学園都市第二世代物語 > 17

17 「冷静な『わたし』」 

 

金曜の午後。

あたしはまた長点上機学園の鈴科研究室へ来ていた。

ここでは、AIMジャマーを大手を振って取り外せることが出来るので、実は楽しみだったことはナイショだ。

カオリんやさくらも来たがったけれど、もともとはあたしの個人的な話から始まった事で、しかもまだ2回目の訪問。

許可もなく勝手に部外者を連れて行くのは無礼だろうと言うことで諦めさせたのだけれど。

更衣室でさっさと着替えてAIMジャマーを取り外しておく。あぁー、気持ちいいわぁ!

 

「今日は最初は問診から行いますね。AIMジャマーは外してもらって大丈夫よ?」

ミサカ未来さんがにこやかに笑いながら言う。

「おでこ、大丈夫みたいね?」

「あはは、そうですね、大丈夫でしたよ~」

あたしは少し赤くなりながら、ぴたぴたと額を叩く。

「それでね、どうやら 『もう一人の佐天さん』 はあなたの意識下にいるらしいのね。

今日はその人に出てきてもらおうと考えてるの」

「……はい?」

もう一人のあたしって、冷静なあいつ、か……。

出てきたり出てこなかったり、本当によくわからない。いることは間違いないけれど。

「それで、催眠薬を使わせて欲しいんだけれど、いいかな?」

むう……あまり良い気持ちはしないけれど……ただ、気まぐれにしか出てこないあいつを表面に出すには、あたしが眠るしかないのかもしれない。

う、ちょっと待てと。あたしが寝たらあいつが何しゃべったのか、肝心のあたしは全くわからないじゃない?

それはちょっと嫌だな……あたしも知らないことをミサカさんや鈴科先生が知っちゃうっていうのも。

変なことしゃべられたりしたら……

「それしか方法がないんだったら……仕方ないですけれど……でも、何があったかは全部教えて頂けるのなら、かまいませんが……」

どっちかというと、あたしは、いやだなぁ、という気持ちで答えたつもりだった。

だけど。

「そう? よかった! じゃ、進めるね! 大丈夫。能力が発現しにくい人によく使われる薬だから。

安全性も極めて高いのよ。 只の一度も事故例はないからね」

ミサカさんはニッコリ笑ってあれよあれよと進めてしまう。

うう、今更いやだって言えなくなっちゃった……。

1年前の学園都市潜入の時みたいだ……。 

麻琴、あたしちょっと怖いよ……。もうAIMジャマーはないはずだけど。

「じゃその前に何か飲みません? お茶がいいですか? 紅茶? コーヒー?」

ミサカさんが聞く。

「じゃ、紅茶頂きます。ミルクと砂糖も下さい」

あたしがそう言うと、

「ちっ、よくそんな甘 『ハイハイ!先生はブラックなのはわかってますから!!!』 ………」

と、鈴科先生のつぶやきを押しつぶすようにミサカさんが大きな声で返事を返した。

夫婦漫才が今日も展開されるのだろうか?

「コーヒーの香りや苦み、甘みを味わうならブラックに限るっていってンだけどなァ、高い豆に失礼だろうがァ」

と鈴科先生がぶつぶつつぶやいている。

「ええ、インスタントじゃないホンモノはすごいですよね、だからあたし、ダメなんです」

「あァ?」

「あたし、ホンモノのコーヒーだと、胃が痛くなるんです。もうギリギリと痛むんで……インスタントなら大丈夫なんですけれど」

「そりゃまた、素敵な胃袋をお持ちのようで」

ミサカさんがあたしに紅茶を、鈴科先生には香り高いコーヒーを持ってきた。すごくいい香り。

香りはいいんだけれど、ねぇ……。

あたしはミルクと砂糖をいれてティスプーンでかき回す。こちらもコーヒーほどではないが、良い香りがする。

クッキーをお茶請けに、って、いいのかな、こんなことしてて。

「あの、こんなゆっくりしていていいんですか?」

あたしはちょっと時間も気になったので聞いてみた。

「もう飲んじゃってるわよ、あなた。ゆったりと、気を楽~にして………ね?」

あたしは急激に眠気が襲ってきたことに気が付いた。

あはは、一服盛られてたのか、気が付きませんでした……。

「あ、あたしのこと、宜しくお願いします……」

…………あたしは眠りに落ちた。

                    
 

