(疲れた…)
上条は電車の手すりに掴まりながら、眠気と戦っていた。
外はもう暗く、窓には自分のやつれた顔が映っている。
射撃訓練を夕方まで行った後、片付けやシャワーを浴びたりしていると夜になってしまった。
悲鳴を上げる身体を引き摺り、電車に乗ったが風紀委員の試験帰りの生徒たちもいたせいで電車は満員状態。
今はかなり空いているが座席はうまっている。
(本当に不幸ですよ)
電車に乗って以来何度目かわからない溜め息をつく。
そもそも今日は人生で溜め息を一番ついた日かもしれない。
そんなことを考えているうち、電車が駅に止まる。
まだ降りる駅は先なので、ドアの前に立っていた上条は乗降する人の邪魔にならないよう少し横によける。
と、ドアの外に立っている人を見て上条は止まった。
肩までかかる茶髪、髪止め、都市内の人なら誰でも知っているベージュのブレザー。
そして、胸元にハートのアクセサリー。
相手も自分に気がついたようで、微妙ではあるが表情が変わった。
電車のドアが開く。
「こんばんは。とミサカは意外な出会いに心踊らせながら挨拶します」
御坂美琴のクローン。
そしてその10032号、御坂妹は電車に乗りながら言った。
いつもの軍用ゴーグルは手に握られている。
「あまり嬉しそうに見えないんですけど。何してたんだ?こんな時間まで」
注意放送が入りドアが閉まったので、上条はドアに体を預ける。
「それはアナタにも言えることでは?とミサカは…」
御坂妹はそこまで言って上条をじっと見つめる。
途中で言葉を切ったことを含めて不思議に思っていた上条だったが次の御坂妹の行動で凍りついた。
御坂妹は上条に顔を近付けて、傍から見ればキスをするような体勢になっていた。
しかし御坂妹の顔は上条の横を通過し、首元で止まった。
少しホッとする上条。
もちろん今の体勢でも傍から見れば十分怪しいのだが。
「あ…あの~」
「微量ではありますがあなたから硝煙の臭いがします。とミサカはこの理由を考えながら報告します」
「─ッ」
上条は咄嗟に後ずさりした。
が、電車の壁にごつんと頭をぶつける。
「臭いからして学園都市のアンチスキルが使用している銃器である可能性が高いです。とミサカはネットワークを使って手に入れた情報を報告します」
上条から顔を離し、正面から見る御坂妹。
(どんだけ鼻いいんですか、シャワー入ったのにそこまでわかりますか普通!?)
「硝煙の臭いは他の衣服にも移り易いです。
硝煙の着いた服を抜いだ際今の服の所に置きませんでしたか?
それだけで臭いは移ってしまうものなのでご注意を。とミサカは的確なアドバイスをしてできる女をアピールします」
シャワールームと更衣室は一体だったため、最低限の肌着だけ取り出し、戦闘服はロッカーに入れてシャワーを浴びた。
その際ロッカーに入れてあった私服に臭いが移ったのだろう。
自分の行動を後悔すると共に再び起こさないようにと心に誓う。
(しかし、だ)
この状況をどう打開すべきか。
現に御坂妹はほとんど気付いているだろう
上条はしばらく考えた後、諦めたような溜め息を吐いた。
「御坂妹、ちょっと話がある」
「なんですか?とミサカはベタなゲーム的展開に期待を膨らませます」
「誰にも聞かれたくない、降りる駅は一緒だよな?電車を降りてからでいいな」
「わかりました。とミサカは秘密のお話を聞く準備をします。お口チャック」
御坂妹は人差し指で自分の唇をなぞった。
そんな行動を見て上条が微笑んだところで、アナウンスが駅にもう到着することを告げる。
駅は上条と御坂妹以外誰もいなかった。
駅のホームを歩きながら、上条は自分の今の状況を話す。
御坂妹は無言のまま聞いていた。
最後に
「まぁ、御坂妹には隠しきれないくらい鋭い質問されたから話したけど、他言無用だからな」
御坂妹に話してよかったのかと思った。
だが彼女が疑問を持ったまま
『上条当麻からアンチスキル使用銃器の硝煙の臭いがした』
などと噂を立てられるより、こうして訳を知ってもらって黙っといてもらうほうが善作だと上条は考えた。
「わかりました、これはアナタとミサカだけの秘密事です。とミサカは他の妹達に対し優越感を感じます」
「はぁ?」
「いえ、何でもありません。それより、お姉様はこのことをご存知なのですか?とミサカは無理矢理話題を変えます」
「さっき説明した時にも言ったように、このこと知ってるのはほんの一部だ。御坂が知ってるはずねーだろ」
「そうですか…とミサカは意味深に呟きます」
御坂妹の声色は嬉しそうで、どこか悲しそうな、たしかに意味深な呟きだった。
「こんなことアイツが知ったらすぐに飛び込んできそうだからな…
迷惑掛けたくないし、いくらお姉様の御坂でもお口チャックで───」
「迷惑を掛けないことが…
お姉様のためになるとは限りません。とミサカは自分勝手な発言をします」
え、と上条の思考が止まる。
「それってどういう…」
「それではミサカはこちらですので。とミサカは強引に話を切り上げます」
立ち尽くす上条を置いて御坂妹は歩いて行く。
上条は一瞬追いかけようかと考えたが少し言葉の意味を考えることにした、と言うより考えなければならない気がした。
(あの御坂妹があそこまで言う事だもんな…)
いろいろな予測が立つが、どれもピンと来ない。
自分の吐く白い息のように、出てきては消える。
(お馬鹿な上条さんにはわかりませんよ)
一際大きな溜め息をつく、大量の白い息が風に流され消える。
と、そこで
「─っくしゅん!」
可愛らしいくしゃみが聞こえた。
御坂妹も、上条と別れてから考え事をしていた。
(ミサカは何がしたいのでしょう…)
歩きながら夜空を見上げる。
(お姉様があの人に好意を持っているのは周知のことです。
そして、ミサカも含め多くの妹達もあの人へ好意を持っています)
かじかんだ手を擦り合わせる。
(ミサカはお姉様のクローンです。
仮にあの人がお姉様に好意を持った場合、そっくりなミサカ達にも好意を持つのでしょうか?)
もしくは逆の場合も…
(いえ…彼ならそんなことはしないでしょう。
仮にそんなことされてもミサカは嬉しくありません)
お姉様には負けたくない、それでも、自分とお姉様に感じる壁は何なのだろうか。
(やはり、クローンと人間の壁なのでしょうか?)
幻想御手事件というものがあった、
ネットワークで得た情報によると、高能力者に負い目を感じた低能力者が、能力が上がる装置を使った事件らしい。
その低能力者たちも、今の自分のように何かの壁を感じていたのだろうか。
(…難しく考えるのは止めましょう)
御坂妹は一度立ち止まって溜め息をつく。
(お姉様の幸せは妹達の願いです。
今回はミサカが朴念仁なあの人に少しでもお姉様を意識させるために一役かった、ということにしましょう)
はー、と自分の息で手を温めてから御坂妹はまた歩き出した。
「あとは上手くやってくださいツンデレ姫のお姉様。とミサカは皮肉をこめてお姉様を応援します」