武将名 |
あけちみつひで |
織田五大将 |
SR明智光秀 |
元は朝倉家に士官していたが、朝倉の保護下 にいた足利義昭と織田信長を仲介し、盟友の 細川藤孝と共に両人の上洛に尽力した。その 過程で信長に将器を見い出され、織田家に仕え えることとなる。鉄砲の名手で、飛ぶ鳥を撃 ち落としたという逸話が残っている。
「乱世に終止符を打つためならば . 我が命、惜しくはない!」 |
出身地 |
美濃国 |
コスト |
3.0 |
兵種 |
鉄砲隊 |
能力 |
武力9 統率9 |
特技 |
防柵 狙撃 |
計略 |
無間射撃 |
カードを押えている間、射撃し続 けられるようになる。ただし射撃中 は自身の兵力が徐々に下がる。 |
必要士気5 |
Illustration : 夢路キリコ |
本能寺の変のイメージで謀反者と呼ばれる事の多い彼だが、陣羽織に身を包んだ凛々しい憂国の士として描かれている。
同3コストの
SR織田信長と比べるとスペックはやや抑えめなので、防柵と狙撃を生かした立ち回りを意識したい。
Ver.1.2x現在、織田家中で狙撃特技を持っているのは
EX・
SSの自分のみなので他の鉄砲隊との連携に注意。
無間射撃は士気5を消費する自身単体強化。効果時間は約15cほど。
効果中はカードを押さえると弾薬を一発消費し、押さえつづけている間兵力を消費しながらずっと連射を続けられる。
兵力の減少スピードは約22.5%/1c。兵力100%の状態から撃ち続けると約4.5cで撤退してしまう。
計略中の射撃は常に白ロック扱いの射撃となり、特技狙撃の特殊効果(騎馬隊の突撃準備解除など)は使用できない。
カードを離すと射撃は終了し、再び連射を始めるにはまた弾薬を一発消費する。
残弾がない時は連射を開始できない
点に要注意。
その様子は効果音と相俟ってまさしく機関銃。敵部隊が射撃範囲内に足止めされる状況では凄まじい勢いで兵力が削られていく。
統率9の時、効果時間いっぱい射撃すると、150発+α発射する。
武力も射程も上がらないため、使う際は的確な状況判断が必要となってくる。
更に兵力が下がる関係上、特に貫通射撃系は天敵と言えるだろう。
統率力が高いので、
UC氏家卜全の
美濃の援兵など統率参照の回復計略と組み合わせて補うのも手である。
ちなみに連射の射撃範囲はカードを押さえた瞬間の範囲で固定され、連射を終えるまで維持される。
よって、例えば
R吉乃が
遠射ち舞踊を舞っている最中に連射を開始し、連射中にR吉乃が撤退しても射程距離は短くならない。
(逆に言えば、連射中にR吉乃が舞い始めても、その連射中は射程は延びない)
また、この計略は効果時間中は敵部隊をロックオンしなくなり、タッチすることで向いている方向にいつでも任意に射撃が可能な
マニュアル射撃になり、連射中発射している方向に敵味方互いに射線(味方視点:赤、敵視点:青)が表示される。
効果終了間際に撃つ敵がいなくなり中途半端に弾を残したくないときはタッチしてすぐ離すと一発も撃たずに弾を消費するため、早めにリロードに入るなどの小技が可能。
なお、無間射撃による連射中は、カードの向きを変えることで射線を修整することが可能。
これにより、横に逃げようとした相手や、連射の際に射線からズレてしまった武将に追い打ちをかけることも出来る。
また特技忍をもった武将も場所を推測できれば炙り出せるため他の鉄砲隊と違い忍も苦手としない。
射程はそのままの為、マウント時や自城防衛時に
挑発・
誘導の術・
啄木鳥戦法で動かされると狙っていた敵に射撃が届かなくなると思いがちだが、
無間射撃を使用して射撃を続けている間は常に
その場に停止したまま撃ち続ける効果が発動し、尚且つ後がけ優先
の為、
上記の計略を受けた直後に無間射撃を発動すると停止したまま撃ち続ける。
(ただし
啄木鳥戦法の武力低下効果は受ける。)
一つ気を付けないといけないことは、タッチアクションの認識がチャージ計略などと同じような処理に変わるため、
「カードを放しているにもかかわらず射撃が止まらない」というような事故が起こりやすいこと。
射撃中に兵力が減少するという性質上、残り兵力に余裕がないときにこの事故をやらかすと大惨事になりかねないが、
これを防ぐにはカードから手を放すのではなく、
カードを盤面から放して裏返す
とやり易いので覚えておこう。
余談だが、計略名にある「無間」とは八大地獄の一つを指し、これが転じて今の「無限」となっている。
Ver1.11Aで猛威をふるった彼だったが、1.11Bで兵力減少速度が一気に上昇し、従来の敵部隊を寄せ付けない射撃でライン制圧すると自分が死んでしまうようになってしまった。
普通に相手が密集していてもダメージが分散してしまい、満足な結果が出ずにこちらが落ちてしまうほど。
史実の彼も三日天下と称されたが、余りにも短い全盛期だったと言えよう。