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「ちょっとだまし討ちみたいで、気がひけるかもって」

そういいながら、ミサカ未来は眠っている佐天利子をキャスターベッドに乗せ、少し離れた別室へ移動する。

既に鈴科教授こと一方通行<アクセラレータ>はスタンバっていた。

ミサカ未来は佐天利子の頭にヘッドセットを、そして腕と胸にピックアップを取り付ける。

「脳波、α波、β波、θ波とも正常」
「突発波なし」
「心電図も異常なし、脈拍通常、と」

鈴科教授は基本データのチェックを行って行く。

「AIM拡散力場確認、通常レベルであると判断します。AIMジャマーはありません。

キャパシティダウナーチェック済みです」

ミサカ未来も各装置の確認を行っている。

「ちょっと待て、AIM拡散力場をよく見ておけ。多重人格であれば、複数のAIM拡散力場が無ければおかしいからなァ。

どォなっている?」

「えー、そんなこと言っても1つしかないよってミサカは回答する!」

「ンなはずはねェ、ちゃンとよく見てろクソガキ!」

「なら自分で見てごらんなさいよ!」

そう言うとミサカ未来は部屋を飛び出して行く。

「ちっ、クソガキがァ……… ン? 何故だ? 拡散力場は1つだけ? おかしィ……1人は無能力者とでもいうのかァ?」

鈴科教授は考え込み、パズルを組み立て始める。

(可能性は、

1. 多重人格ではない。従って、AIM拡散力場は1つ。

2. 多重人格。しかし1人のみ能力者で、他が全員無能力者。
 
3. 多重人格。複数の能力者だが、安静時にはAIM拡散力場の波形がほぼ一緒。

4. 多重人格。複数の能力者だが、普段は1人だけ。ある特定条件時に他の人格が現れ、AIM拡散力場も現れる。

5. 多重人格。複数の能力者だが、AIM拡散力場を操れるのは1人だけ。他は休んでいる。

ざっとこンなもンか? 

チッ、この間の時の事例が再現できれば絞り込める可能性があるが……)

「さァて、どォやって 『もォ一人のさてんさン』 を呼び出しましょうかねェ?」

そうつぶやいた瞬間、鈴科教授こと一方通行<アクセラレータ>は瞬時にチョーカーのモードを 「エコ」 から 「フル」に切り替えた。

「!!!」

 

「アナターっ、切り札連れてきたわよー!」

打ち止め<ラストオーダー>ことミサカ未来が連れてきたのは1人の女性。

「心理定規<メジャーハート>!」

「あら、覚えてくれていて嬉しいかな? 元第1位、一方通行<アクセラレータ>」

「打ち止め<ラストオーダー>!? てめェ勝手に誰を連れてきてやがるンだァっ!?」

教授らしからぬ言葉でミサカ未来をののしる鈴科教授こと一方通行<アクセラレータ>。

「ちょっと止めなさいよ、あなたそれでも教授? お・く・さ・ま、にそういう態度はないと思うんだけど。

ツンデレは女子高生までよ、可愛いのは。オッサンがやってもキモイだけ」

「ケッ、ババァにオッサン扱いされるたァ、マジでへこンじまうぜオイ」

「くっ、ロリコン風情にババァ扱いされて光栄よ!」

言い争うレベル5とレベル4。

じっとガマンしていた打ち止め<ラストオーダー>が遂に噴火する。

「どっちもいい加減にしなさーい!!!」  

一方通行<アクセラレータ>にはミサカネットワークからの強制切り離しを、心理定規<メジャーハート>には電撃を浴びせて強制鎮火を狙ったのだった。

「二人ともいい大人のくせに、いったい何やってるんですかっ!! 恥ずかしくないのっ!?」

二人とも床にのびている………が。

ふと、打ち止めは気が付いた。

「あ」                      

                                ――― やっちゃった ―――

 

そう、ここは「測定室」なのだ。

高価な測定機器がそこら中にあるこの部屋で、誰かさんが電撃を飛ばした結果、どうなるか?


「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


ぐるぐる歩き回った打ち止めはやがて意を決して

「ミサカは今日は早引きすることにしようと…… 『ちょっとそこのナイスな奥様?』 ひゃいっ!?」

がっちりと肩をつかまれた打ち止めがギギギと振り向くと。

「あなた、1年以上お給料なしかもよ?」

心理定規<メジャーハート>が素晴らしい笑顔で彼女をつかまえていた。

                          

 

