼ばれて、滝壺理后はようやく眼を覚ます。
顔を伏せているのはいつものファミレス。どうやら夢を見ていたらしい。
ぼんやりとした頭で顔をあげると、声を掛けてくれていた絹旗と浜面が少し心配そうにこちらを見ていた。
絹旗「全く、少し唸ってましたから超心配しましたよ。ほら、バカ面は会計を済ませてきてください」
浜面「なっ……!?お前あとで泣かす!絶対泣かす!!」
絹旗「浜面の超貧弱なテクニックじゃ一生かかっても出来ませんよ。下っ端は下っ端らしく、言われたことをしていればいいんです」
反抗しても自分が負けることは分かっているからなのか、浜面はくっそ、といいながら渋々会計に向かう。
しかしながらどうせ『アイテム』の経費から落とされるので、面倒といえば会計をすることだけなのだが。
滝壺はそういえばと思って周りを見渡すと、意識が落ちる前に座っていた麦野とフレンダはいつの間にかいなくなっていることに気づいた。
彼女の様子から誰を探しているのか気がついたようで、絹旗は手をうって答えてくれる。
絹旗「……ああ、麦野とフレンダはとっとと帰りましたよ。今回は滝壺さんが相手する相手は超居ないので半日オフだと言っていました」
滝壺「お休み……」
絹旗「はい。まぁ、滝壺さんもたまには一人で買い物とかいいんじゃないでしょうか。そのピンクのジャージじゃ色気も何もありませんし、服とか見てみては?」
滝壺は小さく、服、と繰り返した。
絹旗「……面倒なら無理にとはいいませんけど。暇だって言うんなら、私の担当の仕事に付いてきますか?今なら無能の浜面もいますよ」
浜面「誰が無能だ……」
絹旗「おや浜面いやアホ面。超早かったですね」
浜面「なんでわざわざ悪口の方に言い直したんだよ!?」
滝壺「大丈夫。私は浜面がアホ面でも応援してる」
浜面「そんなんで応援されても嬉しくねぇよ!?」
このまま店の中で騒いでも迷惑になるだけだったので、外に出て話の続きをする。
丁度真上に昇った太陽が彼女たちを燦々と照らした。少しだけ暑い。
目の前の信号が赤くなり、車が行き来する。
浜面「……で、何話してたんだ?」
滝壺「私のお休みについて」
絹旗「やることなくて暇なら私に超ついてきてもかまいませんよ、という話です」
浜面「っ、滝壺!是非ついてきてくれ!頼む、お願いだ!絹旗と二人きりとか恐ろしいし、俺の身がもた――痛い痛いイタイ!!」
浜面が悲鳴をあげたので足元をみると、絹旗の踵が浜面の指を的確に踏んでいた。
どうやら絹旗の逆鱗に触れたらしい。確かに彼女と麦野に怖いだのなんだのいうのはNGな気がする。
絹旗「浜面、私と二人でいいですよね?」
そう言いながら絹旗が浜面に笑いかけた。その影にはどす黒いオーラが溜まっているようにも見える。
それに対して、浜面は顔を赤くしながら言う。
浜面「だっ、だれがおまえなんかと二人きりでぇぇぇぇえええええええっっ!!」
絹旗「おや、よく聞こえませんでした。もう一度お願いし・ま・す・ね?」
浜面「わ、わかった!二人でいい!二人で!!」
絹旗「超よくできました、浜面」
絹旗はにこやかにそういうと、ようやく踵を浜面から外した。
心底痛そうに足を抑える彼を尻目に、絹旗は滝壺へとふりかえった。
絹旗「すいません、滝壺さん。浜面がどうしても超二人きりがいいというので、」
浜面「だ、誰もそんなこと……ひぃっ、すいません、二人きりでお願いします」
絹旗「……だ、そうなので。休暇を超堪能してください」
滝壺「うん、わかった。じゃあね、絹旗、浜面」
絹旗「はい、ではまた今度」
信号が青く変わった。
絹旗は浜面を引きずるようにして道路を渡り、そして視界から消える。
滝壺(はまづら……頑張れ。心から応援してる)
滝壺は殉死する兵士よろしく死地に赴く浜面に心の中で敬礼を送った。
……それで私はどうしよう、と滝壺は考える。
半日お休み、と言っても特にやることはない。
いつも通り公園でAIM拡散力場浴でもしてようかな、等と思っていると脳裏に過るものがあった。
――そのピンクのジャージじゃ色気も何もありませんし、服とか見てみては?
