324 :371@銀剣物語 ◆snlkrGmRkg:2008/01/04(金) 20:37:58


「真紅。
 俺は、残るよ」

「えっ?」

 真紅は、ちょっとだけ驚いたような顔で振り向いた。
 が、すぐに納得したように頷く。

「……そう。そのほうがいいかもしれないわね」

 そう言って、真紅は土蔵の入り口へと歩いていく。
 ……真紅は、やめておけ、とも、後は頼んだ、とも言わなかった。
 この後、この土蔵で起こることを全て確信したかのような、そんな足取りだった。
 出て行く間際に、入り口でおろおろしていた雛苺を捕まえていく。

「それじゃ、行くわよ雛苺。
 家人に紹介する役目は、貴女にやってもらうのだわ」

「ええっ、ヒナが~?」

「貴女以外に誰が居るの?
 私はこの家の者たちとは初対面なのだから、当然でしょう」

 そんなやり取りをしながら、真紅と雛苺の声は遠のいていった。
 そういえば、真紅はうちの住人とは初対面だったっけ。
 本来なら、俺がみんなに紹介してやらなきゃならないんだが……。

「ま、真紅なら平気だろ」

 くんくんさえ絡んでなけりゃ、しっかりしてて礼儀正しいし。
 格式ばってるところはあるけど、お客様なんだからそれくらいで丁度いいかもしれない。
 ……雛苺が紹介するってところに、若干の不安はあるけど。
 だが、この際そっちの問題は棚上げだ。
 なにしろ、今はこっちの問題のほうが最優先だからな。
 俺は、真紅と雛苺を見送った後、後ろを振り返りながら、改めて名前を読んだ。

「水銀燈」

「……なんで貴方は居残ってるのよ」

 水銀燈は、こちらに背を向けた恰好で、シーツの上に座り込んでいる。
 いつもならガラクタの上に腰掛けているのが、彼女の定位置だったんだが……翼を失った今は、それさえままならない。

「士郎も邪魔、出て行って」

 ぶっきらぼうに突き放す言葉。
 先ほどまでとは打って変わってその声は低く、地の底から響いているかのようにくぐもっていた。
 だが、今の俺はそんな程度じゃ引き下がらないぞ。

「それは断る。
 俺、もう二度と水銀燈を放っておくことはしないって、決めてるんだ」

 腰を下ろす。
 背中を向けている水銀燈も、気配と言葉でそれを察したようだ。
 顔はこちらに向けないまま、声を荒げてくる。

「余計なお世話よ、お馬鹿さぁん……!
 そんなこと、だれが、いつ頼んだわけ!?」

「俺が、昨日、勝手に決めたことだ。
 嫌だって言っても付きまとうからな。
 俺の知らないところで水銀燈が傷つくよりも、嫌われてたほうがよっぽどマシだ」

「……なにが、マシなもんですか」

 水銀燈の小さな肩が、震えた。
 そこでようやく、俺は――


α:水銀燈が、泣いているのに気付いた。
β:水銀燈が、怯えているのに気付いた。
γ:水銀燈が、笑っているのに気付いた。


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最終更新:2008年01月27日 21:28