397 :五年後にて ◆dJsTzPZ4UE:2007/12/27(木) 22:49:20


 曰く。
 世界との契約とは、守護者となること。
 守護者とは、世界を救うために、予め失われるべき命を切り捨てる存在である。

 …未来永劫、逆らうことも許されずに殺し続ける。
 それに、耐えていけるのか。
 途方もない地獄なのだ。
 心が、折れはしないか。
 その果てに、誰かを憎むのが怖い。
 だが、今はそれ以外に方法がなかった。

 手の中には藤ねえがいた。
 視線の先には幼い兄妹がいた。

 ――あの日から、ずっと消えない火傷がある。
 衛宮士郎は誰かのためにならねばならない。
 そう、じくじくと俺を揺さぶり続けている。
 あのとき憧れた正義の味方。
 それに近づく事こそが、衛宮士郎の中心。
 ある冬の日の、安堵と笑顔。
 あの信頼を裏切らない事が、衛宮士郎の外殻。
 その事実からは逃げられない。
 どれだけ走ろうと、絡みつく蔦たちは俺を放さない。
 強迫観念のように、俺を衝き動かし続ける。
 そうやって、俺は誰かを救ってきた。

 けれど―――救いたいのは本当だった。
 それだけは嘘じゃない。
 自分が壊れてしまうのが恐ろしいのでも、失うことに耐えられないのでもない。
 ただ、救いたい。
 それは、俺の底の底から生まれてくる感情だ。
 憧れだとか強迫観念だとか罪悪感だなんて関係ない。

 あの火事の日に、俺の心は死んだ。
 きっとあっただろう心の幹は、焼かれて朽ちた。
 空っぽの心に色んなものが入ってきた。
 それ以来、借り物と偽物ばかりに埋もれて、俺は生きてきた。

 ――士郎の中には士郎に関わった人が息づいてるんだから。

 ああ、そうだ。
 俺は色んな人たちと、共に生きてきた。
 なら、心はあった筈だ。
 幹は焼けてしまったけど、そこにもう一つが芽吹いていた。
 俺が、気がつかなかっただけ。
 切嗣に憧れたのも本当だ。
 藤ねえと居て楽しかったのも、遠坂や桜と話すのが嬉しかったのも、慎二を親友だと思ったのも、イリヤの死に涙したのも。
 ――あの黄金の原野を駆け抜けた、誇り高き少女を愛しいと、守りたいと思ったことも。
 全部、本当だ。
 そこに嘘なんかない。

 だから、大丈夫。
 どれだけ削れていっても、迷っても、この想いさえ忘れなければ、きっとやっていける。

「―――契約しよう。
 我が死後を預ける。その報酬を、ここに貰い受けたい」

 ::::::::::終幕::::::::::::

 藤ねえの寝息を聞いていた。
 隣のベッドには兄妹が寝かされている。
 病室には月明かりが射し込んでいた。
 ようやく落ち着いてきた病棟は、時折人の声が聞こえるだけで静かだった。
 俺はしばらく藤ねえの顔を見ていた。
 ただ、見ていた。

 別れの言葉は思いつかなかった。
 だから、そのまま去ることに決めていた。
 ソファのネコさんに毛布を掛け直し、病室の戸に手をかける。
 不意に男の子と目が合った。
 どちらともなく、笑みを作る。
 その笑みは、痛みの上から無理矢理に塗り直されたものなのだろう。
 それでも笑っていた。
 男の子の視線が妹へと映った。
 途端に、彼の目から涙が溢れ出していた。
 俺は振り向かず、病室を後にした。

 夜空の下、崩壊した橋を見に行った。
 何も残ってはいなかった。
 死んだ人も、河の底に沈んでしまった。
 月と星が照らす川面に、彼女の遺した瓦礫の山がきらきらと輝いている。


     文章・構想 ◆dJsTzPZ4UE

     選択形式で進めるスレIN型月板part16より連載開始


 ――それが、どれだけ昔の話になるのか。
 随分と皺の刻まれた手を見て、そんな事を考えた。
 歳を取ると、昔のことばかり考えていけない。
 俺はまだぎこちない義肢で、えっちらおっちらと木から下りた。
 妙な轟きが聞こえる。
 目を凝らすと、地平線に馬群が見えた。
 時代遅れにも馬賊をやっている連中がいるというのは本当だったらしい。
 血気に逸った若い奴らが、魔術師から貰った道具を片手に叫び声を上げている。
 還暦も過ぎて、あの数を相手にするのは、少しばかり骨が折れそうだ。
 横では、案内してくれた少年が泣きそうな顔をしていた。

「心配するな。
 大丈夫だ」
「…大丈夫じゃないよ。
 あんなに居るのに、爺ちゃん一人でどうするのさ」
「大丈夫だって。
 こう見えても、俺は―――魔法使いだからな」

 俺は、にやりと笑って見せた。


     提供 型月板管理人 様
         まとめWikiの人 様
         各スレの>>1 様
         投票まとめの人 様


「うっそだー!
 じゃあ、空飛べんのかよ?
 子供だからって甘く見るなよなー!」
「……疑り深いな」

 可愛げのないヤツだ、と呟いた。
 聞こえたのか、少年は俺を睨みつけている。
 馬群の姿は少しずつ大きくなっていく。

「爺ちゃんは死ぬ気だって皆が言ってる。
 それ……本当か?」
「いや。
 死んでも楽にはならないからな。
 むしろ、死んだ後の方が苦しい。
 だから出来るだけ長く生きて、いい思い出を作っておくつもりでいる」
「…よくわかんないな。
 とにかく、やっぱ助けを呼ぶよ。
 家に戻れば、衛星電話もあるしさ」
「やめとけって。
 電話代がもったいないし、どっちみち間に合わない」


     演出・構成 選択形式で進めるスレIN型月板part16
             765,766,767,768,769,770,771,788,789,790,791,792,793,794,
             839,840,841,842,843,844,845,846,847,848,849851,852,853,854,856,
             863,864,865,866,867,868,876,877,878,879,880,881,882,888
             選択形式で進めるスレIN型月板part17
             264,265,266,267,268,855,856,857,858,859,860,861,
             914,915,916,917,918,919,920,924,925
             選択形式で進めるスレIN型月板part18
             35,36,37,38,39,40,41,42,47,48,52,118,123,124,126,127,129,130,134,140,
             169,170,541,542,543,544,545,546,547548,549
             選択形式で進めるスレIN型月板part19
             217,219,220,221,222,223,224,225      (敬称略)


 馬群が下を通り過ぎようとしていた。
 今、飛び込んで薙ぎ倒せば、丘の人たちは救われる。

「これから危ないことをするけど、おまえは真似するなよ」
「危ないことって何だよ。
 爺ちゃんに出来て、俺に出来ないことなんてないだろ」

 笑った。
 こういう無謀さは、若いころには必ず持つのかもしれない。

「とにかく、付いてくるな」
「…わかってるよ」
「―――よし。
 じゃあ、行ってくる」

 俺は、いつか言えなかった台詞を口にした。
 崖から飛び降りる。
 少年の驚愕する顔が見えた。
 何度飛んでみても、怖いと思う。
 だが風は心地が良かった。

/完

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最終更新:2008年01月17日 18:15