それはつい先ほどに絹旗が言っていたこと。
彼女はそれを反芻し、自分の身体を見下ろした。
代わり映えしないピンクのジャージ。何か別に思い入れがあるわけではないがこれを着ているのは楽だから、ということに他ならない。
……それでも買う買わないは別にして、洋服を見に行く、というのはいい考えではある。
滝壺「うん。じゃあ、行こう」
意気込んで、彼女も信号を渡ろうとする。
が、一歩を踏み出す前に赤になった。
滝壺「………………」
まぁ、いいか。
時間は沢山あるし。
滝壺は太陽に手をかざしながら、そう思った。
それにしても、随分と懐かしい夢だった気がする。
私が暗部に落ちた所以。
『AIM拡散力場制御実験』、本当の名前は『暴走能力の法則解析用誘爆実験』。
しかし、それすらもあの人にとっては隠れ蓑に過ぎない。
本来の目的は、ファーストサンプル『能力体結晶』の改良版である『体晶』を開発するための実験。
殆どの人は自分の能力を制御できなくなる中、私だけは違った。
暴走状態において普段より自分の能力を制御することができていた。私以外の人はできていなかった。
たったそれだけ、それだけの違いで私と彼らは袂を分けた。
居場所を無くして学園都市の奴隷になることと、意識を無くして皆と共に目覚めるまで永久の時をすごすこと。
どちらがよくてどちらが悪いことなのか、私にはよくわからない。
ただ私は利用価値があってここにいる。
逃げようとは思わない。逃げたいとも思わない。
だって、私の居場所は『アイテム』にしかないのだから。
……逃げる場所も、隠れる場所もないのだから。
――いつか他にも滝壺の居場所ができるといいね。
フレンダの言葉を思い出した。
ここ以外の私の居場所。
一瞬だけ想いを馳せて、首を軽くふる。
そんなのはありえない。そんなのは幻想。
きっと私はここで、死ぬまで使い捨ての奴隷として扱われていくのだから――
ぼーっとした表情で街中を歩く。
ピンク色のジャージは少しばかり人の眼を引くが、彼女自身はあまり気にしたりはしない。
人目を引く、というのは道端で転ぶのと同じこと。
『今転んだ人カッコ悪いねー』という会話が『あれピンクのジャージだー珍しいねー』という内容に変わるというだけの話。
つまり言いたいことは、人の目を引いたとしても余程万民に知られている有名人などではない限りその場限りだけということだ。
極一部の例外を除いて。
男1「うわ、何このピンクピンクしてんの。何、君の趣味?」
男2「かわいい顔してんのにもったいないねー、すこーし付き合ってくれたら、服買ってあげるけど?」
……訂正、極一部の、例外《バカ》を除いて。
この男二人組は所謂ナンパというものを滝壺へ仕掛けていた。しかし、二人なのに一人をナンパとはいかがなものだろうか。
確かに彼女はダウナー系とはいえ黙っていれば可愛い部類に入るだろうし、お持ち帰りしたい気持ちもわからなくはない。
が、如何せん相手は滝壺だ。まともにとり合ってもらえると思わない方がいい人物だ。
滝壺は二人の顔を数秒間眺めて、言う。
滝壺「……ナンパ?だとしたら、ごめんなさい。私用事があるから」
男1「いやいや、少しだけ少しだけ、な?」
男2「そうそう、あまり時間取らせないから」
男たちは滝壺の前に立ちはだかって逃げられないようにしてから口上を並べ始める。
それに対して滝壺は逃げる素振りすら見せない。
だが、その顔には淡くだが間違いなく迷惑だというような表情が浮かんでいた。
周りの人もそれに気づいてはいるが、誰も助けようとはしない。
助けがないのは、表の世界でも暗部の世界でも同じことらしかった。
滝壺(……早く飽きないかなぁ)
彼女的には事を荒らげたくはなく、ただ嵐のように過ぎ去ってくれるのをまつだけだ。
しかしながらこういったナンパというのは意外にもしつこく、こちらが無関心を決め込んだとしても興味をもつまでつきまとってくる。
そうした場合には無視して去るのが一番なのだが、今更遅い。
男1「~~~~~~」
男2「~~~~~~」
滝壺(……北北西から信号が来てる……これは……『電撃使い』かな……)