「クソッタレ、打ち止め<ラストオーダー>を脅かすンじゃネェ、クソババア」

「ふん、しなびたセロリに言われたくないね」

誰かさんの電撃は幸いにして機械を壊すには至らなかった。

あらかじめいくつかの能力暴走によるトラブルは想定されており、とりわけ測定機器には防護システムが組まれているのである。

もちろん、安全のために機械の電源は落ちてしまうが。

「あのねー、本来の目的忘れてませんかー、あななたちは?」

打ち止めが、再び口げんかを始めかかった二人に割って入る。

「あら、壊れてなかったと知ったら、結構強気ね、ええと……そうそう 『ラブリー奥様』?」

「あなたにその名前は呼んで欲しくない、ってミサカは少しむっとしたり」

「用がないンだったら、さっさと消えろ、クソババァ」

「やれやれ……、ミサカさん、どうなの? 私、帰った方が良いのかな?」

「そ、そんなことはないからって。あたしがわざわざ話をして来てもらったのだから、このまま帰られたら困ってしまうの」

「そう、じゃ、そこのしなびたセロリはほっといて始めましょうか?」

「誰がしなびたセロリだオイ」

「うっさい、静かになさい!」

 

心理定規<メジャーハート>は能力を用い、眠っている佐天利子に語りかける。

「さーて、佐天さん、起きてくれるかな?」

「もう漫才は終わりなの? 面白かったのに。さっきから起きてるよ? わたしは。

それから、わたし、佐天さんじゃないんだなぁ、じ・つ・は」

眠っている佐天利子が口を開け、仰天する言葉を返してきた。

 

心理定規<メジャーハート>は一瞬 「む」 という顔をしたが、直ぐに立ち直る。

「あら、じゃ一体どこのどなた、なのかしら?」

鈴科教授こと一方通行<アクセラレータ>と、ミサカ未来こと打ち止め<ラストオーダー>の二人は息をのむ。

「ひとにものを尋ねるにしては、ちょっと上から目線じゃないかなぁ? へりくだれ、とは言いませんけれど」

佐天利子ではない、と名乗った彼女はややおかんむりのようだ。

「ミサカはミサカだよって割り込んでみる! こんにちは。あたしはミサカ未来(みさか みく)です。

それで、あっちにいるのが、ミサカの大事な人、すずしな 『一方通行<アクセラレータ>だ。よろしくな』 ……だよ!」

「こんにちは。ミサカさんに鈴科さん。わたしは、りこと言います。佐天さんの愛称もリコですけれど、それとは違う、別人です。わけあって、普段は隠れてます」

(なんであたしとこの二人との口調を変えてるのかしらね……思春期の女の子だから、まぁいいか)

心理定規<メジャーハート>は少しムッとしたが、ミサカ未来がうまく語りかけてくれているので黙っていることにした。

しかし、黙っていないコドモオトナがもう一人。

「オマエ 『りこちゃんは、どうして佐天さんの中に隠れているの?』 チッ……」

コドモオトナが語りかけ<脅迫し>そうになったところに、ミサカ未来が質問を強引にかぶせる。

舌打ちしてもう一人のコドモオトナも沈黙した。

「隠れてるっていうか、元々はわたしなの、この身体は。わたしのものなの。でも、わたしは表に出ちゃいけないの」

後半分は自分に言い聞かせるかのように小さな声でりこがつぶやく。

「どうして?」

「わからない。でも、わたしはママに捨てられた子供。

それを拾ってくれたのが、佐天涙子さんで、わたしはその娘、佐天利子(さてん としこ)さんになったの。

だから、表に出ているのは佐天利子。わたしはたまにこの子を指導するの。危なっかしいからね」

「能力については、わかってる?」

「わたしは持っているのは知っている。でも、最近まで知らなかった。

去年ぐらいかな、アタマにあったAIMジャマーがなくなって、わたしは自由に動けるようになったし。

最近なの、能力を使い出したのは。まだ半分も使ってないんじゃないかな? 」

「え?半分って、どういう事?」

「わたしにもよくわからないの。あることはわかってるけれど、最後まで使い切ったことがないというのかしら。

でもわたし自身ではどうしようもないことなのね。

普段、表にいるのは佐天さんね。彼女のパーソナルリアリティの基本骨子は、わたしのパーソナルリアリティ。

でもわたしの全部じゃなくて、たぶん半分くらいだと思う。全部使い切れていない、というのはそこからの推測。

彼女がそれをベースに演算をするわけだけれど、その演算式はそのままわたしにも送られて来ているから、わたしは再解析して問題がない場合はそのままあたしの演算結果になるわけ。

そしてその結果は、あたしのAIM拡散力場に影響を及ぼして、わたしのパーソナルリアリティに基づく超能力現象が発現する、と言うことみたい」

「気が狂いそォなくらい、無駄なことやってやがンな……」

「心配しないで、自覚してるもん」

「えっ!?」

心理定規<メジャーハート>が思わず声を出した。

(今、彼女はなんて言った……?) 

「最初の時は、私も慣れていなかったので彼女の演算を特に再解析もせずにそのまま確定して、パーソナルリアリティを具現化させたのね……そしたら、わたしの周りは吹き飛んで大穴が開いた瓦礫の山になっていたの」

 

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(あれ、この話、もしかして?)

打ち止め<ラストオーダー>がMNW(ミサカ・ネット・ワーク)にアクセスを行う。


【運営】あの女子高生の衝撃の告白【打ち止め】

1 以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka20001

2回目の訪問で、衝撃の事実が明かされている、とミサカは口火を切ってみる!

 

2 以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka13577

ワイドショー的なノリはいかがなものか、とミサカは上位個体をたしなめてみます。

 

3 以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka10032

彼女は昨年5月のキリヤマ研究所爆発事故のことを述べているものと推測します。

 

3 以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka10039

彼女<佐天利子>の中に、もう一人の「りこ」という名の人格が存在しているということでしょうか? そのようなことが可能なのでしょうか?


4 以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka20001  

10039号の疑問はもっともだけど、りこちゃんの話もウソには聞こえないよ? それで……えーと、キリヤマ事件では10039号と10032号が出動したんだよね?

 

5 以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka13577

病院の中でミサカも遭遇しています。ちょっと不愉快な事を思い出してしまいました、とミサカは後悔します。

 

6 以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka10032 

管轄違いなのに、またどうせクドクドとオバサンくさく説教したんだろうなと、10032号は13577号に責められたであろう彼女に同情し、ため息をつきます。

 

7 以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka13577 

む、まるで自分はオバサンではないかの如く発言する10032号に対し、オマエも立派なオバサンだわかってんのかコノヤロウ明るい部屋でとっくりと鏡を見やがれ、と思ったことはおくびにも出さずにスルーします。

 

8 以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka20001 

ハイハイ、そこでストーップ!!!  りこちゃんの話続いてるから後にして! 

【Misaka20001が退出しました】

           

9 以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka13577 

ちっ、また立て逃げかよ、とミサカは嘆息します。

 

10 以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka10039

お姉様<オリジナル>への報告はどうしましょうか?

 

11 以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka10032 
 
状況が変わりました。彼女の話が全部終わった段階で、前回の訪問の内容から併せて報告した方がよいかと。

 

12 以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka10039

誰が報告しますか?

 

13 以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka19090 

それは当然、「委員の影を果たせるのは今やこの私だけです、とささやかな自負と共に」宣言した10039号が適任かと。


 
11 以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka10032

異議なし。

 

12 以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka13577

同じく。

 

11 以下、名無しにかわりましてミサカがお送りします ID:Misaka10039

なんとなく嵌められたような気がしますけれど、まぁわかりました。この難局、無事に乗り切ってみせます、とミサカは宣言します。


【Misaka13577が退出しました】
【Misaka10032が退出しました】
【Misaka19090が退出しました】
【Misaka10039が退出しました】
 

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「彼女が正常に起きているときはあたしは何も出来ないの。 たま~に運良く思念が送れたりするけれど。

今、彼女が休んでいるから、あたしはおかげさまでこうしてあなたたちとお話しできてるんだけどね。

……こんなにしゃべって良いのかな、あとで目一杯怒られるような気がするなぁ、あたし……」

りこがふと不安そうな声になった。

「大丈夫。この会話は録音してないし。ちょっと佐天さんにも教えない方がいいかもしれない」

ミサカ未来が慰めている。

 

話は続いているが、心理定規<メジャーハート>の頭の中では、さっきの「りこ」の言葉が渦巻いていた。

 

――― 心配しないで、自覚してるもん ―――  


――― 心配するな、自覚はある ―――  

――― 俺の未元物質<ダークマター>に、その常識は通用しねぇ ――― 


(帝督……まさかね……年があわないし)

「あ、あの、りこ、さん?」

心理定規<メジャーハート>がちょっと口ごもりながらりこに声をかけた。

「なんですか?」

「あたしは、心理定規<メジャーハート>っていう能力者だけど、あなたのお父様とお母様はご存じないの?」

「ママはね、『しずり』よ。パパは知らない。一度も見たことないし。ママに聞いても教えてくれないとは思うよ?」

心理定規<メジャーハート>は唇をかむ。

(しずり……か。まぁいい、あとで書庫<バンク>で検索すれば何人か出るだろう)

「りこちゃん、いいかな?」

ミサカ未来がまた話しかける。

「はい、なんですか?」

「いま、りこちゃんのお話聞いていて、ふと思ったんだけど、あなたは、自分のパーソナルリアリティから自分で演算して、自分で再構築して自らAIM拡散力場に働きかけたことはないような気がしたんだけど、どう?」