ペラペラと喋るのを滝壺は華麗に受け流す。
しかしいつまでたっても大した反応を見せない滝壺を面倒だと感じたのか、ぐっ、と滝壺の手首を掴んだ。
それまでぼーっとしていた彼女もこれには僅かな危機感を覚える。
危機感、とはいっても、『アイテム』の仕事においてのようなものではないが。
滝壺「!」
男1「ほらほら、ちょっとそこでお茶でも飲みながらさ、ね?」
男は力強く引っ張り、ここで滝壺は初めて抵抗してみせた。
ぶん、と軽く振っただけで外れたのは彼女が今まで何もしなかったからだろう。
少しだけ驚いてみせる男の顔をちらりとみて、滝壺はポケットに手を突っ込んだ。
手探りで動く指が、その四角いケースの外縁をなぞった。
ああ、めんどうだ。
これを使うのは身体に強く負担がかかる。
けど、仕方がない。退けるためだから。自分の身を守るためだから。
滝壺(――ここは、私の居場所じゃないから)
だから、やっぱり去らなきゃいけない。
滝壺はそう考え、それを取り出そうとした、まさにその瞬間。
「こんなところにいたのか!いやーすまんすまん!遅れちまったな!」
一人の男子高校生が割り込んできた。
その少年はさりげなく男の手を滝壺から払い、逆に彼女の手を掴む。
しかしその手に何かしらの意図は感じられない。
彼は単純に彼女を助けに割り込んだだけだからだ。
少年「じゃ、失礼しましたー」
そう言って彼は当初の目的通り滝壺を連れて離脱しようとするが、数メートル離れたところで彼らもようやく我に返った。
男1「おいまてよコラ」
男2「なんだよお前、邪魔してんじゃねーよ」
そして勿論それは見破られ、明らかなる敵意を投げかけられる。
男子高校生は愛想笑いを貼りつけたまま冷や汗を掻いて数秒、仕方がないとばかりにそのツンツン頭をぽりぽりと書きつつ、これ見よがしに溜息を吐いた。
少年「……お前らさ、恥ずかしくないのか?」
彼の言葉がいきなり、鋭利な刃物のように尖る。
少年「こんな女の子一人相手に無理に連れていこうとしてさ、困ってたじゃねーか。男として恥ずかしいとおもわないのか!?」
男1「……なんだこいつ?」
男2「……そういや聞いたことあるぞ。女の子が絡まれてたら割って入ってきて助ける高校生。こいつのことじゃね?」
少年「ぎくっ!?え、俺そんなに有名になってるんですか!?」
男2「……ってことは、マジみてぇだな」
男1「……ま、いいや。ここで逃してもめんどうだし、潰しちまうべ」
そう吐き捨てるように男が言うと、彼が向けた掌に赤く滾る炎弾が出現する。
少年はそれを見て腰を落として右手を構えた。
男1「お前の能力がどの程度かは知らないが、俺の能力はレベル3の『発火能力』。この至近距離で受けたら人間なんざ一撃だ」
脅すように言うが、少年は一歩も引かない。
それどころか、助けようとした少女を自分の後ろに追いやって庇う素振りまで見せている。
彼の顔には余裕はないが、その態度に何かイラッと来た。
男1「そうか、わかった。病院送りにして、や……る…………?」
男2「ちょっ……あぶねぇぞお前」
轟、と彼が言い終わる前に、その掌の炎弾が大きく膨張する。隣の男もぎょっとした表情で思わず距離をとった。
そして、それが半径十五センチほどまで膨らんだ次の瞬間。
ドゴン!とそれは爆発した。
男1「うあぁっちやぁああああああっ!?」
それで被害を食うのは近くにいた男。自分で言っていたぐらいだから、その威力はそこそこはあるはずだ。
それを見て彼の連れも少年も呆然とする。
自信満々に言っておいて、自分の能力で勝手に自滅したのだから。
何今の爆発、やら、風紀委員か警備員呼んだほうがいいんじゃない?と周辺から声が漏れ始めた辺りで少年の服の裾を滝壺が引っ張る。
滝壺「早く逃げよう」
少年「え、お、おう」
滝壺に言われ、ようやくチャンスだと思ったのかしかし少年は先程の男をチラチラと気にしながら滝壺に引っ張られていくのだった。
しばらくして。
人通りの少ない公園まで辿り着いた彼らは自販機で飲み物を購入しベンチに座った。
少年「ふー……なんかよくわからんけど、助かったな……」
少年はそういうが、滝壺に理由は分かっていた。