しばらく「りこ」は沈黙した。

 

「そうですね、ないかもしれません」

「りこ」が答えてきた。

「だから、あなたの能力を最後まで使い切っていないのかもしれない、とあたしは思ったの。

だから、今のように、佐天さんが活動していない状況の時ならば、『りこ』さんの能力を引き出せるんじゃないかなって」

 

しばらく考えていた「りこ」が再び口を開く。

「……そうですが、そうすると、今までのバランスを崩してしまう気がします。

あたしはあくまで陰であって、佐天利子がメインなんですよ。

能力が発動するまで、あたしと佐天利子のダブルチェックがあるんです。お粗末ですけれど。

一度でもそういう方法を取ってしまうと、脳が覚えてしまい、最悪の場合、佐天利子の意思にかかわらず、あたしの能力を発現することが出来てしまう可能性があります。

まぁ、普段はAIMジャマーの影響を受けていますし、私自身がが暴走する可能性はゼロに近いでしょうけれど、少なくとも今わかっている限りでの私の能力は『破壊』ですからね、暴走したらすごく危険ですから、ショートカットをつけるようなことは慎むべきじゃないでしょうか?」

「………」

ミサカ未来も、鈴科教授もこの正論に正面切って答えることは出来なかった。

「こういう場を設けて頂いて感謝します。他の人とこんなにしゃべったのは、生まれて初めてです。

とっても嬉しいです。とっても楽しかった。

じゃ、そろそろ私は引っ込んだ方が良いのかもしれません。下がってもいいですか?」

「あ……あァ、わかった」

「うん、リコちゃん、お疲れさま。ミサカもお話しできてとっても楽しかったよ。また会おうね」

「そうですね、出来たらいいですね。心理定規<メジャーハート>さん、さよなら。皆さんお元気で」

そう言うと、佐天利子は目を閉じた。

しばらくして、佐天利子の規則正しい寝息が聞こえてきた。りこは再び奥にひっこんだのだろう。

何も知らないかのように、すやすやと幸せそうな顔で眠る佐天利子。

対照的に、その顔を眺める鈴科教授こと一方通行<アクセラレータ>、ミサカ未来こと打ち止め<ラストオーダー>、そして心理定規<メジャーハート>の顔は複雑なものであった。

            
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次の日の夕方。

ここ18学区にある長点上機学園。能力開発の超エリート学校である。

 

一天にわかに掻き曇り、つむじ風に乗って雷さまがやってきた。

 

「くっだらねェ、オレはいないと言っとけ」

「ええええ、ミサカもいないって答えたいかも」

「オマエ、もォビジターチェックに出ちまっただろうが、諦めろ」

「やだやだ、ミサカ一人じゃいやだって、あたし、気を失っちゃうかも……」

 

「そん時は、私が優しく起こしてあげるわよ、未来<みく>?」

ミサカ未来こと打ち止め<ラストオーダー>はその声を聞いた瞬間棒立ちになった。

「あはははは、来ちゃってたー」

あさっての方向を見ながらミサカ未来が独り言をつぶやく。 

「ちょっとなによ、その挨拶? まるで来たら困るような物言いだわね?」

 

ゆっくりと雷さま、いやお姉様<オリジナル>である上条美琴が部屋に入ってくる。

 

「チッ、そォいや電子ロックはおまえにゃ無意味だっけなァ?」

「そういうこと。お久しぶりね、一方通行<アクセラレータ>さん? いや、鈴科教授って呼ばなきゃ失礼ですかしら?」

元学園都市第一位、一方通行<アクセラレータ>と、元学園都市第三位、超電磁砲<レールガン>とが、それほど広くはない研究室の応接間で並び立つ。
            
 

「クソッタレが。好きにしろ、超電磁砲<レールガン>の ”おねェさン ”?」

「くっ………、アンタに”おねェさン”と呼ばれるのだけは勘弁して欲しいわね、まだ超電磁砲か三下の方がましよ」

「ならご要望にお応えして、三下ねェさン?」

お互い様子見とも見える、言葉のパンチの応酬に切れたのは、「やはり」超電磁砲<レールガン>の美琴だった。

「……だ・か・ら、その『ねェさン』つってるのを止めろって言ってんでしょうが無視すんなやゴ 『お姉様<オリジナル>、そこまでです』 う」

「こんにちは、上位個体<ラストオーダー>、と声を掛けて、ミサカは上位個体<ラストオーダー>の脱走阻止に成功しました」

本気になられたらシャレにならない元第一位と元第三位との口げんかに割って入ったのは、妹達<シスターズ>の一人。

「うう、そういうアナタは10039号ね?」

「はい、あの方に直接つけて頂いた名前はミサカ美子(みさか よしこ)です、と上位個体<ラストオーダー>にささやかな自負と共に名乗ってみます」

ちなみに、『ミサカ未来』という名前は一方通行<アクセラレータ>と上条美琴<レールガン>がまるまる一日を費やして上げていった名前の中から、打ち止め<ラストオーダー>こと検体番号20001号が 「うん」 と頷いたものである。