なぜなら自分が『体晶』を使わない範囲であの男の『自分だけの現実』をかき回し、自滅させたのだから。
だがそれをいうと面倒なこととなるのでとりあえず適当に頷く。
滝壺「そうだね」
言って、滝壺は首を傾げる。
なんだかよくわからなかったのは自分だ。アレを使おうとしたところにいきなり割り込まれたのだから。
自分を助ける人など誰もいないと思っていたところに助けてくれた善人が現れたのだから。
他にも気になることは幾つかある。
滝壺「……AIM拡散力場がない」
少年「ん?何か言ったか?」
滝壺「ううん、なにも」
しれっ、とした表情(とはいってもいつもとはあまり変わらないが)で滝壺は答え、続けて謝礼を述べた。
滝壺「それよりも、さっきはありがとう」
少年「あーいや、気にすんなって」
少年は言って、手の中のヤシの実サイダーを一気に煽る。
滝壺「でも、どうして助けてくれたの?」
彼女が一番聞きたいのはここだ。
誰も見て見ぬふりだった。遠巻きにみている人は何人もいたが、誰も声すらかけてくれなかった。
それなのに彼は突然現れて颯爽と助けてくれた。
この救いようのない世界だというのに。
少年「んー、なんでって言われてもなぁ……アイツらにも言ったとおり、困ってたから、じゃダメなのか?」
滝壺「困ってた?」
少年「ああ。俺の友達にも無表情の奴……ああいや、気を悪くしたらすまん」
滝壺「大丈夫。慣れてるから」
少年「そっか。それで、無表情の奴がいるんだけど、そいつもよく見てると今どんな気持ちかわかるんだよな」
少年「それで、そいつが困ってる時と似たような雰囲気をお前から感じたからさ」
彼女が聞きたいのはそういうことではない。
いや、どうして困っているかどうかわかったのも気になったことではある。が、こちらには及ばない。
どうして自分の利益にもならないことをするのか、ということだ。
自分の利益になるのなら誰だって善いことをするだろう。しないのはそれが何の益にもならないからだ。
しかし彼は、困っているから、という理由だけで助けてくれた。
だからこそ解せない。
滝壺「そのジュースのお金、払う」
少年「いやいいっていいって!この程度ならなんでもありませんから!」
試すように問いかけてみると、全力の否定が返ってきた。
これはいよいよ善人と認めないわけにはいかないかもしれない。
と、そこで少年は通りかかった掃除ロボットにジュースの缶を回収させ、立ち上がった。
少年「さてと、今何時だ……って、え!?」
滝壺「?」
彼は公園の中にある時計を見て驚いたように叫ぶ。
少年「まてまて、今がこの時間でここからあそこまでの距離がこのくらいで……ってヤベェ!?」
少年「タイムセールが終わっちまう!不幸だ――っ!」
滝壺「あっ」
呟き、駆け出す。
それでも数歩で止まったのは滝壺が咄嗟に声を出したからだろう。
少年「今度からは気をつけろよ!お前結構可愛いからさ!」
彼はそう言って走り去る。
可愛い、と言われたことに対して少しばかり顔を赤らめるが彼女の言いたいことはそういうことではなかった。
ベンチ。彼が今さっきまで座っていた場所。そして滝壺が今現在座っている場所のすぐ横。
そこに折りたたみ式の黒い財布が転がっていた。
滝壺「……どうしようかなこれ」
追おうにも足の速さでは追いつけないだろう。
追跡しようにも彼のAIM拡散場はなぜか感じることができなかった。
彼は去り際に不幸だといっていたが、果たして財布をなくすこととどちらが不幸なのだろうか。
滝壺「とりあえず持ってなきゃ盗まれちゃうよね」
持ち上げると、スルリとカードらしきものが滑り落ちた。どうやら先程飲み物を買ったときにちゃんとしまっていなかったようだ。
そのカードを拾い上げるとまず十二桁から連なる番号が眼に入った。
IDカード。学園都市において、所属する学校や住宅の学区など、身分を証明するモノ。
勿論名前も書いてあり、自然にそれが視界に入る。
滝壺「かみじょう、とうま……」
上条当麻。
彼女は彼のことがどうしてか、気にかかった。
――――――――――――――――――――――
上条「不幸だ……」