「ハイハイ、そこまで。自己紹介はこのくらいで、とっとと本題行くわよ? ところでここ、秘密の話OK?」

ついさっきまでの剣幕はどこへやら、しれっとして上条美琴が場面を切り替える。

「あン? カメラについては毎日チェックしてるから問題ねェ。マイクについては三下の方が見つけやすいンじゃねェのか?」

「ちょ、客<レベル5>に調べさせるってわけ? アンタの研究室は……ったくなんてとこなのよ……?」

そう言いつつ歩き回る美琴。                    

「すまねェなァ、ちなみに毎日オレもカメラが取り付けられてねェかチェックやってるんだぜオイ?」

「ホントなの? ……はぁ、レベル5相手にこの学校も何やってるんだかホントに……」

そう言いながら上条美琴はゆっくりと部屋の中を歩き始める。

「お姉様<オリジナル>、私も?」

「ミサカも?」

ミサカ美子(元10039号)と打ち止め<ラストオーダー>が手伝いましょうか?という感じで腰を浮かせると、

「あ、私が一通り終わったらお願いするわ? 

同時に複数が同じように電波チェックすると、お互いが干渉しちゃってノイズを出すだけで無意味だから」

と美琴が美子をとどめる。

「では、私は音声を出してあえて拾わせて、お姉様<オリジナル>のチェックをアシストしてみます。

じゅげむ じゅげむ ごこうのすりきれ かいじゃりすいぎょの すいぎょうまつ うんらいまつ ふうらいまつ くうねるところにすむところ やぶらこうじのぶらこうじ ぱいぽ ぱいぽ ぱいぽのしゅーりんがん しゅーりんがんのぐーりんだい ぐーりんだいのぽんぽこぴーの ぽんぽこなーの ちょうきゅうめいのちょうすけ……

あの、お姉様<オリジナル> ?」

「あった!」 

美琴が指さしたのは、開きドアのストッパーである。

美琴がクイっとひねると、それはいとも簡単に回転した。クルクルとまわしてラバー部分を外すと、その部分には小型マイクが入っていた。

「ちょおっと、学園都市第一位とは思えないわねぇ……こんな簡単に見つかるような場所にマイク嵌め込まれるなんてさ?」

「ホントだ、信じられないってミサカは心底驚いてみる……」

上条美琴が見つけ出した超小型マイク・トランスミッターをミサカ未来ものぞき込む。

「誰も、ミサカの努力を評価して下さらないのですね、と一人黄昏れているミサカに誰も注意を払ってくれないのですね」

とミサカ美子(元10039号)がぶつぶつ独り言を言っているが、まさにその通りで、

「チッ、言ってろ三下が……どれだ?」

鈴科教授に上条美琴が(こんなもの埋め込まれちゃってー、アンタもヤキがまわったんじゃないのー?)という顔でそのマイクを見せつける。

「……ああ、わりぃわりぃ、それつけたの、たぶんオレだわ」

「「「はぁぁぁぁ?」」」

鈴科教授以外の3人が驚きでハモる。

「何のために??」 

上条美琴が、事と次第によっては、という感じで鈴科教授に詰め寄る。

「あったり前だろ、オレが席を外したときに、打ち止めを狙っておかしなヤツが侵入したとか、そのクソガキがまた仕事さぼってフラフラとどっか行っちまったとか、そォ言うことに対するアイテムの一つなンだよ!」

「ミサカはそこまで子供じゃないっていつも言ってるのに~!」

「ふーん、前半はわからなくはないわ。で、未来? あんた何、そんなに脱走したりするわけ?」

「そ、そんなことはないってミサカは 『ダウト! とミサカは上位個体<ラストオーダー>の回答に疑問を投げかけます』……」

先ほどの寿限無で完璧に外してしまったミサカ美子が復活を賭けて再びリングに登場した。

「少なくとも」 と、ミサカ美子(元検体番号10039号)はミサカ未来の罪状を事細かに上げて行く。

     ――― (中略) ―――

「以上、少なくとも先週5日間で、脱走回数はのべ13回に及んでいます。

この回数が多いか少ないかは、皆様の判断にお任せします」

「打ち止めェ<ラストオーダー>ー? てめェそンなにフケてやがったのかァ? 給料差し引くからなァ?」

「うわーん、そ、それは勘弁して欲しいって、ミサカは平謝りするって泣いてお願いしてみたり?」

以下、世間で言う夫婦ゲンカ第二幕。

      ――― (中略) ―――

「やってられないわね」

「そうですね、お姉様<オリジナル>」

 