上条当麻は落ち込んでいた。
なんとかタイムセールには間に合った。激安肉などのものも手に入った。
しかし、それを買うための重要なお金が一切合切消え失せていたのだ。
……財布ごと。
上条「うぅ……一応米とか素麺とかまだ残ってるから餓死せずにはいられるものの……あれにはIDカードも入ってたのに……」
もし拾った相手が電気系統の能力者ならカードさえあればパスワード等がなくても容易にお金を引き出せる。
ただでさえそのお金が命綱なのにそれすらなくなったら生きていけない。
自分の何倍も食べる居候もいることだし。
というか、目下の問題はそれだった。
上条「おかずないとインデックスに絶対噛まれるよなぁ……不幸だ」
それだけではなく、明日の弁当にも不具合が生じる。
まさかこの時代で日の丸弁当を自分で実践することになろうとは思ってもみなかった。
上条「それにしても、どこで落としたんだろうな……ジュース買ったときはあったし、普通に考えると公園からスーパーまでの間か……」
自分の行動を思い出しつつ、思う。
上条「そーいえばあの子、なんとなく姫神に似てたなー」
男二人に絡まれて困っていた女の子。
年齢的にはきっと自分と同じ程度だろうが、無表情だが可愛い顔をしていた。
……ピンク色のジャージがなんとなく全てを台無しにしている気がしたが。
上条「ま、同じ学区に住んでるんならまた会えるだろ」
上条は滝壺のことを脳の隅に追いやり、そして財布のことを思い出してまた憂鬱になる。
やはり彼は不幸だった。
ドン、とビルが爆発した。
爆発した、とはいってもそれは内部の一部であり、ビル自体が崩壊したというわけではない。
そしてその爆発に巻き込まれたのも、ターゲットではない。
『アイテム』のフレンダが自分で仕掛けた罠を逆手にとられてハメられたのだ。
麦野「……あーもうなにしてんのよフレンダ」
麦野沈利はその痴態に呆れ混じりに言い、爆発時に吹き飛んだ彼女の帽子を彼女にかぶせる。
金髪碧眼の少女、フレンダは苦笑いと恐怖を半分ずつ顔面に貼りつけながら我らがリーダーに謝罪する。
フレンダ「ごめんごめん……」
麦野「チッ……あとでオシオキね。やっぱ滝壺こっちにまわしゃよかったな……能力者いるんならいるっていえってーの」
麦野は後悔するように呟き、電話の相手への悪態を吐く。
情報が入った時自体では問題はなかったのだ。その後に護衛として雇われたのがそこそこに腕のたつ能力者だった、という話。
しかしそれならそれでさっさと連絡しろよ、と麦野は思った。
『アイテム』のリーダーは麦野だが、滝壺はそれの『核』たる能力の持ち主だ。
『能力追跡』。それだけを聞けばただ能力者を追跡するようにしか思えないが、本領を発揮すると多様に渡って応用がある。
例えば、昼間『発火能力』にしたような暴走の誘発など。
やろうと思えば麦野の『自分だけの現実』から逆算し、能力を乗っ取ることも可能だ。
それをしないのはする必要がないというのと、それをするために必要なものが身体に大きな負担を与えるものだからだ。
『体晶』。無理に能力を底上げするものが毒でないわけがない。
例えるならコンピューターのパフォーマンスをあげると、バッテリーが持たなくなるということだ。
使い続ければ、滝壺はいつか崩壊する。麦野はそれをわかってて、呼んだほうがよかったといっている。
フレンダ「……ねぇ、麦野」
フレンダは未だに女の子座りをしながら麦野に話しかける。
フレンダ「滝壺さ、このままだと結局崩壊するわけよ」
麦野「それで?」
フレンダ「だからさ、そろそろ滝壺を休ませてあげてもぉっ!?」
言うやいなや、フレンダの身体は強い力で引っ張り上げられた。
それをしたのは、勿論麦野。
麦野「アイツが潰れようが潰れまいがどっちでもいい。別に『能力追跡』でなくとも別ルートで追える能力者がいればいいの」
麦野「だからそんな甘ったれた考えを持つんじゃない、フレンダ」
グッ、と更に胸ぐらに力が込められ、息が苦しくなる。
そんな状態でフレンダは必死に縦に頷いた。
麦野はふん、と鼻で息を吐いて彼女から手を離した。フレンダは咳払いを何度もして息を整える。
麦野「そもそも、私たちに暗部以外の居場所があるわけないでしょうが。……ターゲットを追うわよ。とっとと起きなさいフレンダ」
麦野はつまらないことでもいうように吐き捨てて、闇の中へと消えた。
絹旗「……で、結局何も買わないで帰ってきたんですか?」
その言葉にうん、と一度。
麦野とフレンダはターゲットを逃がしたとやらでまだ帰ってきていない。
ちなみに彼女たちがいるのはファミレスではなく『アイテム』の潜伏所の一つだ。
ファミレスも確かに夜中までやっているところも少なくはないが、この時間にいくのは危険な気がする。
滝壺「ところではまづらは?」
絹旗「あのバカ、知り合いの『警備員』に超補導されたんですよ。お陰で歩いて帰ってくるはめになりました」
はぁ、と呆れたように両手の掌を上にむけ、首を振る。
そこではたと絹旗は何かに気付いた顔をした。
絹旗「なんで浜面なんか超気にするんです?」
滝壺「この人と知り合いだったら返してほしいなって思って」
そう言って滝壺は上条のIDカードを出す。
絹旗はそれを受け取って上下左右から観察した。
絹旗「……例の、ナンパから助けてくれた男の人のですか?」
滝壺「そう。多分困ってると思うから、早く返してあげないと」
絹旗「わざわざ浜面なんか通さなくても、自分から返してあげればいいじゃないですか」
彼女は部屋の隅にあるパソコンを指さし、
絹旗「IDカードリーダーならすぐに準備できますし、そこにあるパソコンから学園都市の一部を除く学生のデータぐらいなら簡単に閲覧できるはずですよ」
それを聞いて滝壺は少し考える素振りを見せる。
そしてまたうん、と頷いて訊ねる。
滝壺「ねぇ、きぬはた。AIM拡散力場がない能力者って、存在するのかな」
絹旗「は?……いえ、知りませんけど……AIM拡散力場なら滝壺さんのほうが超詳しいのでは?」
滝壺「うん、そうだよね。……そうだよね」
絹旗「?」
繰り返す滝壺に絹旗は怪訝な表情を浮かべる。
しかし滝壺は何か考えに耽っているようで、全くそれには気がつかなかった。
滝壺(じゃあ、あの人の能力は一体なんなのかな――?)
滝壺は答えのでない問いに雁字搦めに縛られた。
――――――――――――――――
窓のないビル。
そう聞けば皆が同じ方向を指さすだろう。
早朝明け方からそこに呼ばれた土御門元春は機嫌が悪く、しかし仕方が無しに仕事の頭に切り替えた。
そして、目の前の『人間』に対して呼びかける。
土御門「……今度は何を企んでいる、アレイスター」
アレイスター「別に企んでなどいない。丁度いい機会だから幻想殺しに自身の正体へと近づけようとしているだけだよ」
土御門「幻想殺しの正体……?アレは原石だろう。正体も何もあったもんじゃない」
アレイスター「そう思っているうちは君はまだ甘いな」
つい、とその手を泳がせる。
するとアレイスターの顔の前にウインドウが出現し、それは土御門の方を向いていた。
アレイスター「昨日のものだ。君は彼女が誰か知っているだろう?」
土御門「……滝壺理后。『アイテム』の一人だな。面識はないが」
アレイスター「その通り。そしてその能力は『能力追跡』。彼女自身は既に気づいているのではないかな」
土御門「何がいいたい、アレイスター」
苛立を感じてきた土御門はタンタン、と地面を足で叩く。
アレイスターはそんなことにはまるで興味がないらしく、あくまで自分のペースで喋る。
アレイスター「なあに、簡単なことだ。君には幻想殺しと彼女を結びつけて欲しいというわけだ」
土御門「……この資料を見る限り、滝壺理后は幻想殺しにもう一度接触するようだが」
アレイスター「そうではない。幻想殺しと彼女が親密な関係になるようにしろ、ということだ。このためには決定的な事件が必要不可欠。君にならわかるだろう」
土御門「……そういうことか」
アレイスター「分かっているとは思うが、聞かなかった場合は――」
土御門「わかっている」
土御門は即答し、サングラスの奥の瞳でアレイスターを憎々しげに見つめた。
土御門「わかっている、クソッタレめ」
最終更新:2011年01月23日 03:30