「で、本題なんだけど、そろそろいいかな?」

「あぁ……」

「アンタ達、佐天利子ちゃんのこと調べてたんだって?」

「頼まれてな」

「誰に?」

「本人だっつーの」

「はぁぁぁぁぁぁぁ? としこちゃん自身が?」

「あァ。 あのガキが自分の能力のコントロールつけるつもりでな、多摩川の河原で石を投げては自分の能力で破壊しようと一生懸命やってたンだがな。

まるっきり見当違いなことやってたンで、見てる方がバカバカしくなってなァ。

けどよォ、あんまり真剣なンで、ちィっとばかしお節介を焼いただけだ」                            

「な、なんて事を……」

「あン? で、あのガキ自身が自分の能力わかってねェらしィから、じゃァちょっくら調べてみましょうかねェ?ってことになったわけだっつーの」

「……」

「でな、最初の時は、ガキが自分自身で能力を押さえ込ンでしまった。本人も意識せずに、だ」

「……」

「ガキが言うには、冷静なもう一人の自分がいる、今回出てこなかったのにどォして? つーとンでもねェ発言をしやがった」

「なんですって!?」

上条美琴の顔色が変わる。

(……、う……そ……、そ……ん……な……、ま……さ……か……)

「この意味わかるな? 三下ねェさん? ……ン? 反応がネェな。つまらねェなァ」

「……そ、それで、どうしたのよ!」

「昨日、そのガキが来た。それで、睡眠療法で誘導を掛けたら、別人が出てきたわけだ。まぁそういうことだ」

(まさか、むぎの りこって名乗った、って?)

「名前、聞いたの? その『別人』のひとに?」

上条美琴の声が震えている。

(ン?) という顔で、鈴科教授こと一方通行<アクセラレータ>と、ミサカ未来こと打ち止め<ラストオーダー>がお互いに顔を見合わせて、そして美琴の顔を見ながらゆっくりと答える。

「りこ、と言ったなァ」

「ママは『しずり』って名前だっていってた。パパは知らないって……」

 

床がぐにゃりと溶けて行くような気がした。


………やっぱり。 

 

話の内容から、それ以外考えられなかったけれど。

 

   ――― あの子が、『生きていた』 ―――


木山春生教授の、学習装置<テスタメント>による記憶破壊をくぐり抜けた、のか、あの子は。

でも、そんなことって、本当に、ほんとにあり得るのだろうか。

いったいどうやって?

現実に起きているのだけれど、半信半疑、だ。


上条美琴は、思わず頭を抱えてしゃがみ込みたい、と真剣に思った。

(何でなのよぉー!!!!)と叫びだしたかった。


学園都市が麦野沈利に産ませた、垣根帝督の娘。

レベル5同士の自然交配による、人工的な「原石」の創造をもくろんだ『実験』の、唯一の生き残り。

麦野利子(むぎの りこ)。

二歳を目の前にして、死んだ女の子。

そして生まれ変わった、佐天利子(さてん としこ)。

 

美琴は思い起こす。16年前の、あの時。

                         

最初に麦野沈利から話を聞いたとき、麻琴はまだ産まれたばかりだった。

もし、自分がその対象だったら? ぞっとした。

もし、その実験対象に自分が選ばれていたら、自分が抱くこの子、麻琴は、第一位か第二位との子供だったかもしれないのか?

冗談ではない!

美琴は、恐ろしさに震え上がると同時に、その計画を立案した見知らぬ相手に、強い怒りを、軽蔑を、そして不幸にもその実験に選ばれてしまった第四位の麦野沈利に対して、同情と後ろめたさを感じたのであった。

なぜ、自分は対象から外されたのだろうか? なぜ、わたしではなく彼女だったのだろうか、と。

そして、自分は選ばれずにすんだ、という安堵の気持ちを持ってしまったそのこと自体に、美琴は強い自己嫌悪を覚えた。

そういう思いを持ってしまったことを恥じた。

自分のそんな思いにも気づかず、目の前で語る麦野沈利に対して、美琴は後ろめたさを持ったのも事実だった。

しかし、彼女、麦野沈利は美琴が思っていたほど女々しい女ではなかった。

父親がだれだろうと、この子は腹を痛めた我が娘、自分の血を分けた娘、と明快だった。強い 『母』 だった。

その思いが強すぎ将来を悲観して、ちょっと暴走しかかったけれど。

『麦野利子』が生きていたと知ったら、麦野沈利は……?

今は裏でつつましく生きている『麦野利子』が表に出てきたら?

いや、そうしたら、『佐天利子』はどうなるのだろう? 『佐天涙子』もまた……?                              

いや、それよりも、かつての彼女らの『敵』は、もういないのだろうか? 消滅しているのだろうか?

……そんな保証があるわけがない。

ここは、『学園都市』なのだ。

 

「……仕方ない。打ち止め<ラストオーダー>、美子(元10039号)、あんたたち二人、MNWから外れてもらえる?

それから、鈴科教授? 他言無用でお願いしたいんだけど?」

「ケッ、なんですかァ、ずいぶんとものものしい御発言のようで?」

「あったり前。人のいのちに関わるかもしれないんだから」

「フン……なら三下、筆談だ。アナログが一番なんだよ、そう言う話はな」

 

「ちっ」 舌打ちをした女が一人。

ヘッドホンを外したのは心理定規<メジャーハート>だった。

「あの子が、元レベル5・第四位『麦野沈利』の娘なのか、そして父親があのひとだったのかどうか、聞けるかもと思ったのに……  まぁ、最後は本人に聞くと言う手もあるか」

 

鈴科教授がメモを焼き捨てる。

「お解り頂けたかしら?」

「なかなか愉快な人生歩んでるようで、あのガキも」

「ちょおっと!」

「フン、守るものが1人増えただけだ」

 

「ミサカはすっかり空気だね……」

「同じく、このミサカは何のためにここにいるのでしょう、と上位個体と共に悲嘆にくれます」

                              

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「オマエ、ここへはもう来るな」

ある日のこと。

あたしはいきなり鈴科先生から告げられた。

「え?」

「オマエのためだ」

あたしはわけがわからなかった。

まだ能力コントロール訓練は始まったばっかりなのに。

だいたい、最初に言い出したのは、鈴科先生の方でしょ? それがどういうことですか? 何なんですか?

もう来るなって、そんな、ひどすぎる!!

……と、あたしは心のなかで、コテンパンに鈴科先生を畳んで伸してアイロン掛けしてやりこめていた。

 

でも、実際はというと、あたしは黙って目に涙を浮かべていたのだった。ヘタレだ、あたし。 

「帰れなくなる可能性がある」

「?」 はい?

「オマエの能力は未知数過ぎる。それに惹かれる連中がここには沢山いるンだ。

ある日突然、オマエを研究対象にしちまうような連中がいるンだ。危険なンだよ、ここは」

あたしは、茫然としていた。

あたし、そんな、たいそうな人間じゃないのに……違うの?

「オマエがなぜ、教育大付属なンつークソッタレな学校へ行くことになったのか、今頃オレはわかった。

オマエ、自分で決めた訳じゃねェだろう? 誰がオマエに教育大付属高校を薦めた?」

「美琴、上条美琴おばさんです」

「上条? あの三下のことか? 第三位か!?」

「超電磁砲<レールガン>という名はご存じですか?」

「ケッ、知らないでどうするってかァ? そうか、なるほどねぇそういうことか。

こいつはちっとばかし、面白しれェことになっちまったかもなァ」

何を言ってるのか、あたしにはさっぱりわからなかった。

「あ、あの……」

あたしは、不安だった。

「心配すンな。オレが守ってやンよ。帰ったらなァ、おばさんに 『一方通行<アクセラレータ>が、余計な事をしちまった代わりに、お手伝いを致します』 と言っといてくれ」

「は、はい……?」

いよいよ、わからない。

でも、鈴科先生の目は、前と違って、ずいぶんと優しい柔らかな調子に見えた。

 

「打ち止め<ラストオーダー>、クルマ出してくれ! 彼女を送って行くぞ!」

 


こうして、あたしの長点上機学園での能力コントロール訓練は、うやむやのうちに終わってしまった。

あたし、悲しい。どうしよう。また石ころを投げるしかないのだろうか?
 

 

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*作者注)先の16が長すぎましたので、半分に切り、その後半分をこの17に移しました。申し訳ございませんでした。お読みくださっていらっしゃる方にお詫び申し上げます。
 

*タイトル、前後ページへのリンクを作成、改行並びに美琴の一人称等を修正いたしました(LX:2014/2/23)

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最終更新:2014年02月23日 19:16
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